スタジオ内の待機スペースに辿り着き、スタッフさんとの最終調整をしている内に十分間の休憩時間が過ぎようとしていた。
本当ならレイちゃんに会って少し話をしたかったのだが、その時間さえ惜しい過密スケジュールである。
レイちゃん第四走者なので、第三走者が配信を開始する時点で配信待機状態に入る。
なので、既に配信ができる状態で待機しているはずだ。
今の私には見守る事しかできない。
配信画面内のタイマーがゼロに変わり、スタッフさんのよく通る声が第三走者の配信開始を告げた。
公式チャンネルから第三走者のチャンネルへと自動的に移動される。
移動先の配信画面に表示されたチャンネル名は『ゆきを』の三文字。
アカウント画像に描かれた少女は、顔の右半分が隠れるミディアムカットの白髪に、雪のように白い肌、幼さの残る顔立ちに美しい蒼い瞳も気だるげそうな瞼に半分ほど覆われている。
そして、頭の左側に白いもこもこした顔全体を覆えそうな仮面がつけられており、同じく白いもこもことした毛皮のマントローブを纏っていた。
ヘッダーには白いもこもことした目の部分だけがくり抜かれた仮面と毛皮のマントローブを被っている小柄な少女…少女?
いや、仮面のせいで顔が全く見えないので一見少女か分からないが、普通にお胸が女性であることを主張しているのでやっぱり少女で間違いないはず。
つまり、素顔が見えない状態で描かれているのだ。
マントローブの下は『家T』と書かれた白いだぼだぼのシャツ一枚だけで靴も履いておらず、素足の状態で表示されていた。
そのキービジュアルの背景に『ゆきをだもの』と達筆で書かれている。
コメント欄
【コメント】:随分とシンプルなチャンネル名だな
【コメント】:ゆきをって名前なんか?
【コメント】:キービジュアルエチチすぎんか?
【コメント】:だぼシャツはグッドですね!
【コメント】:詩とか書いてそう
『ゆきを』についての考察や、キービシュアルについての感想などがコメント欄に溢れ、先に配信を終えた二人と同じようにコメントが高速で流れていく。
配信待機画面の背景は雪が積もった曇天の下で、中が真っ暗なかまくらの絵が描かれている。
そのかまくらの右上に『zzz』という眠っているキャラクターによく見られる吹き出しと、ひらひらと降る雪がアニメーションとして繰り返されている。
BGMは鈴の音がシャンシャンと一定のリズムで繰り返されているだけだ。
その他の音は聞こえないが、鈴の音と雪のアニメーションがマッチして冬っぽさを連想させる。
コメント欄
【コメント】:かまくらってことは雪女かも
【コメント】:雪男って可能性は?
【コメント】:この胸で雪男は無理だろww
【コメント】:クリスマスっぽい感じがするね
【コメント】:うっ、クリスマス…ッ!!
待機画面の情報も加わって考察系のコメントが加速し、クリスマスを恐怖する者たちのコメントは失速していく。
コメント欄ががやがやしていると、待機画面のアニメーションが変化する。
曇天が晴天に変わり、かまくらの中からデフォルメされたゆきをちゃんが現れて欠伸をしている。
そして、こちらに気が付いたデフォルメゆきをちゃんが服から取り出したスイッチを押すと配信画面に切り替わった。
コメント欄
【コメント】:キター!!
【コメント】:うおぉぉぉ!!!
【コメント】:アニメーションすげぇな!!
【コメント】:これ全部手書きか?!
配信画面に現れたゆきをちゃんが目をぱちぱちと開閉すると音声が配信に乗った。
いや、配信に乗ったのは音声ではなかった。
「ズゾゾゾゾゾゾゾッ!!
ズズッ!
ズズズズズズッズゾゾッ!!」
コメント欄
【コメント】:?!
【コメント】:は?
【コメント】:ズゾゾゾッ(迫真)
【コメント】:何啜ってんねんww
配信に乗った音声は何かを啜っている。
多分麺類だろう。
いや、何で配信開始と同時に麵啜ってんねん、とあまりの配信内容に戸惑ってしまう。
コメント欄は笑いの割合の方が多いが、スタッフさん達は明らかの困惑顔だった。
「ズズッ…あぁ、うめぇなぁ…
ズズズズッズズッ!」
やっと放った第一声が『あぁ、うめぇなぁ』である。
「ゴクッ…ゴクッゴクッゴクッ…プハァァァァーッ!!!!!!
はい、ゆきをでーす」
おそらくスープを飲み終えたであろうゆきをちゃんがウィンクしながら名前を名乗った。
【コメント】:あぁ、うめぇなぁ…(至高)
【コメント】:ほんま美味しそうやけどもww
【コメント】:自己紹介雑ーッww
【コメント】:ウィンク可愛いけどもやなww
コメント欄でも麺類啜りのインパクトに笑いを持っていかれており、それを見たであろうゆきをちゃんの嬉しそうな顔が小刻みに左右に揺れている。
「改めまして、リビングライブ二期生、配信開始前にお腹が空いて今までカップ麺を食べてました、ニホンイエティ激カワ美少女イラストレーターのゆきをでーす」
改めての自己紹介でも余計な部分が目立つニホンイエティ激カワ美少女(自称)イラストレーターのゆきをちゃんが再びウィンクする。
【コメント】:本番中にカップ麺を食う女
【コメント】:カップ麺の件いるぅ?
【コメント】:世界よ、これがリビングライブだ
【コメント】:ニホンイエティ激カワ美少女イラストレーターとか聞いたことない
「よーし、ボクの魅力を余すことなくお伝えするためにプロフィール画像を表示!」
配信画面に表示されたプロフィール画像には所狭しと絵が描かれており、そのほとんどがリビングライブの先輩たちのイラストだった。
「名前はさっき言ったからいいよね
歳は今年で二十歳で、性別は女ね
身長は150くらいだったかな?
体重は50あるかないかくらいじゃないかなー
趣味は絵を描くことで、特技は推理ゲームとか神経衰弱とか記憶力が絡むこと全般
特殊能力として瞬間記憶能力を所持しているよ
因みに、このゆきをのアバターのイラストを描いたのはボクだから、ボクのママはボクということになるね」
コメント欄
【コメント】:待って待って待って
【コメント】:情報処理が追い付かない
【コメント】:瞬間記憶能力ってマジィ?
【コメント】:ボクのママはボクっていうパワーワードよww
【コメント】:イラストレータのゆきをって聞いたことないな
「ボクの名前を知らないのはしょうがないと思うよ
ボクはド田舎の山村生まれで今まで絵を世に出す機会がなかったんだけど、最近になってネットの波がボクの故郷にも押し寄せてきてね
そこでたまたまリビングライブのオーディション募集の記事を見つけて、ボクのイラストを使ってくれるかもしれないと思ってメールを出したんだ
でも、知名度がない、名前を聞いたことがない、実績がないと採用できないって断られちゃってさ
それが悔しくてオーディションに参加したんだよ
合格して自分のイラストを使わせてやるぞってね
まあ、結果は見ての通りさ」
フフン、とドヤ顔で胸を反らすうごきをするゆきをちゃん。
コメント欄
【コメント】:まだネット通ってないとこ結構あるもんな
【コメント】:行動力の鬼
【コメント】:悔しさをバネによく頑張った!感動した!
【コメント】:実際合格して自分のイラストをアバターに使ってもらえたんだからすごいよな
「そうだろそうだろー?
もっと褒めてくれてもいいんだぞ?」
コメントの反応に気をよくしたゆきをちゃんが調子に乗ったりしながら話は進み、一通りのプロフィール紹介が終わった。
「さて、これからどうしようか
とりあえず、話してお腹空いたからお湯沸かしとこ」
ケトルであろう電源ボタンのカチッという音が配信に音が乗る。
コメント欄
【コメント】:腹減るの早すぎん?
【コメント】:お湯沸かさんでもろて
【コメント】:カチッ(迫真)
「あ、そうそう、本番前にアイちゃんに殴られた話するー?」
突然の告白にコメント欄も私もスタッフさんも一瞬で困惑状態に陥る。
これが事実なら最悪傷害事件に発展する可能性が…ないか。
私とゆきをちゃんのことを知るスタッフさんは落ち着きを取り戻していた。
「本番前の最終リハーサルが終わって自由時間になった時の話なんだけど
配信開始時にラーメン食べてたけど、その時は結構緊張してたんだよね
で、アイちゃんに緊張してるから、胸揉んでいい?って聞いたら問答無用で頭ぶん殴られたんだよねー
酷くなぁい?」
コメント欄が更に困惑度を増す。
アイちゃんに殴られた、と言ったがそれは自業自得だったのだ。
逆に殴られて当然とも言える。
そして、背後でお湯を注ぐ音が聞こえた。
「いやぁ、くっそ痛かったけど、あの胸揉めるなら何回殴られたっていいわ」
コメント欄
【コメント】:お巡りさん、こいつです
【コメント】:変態だー!!
【コメント】:酷くないとか言いながらお湯を注ぐなww
【コメント】:自業自得じゃねえかww
【コメント】:ドМかな?
「バカ野郎!
配信者とかテレビの前に出てくる奴は大なり小なりマゾなんだぞ!
テレビに出てる大御所芸能人に向かって、こいつこんなこと言ってるけどドМなんだぜ、って遊びしたことないんか!
ボクもドМだし、アイちゃんもドМなんだよ!
カップサイズはボクがCで、アイちゃんがJだけども!」
コメント欄
【コメント】:爆弾発言ww
【コメント】:ドМ、ご期待ください
【コメント】:J!
【コメント】:後でまたしばかれるぞww
【コメント】:リビングライブの火薬庫
「まぁ、ドМだからしばかれるのはご褒美なんだよな」
キリッ、とご褒美発言をかました直後にピリリリリと電子音が鳴る。
時間が三分経ったようだ。
「おっと、お湯を注いで三分経ったので今日の配信はここまでー!
ボクの配信を見て面白かったり興味を持ってくれた人は是非チャンネル登録と高評価ボタン押していってねー
じゃあ、スタジオの生子先輩にバトンターッチ!
あーんど、いただきまーす!」
ズゾゾゾゾッ!という音と共に配信画面が切り変わり、配信は終了しましたという表示が出た後に公式チャンネルへと自動転送される。
自由奔放な行動で視聴者達を振り回して場を盛り上げ続けたゆきをちゃんの姿を見届け、私とスタッフさん達は称賛の拍手を送ったのだった。