面接日当日。
朝早くに目を覚ました私は、隣のベッドで眠るレイちゃんを起こさないようにバスルームへと入った。
朝シャンをして身だしなみを整える為だ。
私が面接を受けるわけではないが、本社内までレイちゃんに同行するのでいつもよりも入念に身だしなみを整える。
できることは何でもやる精神だ。
不安要素はできるだけ潰しておく。
それから二時間ほどして目を覚ましたレイちゃんも身だしなみを整えるためにバスルームへと籠もった。
レイちゃんが起きるまでの間は、ぼーっとテレビを眺めていた。
大阪と東京では放送している番組が違うようで、見たこともない番組がいくつかあった。
レイちゃんの身支度が終えて時刻は12時前。
面接までは2時間ある。
昼食と移動時間と余裕を持った到着を考えれば、丁度いいぐらいの出発時間だろう。
「そろそろ出るか」
「よし!
やってやるぞ!
南無八幡大菩薩!」
「武士かな?」
気合を入れてベッドから立ち上がったレイちゃんに私はツッコミを入れる。
まぁ、出陣時の掛け声ではあるので合っていると言えば合っているのだ。
リビングライブ本社に向かう道中で昼食を済ませ、目的地へと歩を進める。
30分程猶予を残し、私達はリビングライブ本社前へと辿り着いた。
リビングライブ本社は5階建てのビルだが敷地面積はそこそこ広い。
1階にはエントランスとカフェレストランがテナントして入っていた。
とりあえず、エントランスにある受付へと向かう。
「すみません、リビングライブ二期生オーディション最終審査に参りました
「天原レイラ様…はい、14時からの面接となっておりますね
時間になりましたら採用担当が呼びに参りますので、あちらのエレベーターで3階までお上り頂きまして、正面にある待合スペースにてお待ち下さいませ」
レイちゃんは丁寧に対応してくれた受付のお姉さんにありがとうございますとお礼を言ってエレベーターの方に身体を向ける。
「あの、すみません
私は天原レイラの保護者として来たのですが、一緒に上に上がっても問題ないでしょうか?」
念の為に受付のお姉さんに私は尋ねた。
「担当の者に確認いたしますので少々お待ち下さいませ」
そう言って受付のお姉さんは内線電話を手にする。
少しして電話を元に戻して私に向き直った。
「お待たせいたしました
担当の者から許可が取れましたので、ご一緒に向かわれても大丈夫でございます」
私もありがとうございます、と一礼してレイちゃんと一緒にエレベータへと乗り込んだ。
3階に着き扉が開く。
エレベーターの正面には少し広めの区画にソファーとテーブル、自販機などが置かれた待合スペースが目に入った。
周りを見るといくつかの部屋があるらしく、壁に表示されている案内板を見る限り、この階は主に会議室がメインの階層らしい。
ソファーに腰を下ろし、その身を預ける。
反発がなくふわふわとしたソファーが身体を包み、疲れを癒してくれる…気がする。
なかなかにいい素材を使っているのだろう。
このソファーのおかげか、レイちゃんの表情も少し和らいで見える。
「レイちゃん、何か飲む?」
「うーんと…甘いやつ!」
「OK」
私は立ち上がって自販機の前に立つ。
この中で甘い飲み物は―
・苺ラテ
・お汁粉
この二択となった。
いや、この他にもあるにはあるのだが、レイちゃんは炭酸が飲めない為、それらは除外している。
梅雨一歩手前の季節にお汁粉はないだろう、と思ったが、こういう時は両方買うのが大阪人の流儀だ。
ガコンッ、と取り出し口に出てきた飲み物を取り、レイちゃんの前に移動する。
「アンちゃんありがとー」
飲み物を貰おうて手を差し出すレイちゃんだったが、私は飲み物を渡さない。
「…アンちゃん?」
どうかしたのか、と目で訴えるレイちゃんを見ながら私はしゃがみこんだ。
そして、ザババァンッと効果音を口にしながら立ち上がった。
「あなたが飲みたいのはこの苺ラテですか?
それとも、この甘~いお汁粉ですか?」
湖の女神のご登場である。
「いやいやいや!
何でこの季節にお汁粉あんの?!
こんなん苺ラテ一択やん!」
レイちゃんのツッコミにニヤリと微笑む私。
「正直者のあなたには両方差し上げましょう」
笑いをこらえながら両方の飲み物を差し出す。
「…拒否は?」
「退却は許されない!」
「く、くそッ、政治将校め!!
受け取るしかないのか…!!」
レイちゃんは仕方なしといった具合に両方を受け取った。
その姿を見て再びニヤリと微笑む。
「なんと、今ならもう1缶プレゼント!」
私は背後に隠していたお汁粉を取り出した。
「なん…だと…?!
得したのかしてないのか…ぐ…ぐごご…」
レイちゃんは再びのお汁粉に絶望した、と唸り声を漏らした。
本当はもう1缶隠してあるが、今日のところはこれで勘弁してやろう。
そんなやり取りをしている間にほどよく時間が過ぎ去っていたらしく、スーツ姿の女性が私達の方へと近付いてくる。
背丈はそれほど高くはないが、全体的にすらっとした体形に胸元まで伸びた黒髪をサイドポニーテールに束ねている。
少し幼めの顔立ちだが、可愛いというよりは綺麗という方がしっくりとくる。
キリっとした目元が余計とそう思わせるのだろうか…。
「お待たせいたしました
私、リビングライブ二期生オーディション採用担当の
私達はスーツ姿の女性―春夏冬さんから名刺を受け取った。
「これはご丁寧に…
うち…私は天原レイラと申します!
リビングライブ二期生オーディションの最終審査に参りました!
本日はよろしくおねがいします!」
レイラちゃんが勢いよく頭を下げる。
「付き添いの天原アナスタシアと申します」
私も春夏冬さんに頭を下げた。
「天原レイラさんにアナスタシアさんですね
申し訳ありませんが、アナスタシアさんにはこちらでお待ちいただくこととなります」
「はい、承知しております」
春夏冬さんは私の返答にありがとうございます、と頭を下げ、レイちゃんに向き直った。
「では、レイラさん、こちらへどうぞ」
春夏冬さんが手で行き先を案内する。
が、レイちゃんは動かない。
「レイラさん?」
その場から動かないレイちゃんに春夏冬さんが心配そうに顔を覗き込む。
「春夏冬さん、ちょっと…気合い入れてもいいですか?」
レイちゃんのただならぬ雰囲気に春夏冬さんは少しビクッと身体を震わせた。
「え、ええ、どうぞ」
春夏冬さんから許可をもらうと、レイちゃんはソファーに腰を掛けた。
バァンッ!!!
そして、おもむろに両手で机を叩いた。
突然のことに少しビクッとしてしまうが、春夏冬さんはそれ以上にびっくりしており、少し涙目になっている。
バァンッ!!
バァンッ!!
バァンッ!!
一定の間隔で叩かれるテーブル。
ふと、レイちゃんと視線が合う。
目で語っている、一緒に叩けと。
ならば叩くしかないだろう。
バァンッ!!
バァンッ!!
バァンッ!!
レイちゃんは私だけではなく春夏冬さんにも視線を向ける。
一緒に叩けと目で語りかけているのだ。
かなり困惑していた春夏冬さんだったが、根負けしてしまったのか一緒に机を叩き始めた。
バァンッ!!
バァンッ!!
バァンッ!!
段々と叩く速度が速くなっていく。
バァンッ!!
バァンッ!!
バァンッ!!バァンッ!!
バァンッ!!バァンッ!!バァンッ!!
バァァァンッッッ!!!!!!!!
テンションが最高潮に達したのか、一際強く机を叩いてレイちゃんは勢い良く立ち上がった。
そして胸いっぱいに息を吸い込む。
「オォォォォォォォォォォォディィィィィィィィンッッッッッッ」
空気中をビリビリと震わす咆哮が階全体、いや、ビル全体、もしかしたらリビングライブ本社周辺エリア全体に響いたかもしれない。
それほどの大音量の咆哮である。
レイちゃんは何するものぞ、最終審査!と意気揚々と歩きだした。
しかしながら、案内役の春夏冬さんは咆哮にやられたのか身体をぶるぶると震わせ、歯をガチガチと鳴らしていた。
まぁ、目の前でいきなり大声で叫ばれたら普通はこうなる。
ビビっても仕方がない。
だって、めっちゃ怖いもんな。
会議室にいた人達も何事だと扉を開き顔を出して様子を確認している。
残念ながら結構な方々に迷惑をかけてしまっているようだ。
だからレイちゃんに言っておかなければならないことがある。
「レイちゃん!
アゥサトゥルーは出陣前に生贄を捧げないとダメだよ!」
私の言葉が聞こえていないのか、レイちゃんはズンズンと廊下を進んでいく。
仕方がないので残っていたお汁粉をオーディンへの生贄に捧げた。