・リネーア・K・ノッテボーム カールスラント鉄道警察官のウィッチ
第1909列車
ベルリン上空のネウロイの巣を破壊することで、カールスラント奪還を目指す人類連合軍は大規模作戦の計画を立てその準備しているという。そこで作戦で必要となる物資を主にリベリオンやノイエカールスラントより輸送、欧州の前線拠点に集積することとなったが直接カールスラント間近の港へ揚げるのは危険が伴う。そこで既にネウロイから開放されているガリアの港から荷揚げされることになった大量の物資を運ぶ軍用列車である。
焼けた木の香りが漂う闇夜を一筋の煤煙が行く。
やや小柄な汽車に牽かれた列車の往く鉄路が敷かれているガリアは、あの第501統合戦闘航空団によって北東部上空にできたネウロイの巣が破壊されたことにより、連合軍が進出し国土の奪還と生活の再建が進んだ。しかし、依然としてベルリンを始めとしてカールスラントに点在するネウロイの巣より襲来するネウロイの驚異が残っており防空網を抜けたはぐれ個体が襲撃する自体が度々発生している。この列車の現状の終着点となる低地地方(ネーデルラント、ベルギカ)はその勢力圏の目前でありネウロイが越境して来ることも想定される危険地域だ。ガリアやロマーニャこそネウロイの巣を破壊したとはいえ、連合軍は日々ネウロイ勢力圏となった地域の奪還や防衛の為の作戦を世界各地で行っており、長大な前線を抱えていることに変わりない。特にネウロイの巣が集中しているカールスラントの首都ベルリン奪還という人類の未来に関わる大きな反抗作戦の準備とはいえ、後方の警戒の為だけに貴重な航空ウィッチ隊を割く余裕は各国にはないのが実情だ。
現状では主要な街に駐留している連合軍部隊や寄せ集めのユニットを装備した少数の陸戦ウィッチらが、ネウロイ侵入の報告を受けて最寄りの部隊が迎撃するという形になっている。それでも人的被害が見込まれない地や戦略的に重要ではない場所は余力が足りず、ウィッチによる支援が行えないこともある程度にウィッチは貴重な戦力であった。
そんな危険で見放された地を征く第1909列車を牽くのは扶桑製の9600型蒸気機関車、扶桑からの支援物資として送り込まれたものでこの欧州の地で使われるには小柄で非力であったが、危険な任務に充てるにはちょうどいいとされて使われている。そんな扶桑製機関車の先頭部にリベリオン製の見慣れない半自動小銃を持って腰掛けた薄い青色の制服に身を包んだ女子が一人。灰青の髪に黄色の目のこの女はリネーア・K・ノッテボーム、列車の護衛として乗務しているバルトランド人のカールスラントの鉄道警察官である。なぜ連合軍の軍用列車の護衛に軍人でない彼女が抜擢されているのか、実は列車運行決定時には列車にはウィッチの護衛を着ける予定はなく、少数の軍人が乗り込むだけの予定であった。前述の通り世界中でウィッチは非常に貴重な戦力として各戦線で取り合って不足している。天性の適正が必要になる航空ウィッチは尚の事、陸戦ウィッチであろうがなるべく各前線に貼り付けておきたいのが各国軍の意向であるといって間違いない。そんな環境において貴重なウィッチを列車の護衛の為だけにはどこの戦線も割きたがらなかった、しかし列車が貴重な物資を運んでいる以上どうにか一人位はウィッチを付けたいと鉄道側は考えており、そこで今まで鉄道部門での勤務を続けて来ていた実はウィッチであるリネーアに白羽の矢が立ったのだ。常に戦火に車両や線路を破壊される危機に晒されている欧州鉄道にとって、彼女は軍に身分を偽装してまで手元においておきたい人材で今回はそのずっと秘匿してきた彼女を利用したい瞬間であった。むしろこのために秘匿してきたのではないかと言うような恰好の機会である、しかし軍用列車に堂々とウィッチとして乗せてしまってはウィッチを秘匿していたことがバレてしまう。鉄道側は悩んだ末にあくまでも「現地の鉄道警察官の一人」としてウィッチであることは書類上隠されたままこの列車の護衛として彼女を抜擢することにしたのであった。
「ガリアの地とはいえ、夜は冷えるなぁ・・」
列車の先頭、冷たい夜風が吹き付ける中2時間以上ここに座っている。目の前は機関車のライトに照らされている鉄路以外は復興の最中にある茶色なガリアの町並みがポツポツとあるだけで残りは畑ばかり、ましてや夜中なのでそれらも大半は闇に消えていた。列車唯一の護衛の彼女に、この闇に包まれた状況が面白い訳がなかった。
「今日の乗務も特段何も起きなそうだし、寒いし一回車内に戻ろうかな」
栗色の髪を手ぐしで解かしながら伸びをして立ち上がり、車内に戻ろうと肩にライフルを掛ける。列車後方へと体を向け車体横のステップを何度目かの乗務で慣れてきた足取りで歩む。慣れの力はすごいもので最初の乗務では怖くて移動できなかった機関車の屋根まで、大した時間をかけることなくついた。安堵感に包まれながら屋根に立っている彼女の足を、分岐器を列車が通る揺れが踏み外させた。落ちる体の感覚に死を覚悟しながら咄嗟に屋根の縁に掴まる。滑るに滑り自分はこんなに重かったかとダイエットをしなかった事を悔やんだ所でなんとか片手で耐えた彼女の腰からは狼の尻尾、頭からは耳が生えており、使い魔と一体になった状態になっていた。
「にゃは…また助けられちゃったねオオカミさん…」
ウィッチ特有の身体能力の強化の恩恵を受けて耐えたことを認識し、感謝しながらなんとか屋根に這い上がる。その時、無意識に固有魔法が発動してしまい視界が暗闇に包まれる。
「あれ…?あ、もう…。仕方ないなぁ…あれ?変だなぁもしかして積み間違えたかな…」
彼女の目には長大な列車の中に爆発物があることが見えた。それも本来はその類の物が積載されていない筈の車両に。
「え?嘘…まって、しかも動いてる…?そんな馬鹿な…」
信じられないって表情をして見回し、改めて自分の意識で固有魔法を発現し列車全体を改めて見回してみる。やはり書類上は火薬や弾薬を積んでいない筈である車両に爆発物の存在を示す反応が見える。それもその反応は列車の幾箇所にも分散しており、その内2つは移動しているんだから彼女は驚きを隠せなかった。良くないものを見た気分…というか見てしまったわけで当然こうした事実に気がついた以上は確認しなければいけないわけである。それが単なる積み間違えか、怪奇現象か、はたまた信じがたいが人の悪意ある行為なのか、実際にみて確認しに行く他ないのである。こうした列車の保安上大きなも問題になるような案件と八合わせるとは運がないと、自分の運を呪いながら発車前の点検時を思い返そうとするも、ぼんやりとチェックをしたのか記憶に靄がかかって思い出せなかった。自身の仕事の怠慢さを呪いつつ、乱れた服を整え、愛銃に弾をこめ、意を決したベアータは一番近い、動いていない機関車次位の炭水車(石炭や水が積まれた機関車とセットの車両)に見える爆発物から調べることにした。目下の炭水車に向かうために慎重に慎重に屋根から運転室へと降りた。
「どうしたんだい姉ちゃん!合図をくれたら少しくらいなら止めたのに。危ないことはしちゃいかんよ!」
機関士と機関助士が目を丸くしながら口を揃えてベアータを叱る。色々なことが立て続けに起きたことによって気が動転し、そういったことに全くもって気が回っていなかった。なにより職務には真面目な彼女に取って列車の定刻と安全の前には自分の安全の事など気にかける前提もなかったのである。今もそんなことよりも炭水車の火薬が気になって仕方ない彼女は機関士の言葉もちくわのように右から左へながれ、ただ
「すいません」
と空返事をするだけですませ炭水車へとよじ登った。改めてにはなるがベアータは魔法力の発現と同時に授かった天性の能力である固有魔法により、火薬をはじめとした爆発物の存在が周りから少し目立つようにカラーリングされて視界に映る。これは何らかの手段を持って隠蔽されていても透視して可視化、発見することができる能力である。そんな能力を持つ彼女にかかれば炭水車の石炭の山の中から爆発物を見つけ出すことは容易であった。
「こっ…これは…石炭に偽装された爆薬の塊…」
見つけ出した爆発物を手に取り視界をもとに戻し、改めてその爆発物の外見を認知した彼女は驚愕を隠せない。こんな精巧に石炭に似せた爆弾を炭水車に混ぜるなどという姑息な手段をネウロイが取るのだとすれば新たな脅威であるし、正気の人間がするいたずらの域を過ぎている。即ち、この石炭爆弾はネウロイの侵攻という人類未曾有の危機に瀕し、世界全体が団結してこの危機を乗り越えようと妥協しあっているこのときに、明確な悪意を持って人類の足を引っ張ろうとしている醜い者がこの世界に少なくとも一人はいる。その事実の紛れもない証拠であるのだ。吐き気を催す様な強い悪意の塊を前にして尚、彼女はその事実を理解しかねた、むしろ理解を無意識に拒否した。まさか自分の乗務している、それも連合軍の戦略物資を積んだ人類の反抗の鍵にもなりうるような列車が、身内である人類の何者かによって破壊しようと試みられていた事実は純粋無垢な乙女には信じがたかったのである。身の毛がよだつ様な現実に直面し、信じられないこの大きな悪意を前に暫く呆然としていた彼女に機関士が声をかける。
「どうした、なんか見つけたのかいお嬢ちゃん」
ドス黒い悪意に飲み込まれかけていたベアータはふっと現実に呼び戻された。うまく回らない頭で咄嗟に(機関士に不安を感じさせてはいけない)そう考えた彼女は
「いえ、大丈夫です。ちょっとゴミが混じってたので取っただけです」
と答え、慌てて制服のポケットに爆発物をしまった。それが爆発物な事すら忘れて。本来ならばこの列車を調査し終わるまで止めておきたいところであったが彼女には列車を止めることに対していくつかの懸念を持っていた。まず一つ目、列車の運行に支障が出ることに間違いなく、最悪作戦に遅れが出てしまうこと。二つ目は、この爆発物を混入させた犯人は何処かから列車を監視しており、乗務員や護衛が爆弾に気づいた事がバレたらその場で爆破することを選ぶ可能性。これらのリスクを考慮した結果、彼女は列車を止めて応援を呼ぶことより自力ですべての爆発物を除去し列車の運行を止めずに自体を解決することを選択した。警察官という立場にはありウィッチではあるものの、どこまで行っても17歳の少女には変わりない彼女が全てを一人でこなす、という決断をするには大きな勇気が必要であった。それでも彼女は何時だかに聞いた「ウィッチに不可能はない」という言葉を信じて選択をした。ことさら10代の女子に大きなものを背負わせてしまうこの言葉は、勇気の後押しのよう見えて呪いのような言葉なのかもしれない。
機関士らに優しく見送られつつ炭水車を越えて一両目の貨車のステップに飛び移り、中に入る前に一旦立ち止まった。
「二両目にも…見える。それにここのは確か動いてた方の爆薬…」
ゆっくりゆっくり車内を歩き2両目に向かう、この先にこの様な事をするような大きな悪意の塊たるテロリスト本人ががいるかも知れない訳で、明確な死と隣り合わせのとてつもない恐怖を胸に半自動小銃を抱えて気づけばもう連結部までやってきてしまっていた。次の車両は前線に居る兵士の家族からの手紙や、ウィッチへのファンレターが積まれた郵便車。こんな車両に爆薬を持ち込む時点で性格が悪い、よほどの人間嫌いが見て取れる。何度も念入りに半自動小銃をチェックする、弾は込めたか、安全装置はすぐに外せるか、しっかり確認して願掛けのキスを機関部にする。唯一の相棒にしっかり願掛けし、深い深呼吸をしてようやく意を決した。内開きの郵便車のドアに強くタックルして車内に飛び込む。勢いよく派手に突入して自らの最高のパフォーマンスをもって素早く構えた相棒の銃口を向けた先には、至って冷静態度で(というか痛いものを見る目が正しいだろうか)自動拳銃を向けてくる恐らく郵便車担当であろう郵便局員と思わしき制服の女と、いつの間にか背後に居て消音器のついた拳銃を私の後頭部に向けてくる見知らぬスーツの女が居た。
向かい合い私に押し付けられた銃口に冷や汗が止まらない。まさか二人もいるとは思わなかった、死への恐怖は身体を動かそうという力を奪い一切抵抗できなかった。
…しかし、私は殺されなかった。ただ静かに重たい空気と張り詰めた緊張が走る郵便車にはレールのつなぎ目の音と機関車の機械音だけが広がっていた。
第一話 完
真面目に連載物も小説も書いたことがないので拙い文であるとは思いますがどうにか完結へと持っていけるようにがんばります。