「妖怪達の中でも比類なき強さを持つ存在…君達の噂は私の耳にも届いていたよ、戸愚呂兄弟。」
目の前の男は告げる。
「お褒めにあずかり光栄ですと言いたいところですが、そんな大それた存在じゃあありませんよ…
俺はね。」
「随分と謙虚だな…吸ってもいいかね?」
「どうぞ。」
今の俺は
さすがに…その日暮らしのニート生活にも限界はある…それに、目の前にいるこの男とも出会う必要があった。そのためにも社会との繋がりを持っておく必要があったのだ。
社会は社会でも、裏のだが…
顔に傷を持つ長髪の男。
妖怪売買のスペシャリストとして台頭したと言われている男。人間の狂気という狂気を詰め込んだ…そんな目をしていた。俺はこの男を知っている…ずっと、ずっと前から。
「ふーっ…退屈だとは思わないかね?」
「今の世の中がですか?」
「あぁ。」
「それはもう…あなたが生まれるずっと前から思っていたことですよ。」
満足のいく答えだったのか、男はひとしきり笑った。
「理不尽だとは思わないかね?強大な力を持った者ほど不自由になる矛盾…戸愚呂、君も強大な力を持つがゆえの虚無感に苛まれているのではないか?」
「まったくもってその通りです…と言いたいところなんですがねェ…」
それは違う。
これから起こるであろうイベントのことを考えると夜も眠れないくらいだ。血が騒いで仕方がない。
妖怪に転生して数十年。
本当に長かった。
鴉や武威のように楽しませてくれるようなヤツらもいないわけではなかったが…殆どが何の面白みもない日々だった。
だが、その時は確実に近づきつつあるのだと実感することができた。
今日この男に…
「やはり、
「私はそんな価値のある人間ではないさ。」
「価値はなくとも…野望はあるんでしょう?
あなたはとてつもなくドデカイ野望を持っているはずだ。」
「ふ…驚いたな…。」
そう言うわりに、微塵も表情は変わっていない。
「それは、君の勘というヤツかね?」
「いいえ、確信ですよ。あなたのような狂人が何の野望も抱かずに生きていけるわけがないのでね。腹の底では何かエグいことを考えているんじゃないですか?」
「く…くくく…狂人か…確かにその通りだな。」
何をわろとんねん。
「戸愚呂…君はもっと強い者と戦ってみたいと思ったことはないかね?」
「もちろん、ありますよ。」
「それが叶うとしたら?」
「嬉しい限りですね。」
「…魔界というところには、私も君も知らないような強大な連中がうようよといるそうだ…もしもそんな連中がこの人間の住む世界に来たらどうなるか?考えただけでも心が踊らないかね?」
「それは…俺の望む世界そのものですね。」
「…戸愚呂、君も人のことは言えないな。私からすれば君も立派な狂人だよ。」
「褒め言葉として受け取っておきましょうか。」
「混沌こそがこの世の真理だ。まやかしの平穏ほどつまらぬものはない。」
「えぇ、同感ですね。」
「気が合うな…どうかね?私の下で働いてみる気はないか?私の野望の一端を担ってはみないかね?」
「困りますな左京さん…そんなつもりで戸愚呂を
アンタに紹介したわけじゃないんだ…戸愚呂は私の…」
何やらうるさいハエがいたが、首を落としたらすぐに何も言わなくなった。
「失礼、ハエが鬱陶しかったもので。」
「構わんよ。」
左京の目的は穴を開けること。
魔界と人間界をつなぐ界境トンネルと呼ばれるものを意図的に開き、魔界に住む妖怪達をこちらの世界へ呼び出すこと。そして人間界を混沌とした百鬼夜行の世界へと変えること。
究極のエンターテイメントだな。
そのエンターテイメントのためならば、左京にとっては自身の命などゴミのようなもの。たとえ、跋扈する妖怪に命を奪われようとも本望。こいつはそんなような男なのだ。
子供ながらにこの男には戦慄した記憶がある。何か、説明できないような異質な何かを感じていた。
どんな人間よりも、どんな妖怪よりも恐ろしい。
純粋にそう思わせられた。
それが、
「素晴らしい出会いを祝して…乾杯でもするかね?」
「すみませんね…下戸なもので…酒はダメなんですよ。」
「そうか…それは残念だ。」
それが…俺と左京という男との出会いだった。