ウマ娘に転生したのでちょっくら本気で生きてみます。   作:匿名トレーナー

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第01レース プロローグ

 俺は26歳サラリーマン、そこそこに生きている何事もそこそこの平凡人間。そこそこに満足した生活を送って、そこそこにいろんなことに不満を抱いている。

 平凡で普通で普遍で。

 つまらない人生で、つまらない人間だった。

 仕事のストレスからか、最近は眠れないことが多く、夜のコンビニに行くのが日課となっていた。何をするわけでもないが、店内をぶらりと一周して酒か甘味を買う。

 夜の静寂は心を落ち着かせてくれる。

 空を眺めながら、また数時間後には朝日が昇ることを憂いていると、静寂をつんざくような喧騒が聞こえてきた。

 足を止め、目を細めて様子を伺うと、大学生くらいの男女が横断歩道で言い合いをしているようだった。酔っているのか、2人とも随分と大きな声で怒鳴り合っている。

 これも青春と呼べるのだろうか。そういう経験に疎い俺にはよくわからない。そこそこの俺は人付き合いもそこそこで、感情を曝け出す行為である喧嘩をしたことがなかった。

 何事もなく、穏便に。ほどほどに生きるべくして生きているのだ。

 こんなクソつまらない人生になったのは、俺の選択の結果が積み重なったものなのだと考えると、気が沈んでいく。

 やり直せるのであれば人生をやり直したい。詮ないことを考え、首を横に振る。どうせそんなことは無理なのだ。

 深く息を吐き、さっさと帰って酒を飲もうと足を踏み出した瞬間、気づいた。

 気づいてしまった。

 言い争う男女目掛けて、トラックが突っ込んでいくことに。居眠り運転なのか、気づいていないだけなのか、トラックが減速する様子はなかった。そして、男女もそのトラックに気づく様子はない。

 

「あ」

 

 甲高い音を立てて、手に持っていたレジ袋が地面に落下した。

 何かを考える前に、足が動いていた。足が動いて、それから思考が巡った。なぜ俺はこんな赤の他人を助けようとしているんだろうか。自分を危険な目に合わせてまで、助ける必要があるのだろうか。何かメリットはあるんだろうか。

 それでも、足は止まらなかった。

 メリットもないし、助けてやる義理もない。それでも足が止まらないのだ。社会人になってからというもの、全力疾走なんてしたことがなかったからか、足がもつれる。

 それでも走り、勢いそのまま男女を突き飛ばす。その反動で、俺の勢いがなくなった。つまり、先ほどまで男女がいた場所に、俺が立っているのだ。

 まずいな、と思った時にはすでに跳ねられていた。

 痛いとか、怖いとか、そんなものはもはや感じなかった。跳ねられた感想といえば、こんなに飛ばされるんだなってことくらいだ。随分と高く長く打ち上げられ、地面に不時着する。

 肉のつぶれる音がした。

 身体の感覚がない。

 意識も朦朧としている。

 

「ーーっ!? ーー!!」

 

 意識が薄らぐ中、助けた女が俺に駆け寄る。何を言っているのか分からないが、これでもかというくらいに必死な表情だった。

 擦り傷はあるみたいだが、突き飛ばしたことによる大きな怪我はないようで安心だ。ほっとしたからか、急激に眠気が襲ってくる。どうやら久しぶりに深い眠りにつけそうだ。

 俺はそっと、瞼を下ろした。

 

ーーー

 

 目を開くと、白髪の女性が柔らかな表情で俺の顔を覗き込んでいた。随分なべっぴんさんだった。

 どうやら俺は生きているらしい。

 天井も病院らしき場所で、治療のために運ばれたのだろうか。ということはこの女性は看護師か何かか?とも思ったのだが、どうにもそんな雰囲気ではない。しかも、その女性はウマ耳のカチューシャ?をつけているのだ。

 見知らぬ女性が、ウマ耳をつけて俺の顔を覗き込んでいる。

 これはどういう状況なのだと困惑する。

 その困惑が伝わったのか、女性もどこか不安そうに眉をひそめる。

 

「この子、泣かないですけど大丈夫ですか?」

 

 泣かない? こんな大の大人が泣き出したら引くだろう。

 兎にも角にも、状況を把握しなければと声を出す。

 

「うぁ、あうー」

 

 上手く喋れない。それどころか、身体もなぜかいうことを聞かない。もしかして、事故の障害だろうか。だとすれば、俺はこれからずっとこの状態なのか?

 なんてこった、と絶望していると、ウマ耳の女性が俺を抱え上げる。

 そう、俺を抱え上げだのだ。

 女性が、成人男性の俺を。

 

(!?)

 

 何が起こっているのかさっぱり分からない。そんな俺にお構いなく、女性は顔を近づけこう言うのだ。

 

「ーー生まれてきてくれてありがとう」

 

 生まれてきてくれてありがとう?

 言葉の意味を理解するのに、数秒必要だった。

 理解して、飲み込んで、もう一度考えて、やっとのことで受け入れる。

 ーー俺はどうやら、転生したらしい。

 赤ん坊だから女性でも抱き上げられたし、こんなに愛おしそうな表情で俺を見ているのだ。

 生前夢見ていたシチュエーションだが、まさか自分が本当に転生するとは……

 白髪で、出産時にコスプレをするような頭のおかしい美人さんの子供として。

 なんの罰ゲームだよこれ。

 

ーーー

 

 あれからひと月が経った。

 やはり俺は生まれ変わったらしい。どうやらトラックに跳ねられると転生すると言うのは実話だったようである。しかもこの世界、どうやらウマ娘の世界のようだ。

 喜ばしいことに、俺のママンは出産時にコスプレをする頭のおかしい女ではなく、本当にウマ耳が生えているウマ娘さんなのだ。しかも巨乳。役得である。

 そんな母から産まれた俺は、もちろんウマ娘だった。

 

 ーーもう一度言うぞ、俺はウマ娘だった。

 

 転生して、しかもTSしたのだ。何その欲張りセット、とも思ったが女性に生まれたものは仕方がない。失ったものはもう取り戻せないのだ。ひと月も経てば喪失感もだいぶ薄れてきた。今でもふとした瞬間に失った息子を思うことはあるが……どうせ使い道もなかったのだ、嘆いても仕方がない。

 兎にも角にも、俺はウマ娘の世界にウマ娘として生まれ変わったらしい。あのゲームの世界だ。

 そう考えると、ワクワクした。

 この世界の、彼女たちに会えるかもしれないのだ。

 そのためには、中央のトレセン学園に入学しなければならない。たしかあの学園は日本でも選りすぐりのエリートウマ娘が通う学園だったはずだ。

 だとすれば、決めた。

 俺はこの世界で、やり直す。

 そこそこではなく、精一杯生きよう。

 ちょっくら本気で生きてみますか!

 

ーーー

 

 とある女性助産師の手記

 

 ひやりとした。

 生まれてきた女の子が、全く泣かなかったのだ。母親の身体が弱く、難しい出産になると考えてはいた。それでもなんとか赤子を取り出したのに、まったく産声をあげなかったのだ。

 出産前の話では、母親が耐えられるかどうかが議論されていた。そして母親の身体は今のところ問題ない。なのに、子供が全く泣かない。

 急いで適切な処置を行なったが、それでも一声も発しない。

 死産だとさえ思った。

 己の身の危険を承知で挑んだ出産で、こんなことがあってもいいのかと。

 母親の不安そうな顔に鼓動が早まる。もしかしたら、そう覚悟した瞬間「うぁ、あうー」と赤子が声を発したのだ。

 どっと力が抜けた。良かった、と思う反面新たな不安が生まれる。泣かない赤子は何かしらの異常を抱えていることが多い。母親には申し訳ないが、抱えられた赤子を預かり、慌てて検査に回す。

 結果、特に異常はなかった。小柄ではあるが、元気な女の子だ。

 ようやく胸を撫で下ろした。

 ここでは判明していない異常もあるかもしれないが、ひとまずは安心だ。

 ただ気になったのが、生まれてきた女の子とよく目が合うのだ。なんとなくではなく、意思を持っているような……そんなはずはないと首を振る。疲れているのかもしれないと、目頭を揉む。

 とにかく、どうかこの先、この親子が幸福に過ごしてくれることを願う。

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