白羽のハーモニー   作: 龍也/星河琉

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読んでいただきありがとうございます! 本編の星達のオーケストラもよろしくお願いします! 作品名の読み方は『しらはのハーモニー』、略称は『白ハモ』です。


作品リンク
https://syosetu.org/novel/264358/


第2話 それは、希望か戯言か。

 ある日。学校から家に帰って来た湊人(みなと)が玄関に入って1番に五感で感じ取ったのは、むせ返るような強いアルコールの匂いと、目と喉に刺さってくるような紫煙の香り。よく思考を巡らせなくても、これらの匂いがする原因は1つ。自分の父親によるものだと湊人は即座に判断した。

 

 鼻を摘みたくなる気持ちを抑えながら湊人は自宅のリビングへ足を踏み込む。そこには彼の予想通り、席に座してウィスキーが入ったグラスを片手に煙草を吹かす男性が居た。その名は(あずま)楽人(がくと)。湊人の父親で、元々作曲の仕事をしていた人物である。楽人はリビングに入ってきた湊人にちらりと視線をやり、息子だと確認がとれた為か、すぐに目線を逸らした。

 

「帰ったか」

 

「ただいま、父さん」

 

 湊人が恐る恐る父親に挨拶するが、それに返事が返されることはなく、楽人は無言で酒を流し込んだ。夕方の時間帯でウィスキーの瓶の中身が半分以上減っているということは、恐らく昼間からそうしていたのだろう。おまけに喫煙もしている為、湊人は父親に対し身を案じる気持ちが更に強まる。

 

「父さん、煙草とお酒は身体に良くないよ。内臓の病気が再発したら……」

 

「何だ? その態度は。俺に指図でもするつもりか?」

 

「そういう訳じゃないけど……」

 

 そう言われた楽人は顔を顰め、敵意を剥き出しにしながら湊人を睨み付けた。彼はそれに萎縮して思わず後ずさる。楽人は過度な飲酒や喫煙が原因で1度病院の世話になった身であり、現状病気は治っているものの、普段から以前と変わらず飲酒し続けたらいつまた病気になるか分かったものではない。故に湊人は純粋に父を心配したつもりで言ったのに、それがかえって楽人の機嫌を損ねることとなった。

 

 無論、楽人は昔からこうであった訳ではない。作曲家にまで成ったのだから、音楽が好きであったことに違いは無い。だが楽人の身に降り掛かった不幸が彼の人間性も、価値観も。その全てを変えてしまった。

 

「湊人。お前があの学校に通って何になる? どうせ大した結果も、何かを為すことも出来ないというのに」

 

「そんなのやってみなくちゃ分からないよ。僕は神宮で、音楽を楽しみながら学ぶって決めてるから」

 

「……戯言だな」

 

 湊人の言葉を楽人は鼻で笑いながら『戯言』だと一蹴。楽人は湊人に対し期待している訳ではないし、応援している訳でもない。自分のようになるのだと思い込んでいるのか、音楽を真面目に学ぼうとする湊人を嘲笑うかのような態度をとる。父親のその態度が湊人の琴線に触れ、彼は楽人に詰め寄り、テーブルを強く叩いた。

 

「どうしてそんなこと言うんだよ……ただ音楽を学ぶことが、音楽を頑張ることが! そんなに悪いことなのかよ!!」

 

「意味の無い事を頑張ることが愚かだと言っているんだ俺は! 努力など……報われるものではないんだ!」

 

「意味ならある! 僕には『音楽家になる』って夢だってあるっ! それに父さん言ってたじゃん! 『音楽は音を楽しむもの』だって! 父さんが……それを教えてくれたんじゃないか!」

 

 変わり果てた父に今まで溜まってきた本音を必死にぶつける。湊人は今まで楽人の教えに倣って音楽をやってきた。自分が1番に音楽を楽しみ、その上で学びを増やすのだと。その湊人の叫びが、楽人の触れてはいけない逆鱗に触れた。

 

「『音楽は楽しむもの』だと……? ふざけるなッ!! そんなもの、ただの能天気な戯言だ! 楽しむ事に何の意味がある!? 結果を出さなければ全て無意味なんだ! そんな塵のような思想……捨ててしまえ!!」

 

「父さんっ……!」

 

「もう良い。お前のせいで胸糞が悪くなった。今すぐ俺の前から消えろ! この愚か者が!!」

 

 凄まじい剣幕で怒鳴られ、自分の価値観を実の親から否定され、湊人は余りの怒りと悔しさに血が滴り落ちる程に拳を握り締めていた。せめてもの反抗か、父親に対して1度舌打ちをした後にリビングを出て行った。

 

 

 

 

 自室に戻って鞄を乱暴にベッドに投げ捨て、湊人はその場に蹲る。あれ程怒鳴られたというのに、彼は父を心配する気持ちを失っておらず、『父さん』と一言発した。 

 

 昔はあんなにも優しく、自身の音楽に誇りと、嘘偽りない情熱があった人だったのに。音楽を楽しむ事を何より大事にしていたのに。今は酒に溺れ、音楽への感情を失ってしまっている。そうなったのには無理もない理由があるからこそ、湊人は父親を同情する。楽人がこんなにも荒んでしまったのには相応の理由がある。

 

 半年前の楽人はまだ現役の作曲家であったが、新しい曲を生み出すことの出来ない、所謂スランプに陥っていた。スランプから脱する為に自分を奮起させ、モチベーションを高め、自分でやれるだけの気の持ちようを次から次へと試し続け、ようやっと良い構想が思い付いたというところで、自身の耳に違和感を覚えた。いつも聞こえていた筈の音が、突如として聞こえなくなったのだ。

 

 医師の診察を受けた末、楽人は『突発性難聴』だと診断された。早期に発見したお陰で聾にはならなかったものの、高音が聞き取れなくなるという音楽を職業としている者にとっては致命的な障害を患ってしまった。喋り声や物音は聞こえるが為に普通に生活する分には問題無いのだが、自らの生き甲斐であった音楽だけは何をどう足掻いてもやることができず、無理に音楽を続けようとすると耳がまったく聞こえない事態に陥る可能性もある。故に楽人は望まぬ引退を強いられ、音楽業界から身を引かざるを得なくなった。

 

 以来、楽人は『努力は報われない』、『結果を出さなければ無意味』といった価値観に変わり、これまで以上に酒と煙草に浸かる日々をおくるようになった。湊人に対する態度も冷たくなり、神宮音楽学校へ行く道を選んだ息子を否定的な目で見るまでになった。湊人は音楽に対して否定的な楽人の言葉を聞く度に幾度となく自身の心に問答を続けた。『頑張りたい』という気持ちは無意味で無価値なのか。音楽を楽しむことは、間違っているのだろうかと。尊敬する父の教えなのだから間違っている筈がない。そう自分に言い聞かせてみるものの、それを教えた張本人があの状態であるのだから、湊人の心が揺らいでしまうのも無理はないと言えよう。

 

 それでも。たとえ父親が音楽に対しての気持ちを失っていても。自分の道を否定されたとしても。それでも、湊人はあの日の父の言葉を信じている。音楽は、音を楽しむものなのだと。楽しまなければ、楽しくなければ。音楽をやる意義が無い。だから湊人は楽しく音を奏で続けることを心に誓っている。叫びたい、寂しい気持ちを只管に堪えながら。

 

「……分かるよ。父さん」

 

 俯いていた顔を少しだけ上げて湊人はそう呟く。自分がもし父と同じ立場でも、同じように荒むだろうと。楽人がどれだけ音楽を愛していたのかが分かるからこそ、その辛さと痛みは果てしないものであるのは想像に難くない。

 

「でも僕は……それでも」

 

 ならば代わりに。自分が父の意志を引き継ぐ。音楽を楽しみながら、高みへ行き着くのだと。

 

 掌から、赤黒い液体が一粒床に滴った。

 

 

 

 

 

 




夢か、呪いか





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