少女は“ライター”を売っていた。



※小説家になろうにも投稿しています

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ZIPPO売りの少女

 塗装の剥がれた(ひび)だらけの壁に背を預け、少女は静かに息をする。

 

 終わりだ。

 

 いつも通りの仕事だった。言われた通りにモノを運んで受け渡す。それが何かなんて知らないし、知る必要はない。

 荷物を渡せば僅かばかりの金を渡され、少女は黙って帰る。そのはずだった。

 

 少女の前で開かれた箱からは黒く光る一丁の拳銃が取り出された。受け取り役の男は慣れた手つきで弾を装填し────撃った。

 

「────ッ」

 

 未だ血を吐く右腕が痛む。どくどくと命が(こぼ)れていくのを留めようと必死に抑えても効果はない。

 

 これは罰だろうか。

 追手は来ない。放置しても死ぬと思われているのだろう。当たりだ、と少女は小さく笑う。

 医者にかかる金もなく、身を寄せるような場所もない。

 

 ぽつり、雨粒の重みに頭を上げる。近くに落ちていたひしゃげた傘を屋根に座る。あっという間に濡れた靴とズボンが不快だった。

 ふとズボンのポケットに手を入れると冷たい感触がある。少女の手の中に収まっていたのは見慣れた“商品”だった。無骨で何の装飾もないZIPPOライターと煙草(たばこ)一箱。昨日売れ残ったものだ。

 

 少女の仕事は“荷物運び”と“売り子”。

 新品ですらない“ライター”を求める多くの人に“ライター”を売った。買いに来る客の目は好奇心か渇望に染まっていた。ついでのように置かれた煙草に目を向けることもなく、異様な雰囲気で“ライター”を買っていく。

 少女は気づいていた。彼らが買っているのはきっと、ライターではない。少女を雇う男たちは、ライターのオイルを()()()と言った。煙草は飾りだ、売れなくていい、とも。

 

 ぼんやりと少女はライターの蓋を開ける。新品でないライターは少し(すす)けて油臭い。ホイールを回すと、簡単に火が着いた。油だけではない、妙な匂いがした。

 煙草を一本取り出し、火を着ける。少し湿気(しけ)っていたが、すぐに煙を吐き始めた。咥えて、大きく息を吸う。

 

「──ッ、ゲホッ」

 

 煙を吸う初めての感覚に噎せながらも、悪くないと感じた。このまま吸っていれば、身体中に煙がたまって、脳味噌も、心も、全部煙が隠してくれる気がした。

 

 ライターの火は未だ消えず、妙な匂いを放っている。きっとそれを吸えば楽になれる。どうせ死ぬのだから、後のことなんて考えなくていい。

 そう思いながらも、少女はライターの蓋を閉じた。

 

 ──また、誤魔化した。見ないフリをした。

 

 いつも、いつもそうだった。

 わかっていた、気づいていた。でもわかりたくはなかった、知りたくなかった。

 

 いつか、捨てたのは間違いだったと顔も知らない両親に言って貰えると。

 いつか、これまでありがとうと言って仕事の報酬を沢山貰えるのだと。

 いつか、この地獄から抜け出し、普通に生きられるのだと。

 

「は、ははは……」

 

 最初から、全部、全部わかっていた。学校になんて行っていなくてもわかる。赤子と変わらない少女にもわかる、簡単なことだった。

 それでも気づいていないフリをして、いつか救われると信じるフリをして。

 

 荷物を受けとる男は、“商品(ライター)”を渡す男は、少女を囲う地獄は、全て知っていた。わかった上で少女の“ごっこ遊び”に付き合い、嘲笑っていた。

 

「はは、は、は……」

 

 笑える話だ。笑うしかない話だ。

 全部、全部吐き出していく。吸った煙と一緒に、少女の中の全てを。誤魔化したところで消えなかった自身の罪を。

 

 こうしていると、マッチ売りの少女のようだ。少女はそう思いかけ、すぐに否定した。

 あの少女は、人として生きるためにマッチを売り、そして人として死んだ。大切な祖母を想い、幸せの中で天国へと昇った。

 自分はそんな許される存在じゃない。許されていい存在じゃない。

 

 きっと、私は地獄行きだ。当然の帰結、当然の末路。そこに絶望もなければ希望もない。

 

「あぁ」

 

 でも、あの男たちと同じ場所へ行くのは嫌かもしれない。そんな贅沢を言うことは出来ないけれど。

 

 腕の出血はとうに止まっていた。それでも、少女の命は零れ続ける。少女は限界だった。()き止められていたものが、一発の弾丸で(あふ)れだした。

 

 また、煙草を咥える。

 いつの間にか大降りになっていた雨を眺め、煙を吸う。吸って、吸って、吸って、吸って、吐き出す。

 

 少女の手はもう動かなかった。煙草はぼろぼろの唇に挟まれたまま煙を吐き続けた。煤けたライターは火を着けず、煙草の灰を背負っていた。



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