陽炎に揺らめく人影が、雨上がりの濡れた路地に映る。
「来やがった!『鬼』だ! 鬼が来た!」
「退くんじゃない! 陣形を組み直せ、何としてもここで捕らえるんだ!」
一様に同じような装備を身に着けた兵士たちが隊伍を組み、各々携えた銃火器を構える。銃口が揃って睨む先にある、『鬼』と呼ばれた人影が手を翳すと同時に、隊長格なのだろう男が叫んだ。
「シールド!前へ!」
号令を受けて最前列の数人が盾を引き起こし、ほぼ同時に鬼の手から赫赫と煌めく光の奔流が放たれる。ごうと音を立てて盾に激突したそれは、果たして兵士たちには届かない。僅かに鬼のたじろぐ気配、お返しとばかりに兵士たちが一斉にトリガーを引き、放たれた弾丸から彼は跳び退いて逃れる。
「化物め、貴様の能力は調査済みだ。如何に熱を操る貴様でも、耐火金属製の盾は破れまい!」
「……皇神の
「強がりをッ!!」
再装填を済ませた兵士たちが再び引き金を引かんと構える。先ほどの散発的な銃撃とは違う、狭い路地での面制圧じみた弾幕展開。如何に皇神の部隊を潰して回ると噂に名高い『鬼』であろうと、逃れる術は無い。と、少なくとも兵士はそう考えていた。
「撃てェッ!!!!」
やがて吐き出される弾丸の雨。一切の逃げ場無く空間を埋め尽くしたそれは、鬼の身体を食い破る直前で『蒸発』する。絶句する兵士を静かに見据えて鬼は事も無さげに、その由来となった仮面の奥で口を開いた。
「弾丸を溶かした、ゴム弾は融点が低くて助かる。 それと」
「ば、化物が……!」
「悪いけど、その盾は俺には通じない」
そう言った鬼の足元が、瞬く間に熱を帯びて湯気だっていく。発生する上昇気流に煽られてコートが翻り、被っていたフードが外れてアンバーの髪が露わになる。報告よりも、観測された情報よりも遥かに膨大な熱エネルギーの発生が、『単純に使われていなかっただけ』であるという事に思考を回す間も無く……。
「アンタ達に恨みは無いけど、____の為だ。殺す訳じゃないから、許してくれ」
先ほどよりも数倍激しい閃光が、路地裏の一角を埋め尽くした。
###
人類の中に『
それが例え、多くの能力者の犠牲の上に成り立つものであっても。例えその現状に反旗を翻す私設武装組織が存在したとしても、
これは、煌めく翅持つ者の物語。これは、蒼龍の
###
携帯端末の画面に映る鮮やかなステージが薄暗いワンルームを染め上げ、控えめな音量で流れる音楽と歓声、透き通るような歌声が鼓膜を揺らす。同時に、端末から聞こえるそれとは別の歌声も。
「ただいま、シンシュ」
「……お帰り、シャクヤ」
画面に齧りついていた朱色の髪の少女が、少し気恥ずかしげに玄関方向に振り向く。その髪をぐしゃりと撫でつけてベッドに腰掛けたのが、ほんの数時間ほど前に『鬼』と呼ばれていた少年だった。
「オンライン視聴のチケット、獲れたんだな……ええと」
「モルフォ」
「ああそう、モルフォのライブ」
「うん、前のライブは見れなかったから……今回はページが開いた瞬間に取ったんだよ」
手のひら大のディスプレイの中、青い蝶の羽を背負った少女がサイリウムの花畑の上を舞い踊りながら歌っている。バーチャルアイドル・モルフォ、大企業皇神グループの広告塔にしてヒットチャート首位を独占する電子の歌姫。なんでも、皇神が開発したAIプログラムらしく。目の前でペンライトをサイリウム替わりに振りながら歌を口ずさむシンシャも、熱狂的なファンの一人だった。
「学校はどうだった?」
「普通、宿題も無かったよ。シャクヤこそ、仕事は上手くいったの?」
「ああ、少し想定外のことはあったが、何とかしてきた」
元々在籍していた孤児院の伝手で学校に通うシンシャに対して、今年で十五になるシャクヤは複数のバイトを掛け持ちして学費と生活費の足しにしている……というのが表向きの設定だ。
実際の彼は『フェザー』と呼ばれる主に能力者で結成された武装組織と通じ、破壊工作やテロ行為に加担することで報酬を得て生活している。その過程で能力者の管理を掲げ、保護と研究の名目で能力者を捕らえ実験体として扱う皇神グループから恨みと共に付けられた渾名が『鬼』という訳だ。
「そっか……、ねぇシャクヤ、やっぱり学校には来ないの?」
「行きたいのは山々だけど、ちょっとな。俺はお前がちゃんと勉強してくれるなら、それでいい」
無論シンシャはその事を知らない。それどころか、彼女はシャクヤが能力者であることも、皇神グループが世間に認知されているほどクリーンな企業ではない事も知る由は無い。
不満そうな、だが同時に諦めの混じった表情を浮かべて、シンシャがディスプレイに視線を戻す。その姿に罪悪感を覚えながらフード付きコートや鬼を模した面を詰めたリュックサックを壁に掛けた時、『仕事用』の携帯端末に着信が入った。
流石にこの場で会話をするわけにはいかない。此方を見たシンシャに軽く手を振って狭いベランダに出て画面を確認すれば、そこには『Sheeps leader』という文字が映っていた。
「もしもし」
「私だ。突然すまない、ヤシャ」
「構わない、何の用だ?シープスリーダー」
通話越しに低い男の声、フェザー創始者の一人にして実働部隊『チームシープス』のリーダー、アシモフ。立場としても戦力としてもフェザー最強の男が直接連絡を寄越す以上、十中八九大口の依頼だろう。
「サンクス。実は君に、一つ頼みたいことがある。リワードも普段より多く出せるが、どうだ?」
「そもそもの内容による、取り敢えず話してくれ」
「分かった、今回君に頼みたいのは____」
「……バーチャルアイドルの、