韋駄天は投射呪法に似ていると、禪院直哉は思った。   作:恒例行事

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禪院直哉①

 熊谷(くまがい)友子(ゆうこ)は激怒した。

 必ずかの邪知暴虐で性悪で顔だけがよくて最低なクソ男をぶん殴ってやるのだと決意した。

 

 熊谷友子には友人がいる。

 それはそれは大切な友人だ。

 身体が弱く、酷い時には入院して誰かに看護してもらわねば生きていられないような儚い友。自分とは違い美しく、暴力的な男どもの手から私が守ってやらねばならぬと思っていたのだ。

 

 ────なのに、直哉(・・)の奴……! 

 

 憤りの原因は男。

 だが決して痴情の縺れなんて甘酸っぱくドロドロとしたものではなく、カスでクズで有名な男が自身の友人に近付いていった事が原因である。

 

 自分に言い寄ってきた時はあしらってやろうと思っていたのだが、魅力何て感じないと言わんばかりに徹底的に無視をされた挙句これである。優しき姉御肌と称される熊谷友子をもってしても怒りのラインを越える事は容易に予想が出来てしまった。

 だからこそ、今回こそけじめをつけてやろうとしたのだ。

 

 個人ランク戦ロビーに突撃した熊谷は、怒りの籠った瞳で周囲を見渡した。

 その勢いと憤怒を感じ取った知り合いの女子は近寄る事を止めた。

 その様子を離れた場所から観察していたグラサンのセクハラ男は、今日だけは手を出さないでおこうと心の中でボヤいた。

 

「せやからなぁ、俺言うてるんよ。(れい)ちゃんはもっと綺麗な服きてお化粧すればもっともっと美人さんになるんやって」

「本当? 嬉しいわ」

 

 ────なんか雰囲気いいんだけど……

 

 熊谷友子はたじろいだ。

 

「うんうん。トリオン体で偽モンの乳ひっさげるような品の無い女もおるけど、玲ちゃんは素体がええからなぁ」

 

 熊谷友子は再度激怒した。

 怒りのあまりトリオン体で全力でぶん殴りたくなったが、そこをなんとか堪えて足早に接近していった。

 

「それに女は顔やねん。顔と身体を整えて男の三歩後ろを歩く、その程度の器量を持ち合わせてない女はダメダメや。カスや゛っ」

「玲に変なこと吹き込むなクソ野郎っ!」

 

 その日、熊谷友子は反省文を提出することになった。

 あくまで体裁上の反省文であり、真に悪いと判断された性悪男は個人ポイントを500剥奪された。

 

 

 

 ☆ ☆

 

 

 

「ケッ、本当の事を言っただけやん。何が悪いねん」

「いや、そりゃあ怒られるでしょ……」

 

 壊れたトリオン体から換装しなおした性悪クソ男ならぬ禪院(ぜんいん)直哉(なおや)は、頬杖をついて不満を垂れ流した。

 それを聞いていたもう一人のセクハラ男ならぬ迅悠一は熊谷の怒りを察していた。

 二人は同い年である。

 しかし交友を始めたのは最近の事であり、

 

「顔が良くても乳が無かったらダメ、乳があっても顔が不細工だったらダメ。当たり前のことやろ」

「それをストレートに言うから怒られるんだろ」

「でも迅君だって顔が良くて乳もある女が居たら食いつくやろ」

 

 熊谷友子が脳裏に浮かんだ。

 現役女子高生・美人・姉御肌・スタイル良し。

 三点どころかかなりパーフェクトな女の子ではあるが、迅は少し事情があって他人を恋愛視点で見る事は出来なかった。ようするにお尻を触って好感度を下げるのも彼にとっては『暗躍』の一部なので、そこまで性に結び付けて考えた事はなかったのである。

 

 ──冷静に考えたらおれ、結構憎まれててもおかしくないな……

 

 今度セクハラするときは菓子折りでも持っていくか。

 そう心の中で結論付けて、目の前で苛立ちを隠さない友人に返事をする。

 

「おれは可愛いか可愛くないかよりセクハラしたときに傷つかないかで判断してるからね」

「もっと最悪やん。人の心とかないんか?」

「あるよ。あるからちゃんと選んでるんだ」

 

 質悪ゥコイツ、直哉は内心ドン引きしていた。

 目の前の男が抱える特殊能力は知っている。そのあまりにも異常すぎる能力と、その異常さからくる難しさも把握したうえで彼とは友人になっているのだが……

 

「それにおれが殴られてもトリオン体だったら痛くないし」

「もうこれ以上喋らん方がええかもなぁ」

 

 直哉はこの話を止めることを決意した。

 これ以上暗躍が趣味と公言する歩く変態男を語らせてしまうと、救いようのない風評被害が纏わりつくような気がしたからだ。

 

 確かに自分は世間的に見れば男尊女卑で古臭い思想を抱えているクソ男だが、現代は多様性を重視する社会だ。

 前世の面倒な柵も無い(・・・・・・・・・・)ので変える必要はないし変えるつもりは一切ない。

 そもそも女が俺の前を行くのは気に入らんねん。

 何俺に女が口聞いとるん? 

 黙って後ろを歩いてればええ。

 

 これが禪院直哉という男である。

 

「思い出したら腹立ってきたわ……」

「今ブース行ったら太刀川さんいるよ」

「おっしゃ、八つ当たりしたるわ。此間結構いいトコまで行ったから今日は勝てる気がすんねん」

 

 ──まあ、負けてたけど。

 手を振って見送った迅は無慈悲な事実を心の中で呟いた。

 迅悠一には特殊な能力がある。

 未来が視えるという、【未来視】のサイドエフェクト。

 

 見た人物の未来が視えるこの力が示していた直哉の未来は、太刀川慶という最強に普通に負けて腹いせと言わんばかりに女の子に絡む未来である。

 最悪だった。

 悪質な物になるようなら止めに行くけど多分今回は大丈夫でしょ。

 トリオン体解除させられてたし、弓場ちゃんにでも見つかったかな。

 

 懐かしいなぁ。

 禪院直哉という傲岸不遜を体現した男を勧誘したのは、この眼で直接捉えた時。

 色んな紆余曲折はあれど、確実にボーダーにとって有益だと判断したからだ。

 

 ────なんやお前そのグラサン、ダサすぎやろ。

 

 第一声から性悪さが滲み出ていた直哉だったが、迅にとっては不快感より衝撃の方が大きかった。未来視で見える未来は非常に色んな形へと枝分かれしていたが、そのどれもが彼の優秀さを指し示す様で。

 

 スカウト旅にあまり行きたくないと公言してる迅であったが、それでも今回だけは自分で赴いた方がいいと未来視の結果が囁いていたのだ。

 だからついてきたら思わぬ出会いがあった。

 

 ボーダーに入った未来では、A級部隊の一員として華々しく戦果を挙げる光景すら見えたし。

 なによりも、未来視というサイドエフェクトを抱えた自分とすら渡り合っている姿を見てしまった。

 

 思わず迅は、声を掛けた。

 

『なあ、ボーダーに興味ないか?』

『あ~、アレやろ。なんかあの、侵略者からうんたらかんたらみたいな。田舎モンが集まってる所やな』

 

 苦笑いしつつ、迅はミリしらだった直哉に説明をした。

 興味を持ってくれるかはわからない。

 この傲岸不遜な男が何を好み何を楽しむのか、迅にはこの時点ではわからなかった。

 

 だから真実だけを伝えた。

 多少のリップサービスもせずに、ただ淡々とボーダーの在り方のみを。

 

『……ほーん。じゃあそのトリオン? とかいうのがあれば活躍できるんやな』

『本人のセンスも必要だけどな。どう? 田舎だけどいい所だよ』

『…………まあええか。どうせこっち(・・・)じゃやる事も見つからんし』

 

 思いのほかあっさり承諾された事に迅は驚きつつ、これでまた未来が明るくなると確信した。

 将来的に起きる可能性が高い大規模な戦い、それに備えて一人でも多くの戦力を補充する。それこそが迅悠一という男の目的で、迅悠一という男の趣味。

 

『田舎モンのカス共に戦い方を教授するのも一興やな』

 

 なんてふてぶてしい事を言いながら、禪院直哉はボーダーに殴り込んだ。

 

 入隊試験で初めてトリオン体に換装したのにも関わらず、なんの違和感も無いと言わんばかりの身体能力を発揮し当時歴代最速の一秒で大型近界民(トリオン兵)を破壊。トリオン体とは言え人体を破壊することに全く躊躇いを持たずにスコーピオンを活用し同じ新入隊員をボッコボコにして、僅か二日でB級隊員へと昇格した異例の天才。

 本部に衝撃が奔るのと共に、彼の性格も徐々に知れ渡っていったのだ。

 

 

 

 

 

「はっはっは、今日もおれの勝ちだな」

「ざけんなや…………」

 

 楽し気に笑うロングコートのちょび髭男に対し、直哉は憤りを示した。

 

 クソが。

 なんでこんなふざけた奴に負けなあかんねん。

 大学の単位すらまともに取れんような奴やぞ。

 

 直哉は激怒した。

 目の前の男はボーダーで現在最強攻撃手として君臨している。

 だが学業はカスだ。

 控えめに言ってカスなのだ。

 

 それぞれ上層部から別の視点で危険視されている二人組。

 この二人がボーダーでもトップクラスの戦闘能力を誇るのだから、世界は非情である。優しさや気性なんて強さに関係ないからね。

 

「勝率はおれが8割って所か。まだまだだな」

「もう喋んなやドブカス」

 

 太刀川相手に二割勝ててる時点で大分おかしいんだけど……

 日々行われている頂上決戦を見ている観客たちからすればそう思わざるを得なかった。

 個人ランク戦にて最強の名を欲しいままにしている太刀川だが、それは勝てる相手としか戦ってないからポイントが高いのではない。誰とでも戦って、誰からでも勝利を勝ち取れる強さがあるからこそ最強なのだ。

 

 未来視のサイドエフェクトを持つ迅ですら太刀川相手には勝ち越せないのだから、二割勝つことの難しさが十分に伝わるだろう。

 

禪院(ぜんいん)も読めんような国語力のクソバカに一位取られてるの恥ずかしくないんか君ら」

「ブーメランだな」

「いいから餅でも焼いてこいやこの髭餅が」

 

 原型を留めてない罵倒に対し太刀川は勝者の余裕を見せる。

 そしてその姿を見た直哉は更に苛立ちを募らせる。

 最悪の悪循環だ。

 

「禪院先輩」

 

 が、そこに声を掛ける勇者が一人。

 

「なんやねん、今クソボケをどうやって殺すか考えてる最中なんや」

「個人戦、どうかなって思ったんですけど……」

 

 あ゛ぁ゛? 

 

 額に青筋を溜め込んだまま直哉は振り向いた。

 そこにいたのはちんまい姿の女の子。

 頭でツインテール……ツインテール? 松ぼっくり、どっちだろう。

 そんな感じの絶妙な髪形をした釣り目の女の子が佇んでいた。ただし剣は背中に担いでいる。

 

「ああ、なんや双葉ちゃんか。今日は望さんおらへんの?」

「はい。大学があるって言ってました」

「そか。俺も久しぶりに“韋駄天”見たかったし、やろか」

 

 黒江双葉、A級六位の加古隊に所属する天才攻撃手。

 中学生という年若い身でありながら、A級という選りすぐりの精鋭へと仲間入りしているのだ。

 直哉は当然『何女が出しゃばってんねんA級とか女だけの部隊に取られて恥ずかしくないんか大体アイツら人の事舐め過ぎやねん一人バケモンみたいな女おるし俺は好かん』みたいな態度を取っていたのだが、黒江が入隊してきた頃から長身の身でありながら高速戦闘を得意とする優秀さを前面に押し出していたので、黒江は噂も何も知らない状態で話しかけた。

 

『すみません、あたしと個人戦してくれませんか?』

『は? なんやこのちびっこ、帰ってママのおっぱい飲んできたらどうや?』

 

 黒江双葉は激怒した。

 というより衝撃的だった。

 第一声で他人に罵倒をするような人間がこの世に存在するのかと、未だ年若い彼女の価値観に新たな側面を付け加えたのは間違いなく彼だった。

 

『……黒江双葉と言います。個人戦、駄目ですか?』

『ん~~、俺は別にええけど……ちびっこを甚振るのって流石にダメやない?』

 

 黒江双葉は再度激怒した。

 ちびっこ扱い、まあそれはいい。

 事実長身の直哉から見ればちびっこだ。身長なんてトリオン体に換装してしまえばどうとでもなる差だし、なによりその程度の煽り文句に引っ掛かる程彼女はヤワではなかった。

 

『直哉直哉、この娘アレやで。加古さんトコの』

『は? 望さんのトコかい。じゃあええよ、やろか。ボコボコにしたるわ』

 

 ────絶対勝つ。

 

 最初は格上に挑む心構えで居た黒江はすっかり燃え上がっていた。

 相手が女とくれば性別で取り敢えず挑発する最悪な男の手法は巧みだった。最低だ。でも直哉は彼の信条に従って口を開いているだけである。

 

 年齢相応のプライドを持つ黒江にとって、極限まで『自分』を無視した評価を受けるのは不愉快極まりなかった。

 確かに未熟な年齢だ。

 でもこっちはA級。

 個人戦でいくら強くてもずっとB級にいるようなクズ男(柔らかい表現)に負けて堪るかと意気込み、挑んだ。

 

 ……結果は惨敗だった。

 黒江が使用した専用改造トリガー、【韋駄天】を使用した時は動揺したのか一点先制出来たがそこから先は何も通じなかった。

 

 韋駄天はあらかじめ決めておいた軌道を、トリオン体でも無茶だと言える程の速度で高速移動する特殊なトリガーだ。

 A級という立場でトリガーの改造を許可されているからこそ扱えるのであって、一般隊員が見るのは初めてでもおかしくない。先程の口振りから察するに知らない筈なのに、まるでこれまで何度も相手にしてきたかのような対応力。

 

 ムキになって剣を振るうがインファイトの練度でも完敗。

 黒江は涙こそ流さなかったが、悔しいという感情が胸の内を支配した。

 

『────なあ、双葉ちゃん(・・・・・)

 

 個室の中でショボくれていた黒江の元をわざわざ訪れた直哉は口を開いた。

 

『その速く移動する奴、なんて名前なん?』

『……韋駄天、です』

 

 戦う前まではやる気満々だった黒江はすっかり怯えていた。

 口でも勝てず実力でも勝てず、若くして天才と呼ばれる彼女は自分の立場を明確に理解していた。

 

 A級加古隊であるという事を利用して戦いを仕掛けて来たのにボコボコにされただけの子供。

 実力がまだ、B級相手に勝ち越せないような実力。

 B級に怪物が潜んでいるだけなのだが、まだA級が最強だと思い込んでいる彼女にとってそれはショックだった。

 

『韋駄天、ね…………』

 

 黒江は知る由もないが、彼がこんなにも神妙な顔つきをすることは珍しかった。いつもニヤニヤ軽薄な笑いを浮かべてブチギレる時はヤバい顔に変化する。

 迅とは別方向で測り辛いと、古参からは思われていた。

 

『なあ双葉ちゃん。良かったらそれの使い方、俺が教えてやってもええで』

『……使ったことないのに、ですか』

『君よりは上手く使えるやろな』

 

 一々癪に障る言い方をしつつ、黒江はそれを事実だと受け入れた。

 

『その代わりに条件が一個だけある。あ、やっぱ二つか三つくらい』

『受けるなんて、言ってないです』

『じゃあ負けたんやから従えや。双葉ちゃん、このままだとB級にも勝てへんよ』

 

 苦しい言葉であった。

 事実、A級にもなったことのない相手に手も足も出ずに負けた。

 その事実は受け入れなければならないし、如何にプライドが高い年頃とはいえ負けを飲み込めない程若くはない。

 

『ま、でも女の子やしな。弱いままでええよ』

『…………嫌です』

『──何が?』

 

 鋭い口調だった。

 自由気ままに誰かを貶めている時とは違い、意図を持つ厳しさ。

 

『何が嫌やねん。事実、双葉ちゃんは雑魚や。ちびで雑魚で役立たず、そんでもって自分より強い相手に師事も仰げん無能』

 

 中学生に言う言葉ではないが、これは計画通り。

 なんだかんだ言いつつ黒江の気性を察した直哉は、ボコボコに打ちのめした後に挑発しまくれば自分から師事を仰いでくるだろうと確信した。

 だからこそ、わざわざ個室まで足を運んだ。

 普段なら『自分からくれば?』と一蹴するような行動を、自分から行った。

 

 目的は、ただ一つ────『加古望とかいう気に入らない女に優位性を保ったまま、黒江双葉の持つ韋駄天のトリガーを自由に使えるようにするため』である。

 

 彼にとって、韋駄天と言うトリガーはそれだけ面白そうに映った。

 かつての自分が使っていたような技。

 呪術蔓延る世界で(・・・・・・・・)、彼が自信を持っていた術式。

 A級になれば自分で所有する事が出来るが、彼はチームに誘われもしないし誘いもしなかった。

 

『チーム戦とかダルいし、勝手にやっとって~。個人で勝てばええやろ』という前世から何も学んでない行動原理を持ったまま彼は突き進んだのだ。

 

 そして挑発に乗った黒江は直哉に師事を仰ぎ、計画通り韋駄天を貸し出したり教えられたりとして一年程。

 すっかり、普通の師弟に落ち着いていた。

 

「……むう」

 

 そして今日。

 一週間のテスト期間を終えた黒江が久しぶりに来たのだが……

 

 禪院 ○○○○○

 黒江 ×××××

 

 一年程戦い続けて、未だ変わる事のない勝利数。

 無慈悲な現実であった。

 

「相変わらず直線的やなぁ双葉ちゃん。それじゃ初見しか通じんよ」

「でもグネグネ引き直すのは難しくて……」

「出来るようにならんと駄目や。俺の軌道真似すりゃええ」

「あんなの真似できないです」

 

 初めて黒江にトリガーを借りて韋駄天を使用した時、直哉は酷く懐かしい感覚に身を委ねていた。

 

 前世の栄光と没落。

 張りぼての一番を掲げながら、いつかは向こう側へと辿り着いて見せると意気込んで戦ったのに、負けた。

 自身が最も馬鹿にしながら生きて来た人間に負けて、自分が最もゴミで価値がないと思っていた存在に引導を渡された。辞世の句は彼の気性をとても綺麗に表したモノだった。

 

 だが、磨き上げて来た術式がある。

 超えてやると積み上げた呪いがある。

 

 かつての術式を発動する感覚を思い出すように、彼は黒江が見ている事すら忘れて夢中になった。

 

「そこはホラ、アレ。センスやね」

「最悪です。もっと言い方ないんですか」

「双葉ちゃんは小柄(・・)だから合うと思うけどなぁ」

 

 ──まさか前に使ってた、なんて言えるワケもないやん。

 

 適当に誤魔化しつつ、直哉は心の中で呟く。

 

 呪力もない世界だ。

 

 呪霊なんて存在はおらず、呪術師という忌まわしい生物も居ない。

 京都が日本の中心になることもなく、禪院家が権力を持つような世界ではなかった。

 物心ついた時には前世の記憶を思い出していたので多少は驚いたが、それはそれでよかった。呪力もロクにないカスみたいな女に殺されたのは非常に腹立たしいが、こちらの世界でそれを知る人物は誰一人として居ない。

 

 だからどうでも良かった。

 五条悟も、夏油傑も、禪院甚爾も誰一人として居ない。

 並び立ちたい相手もいない世界で彼は、ただ適当に与えられた生を貪って生きて行こうと思っていた。

 

 ────でもまあ、誘い、受けといてよかったわ。

 

 あの日京の都で顔を合わせた未来視の友人。

 楽しい人生に変えてくれた人物へと感謝を告げつつ、立ち上がる。

 

「ほな、もう一回やろか。まだまだ練度が足りへんなぁ」

「お願いします。次は、取りますから」

 

 これは、自らの呪いを吐き捨て続けて因果応報を迎えた男が。

 呪いもなにも存在しない世界で、界境防衛機関(ボーダー)に入る話。

 

 

 

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