韋駄天は投射呪法に似ていると、禪院直哉は思った。   作:恒例行事

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禪院直哉②

 木虎藍(きとらあい)には許せない人物がいる。

 

 正しく精密に言い表すならば、『嫌いな人物がいる』。

 彼女は十五歳にしてA級5位嵐山隊でエースを務める程の実力と、トリオン量を補うために苦労をして組み上げたトリガーセット。才能だけでは辿り着けないA級という重みを肩に乗せる秀才だ。

 

 嵐山隊はボーダー創立初期から設立されてる古参部隊であり、しかもメディアでの露出も多く知名度が高い。ゆえに、彼女は他の隊員に比べて振舞い方とかそういう色んな柵に縛られているのだ。

 

 学業とボーダー、そしてメディア露出。

 この三つを高水準でこなす彼女にも、苦手で嫌いな人物というのは存在した。

 

「はぁ…………」

「木虎がため息なんて珍しいね」

 

 同部隊に所属する先輩、時枝充(ときえだみつる)が意外そうな声色で話す。

 木虎は他人に厳しく自分に厳しいストイックを体現する少女だ。年頃の女の子が一般的に好ましく思うようなあま〜いスイーツよりも激辛坦々麺が好きだし、ある特定の人物の前以外では毅然とした態度で話すことが出来る。

 

 だから、そんな彼女が露骨にため息を吐いていることは珍しかった。

 

「……なんでもありません」

「そうかな。なんか悩んでることがあるなら聞くよ」

 

 時枝は人格者だ。

 嵐山隊古参メンバーであり、木虎のこともよく知っている人物だ。それにチームメンバーの悩み事や仲のいい人物が困っている時に手を貸さないような薄情者ではない。

 

 ゆえに今回も、力になれずとも話だけは聞いておこうと思ったのだが…………

 

「…………なんで」

「うん?」

「なんで双葉ちゃんは、あんな男に懐いてるんだろうと思って……」

 

 時枝充は冷静だ。

 状況判断力が優れており、オールラウンダーという役職を活かしてチームの補助をするサポート要員。その実力はボーダー内でもトップクラスであり、A級の中でも特に優れていると称される程。

 

 そんな彼でも、無理だと判断してしまうことはあった。

 

「…………あんな男って言うと……禪院さん?」

「はい」

 

 即答だった。

 まあだよね、と内心時枝は納得する。

 あの人女性に対して差別的な思想持ってるし、それを隠そうともしないからな……

 

 あれはあれで普通に問題なのだが、個人思想まで押さえつけられるような力はボーダーには無い上にこれまた厄介なのが実力者である事。

 個人(ソロ)総合二位相当の実力は伊達ではない。

 

 ──実力だけみればすごい優秀な人なんだけどね……

 

 そんな言葉を飲み込んで、時枝は木虎の言葉を待った。

 

「確かに強いです。入隊した3年ほど前からずっとB級にいるそうですが、実力はA級にだって劣らないでしょう。…………実際、勝ててないですし……」

 

 これは相当凹んでるなぁ……

 だが時枝にはどうしてあげることもできない。

 そもそも禪院直哉は歳上で入隊時期も被っているが、同期として意識されたことは全く無いだろう。

 

 現個人総合二位二宮匡貴(にのみやまさたか)

 A級6位加古隊隊長加古望(かこのぞみ)

 攻撃手(アタッカー)三位タイ影浦雅人(かげうらまさと)

 

 錚々たるメンツと同時期に入隊しているのに、当時の話題を一人で掻っ攫っていった化け物である。

 勿論時枝自身も相対したことはあるが、何をされたのかもわからないままスコーピオンで殴り殺された。斬るというよりぶん殴って壊して蹴って壊して投げて壊すみたいな暴れん坊スタイルで蹂躙された。

 

 荒々しい動きなのに素人離れした体技を駆使して、新入りながら個人総合二位に並び立った天賦の才。

 それが今でも変わらない時枝から見た禪院直哉という男だった。

 

「今日…………個人ランク戦をしていたんですが」

 

 あ、続くんだ。

 時枝はとりあえず耳を傾ける事にした。

 正直自分では解決できない話だけど、他人に漏らす事で多少は楽になるだろうという目算である。いい人だからね。

 

米屋(よねや)先輩と10戦終えた後にもう一人くらい戦おうかなと思って、ブースから出たんです。そしたらロビーがざわついていて……」

「……禪院さん、なんかやらかしてた?」

「いえ。本当に珍しく、双葉ちゃんとの個人ランク戦を公開設定にしてたんです」

 

 個人ランク戦は、公開・非公開設定が出来る。

 公開設定にすればランク戦ロビーにある巨大モニターにその様子は映し出され、その場にいる隊員なら誰もが見る事が出来るようになる。

 非公開設定ならばモニターに表示される事も無く、また、記録(ログ)として他者の目に入る事はない。

 

 初めてあの二人が戦った時以来公開設定にしていたことはなかったのだが……

 

「…………とても仲が良く見えて」

「…………それで落ち込んでたんだ」

 

 はい、と力なく木虎は首肯した。

 木虎は優秀さと比例するプライドも持ち合わせている。

 

 年上には舐められたくない。

 同い年には負けたくない。

 年下には慕われたい。

 

 そんな感じの対人欲求を抱えているが故に、彼女が仲良くできていない黒江と仲良く師事している姿に衝撃を受けたのだ。

 傲岸不遜で俺が言う事に文句でもあるん? と常々周囲と軋轢を生んでいた男が女子中学生相手に威張り散らしている姿に問題はあるのだが、そんな男が特定の女の子と仲良くするという噂はあった。所詮噂であり、たしかにちょっと他に比べて柔らかいかも、程度の認識だった。

 

 でもそれが今回明るみになった。

 時枝は、木虎には悪いけどあとで記録を見返す事にした。

 

 

 

 ☆ ☆

 

 

 

 

 個人ランク戦ロビー。

 夕方の時間になって、直哉は姿を現した。

 年齢は19歳、職業は大学生。前世では呪術高専とかいう訳わからん組織にブチこまれて卒業してからは家の精鋭として働いていた為、キャンパスライフというものを楽しんだのは随分と久しぶりだった。

 

 案外退屈せぇへんな。

 授業はクソつまらんけど、バカな女探して引っ掛けるのはそこそこ楽しめてええ。

 

 性根が腐りきっている直哉にとって学業などそんな程度のものだが。

 そもそも勉強なんて適当にやってても出来るやろ、というこれまた最低な発言をして色んな人物からの好感度を下げたのは記憶に新しい。その際にここぞとばかりに反撃に乗っかって「お前は駄目だ」と全員にダメ出しを食らった餅が主食の男が居たらしいが……

 

 ──(はるか)ちゃんみたいな奥ゆかしい女ならまだしも、クソバカな女が発言権を要求してくるとかほんまバカなんやな。そもそも女が男に提言してくるんやないわ。ブチ飛ばすぞ。

 

 少し前の出来事を思い出して勝手に不機嫌になった直哉。

 これほどまでに近寄りたくないと思う人間も珍しいが、ボーダーは人格者ばかりで構成された組織だ。彼のような実力のあるカスが居てこそ伸びる部分もある……ある……あるかな……

 

 誰か手頃な奴は居ないのかと周囲をキョロキョロ見渡して、ちょうどブースから出て来た人物に目を向ける。

 前世の年齢を含めれば既に4X歳という事実を一ミリも考慮せず、直哉は手を振った。

 

(こう)くん、調子どや?」

「禪院さん。こんにちは」

 

 NО.4攻撃手、村上鋼(むらかみこう)

 強化睡眠記憶と呼ばれるサイドエフェクトを所持しており、一度眠ってしまえばほぼ100%の精度で学習した内容を自分に反映できる能力を持つ。トリオン能力が高い人物に稀に現れる副作用(サイドエフェクト)だが、彼はこの力を駆使してボーダー内でも有数の剣士に成長した。

 

「先日の記録見ましたよ。あんなこと裏でしてたんですね」

「ああ、双葉ちゃんのやつ? 俺も改造トリガーデフォで使いたいわ」

 

 でもA級になるのは面倒くさい。

 固定給とかどうでもいいし。

 実家は金持ちで毎月小遣いという名の生活費を送ってもらってる上に、防衛任務にもたまに出ている。

 

 ──A級にしか改造トリガー所持は許可されてへんしな……B級にボコボコにされてるA級ってどうなん? 

 

 原文ママで発言した後にA級のメンバーに多少ヘイトを貰ったが、全部相手にして完勝する事で事なきを得た。その際に偶然通りかかった餅が乱入してきてボコボコにされて後半戦った人間はかなりひどい目にあったらしい。どっちが悪者なのだろうか。

 

「韋駄天────あんな使われ方したら正直どうすればいいかわからないですよ」

「鋼くんなら数回相手すれば対応できると思うけどなぁ」

「まさか。アレは人間業じゃないです」

 

 黒江は韋駄天を片方にしかセットしてない。

 理由は複数あるが、一番重要なのは『メインとサブに装備しても同時に扱うのはほぼ不可能だから』である。

 通常のトリオン体では出せない速度で移動する韋駄天は、人間の脳では処理が追い付かない。それは黒江も例外ではなく、改造トリガーとして使用しているものの韋駄天を主軸に据えた動きにしているだけで韋駄天の連続使用は出来ない。

 

 ────普通(・・)の人間には、出来ない。

 

「メイン・サブ、両方に韋駄天をセットした超速戦闘。初見はおろか、数回やっても無理ですね」

 

 韋駄天は過度に物理法則や軌道を無視した動きは作れない。

 速度もある程度固定されており、発動時に超加速こそしてもその後は止まる様に設定してある。

 そうでなければ、高速で壁にぶつかるからだ。

 トリオン体だからぶつかっても問題はないが、戦闘時にそんなヘマをするわけにはいかない。

 

 そして、設定を弄れば。

 加速を維持し続ける事も可能だ、という事。

 

慣れれば(・・・・)簡単や。ま、俺にセンスがあり過ぎたって事なんやけど」

 

 力は重さと速さ。

 トリオン体はトリオンを使用した武器でしか破壊できず、通常兵器や生身では一切傷つかない。

 逆に言えば、トリオンで構成した武器さえ身に付けていれば、超高速でぶつかるだけで相手を破壊する事が可能だ。

 

 呪力を纏い、投射呪法を使い超高速での戦闘を得意としていた彼にとって──韋駄天とは生まれ持った手足と寸分変わらぬ出会いだった。

 

「どうですか、久しぶりに」

「ええで。というかそのつもりで声かけたんよ」

 

 不敵な笑みを浮かべ、二人は個人ブースへと別れて行った。

 

 直哉は普通のランク戦をやるときはスコーピオンとグラスホッパーを主軸に戦うのだが、村上はNО.4攻撃手である。

 強さも実直さも持ち合わせている彼は、【韋駄天】を使用する直哉とも戦いたいと思った。

 こちら側のトリガーで超高速での戦闘を可能とする人物がいるのだ。

 近界に超高速のトリガーを使う相手がいないとは、限らない。

 

 ──そういえば禪院さん、またポイント没収されてたな……

 

 今回の罪状はセクハラらしい。

 一ヵ月に一回のペースでポイント取られてるのになんでまだ一万ポイント維持してるんだろうか。

 禪院直哉のスコーピオンのポイントは10520。

 相手のポイントが高ければ高い程勝ったときの変動が大きく、逆に格上側は勝ってもポイント変動が少ない。そのルールで40000点を越えている一位がヤバいだけなのだが、元々23000点ほどは稼いでいる男からすればポイントはもう飾りなのだろう。

 

 スコーピオン使いの中で、トップタイの実力を持つ相手とのランク戦。

 緊張感を持って村上は臨んだ。

 

 

 

 

 

 

 実力者との戦いを楽しんだ直哉は、個人戦ロビーを後にした。

 

 結果は勿論直哉の勝利。

 だが、以前よりもキレが増した剣技に加えて曲芸染みた個人技を使えるフィジカルモンスターへと進化していた村上と相対し、テンションが上がって20先取戦を行った。

 後半は疲弊が見られる村上を蹂躙していたが、そこまでで勝率は8割ほど。

 

 ──前は一割も譲らなかったんやけどな。随分強くなったわ。

 

 元々命を賭けた殺し合いをしていた男だ。

 戦闘における集中力に関しては、ボーダーで勝る人間は誰一人として居なかった。

 普通にそこら辺歩いてるだけで呪霊に絡まれた世界と違い、この世界は近界民が現れる時も事前に警告が出るから優しい。

 

 自販機でお茶を購入し、小休止するためにベンチに座り込んだ。

 ドサッと大きな音を立てて不遜な態度で座り込んだため、多少周りの視線を引いたが直哉は気にすることはない。

 別に、話しかけることも出来んような雑魚なんかどうでもええ。

 うざくなったらシバけばいいだけや。

 女は取り敢えず敬語で入る事を覚えろや。

 

 練り上げられた男尊女卑の思想は止まる事を知らない。

 というか、特に誰も止めようとは思っていない。

 問題があるな、と思っている人たちは居ても、個人の思想にあれこれ言える立場の人間はあまりいなかった。セクハラは本部長直々に怒られているし、こないだ司令にも怒られた。反省はしてない。

 

「あっ、禪院直哉…………」

 

 トリオン体であることに気が付かなかったのか、誰かが呟いたのを目敏く聞き取った直哉は声の主へと視線を向けた。

 

「なんや、藍ちゃんか。まだ隊員やってたんやね」

「……A級部隊ですから、禪院さんの目にとまらないのも無理はありません」

「そんなゴミカスみたいなトリオンで男の真似事しとらんで、お嬢様らしくお淑やかな作法でも身に付けた方がええよ」

 

 的確に他人の地雷を踏み抜いて行く男、禪院直哉。

 相手は15歳の女子中学生なのにこんなに容赦がないのはなんなんだろうか。これも呪力のある世界で身に付けた処世術? 最悪だ。

 

「所詮女は若い内が華やからね。綺麗な顔が焼ける前に磨いとった方がええ」

「……そう、ですか」

 

 木虎も普通なら言い返している。

 言っている事は酷く前時代的で愚かしいことなのに、この男は非常に腹立たしい事に、滅茶苦茶強い。

 だから文句を言っても、『B級に勝てないA級なんて価値ないからオペレーターにでもなったらどうや?』という最悪の切り返しをしてくる。言葉の暴力も呪いみたいなモンだから、直哉がレスバ弱い訳がなかった。

 

「ほんまムカつくわ。木虎ちゃんみたいな女は最終的にイキって自慢の容姿すら駄目になる、俺はそれをわかってるからわざわざ教えてやっとる訳や。いわば善意やな」

 

 嘘である。

 自分の言動が世間的にどう評価されてるのかよく理解していて、その上で口にしている。

 つまり真正のクズ。

 根っからの破錠者。

 レイシスト集団禪院家で生まれ育った宿命である。

 

「男の優しさくらい受け入れといた方が──」

「──ようし、それならおれと個人戦やろうぜ」

 

 ガシッと。

 背後から直哉の肩を掴んだ。

 

「おれはお前より強い。おれはお前と違ってA級。おれはお前よりポイントが二倍以上あって、お前にめっちゃ勝ち越してる。逆らえないよな?」

「ンだとボケカスクソ餅、最高速でブチ抜いたるわ」

 

 アメリカの首都も言えんようなカスが生意気な口叩くなや。

 アメリカ? サンフランシスコだっけ。

 ワシントンやろがドブカスがぁ! ガキからやり直してこいや! 

 

 連行されていくドブ男を見送って、木虎は息を吐いた。

 なんであんなに性格の悪い男に懐いて自分の事は嫌うのだろうか。

 木虎には黒江の心がわからぬ。

 ただ、向けられた悪意には人一倍敏感であった。

 

「────あ、双葉ちゃん」

「…………どうも」

 

 目付きの悪い学生服の後輩が目の前を通りがかった。

 彼女こそ木虎が色んな感情を寄せている(他意はない)女の子、黒江双葉である。

 

 これは……チャンスなのでは? 

 

 木虎はそう思った。

 迷惑ドブ男は個人総合一位に連れていかれたから暫く来ないだろうし、黒江も暫くランク戦を待つことになる。

 

 今なら聞きにくい事も聞ける気がした。

 

「ねえ双葉ちゃん。ちょっと聞いていいかしら」

「なんですか」

 

 相変わらずツンケンした態度だ。

 めげずに木虎は言葉を続けた。

 

「どうしてあのドブ……じゃなかった、禪院さんと仲が良いの?」

「…………別に、仲は良くないです。利害が一致してるから一緒にいるだけで、多分、禪院先輩がA級になったら切れる関係です」

 

 自分から切るとは言わないんだ。

 その時点で木虎は黒江が相応に直哉の事を気に入っている事を理解した。

 あんな非常識で腹立たしい最低なドブカス男のどこがいいのかはわからないけど、本っ当~~にわからないけど。

 

「……もういいですか? 見に行きたいので」

「え、ええ。どうもありがとう」

 

 足早に去っていく黒江を見て、なんであの関係が維持されてるのか不思議に思う。

 韋駄天を使用した記録は見た。

 規格外だ、そう思った。

 アレをB級ランク戦で出せば一対一はまず負けないだろうし、対人戦に於いては本当に最強格。

 

 チームで戦うのなら話は別だが。

 

「韋駄天を使いたいが為に双葉ちゃんと一緒に居る……?」

 

 なんだか理由が薄い気もする。

 男尊女卑のクソ男がその程度の理由で女の子に優しくなるだろうか。

 実際には一ミリも優しくなってないし黒江のメンタルが山育ちゆえの鋼メンタルなだけだが、木虎はあまり黒江と仲良くできていないのでその事実を知る由もない。

 

「わからないわ……」

 

 仕方ない。

 此方はまだ伸び盛りの15歳。

 十年も経てば向こうは現場を退いているだろうし、そもそもボーダーにいるのかも不明。

 

 それまでに一回でもいいから勝ち越したい。

 木虎はプライドが高いが、それ以上に現実を受け入れて反省する能力も備わっている。

 

 今日吐き捨てられた暴言を糧に、彼女はまた努力を重ねる事となった。

 

 

 




 禪院 直哉

 攻撃手No.2(同格)

 トリオン 9
 攻撃   14
 防御援護 5
 機動   12
 技術   9
 射程   1
 指揮   1
 特殊戦術 6
 TOTAL 57

 メイン
 スコーピオン
 グラスホッパー
 シールド
 なし

 サブ
 スコーピオン
 グラスホッパー
 シールド
 なし
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