韋駄天は投射呪法に似ていると、禪院直哉は思った。   作:恒例行事

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戦闘描写は大規模侵攻で初出ししたいのでカットです(無慈悲)


禪院直哉④

 黒江双葉は不機嫌だ。

 なぜ不機嫌なのかと言われれば、彼女が複雑な感情を向けるドブカスゴミ顔だけ男の所為だ。

 

 部隊長の加古は不機嫌な黒江を見た。

 痴話喧嘩でもしたのかしら、と楽観的に流した。

 

 同期の緑川駿は不機嫌な黒江を見た。

 明らかに怒ってるっぽいし、今は近寄るのやめておこうと思った。

 

 先輩の木虎藍は不機嫌な黒江を見た。

 せめて話でも聞こうと話しかけた後、どうも、と一瞥されて距離を置かれた。心の何処かに罅が入った。

 

 いつもより三割増しでツンと釣り上げた瞳で不機嫌さを隠しもせずに、彼女は個人戦ロビーで座っていた。

 その原因は──巨大モニターに映る男。

 

 禪院 ○○○○×○

 生駒 ××××○×

 

「いや~、アカンやろアレ。記録で見た時より数億倍速くなってないか?」

「いや、俺もまさか一本取られるとは思ってなかったんやけど……」

「直哉っぽい動きならこうするよなって置き旋空やった」

「納得いかへんわ……」

 

 ブースから出て来た件の男、禪院直哉はB級で部隊長を務める生駒達人とランク戦を行っていた。

 結果は前述したとおり直哉の圧勝だが、その内訳は中々濃い。

 

 一、二、三、四回目は直哉のストレート勝ち。

 韋駄天【炳】をメイン・サブの両方にセットした高速戦闘に初見で対応できる方がおかしいのであって、生駒が四本連続で取られた事は全く持って違和感のない事だ。

 

 だがしかし、五本目。

 

 そこまでの四本で初動の癖と言うべきか。

 なんとな~く、こんな感じでくるんじゃないかという読みを張られた。

 

 ──なんか直哉、初めっから全開やな。ちょっと旋空置いとこか。

 

 剣道を習っていたのに感覚派の生駒マジックが発動し、直哉がパターンを変え切る前にさっくりと両断。

 

 ──なんで俺が斬られとんねん! 

 ──あ、なんか当たってしもた。

 

 なお、斬られた事に対してブチ切れた直哉が全力を出したために六本目は一瞬だった。

 

「こないだ迅の事めっちゃボコってたやん。アレどういうロジック?」

「あのカスグラサンは相手を目で捉えんと未来を予測できん。目で捉えきれん速度で動きまくって殺しただけや」

 

 迅はおちゃらけた空気感を出しつつも理論派だ。

 直哉自身もある程度は自分の中にあるデータを参考にして戦っているために、こういう突飛な行動を脈絡もなく行ってくる感覚派には少し手を焼いている。

 

 ま、初見殺しみたいなモン。

 次やったときは通じんやろなと、冷静に直哉は考えていた。

 

「はえー……その手があったか。おっしゃ、俺にも韋駄天貸してくれ」

「別にええけど多分合わんで」

 

 ────良くない。

 

 黒江は心の中に溜まったどす黒い気持ちを吐き出しかけて、飲み込んだ。

 握っていたペットボトルがトリオン体の暴力によって拉げている。

 中身は空だがベキベキに圧し折られた姿は見るも無残だ。

 

 その姿を目撃した同期のM.Sは後に語った。

 

 ──木虎ちゃんがめっちゃコミュニケーション失敗した時よりヤバかった。

 

 ここまでくると逆にそこまで上手く付き合えない木虎が気になる。

 

 ……あの男、本当に最悪です。

 黒江は心の中で呟いた。

 韋駄天は私のものだし、貸してあげた時にすごく楽しそうな顔をしてたから貸していただけだ。

 禪院先輩は自分から要求しない癖に察してあげないとすぐ文句を言う。

 

 でも強い。

 実際教えてくれた内容は理にかなっているものだった。

 小柄で機動力があるんやからスコーピオンに変えたらどうなん? 

 弧月を振るうのはお子様には合わへんで。

 うるさいです。

 

 ……理に、かなっている……筈だ。

 

 幼い独占欲のような何かと冷静な自分が争い合う中で、そんなことを一欠片も気に留めてないドブカス男は黒江の横を通り過ぎた。

 

「おっ、葉子ちゃんやん。まだ雑魚狩りで満足してるん? かわええなぁ」

「……うっさ…………」

 

 話しかけられた瞬間不快感を露わにしてそそくさと消えて行った香取葉子に手を振って、つまらなそうな表情で黒江の横に戻って来た。

 明らかに普通の様子ではない黒江を一瞥して、口元をニヤリと歪めて隣に座る。

 

 なんかようわからんけど楽しそうやん。

 たまには双葉ちゃん甚振るのもええな。

 

「なんや双葉ちゃん。ランク戦やらんの?」

「……………………」

 

 無視かい。

 ただ直哉にしては珍しく、女性に無下にされた事よりも、かなり我慢強いと認識している娘がブチギレてる空気感を感じ取って楽しげだった。相手は女子中学生である。

 

「韋駄天ってトリガー、めっちゃ強いなぁ。正直これ一本あれば余裕で勝てるくらいの性能しとるけど、なんで流行らんのかな?」

 

 何も言い返せることはない。

 黒江と直哉の通算成績は、0:10よりの1:9。

 グラスホッパーとスコーピオンを扱う人間の中でもトップクラスの実力を持つ相手なのだから、仕方ない所はある。

 

 彼を相手に五割維持できる相手が殆どいないのだ。

 

 そんな彼が韋駄天二刀流になって、ますます実力は飛躍する。

 今の彼ならば、ボーダー個人総合一位にすら手が届きうる。

 見ている者にはそう感じさせる程だった。

 

「余裕すぎて縛ったろかって欠伸もでるくらいやわ。どいつもこいつも遅すぎる(・・・・)、かけっこでもしとるん?」

 

 既に機動力に関しては彼の影を踏める者は居ない。

 

 当たり前だ。

 トリオン体の処理能力すらも超えた何か(・・)を頼りに彼は動いている。

 二十年以上向き合った術式の感覚は身体が──いや、魂が覚えていた。

 韋駄天と投射呪法、相違点は幾つかあるものの大まかに数えれば共通点の方が圧倒的に多いのだ。

 

 黒江双葉と出会い。

 韋駄天を見たその瞬間から、彼が手にすることは決まっていた。

 

「な、双葉ちゃん。かけっこじゃ追いつけんで」

「……知ってます」

 

 言われなくてもわかっている。

 黒江双葉は天才と讃えられたが、それはただ早熟だったのだと、最近理解した。

 “本物”とは何なのか、その姿を誰よりも近くで見て来た彼女にとって痛いくらい目に沁みた。

 

「凡人はどこまで行っても凡人や。生まれ持った資質には勝てん」

 

 黒江は思わず、直哉の顔を見た。

 いつものヘラヘラした不快な笑みとは違い、物哀しく寂しげな表情。

 

 ──なに、考えてるんですか。

 

 過去に一度だけ、この表情になったことがある。

 出会った当初、弟子入りした直後と言っていい。

 黒江の改造トリガーを手に取り、加古隊の隊服にトリオン体が入れ替わってブチギレかました後、ぶつくさ言いながら韋駄天を発動したときだった。

 

 その時点で既に黒江の練度を遥か彼方に置き去りにした軌道を描いていたのだが、散々楽しんだ後に彼はこう言った。

 

 ──……ま、こんなもんやろな。

 

 昏い眼だった。

 明るい金髪とは対照的な暗闇。

 ボーダーの誰しもが追従できないような精密なトリオン体操作を成して、既に攻撃手(アタッカー)としてNО.2としての立場があるのにも関わらず。

 

 彼は少しも笑っていなかった。

 

 きっと、黒江双葉はその時その眼に魅せられた。

 

 …………あたしが。

 

 胸の内がキュッと締め付けられるような感覚。

 色恋なんて甘酸っぱいものではなくて、劣等感と嫉妬というドロドロした感情。

 

 あたしが欲しい強さがあるのに、なんでそんなにつまらなそうなんですか。

 

「……ずるいです」

「ま、俺みたいにセンスがある奴ならまだしも、双葉ちゃんはノーセンスや」

「知ってます。禪院先輩みたいに、出来る訳がないって」

 

 僅かに直哉は眉を顰めた。

 

「…………でも」

 

 黒江の言葉を待って、直哉は押し黙る。

 

「──韋駄天は、あたしのです(・・・・・・)

 

 譲りたくない。

 韋駄天は、あたしが加古隊のみんなで一緒に作ったトリガーだから。

 どれだけ使い手が優れてても、どれだけ相手が強くても、絶対に追いつけないような差があっても。

 

 黒江双葉はA級だ。

 A級隊員としての意地がある。

 最年少A級隊員としてのプライドがある。

 

「勝負しましょう、禪院先輩。あたしの韋駄天と、先輩の韋駄天──絶対に追いついて見せますから」

 

 堂々とした宣誓。

 迅悠一が禪院直哉に【韋駄天】を渡した方がいいと提言したのは、何も目先の防衛の損得だけではなかった。

 確かに彼が手にすることで最悪(・・)は回避できる。完全に無被害とする事はできないが誰も死ぬことがない未来に確定したと言ってもいい。

 

 だが、それだけではない。

 彼がボーダーにて築き上げて来た人間関係。

 好悪様々な感情こそあれど、総合的な底上げをより一層促進させ、武器やトリオン体に関しての技術を発展させる。

 

 今こうやって、一人の少女が殻を破ったように。

 

「…………そこまで言うなら、ええで」

 

 直哉は女性を軽視している。

 そういう固定観念の元に教育を施され成人してしまった彼の根底は揺らぐことはなく、決して変わる事のない悪性。

 

 女は男の三歩後ろを歩け。

 横に並び立つことなんか許さへん。

 前を歩こうとする女なんぞ愚の骨頂や。ゴミカスや。

 

 信条を押し出す姿は唯我独尊。

 自我を押し付け合う世界で呪い合って来た彼にとって、多少の悪意など手慰みに等しい。

 

 だからこそ。

 彼は、黒江双葉というこの世界で唯一自分と同じトリガー(術式)に理解のある少女に興味を持った。

 格上(直哉)の言葉に対しても一歩も引かず、なんとかして強くなろうと足掻くその姿に何か思う所もあったのかもしれない。本人がその思いを表に出す事は生涯なく、また、黒江もそれを理解する事はない。 

 

「付き合ったるわ。十でも百でも千でも、双葉ちゃんの心が折れるまでボコボコにしたる」

「舐めないでください。あたし、諦めませんから……」

 

 一年間暴言と暴力に晒されて来たのだ。

 いつまでたっても追いつけない無力感には慣れっこだ。

 

「亀が兎に追いつくことはない。身の程を知るとええ」

 

 そう言いながら直哉は立ち上がる。

 無論目的地は個人戦ブース、黒江と戦うためだ。

 しかしその口元は歪んでいる。

 これまでのような悪意の籠った意地の悪い笑みではなく、ほんの少しだけ、懐かしむような笑みで。

 

 ──ケッ、らしくないわ。気持ち悪くて吐き気がすんねん。

 

 自分の行動に不快感を持ちつつ、直哉は内心言い訳をした。

 

 雑魚がああやって“本物”に憧れるの、キショいわ。

 どんだけ何をやっても雑魚は所詮雑魚。生まれ持った才能には勝てん。

 この世界だってそうや。

 寝れば全部覚えられるズルイ力を持った奴がおる。

 未来視なんつーようわからん能力を持った奴が裏でコソコソしとる。

 所詮世界は、そういう風に出来とるんや。

 

 そうだ。

 世界はそういう風に出来ている。

 圧倒的に優れた状態で誕生した化け物に対して、世界そのものが形を変える。

 それくらいの理不尽があると直哉は知っていた。

 

 ──しかしそれでも。

 禪院直哉は“本物”に憧れたことがある。

 いや、今でも憧れている。

 手が届かない向こう側(・・・・)に並び立ちたくて、女一人に集団で戦うなんてダサいんや兄さんらと意地を張って、死んだのだから。

 

 あほらし。

 迅のバカサングラス、今度会ったらぶん殴ったるわ。

 どこまで計算しとんねんあのアホ。

 そういう所が余計ムカつくんや。

 

 仲良さそうに二人でブースの方へ歩いてく姿を遠巻きながら見守っていた漢の中の漢、生駒達人は内心ホッと息を吐いた。

 

 ──黒江ちゃんホンマ凄かったなぁ。

 俺なんかしたんかって不安になったわ。

 

 直哉と二人で話しながらロビーに戻って来た時、一人で椅子に座る少女と目が合った。

 鋭すぎる眼光に睨みつけられさしもの彼でも動揺した。

 一先ずその場は軽く流して離れたが、その後も動向を見守っていたのだ。

 

「直哉にもそういう部分あるんやな」

 

 そして勘違いした。

 生駒達人はモテない。

 案外モテそうなスキルを持っていたり持っていなかったりするけど何故かモテない男にモテる男だ。

 

 隊員の隠岐孝二が雰囲気でモテるからそれに嫉妬しているが、直哉は同じくモテない仲間だと思っていた。

 

 顔はよくても性格がアカン。

 流石に女の子に暴言吐く奴はモテへんやろ。

 

 そう思っていた生駒は、今日の黒江の顔を見て少し考えを改めた。

 勿論勘違いである。

 黒江双葉は別に禪院直哉の事が好きなだけではない。

 人の感情はそんなに単純なものではなかった。

 

「……やっぱ世の中、顔か」

 

 相手は中学生なのだが……

 禪院直哉より自分の方が女の子と関りが無い事に気が付き、彼は胸がキュッと締め付けられるような感覚を抱いた。

 




 禪院 直哉(韋駄天装備時)

 攻撃手No.2

 トリオン 9
 攻撃   17
 防御援護 3
 機動   17
 技術   12
 射程   1
 指揮   1
 特殊戦術 9
 TOTAL 69

 メイン
 スコーピオン
 グラスホッパー
 シールド
 韋駄天【炳】

 サブ
 スコーピオン
 グラスホッパー
 シールド
 韋駄天【炳】
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