勝手に戦え!(B級映画並感)

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思いついたので初投稿です。


マックイーンvsプロトマックイーン

 ――――メジロマックイーンドリームリーグへ移籍!

 

 そんなニュースが日本を揺らした翌日。

 そして阿寒湖で発見されたオウゴンマリモが引き起こした 『天皇賞の惨劇』から10日。

 メジロ王国は、マック・パーマー・ライアンの3つに分かれ、混沌を極めていた……なんてことはなく。

 

 その日はいつもと変わらない、そんな日になるはずだった。

 黒い地に金色の装飾を施した――――燕尾服のような質実豪奢な服を着た不審者は、見覚えのある背中を見定めて駆け出した。

 

「マックマックマックちゃーん! 宅急便でーす!!」

 

 やや小柄な身体、先っぽがほんのりと黒い耳。ほんの少しだけ紫がかった、特徴的な芦毛。

 

 歩き方に気品が滲み出ている彼女の名は、メジロマックイーン。この不審者の担当ウマ娘である。

 

「あら、トレーナー。どうしましたの?」

 

「おろ?」

 

 いつもはトレーナーさん、って言ってなかったかな。

 そんなことを思いつつも、彼は己は理解ある大人であると自認していた。他者からどう思われているかどうかはともかく、そう思っていた。

 

 故に、さん付けがハブかれても然程気にしなかった。それよりなによりも、彼にとっては伝えるべき何事かがあったのである。

 

「マックちゃんの――――」

 

「トレーナー。そのマックちゃん、という呼び方はいかがなものかと思いますわ。メジロマックイーン、という気品ある名があります。それを簡単に略されるのは、いい気分では無いと思います」

 

「……ごめんなさい」

 

 彼は在りし日のメジロ家総帥(男)に『そこに3人のウマ娘がおるじゃろ? 自己紹介せい』と言われたときにも『ピスピース! 天皇賞を総取りする為に来ました! エリィィイートトレェェエーナーァォア! です!』などと気が狂った自己紹介をぶちかました男である。

 

 メジロマックイーンの言葉はそんな普段は結構ぶっ壊れた言動をする男を黙らせる程度の威厳があった。

 

「わかってくだされば構いませんわ。それで、どうかしましたの? 随分テンションが高いようですけど」

 

「えー、そう。ほら、2回目の春秋連覇のあかつきには野球観戦に行きたいとか言っていただろ? だからほら、とってきたんだよ。チケット」

 

「やきう? ああ、野球。木の棒で石の球を打つ庶民のスポーツでしたわね」

 

 それを聴いた瞬間、トレーナーの手がマックイーンの頬に触れた。と言うより、抓った。

 

「皮下脂肪減少傾向。もちもち感の低下を確認。まんじゅうとの相違率、前日比マイナス11%。これは……ニセモぶぅ!?」

 

「……今度やったら蹴りますわよ」

 

 もう蹴ってる。

 そんなツッコミを入れようと立ち上がると、マックイーンは消えていた。

 

 音はしなかった。そして、倒れていたのは1秒に満たない時間である。そんな音速の末脚があれば、マックイーンはマイル路線でブイブイ言わせていただろう。

 

「これは……メジロの危機なのだー!!」

 

 とっとこ走りつつそんなことを声高に叫ぶ男が向かう先は、部室。チームエニフという表札のかけられたそこの扉を蹴り開けた瞬間。

 

「やかましい! アタシはジジイが騒ぐとムカつくんだ!」

 

 そんな声が鼓膜を震わすが早いか、ドロップキックが飛んできた。

 しかしそんな事、とうに予測がついている。腕をクロスさせて飛翔するドロップキックを受け止め、上に微調節して弾きつつ防御態勢を解除。足首を掴んでぶん回す。

 そのまま空中にぶん投げられたその不沈艦は、空中で長い脚を抱きかかえるように縮めて猫のように回転し、スタリと地面に降り立った。

 

「甘いな、シップちゃん。これが戦いの年季というものだ」

 

「やるな、ジジイ……流石は5歳児ながらジュニアヨーヨーフリースタイル大会を制しただけはあるぜ」

 

「なんで君はそういうことを知ってるのかな」

 

 一瞬まともな面が顔を覗かせた男は、かっこいい着地の残心を研究している芦毛の(黙っていれば)グッドルッキングウマ娘に向けて手を伸ばした。

 

「シップちゃん。マックイーンがおかしくなった」

 

「んなもん稀によくあるだろ」

 

「野球を知らないと言うんだ」

 

「そいつ偽物じゃねーか?」

 

 今までどこか綽々とした風な感じのあった彼女――――ゴールドシップは、割と本気に事態を憂慮した。

 

 自分の『かっとばせー!』の寝言で跳ね起きるような名門メジロ家の誇る最強のステイヤー。それが、メジロマックイーンというウマ娘である。

 

「マックちゃんから野球を奪う……そんなん目白魔苦院じゃなくてただの院だろ」

 

「シップちゃんもそう思うか」

 

「ああ……ジジイ。こいつぁやべー匂いがすっぜ」

 

 そんな底冷えのするようなマジモードゴールドシップの声に、26歳のジジイは深く頷いた。

 

「スイーツどか食い気絶杯(GⅠ)が目の前で開催されたから精神がイカれてしまったのかもな……」

 

「いや。流石のゴルシ様も、それは……やっちゃならないことだと思う」

 

 メジロマックイーンは、年頃の少女らしくスイーツが大好きである。そしてかなしいことに、太りやすい体質でもある。

 話している二人はいくら食べても太らない体質なだけにその苦しみを察することしかできないが、辛かろうというのはわかる。

 

 そんな彼女の前でスイーツをしこたま食べたら、どうなるか。マインドクラッシュを起こしても、仕方ないのではないか。

 

「仕方ないだろ挑まれたんだから。生徒会主催、1等商品は学食のスイーツ食べ放題券! となると、参加せざるを得ない」

 

「で、何位だったんだ?」

 

「2位」

 

「なんとなく知ってたぜ、ジジイ。アンタは2着が様になる……!」

 

 そういうお前は1着と5着を繰り返した挙げ句、しまいには15着を取るというオチをつける景色が目に浮かぶ。

 そんなことを思いつつも、口には出さない。既に話は脱輪している。あらぬ方向へと進ませない為にも、ここらで進行方向を固定しなければならなかった。

 

「で、マックイーンだ。とにかくマックイーンがおかしいんだよ、シップちゃん」

 

「具体的には?」

 

「そうだな……」

 

 溜めを入れた男は、何かを反芻するように目を閉じ、そして開いた。

 

「まず目つきが鋭かった。髪の色もやや灰味がかかっていたし、いつもより気品があって声が高かったな。冷厳としている、というのかな。メジロの総帥の奥さん。アレに似ていた。一気に垢抜けたというのか、大人びたというのか……マックイーンが大人になったらああいう雰囲気になるのかな、という感じだったな」

 

「詳しいなオイ。あとマックちゃんは大人になっても割と愉快な感じになってるから安心しろよな」

 

「あとほっぺたがスラッとしていた。エレガンスラインじゃなかった」

 

「エレガンスラインがないマックちゃんねぇ……」

 

 想像がつかない、とでも言いたげなゴールドシップ。

 確かにあのなんというか、まんじゅうと言うべきエレガンスラインがあってこそのメジロマックイーンである、と言うのは衆目の一致するところだった。

 

「ともあれマックちゃんを探そうぜ、ジジイ。まずはそれからだ」

 

「行くか、アマゾン……!」

 

「出港準備はできてるぜ!」

 

 ゴーグル、虫取り網、浮き輪。

 マックイーン捕獲作戦三種の神器を装備した二人は、ひとまずカフェテリアへと向かった。

 

 すると、居た。モンブランをパクパクしている、結構ガッツリ紫がかったお嬢様が。

 

「シップちゃん、レーダー照合!」

 

「ゴルゴル衛星、対地照射開始。ピーガガガ……レーダー受信、レーダー受信」

 

 手首を中国拳法かなにかのように曲げ、左右にピコピコ振る。と同時に尻尾と耳も連動して動く。

 周りのウマ娘たちから『またか』みたいな眼で見られながらも、二人は結構ノリノリだった。

 

「どうだ!」

 

「間違いねぇ! あれはマックイーンだ! ゴルゴル衛星の未来演算によれば残ったモンブランは梱包し寮へ持ち帰ろうとし、そして転ぶ! モンブランロスト、やる気ダウン! クソイベだぜありゃあ!」

 

「よし、では捕獲作戦を開始する。まず一人が囮として前方から行き、マックイーンの注意を引きつける。そして後ろから行ったもう一人がズダ袋で捕獲」

 

 注意を引きつけ、後方から強襲。

 戦術の王道というべきありがちな手に、ゴールドシップは深く頷いた。

 

「囮はもちろん俺以外が行く」

 

「いや、お前がいけよ」

 

 素に戻ったゴールドシップによって、そういうことになった。

 

「マックマックマックちゃーん!」

 

 担当ウマ娘の人格が豹変するという、中々にファンタジーな事態に襲われてそれなりに精神的なダメージを負っていた男は、呼び方にも表れているようにこのときには立ち直っていた。

 

 書道の筆のように先っぽがちょっと黒い、特徴的なウマ耳がピコンと動く。

 

「あ、あら、トレーナーさん。行っておきますけれど、ハメを外しているというわけではないですのよ。ただ……そう。本日は半額で、コストパフォーマンスが良かったんですの。だからこう、モンブランをいただいていると――――」

 

 立て板に水のごとく流暢にして滑らかな言い訳の途中、そして手にしているモンブランを食べ切った、その瞬間。

 

「確保ォー!」

 

 ズダ袋が、頭上から椅子ごとすっぽりと覆いかぶさった。

 

「ジジイはモンブラン!」

 

「あいあいさー!」

 

 中の人の暴れ具合によってゴム袋の如く姿形を変えるズダ袋を肩に担ぎながら、ゴールドシップはそれなりの速度で部室へと駆け出した。

 

「シップちゃん、速い速い。もう少し人間に合わせた速度にしてくれよ」

 

 駆け出した、1分後。

 カフェテリアの職員に梱包してもらったであろうモンブランの収められた紙の箱を頭に載せつつ、男は腕を組んで走って追いついてきた。

 

「モンブラン入れた箱を一切上下させずにふざけたフォームで走りつつ、このゴルシちゃんに追いついてくるようなやつには合わせてるぜ」

 

「違いない。で、開封と行くか」

 

 ズダ袋をボンと置き、開封する。

 そこにはいつも通りの……なんというか、全体的に丸っこいメジロマックイーンが居た。

 

「なんですの!? なんなんですの!?」

 

 若干髪が乱れているのに加えて、表情にはやや深めの困惑がある。拉致されるのはさほど珍しいことでもないのにここまで新鮮な反応を返してくれるのは、流石はターフの名優といったところか。

 

「マックちゃん。いや、マックイーン」

 

「は、はい。なんでしょうか」

 

 ややかしこまった言い方に釣られるように、メジロマックイーンは割と緩んだ感じのある顔を引き締めた。

 

「俺が君と契約したとき……なんて言って選んだか。覚えてる?」

 

 メジロライアン。

 メジロパーマー。

 メジロマックイーン。

 

 現在では評価は逆転したものの、トレセン学園に入る前のこの同期3人の評価はメジロライアンが一番上だった。

 家出したメジロパーマーと、才能はあるものの怪我してばっかりのメジロマックイーンは、どうにも評価が上がらなかったのである。

 

 メジロ家お抱えのトレーナーたちが才能の塊であるメジロライアンへスカウト攻勢を仕掛ける中で、ある者はパーマーの下へと行った。

 そしてまたある者は、怪我へのリハビリに励むメジロマックイーンに向けてこう言った。

 

「組んで一番おもしろそうな相手だったから、でしたわね」

 

「お、本物かな」

 

「まるで私の偽物がいるような口ぶりですわね」

 

 そんな口ぶりですわ。

 そういうのも野暮なので、取り敢えずトレーナーは話を進めた。

 

「君……野球って知ってる?」

 

「え? ええ、知っていますわ。と言うより、この間観戦する約束を取り付けたばかりではありませんか」

 

 ゴールドシップの視線と彼の視線が交差し、互いに同時に肩をすくめる。

 

「……じゃああのマックちゃんはなんだったんだ。蜃気楼?」

 

「老眼だな、ジジイ。ついこないだ、ドロップ流星脚を浴びせてもピンピンしてたのに、齢72歳にして遂に老いに追いつかれて……ゴルシちゃん悲しい!」

 

 いやーんと、両頬に手を添えて身を奇怪にくねらせるゴールドシップを他所に、メジロマックイーンは首を傾げた。

 何が起こっているのか、なんでここに連れてこられたのか。そのあたりを、彼女はまるで知らされていなかったのである。

 

「どういうことですの? トレーナーさん」

 

「かくかくしかじか」

 

「これこれうまうまですわ」

 

 ということで掻い摘んだ説明が終わり、マックイーンは名門に相応しい気品ある憂いの顔で思考を続け、まとめ終えた。

 

「しかし、老眼だとしてもトレーナーさんが私と他の娘を見間違えるとは思えません」

 

「マックちゃん……!」

 

 厚い信頼。それを茶化しながらもやはり感激したこの男は、数分前までモンブランを掴んでいた手をとった。

 

「それよりゴールドシップさんがなにかしたとか、そういう風に考えたほうが事象の説明には適切だと思いますわ。4日前もバッタごっことか言って56人に分身してらしたじゃありませんか」

 

「とは言っても、アタシが分身させられるのは自分だけだぜ」

 

「じゃあ無理だな。となるとやはり蜃気楼か。実態もあり、蹴りも入れてくるし喋りもする蜃気楼。原理を解明してみればいい金策になるかもしれない」

 

 と、茶化してみたものの、不可思議な出来事が数多起こるのがこのトレセン学園という施設である。

 その道を極めるべく努力を続け、それでも夢は叶わない。

 

 実力不足、才能不足、怪我。そんな様々な無念と向き合いきれずにこの場に留まってしまった怨念が、沢山おんねん。そういうこともある。

 

「ともあれ今のところどーにもならないわね。てことで、かいさーん!」

 

「じゃあなー」

 

 かいさーんと言って窓から消えていく男と、逆方向の窓からぬるっと消えていくゴールドシップ。

 

「なんなんですの……」

 

 あまりに怒涛な展開に圧倒されながら、それでも彼女にはこれまでの耐性がある。

 数秒硬直した後にあっさりといつもの感じを取り戻したメジロマックイーンは気を取り直し、紙箱に梱包されたモンブランを頬張った。

 

「それにしても、モンブランは最高ですわ!」

 

 天皇賞春3連覇、秋2連覇。

 そんな偉大な記録を打ち立てた、『最強』のステイヤー。

 そんな偉大さを欠片も感じさせないスイーツ大好きお嬢様と化した彼女は、取り敢えずとばかりにモンブランを3個ぺろりと平らげて授業へと駆けていった。

 

「ごきげんよう、皆さん」

 

 昼休み中ずっと何かを食べていたとは思えない程優雅な挨拶をして、メジロマックイーンはすらりとした髪をなびかせて席に座った。

 高等部に進級しても勉学に滞りを見せない彼女は授業の前、熱心に教科書を読み込む。

 

 これは授業直前に予習をするということわけではなく、事前に予習をした上で改めて直前になって読み直す、ということであった。

 

「あれ、マックイーン? 早かったね」

 

 そんな真面目な彼女からやや遅れて、こちらも割と真面目なトウカイテイオーが教室に入ってきた。天才肌の彼女は改めて予習するなどと言ったことはしないが、それでも授業がはじまる5分前には教室へとやってくる。

 

 そんな彼女は青い瞳を驚きに満たして、メジロマックイーンを見ていた。

 

「テイオー。何がですか?」

 

「なにがって……さっきまでボクと一緒に居たじゃん」

 

 ん?と。

 メジロマックイーンは固まった。彼女は昼休みがはじまってからというものカフェテリアに直接向かい、モンブランを注文。

 注文したモンブランに舌鼓を打っている間にトレーナーがやってきて、そしてゴールドシップに拉致されて謎の現象についての話を聴き、そして残りのモンブランを食べて教室に帰ってきたわけである。そこにトウカイテイオーが介在する余地はない。

 

「それ……」

 

 勘違いではありませんの?

 そう言いたかったが、トウカイテイオーと彼女は友達以上の関係。謂わば仲間でライバルな関係なのである。そんな彼女が、勘違いをするとも思えない。

 

(そう言えばトレーナーさんがそんなことを言ってましたわね……)

 

 別に信じていなかったというわけでもないが、トレーナーとゴールドシップという組み合わせはなんと言うか……信憑性に欠ける。週1でゾンビごっことかしている二人なだけに。

 

 しかし、トウカイテイオーである。彼女がそういうおふざけに参加することはあっても、それは緻密で計画的なものであって突発的なものでもない。

 

「テイオー。その話、後でいいでしょうか?」

 

「え? いいけど……」

 

 廊下で鳴る足音から先生が来たことを敏感なウマ耳で察知しつつ、マックイーンは取り敢えず話を保留した。

 そして授業が終わったあと、彼女はトウカイテイオーからその『メジロマックイーン』のことを聴いた。

 

 『メジロマックイーン』は、思えば髪の色がやや薄い。

 『メジロマックイーン』は、思えば声の音が高い。

 『メジロマックイーン』は、思えば線が細い。

 『メジロマックイーン』は、思えば目つきが鋭い。

 『メジロマックイーン』は、思えば澄ましたような気品があった。

 

 それは私の線が太くて目つきが緩くて気品がないということですの?と思ったが、そこは人格と実力を兼ね備えしメジロ家の誇るウマ娘、メジロマックイーン。

 おとなしく礼を言って、『メジロマックイーン』が居たらしい方向へと駆け出した。

 

 しかし、『メジロマックイーン』は居なかった。二人でドンジャラをやっていたトレーナーとゴールドシップを駆りだして大捜索を行ったが、居なかった。

 

「思えば、俺は喋らないトウカイテイオーを見たことがある」

 

「トレーナーさん。それは、いつも元気なテイオーさんだって喋らないときもあるでしょう」

 

「いや、趣味で旧校舎で夜の見回りをしていたんだよ。そのときにトウカイテイオーに会って、そして寮まで連れて帰ろうとした時――――」

 

「したとき?」

 

「寮の方向から自主練習していたであろうトウカイテイオーに会った。そして後ろを見ると、俺が連れてきたはずのトウカイテイオーは消えていた……」

 

 そんな謎の怪談話を喰らって今晩はイクノさんに一緒に寝てもらいますわ!と決意したパクパクガールことマックイーンを他所に、その後は特に何も起こらなかった。

 

 トウカイテイオーのように『メジロマックイーン』に遭遇するウマ娘も居ないし、遭遇する人間も居ない。

 

 もっともトレーナーやゴールドシップなどは『居てもわざわざ耳に入れようとされてないだけかもしれない』などという可能性も予測していた。

 つまり、トレーナーの場合はマックイーンの反応に齟齬があったからこそその違和感に勘付いた。

 トウカイテイオーの場合は、マックイーンの行動の中身はともかくその迅速さに人智を越えたところがあったからわざわざその違和感を口にし、結果的に勘付いた。

 

 しかし全ての学園関係者がメジロマックイーンの事を詳しく知っているわけでもなければ行動の違和感に勘付けるわけでもない。

 

「ま、伝えることもないだろ。無駄にプレッシャーというか、そういうものを意識させると疑心暗鬼にもなりかねない」

 

「老巧の手だな、ジジイ」

 

 この二人からしても、何も手を拱いているわけでもない。珍しく真面目に働き、メジロ本家にも連絡を入れてある。

 トレーナーをやっている以上、こう言う怪異現象と付き合うのもそう珍しいことでもないのだ。

 

「マックちゃんは、あれで結構繊細なところがあるからな。シップちゃんもそうだけども」

 

「……ああ。そうだな。でもジジイ。ヤバくなったら、ちゃんとマックちゃんにも言えよ」

 

「例えば?」

 

 その答えは、返ってこなかった。聴こえなかったのでもなく、無視したのでもなく、答えなかった。

 そんなゴールドシップの意図を察したのか、トレーナーは黙って頷く。

 

 二人して手元のルービックキューブをいじくり回しながら歩く二人の行動原理は、結構似ていた。つまり、それなりにヤバくなると真面目になる、ということである。

 

 そんな二人を他所に、メジロマックイーンは日々をエンジョイメジロしていた。

 メジロ家という名門に生まれたウマ娘にかせられた悲願、天皇賞制覇。

 

 その貴顕の使命を果たすべく、彼女は脇目もふらず走り続けてきた。天皇賞春を3連覇、天皇賞秋を連覇。

 他の栄光には目もくれずに走ってきたからこそ、天皇賞のスペシャリストとして才能を研ぎ澄ませたからこそ、ここまで勝てた。

 

 そういう専門家も多いが、他の栄光には目もくれずに走ってきたからこそ、彼女の1年の真価はたった1レース、3分で決まるとも言える。

 他のシニア級に所属するウマ娘とは別ベクトルのキツさ。肉体的な負荷ではなく、精神的な負荷。そういうものを人一倍受けて、マックイーンは頑張ってきた。

 

 そんな精神的にタフなウマ娘はと言うと、今日ものんべんだらりんと過ごしていた。

 シニア級を卒業し、ドリームリーグへ移籍することが決まったからである。

 

 天皇賞制覇が、連覇へ。連覇が、3連覇へ。

 また1から積み重ねられるほど長く現役を続けられないのが、ウマ娘という走りと舞踊を職業とするアスリートの持つ寿命の短さである。

 

 前人未踏であればあるほどかかる期待の大きさ、精神的な負荷。

 言っても、当人は結構あっけらかんとしている。少なくとも、精神的に焼ききれるような焦燥や押し潰されそうな重圧を見せない。

 だがそれだからこそメジロ本家の心配は深まり、ここらでドリームリーグへ移籍させるのはどうか、という話になったのである。

 

 総帥とその妻が直々に説得し、『本当によくやってくれた。だからこそドリームリーグへ、より高いレベルに挑戦してみてはどうか』と、物凄く優しく婉曲な表現を使って、最大限傷つけないような言葉を選び抜いて移籍を促した。

 

 ドリームリーグに移籍すると、天皇賞には出られない。というより、国内のシニア級のレース全般に出られなくなる。

 ドリームリーグのウマ娘が走るのはスプリングドリームトロフィー、サマードリームトロフィー、オータムドリームトロフィー、ウィンタードリームトロフィーという四季それぞれの距離別大レースとそれに付随したいくつかの前哨戦のみ。

 

 結論としては、今度はドリームリーグというさらなる高みで頑張ってほしい、と総帥直々に声をかけられ、マックイーンはその気になったわけである。

 それに、メジロドーベルという新星も出てきた。そろそろ天皇賞の栄光――――盾の栄誉を他へ譲ってもいいという気持ちが出てきたのかもしれない。

 

「トレーナーさんとまた、違うステージに挑むのも悪くないかもしれませんわね」

 

 そう言っていたマックイーンの顔は、新たな挑戦への渇望や期待に満ちていた。しかしやはり天皇賞へのこだわりから解放された反動からか、若干気が抜けている。

 

 その気の抜け方を咎める気には、なれない。

 

 それがマックイーンを長く見てきたメジロ関係者の一致する見解だった。

 

 そんな気の抜けたマックイーンは、今日もるんるんで学園生活を満喫していた。勉学に励み、友達と話し、笑い、放課後は実力の維持に励む。

 マックイーンの出るレースは退屈であるとすら言われた、圧倒的な安定感。GⅠという最高峰の舞台で横綱相撲をとれる絶対的な実力。

 

 ライスシャワー。たった一戦のために最高に研ぎ澄まされた刃のような彼女すら、鉄壁とすら言えるマックイーンの必勝パターンを正面から打ち砕くことはかなわなかった。

 

 ドリームリーグに移籍しても、勝てる。

 それは実力と実績に裏打ちされた確かな事実だった。

 

 ライスシャワーは、『最強』のステイヤーだった。

 そしてメジロマックイーンは、『最強のステイヤー』だった。

 

 故に、勝てた。そしてこれからも、勝ち続ける。その覚悟はあるがしかし、どこか熱に欠ける彼女の前に立ちはだかるのは、他ならぬ彼女自身だった。

 

 放課後。練習を終えて悠々と歩く彼女の耳に、聴き慣れた音が響く。

 それは生まれたときから聴いてきた音。メジロ家というウマ娘の名門に生まれ、歩き方から指導されたが故に身についた独特の歩法。

 

 その音と自分の音が重なるのをやめるために足を止め、近づいてくる音に向けて意識を研ぎ澄ます。

 

 白い、白い勝負服。帽子を手に持ってこちらを、どことなく冷たい眼差しで見てくる。

 自分と同じようで、違う芦毛。彼女がそれを見て色が薄れたような、使い込まれてすり減ったような印象を持ったのは、他ならぬ自分自身のことであったからかも知れない。

 

 どこかしらに、すり減っている。疲れているのか、あるいは緊張状態のままに弛緩を忘れてしまったかのような印象を受ける。

 確実に似ているが、どこか違う。並べて比べて見るとそれがわかるような二人はしばしの間、黙って向かい合っていた。

 

 この中身のない時間を、そして自分と似たような存在が目の前にいるというなかなかに奇々怪々な状況を怪しむこともなく驚くこともなく、そして怯むこともなく、メジロマックイーンは堪能した。

 

 ―――――この微妙な緊張感、懐かしいですわね

 

 まるで、眼の前にあの刺客が。ライスシャワーが再び現れたかのような――――そして天皇賞を、盾の栄誉を得るために挑むあのレースの前の時間のような。

 そんな時間を打ち破ったのは、色素の薄い方のマックイーン、『メジロマックイーン』の方だった。

 

「確かに……もちもちしてますわね」

 

「はぁ!?」

 

 あまりにもあんまりな言い草に、名門らしからぬ言葉が漏れる。

 霧散していく緊張感の中で、『メジロマックイーン』は月の光に溶けるように消えた。


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