ウマ娘全てに愛を振り撒くデジたんと、そんなデジたんに自分だけを見て欲しいと考えるウマ娘概念 作:こー
「……」
トレセン学園校門前。そこにある一人の女性がやってきた。汚れ一つも見られないスーツを丁寧に着て、眼鏡をしている。キャリアウーマンそのものと言ってもいい人だ。
「お待ちしておりました」
学園内から歩いてきたのは、緑のスーツを着た理事長秘書の駿川たづな。頭を下げてその女性を丁寧に迎えている。
「では、こちらへ」
本日は月末。ここに一つの戦いが始まろうとしていた。
────
───
──
─
「まずは……感謝ッ! ようこそ中央トレセン学園へ!」
「まさか理事長がお相手してくださるとは思いませんでしたよ。こうしてお時間を頂けること、まことに嬉しく思います」
理事長室。向かい合わせになっているソファに二人は腰かけて頭を下げている。その二人を離れてみているのはここまで彼女を案内したたづな。その場から動かず、二人のことを見ている。
二人の前の机には先ほどたづなが淹れたお茶が一つずつ置かれている。まだしかし手を付けられた様子はない。
「ご多忙な身でしょう。本日はありがとうございます」
「そちらこそ、お忙しい中よく来てくださったッ! 何でも、世界を股にかけていらしているとか!」
「いえ、まだまだ未熟な身です」
まずは互いに労いの言葉を掛け合う。双方慣れているのか態度に変化や緊張は見られない。
「急かしてしまうようで申し訳ないのですが、早速本題に移ってもよろしいでしょうか」
「うむ!」
「では──」
姿勢を正し直して、改まり告げる。
「──私の娘、ナナシノゴンベエをその日の放課後から門限まで外部のトレーニング施設に通わせる許可を頂きたい」
「──!」
当初、ただ自分の娘の様子をその身で見に来た親なのかと思っていたトレセン学園理事長──秋川やよいは、予想外のことを告げられて目を見開く。
けれどすぐに戻り、疑問を投げかける。
「──疑問。我がトレセン学園の設備では不満ですかな?」
中央トレセン学園は形態としては学園というものではあるが、正式名称は『中央トレーニングセンター学園』。トゥインクル・シリーズに出るウマ娘たちのトレーニング施設であるのだ。加えてその最高峰ということで、設備も非常に充実している。日本に存在するトレセン学園ではこれ以上のものは存在しないだろう。
それをやよいは勿論、目の前の女性も知っているはずだ。わかっているからこそ娘にここを受験させたのだろうから。そのため、今やよいにあるのは純粋な疑問。何故わざわざそうする必要があるのかということだ。
「えぇ、もちろん。重々承知しております。ですが……」
やよいの言葉に同意し、深く頷く。しかし最後の言葉を告げたそのとき、ぐっと拳を握りしめていた。
「ですが、あの子にはそれだけは足りないのです」
目つきが一段鋭くなる。
「昔からそうでした。あの子はウマ娘として生まれたのにも関わらず身体がそこまで強くなく、運動神経もさほどよくありません。才能はないに等しいのです」
「……否ッ。中央トレセン学園に入ってこれたということは、相応に実力はあるということ。なにもそのようなことは」
「あの子にトレーナーがまだついていないのが何よりの証拠です。優秀な子はこの時期にはもう既にトレーナーがついてデビュー間近にあると聞きます。あの子はどうでしょう? 入学してからこれだけの月日が経っているのに、まだない。ですから、その差は努力で埋めるしかないのです」
さらに、言葉の強みが増していく。
「トレセン学園はトレーナーがスカウトをするという性質上、一目で才能を持っているとされなければスカウトされない。つまり才能が見られなければ見向きもされない。いくら充実していても、見定められる段階へは個人の努力では中々至れない。そのために今回のことを提案したのです」
そう、トレセン学園で指導をする立場のトレーナーは教え子を自由に選択することが出来る。逆に言えば必ず選ばれない子が出てくる。個人的に頼み込んで一時的に走りを見てもらうことは可能ではあるものの、長期的に担当じゃない子をみてくれるトレーナーは存在しない。そのため一人のトレーナーに複数の担当を設けるチーム制度を導入しているのだが、それでも担当トレーナーがつかないウマ娘は多くいる。やよいもそれは問題として理解しているため、解決策を考えているところであった。
対して外部の施設では、充実度合いはトレセン学園のそれと比べるとどうしても劣ってしまっているところがあるものの、基本的にお金を払えば見てくれる人が付く。一人で我武者羅にやるよりは効率は良い。
「……質問。なぜそれを私たちに?」
実は、そのような施設に通うウマ娘はいないわけではないとは聞いている。塾のようなものだし、そこは当人の自由でもある。それだけならばわざわざ許可をもらう必要性はない。
「それを知っておいてほしいからです。私は普段中々戻れませんから、きちんと行かせるために催促をお願いしたく思いまして。それに、送迎バスを来させる予定でもありますから」
「……ふむ、なるほど」
それは、話としては筋は通るように一見感じられるが、どこか違和感が拭えない。
「(『きちんと行かせる』?)」
まるでそうしなくては行かないかのような言いぶり。自分の娘の事であるのにそのようなことを言う目の前の女性に不信感を抱いているやよいを他所に、女性は続ける。
「あの子は本当に一人じゃ強くなれない。何もできない子なんです。おそらくこの中央トレセン学園の中では一番弱いところにいるといっても過言ではないでしょう。ウマ娘にとっては致命的な喘息持ち。加えて、何の才能もない。ですから──」
「そんなことありませんッ!!!!」
理事長室の奥の扉の方から聞こえてくる叫び声。大きく響いたその声に女性は驚き固まり、やよいとたづなも驚きつつも仕方ないかという表情を作る。
「──失礼。今回のお話をどうしても聞きたいということで、ここに私たち以外に三人ほど来ている……のです。たづな」
「はい」
その顔のまま扉の方へ行き、ゆっくりと扉を開ける。そこには、はっとした目で口を押えているデジタル、軽くため息をついてるタキオン、デジタルの後ろに隠れて様子をうかがっているナナがいた。
「……あの子たちは」
「娘さんの、ご友人であると聞いております」
女性からすれば、一見隠れて見えないナナを除けば知らない二人のウマ娘。一体どうしてこの話を全く関係のないあの二人が聞きたいと思ったのだろうと考えたのだ。
扉をあけられてしまったため、もう聞きに徹することは不可能。デジタルは一度深呼吸をして決意を固める。
「あの!」
「────」
デジタルが話を始めようとしたその瞬間、ちらりと様子を見るために顔を覗かせたナナが女性の目に映る。刹那、女性は立ち上がり、理解した。
「……そういう、ことだったのねぇ?」
「──っ!!」
気付かれてしまったナナはさらに縮こまってしまう。しかし──、
「──来なさい」
「──」
「はやくっ!」
「は、はいっ!!」
反射的に返事。ぎこちなく立ち上がって怯えながら女性の下へ。少し呼吸が荒くなっているのが遠目から見ても分かるほどだ。
「……失礼、ナナ君は──」
「理事長、これは私たちの問題なんです。すみませんが今は何も言わないでいただけますか」
あまりの迫力に怯む一同。改めてナナのほうに向き直し、見下す。
「おかしいと思ったわ。あなたの話をするためなのに、それこそ担任の先生でよかったはずが、わざわざ理事長が出てくださったこと、なぜか妙に話を長引かせようとしていたこと、そして──
「わ、わたし──!」
「まさかこんな手の込んだことをして反抗してくるなんてねぇ……!!」
今、女性の思考はこのようになっている。
本来ならこの話はもう既に終わっていて、ナナが今どれだけの実力を持っているのか、ちゃんとトレーニングをしているのかを見に行っているはずだった。
しかし、なぜか一生徒のために出てくる理事長、妙に理由を知りたがるところ、加えては一緒に見知らぬウマ娘の存在。それらから、女性はこの娘は私の案を取りやめるように働きかけさせるつもりであったのだという結論に至った。
自分の中にあるこの論理を理事長に崩してもらっていく必要があるのかを再考させるように促し、そこにナナの友達を名乗るウマ娘を繰り出してナナはよくやっているという話を流して、行く必要がないという道を強化させる。ナナにしては考えたほうだろうと思う女性だが、同時に親を舐め過ぎだとも思う。
当然のごとく理論は完璧であるし、自称友達ウマ娘程度の説得で動くようなものでもないし、何より
極めつけはここにナナが来てしまったこと。様子見のために来たのだろうが、これではあからさまにそう疑えと言っているようなものだ。
「今思えば、あの電話のときも少し反抗的だったわよね? 全く、海外での仕事が多くなるからって理由で入寮させるべきじゃなかったわ……。ねぇ、ちょっと調子に乗ってるんじゃないのあんた?」
「っ、っ……」
女性から放たれている威圧感から何も言えなくなってしまうナナ。その沈黙を女性は肯定と受け取った。
「……はぁ。ねぇ、分かってる? これはあんたのためなのよ? あんたがよりよい結果を残せるためのことなのよ? なのにこれは何? どれだけ失望させたら気が済むの?」
「ご、ごめっ……んなさ……っ」
「……はぁ」
ナナから目を逸らし、他の者たちに目を向ける。その表情は一転して優しげなものに変化していた。
「すみませんね、こんな茶番をさせてしまって。特にそこのあなた。あのタイミングで叫ぶように言われたんでしょう? ごめんなさいね。それに理事長も秘書さんも、本当に申し訳ありません。この子にはしかりと言い聞せますので」
「! 失礼、そのような──」
理事長が慌てた様子で訂正を行おうとしたところ、デジタルがそれを手で制する。
「──一つ、いいですか?」
デジタルの表情はその瞬間、敵を見るような刈り取るものになっていた。
1.5