リトルココンから貰った計測タイムを元に、私は<ファースト>の中から三人の人物を抽出した。その条件は、事件当日のトレーニングで『十五時以降、後続に二秒以上の差をつけてゴールした』こと。
<ファースト>の総数は二十を軽く超えていて、その全員に改めて聞き取りを行うのは制限日数以内には不可能と思われたが、このデータのおかげでだいぶ短縮することができた。三人なら、一日で終わらせることも十分可能である。確認したいことはそう多くはなく、要点も決まっていたから。
なお、それらの内容については今まで通りインタビュー形式でつづろうかと思っていたのだが、三人とはいえ全文を載せるとあまりにも字数が増える気がするので断念した。よって、あくまで重要である部分のみを掲載することにする。……推理モノとして不適切な形になってしまうことを、読者諸兄に深くお詫び申し上げたい。
一人目 クレセントエース
中、長距離の芝レースを得意とするウマ娘。作戦は逃げを取ることが主で、スタートからの加速力には目を見張るものがある。打って変わって短距離では振るわず、二度1200mレースに出走しているが、どちらも入着すらできない憂き目にあった。だが、得意分野に限っては<ファースト>内でも屈指の脚の持ち主で、実力はリトルココンとビターグラッセに次ぐ三番手だともっぱら噂されているとのこと。
例のトレーニングで後続につけた差は最大で二秒三六。とはいえマイル距離はやはり不得意な方で、この時のタイムも一分三十六秒と決して速くはない。だというのにこれだけの差が生まれたのは、後続が不運にも疲れから足をもつれさせてしまったため。その証拠に、事故の無かったその他の成績は平々凡々とした域を出ず、つけた差も五バ身が限界だった。
以降はクレセントエースとの会話。
「――とまぁこんなところかしら。後は何か?」
「じゃあ事件の前夜、あなたは消灯時間にはちゃんとベッドに入ってた?」
「え? ええもちろん。……これって何かのアリバイ確認のつもり? それなら同室の子に訊けば確かめられるわ」
「そっか、ありがと」
「参考程度にだけど、なぜそんなことを確かめるの?」
「うーんとね……実はあの日、グラウンド以外でもちょっとした事件があって。食堂に置かれてる……ソースが誰かにいたずらされてたの。そのことについて、何か知らないかなーって」
「さぁ全く……。ソースの存在は聞いていたけど、一度も使いはしなかったから」
「まぁ普通そうだよね。でも、裏では人気があるみたいで、けっこう色んな子が使ってたんだよ。それがあんないたずらをされるなんて……ショックを受けた人も多かったみたい」
「そうだったの。言われてみたら、あのソースを使っていた人は多かったわね。甘いもの好きなメジロマックイーンさんなどは、さぞ嘆かれたことでしょう」
「……うん。とってもびっくりしたと思うよ」
以上、クレセントエースへの聞き込みはこれで終了。
二人目 クラヴァット
芝のマイル距離をかなり得意としているウマ娘。作戦は差しの一手で、後半の追い上げは豪脚とチーム外にも名高い。他には短距離でも好成績を残してはいるものの、反対に2000m以上の距離になるとぐっとタイムを落としてしまう。典型的なスタミナより瞬発力とパワー重視の子だと言えた。
後続につけた差は最大で三秒二五。追って来ていた子も生粋のマイルレーサーで、一分三十四と決して悪くないタイムだが、クラヴァットはさらにそれをぶっちぎっていることになる。また十五時以前のものを含めるなら、大差をつけた回数それ自体もトレーニングを通してトップクラス。マチカネフクキタルの言う『死角』に入る機会は、自在に狙うことができただろう。
以降はクラヴァットとの会話。
「――こんなとこ。まだなにかある?」
「ええっと……事件前夜のことなんだけど。ちゃんと消灯時間には寝てた?」
「はぁ? そりゃまぁ寝てたけど。え、なにこれ。アリバイ確認?」
「そんなとこ。だから他にそれを証明できる人がいたら助かるな」
「あちゃぁ……あの日はちょうど同室の子が遠征に行っててさ。部屋には私一人だったんだ。なんでショウメイ? とかは無理かな」
「あー全然いいよ。気にしないで。それですぐ怪しいって決まる訳じゃないし。そもそも事件にあんまり関係ないとこだから」
「ふぅん。じゃあどうしてわざわざ聞くわけ? 気になるんだけども」
「それがね~。その日の深夜にこっそり寮を抜け出して、食堂でいたずらしてた子がいたんだって。にんじんソースっていうタイプの調味料がやられたんだけど……そのことを何か知らないかなって」
「あー、あのくそまずいソースのこと? いっぺんだけ使ったけど、ありゃ人の使うもんじゃないよ。メイショウドトウさんは好きだったみたいだけど……あの人、大人しそうな顔して変なところでアグレッシブだよね。にしても、あんなソースを全部かっぱらうなんて、どこのもの好きなんだか」
「そうそう、全部無くなってたの。何だかんだですぐに補充されたのに、良く知ってたね」
「……あーまぁ。私、こう見えてけっこう友達多いからさ、ね?」
以上、クラヴァットへの聞き込みはこれで終了。
三人目 デュオペルテ
短距離、マイル、中距離と幅広い芝レースを得意とするウマ娘。作戦は様々なものを使いこなすタイプで、ちょっと私に似ている。ただし直近ではトレーナーの指示で先行策を取る事が多かったようだ。彼女の走りについて特筆すべきは、何に置いてもコース取りの上手さ。密集状態や縦長の列といった状況も苦にせず、落ち着いて対処する姿はお手本として紹介されても良いくらいの美しさがある。一方、フィジカル面ではあまり才に恵まれなかったようで、特に後半切れがちなスタミナは自他共に大きな不安要素として捉えられている。そのためなのか、長距離のレースには出走した記録が無い。
後続との差は最大で三秒一二。事件当日は調子がすこぶる良かったらしく、安定した好成績を連発している。大差をつけたことに関しても、単に相手が遅かったからではなく、タイムは堂々の一分三十秒と基準越え。もっぱら知的なレース運びが取り上げられがちな子だったが、この脚の冴えは徹底管理のお陰なのだろうか? 近々、チームの代表としてG1レースに出走するという噂もあって、今後の活躍が注目されるウマ娘の一人だ。
以降はデュオペルテとの会話。
「――といったところです。まだ何か?」
「じゃあさっそくだけど、事件前夜は消灯時間にはもう寝てた?」
「む……? それは寮を抜け出していなかったか? という質問と捉えてよろしいですか? ならば答えはノーです」
「そうなんだ。部屋の子も一緒だった?」
「ええ。一緒でした……が。彼女はその頃にはぐっすり眠っていたので、アリバイの証明としては不十分かもしれません」
「ええっと……そんなこと自分から言っていいの?」
「またまた御冗談を。事象は全て疑ってかかるのが捜査の基本です。あの日の夜中のことについて訊くとなると、つまり食堂であったらしいいたずらに関することですか?」
「そこまで分かるんだ。凄いね」
「あれから何日の猶予があったと思っているんですか。そのくらいは誰でも調べがつきます。といっても、悲し気なエルコンドルパサーさんを見かけていなかったらどうだったか分かりませんが。……まぁともかく、例のいたずらについて私は一切関与していません。また、ソースを使用した経験もありません。……証明はできかねますが」
「そんなの別にいいよ。何も取り調べって訳じゃないんだし。……あのいたずらのせいで、困ってた子が多かったみたいだから、一応聞いて回ってるんだ」
「さようですか。……それにしても、なぜデスソースを狙ったのでしょう? 利用者は、はちみつソースの方が圧倒的に多かった。誰かを困らせたいなら、そちらをまず狙うと私は思います」
「そのへんは犯人に直接聞くしかないかなぁ……。あ、そうだ。もう一つ気になることがあるんだけど、いい?」
「ええお構いなく」
「練習中に、誰にも言わずささっとお手洗いに行く――ってこと、ない? <ファースト>ってやたら休憩時間にも厳しいけど、そういうの嫌になる子とかいるんじゃないかなって」
「無い……と断言したいところですが、実際にはあります。あの日は時間の都合上不可能だったと思いますが、比較的緩い筋力トレーニングの時などは、グラッセとココンの隙をついて、こっそり行く子はときおり見かけますね」
「そっか……。ご協力ありがと~!」
以上、デュオペルテへの聞き込みはこれで終了。
※デュオペルテには他二人にしていない質問を付け足したが、これはあくまでビターグラッセとリトルココン達からはできない情報収集のためで、犯人特定そのものには関与しない。
これで重要参考人とも言うべき三人への聞き取りが全て終わった。彼女らの中に犯人がいるかどうかはここでは記さないが、事件解決に繋がる重要なヒントが含まれていたことに違いは無い。……一気に三人もの新たな登場人物を出してしまったことになるので、下記に一応、改めて情報を纏め直しておく。内容は既に書いたことの繰り返しのため、記憶力に自信がある人は読み飛ばして貰って構わない。
一点目 得意距離
クレセントエースは中、長距離。クラヴァットはマイル。デュオペルテは短からマイル、中距離までを得意としている。
二点目 後続に着けた差
クレセントエースは偶然で二秒三六。クラヴァットは実力で三秒二五。デュオペルテも実力で三秒一五。
三点目 深夜のアリバイについて
クレセントエースはあると言い切った。クラヴァットは無いと認めた。デュオペルテは曖昧に濁した。
四点目 食堂のいたずらについて
クレセントエースは全く知らなかったと発言。クラヴァットは友達から聞いていたと発言。デュオペルテは自力で辿り着いていたと発言。