事件発生から六日目、<ファースト>のメンバー達への聞き込みを終えた私は、チームの部室へと急いでいた。時刻は十八時を回っていて、太陽はもうほとんど山肌に隠れている。三人なら話すのにそこまで時間はかからないと踏んでいたのだが、むしろ居場所を探しだす方に時間を取られるとは誤算だった。……しかし考えてみれば当然の事である。同じチームに所属しているだけで、常に一緒の場所にいるわけがない。
つまるところ、同じトレーニングするわけでもないのに、基本いつも一緒な私達<ブルームス>の方が一般的にはおかしな集まりなわけで――。部室の扉を勢いよく開けてみれば、今日も今日とて中では皆が仲良くダベっていた。……ライスシャワーただ一人を除いて。
「ハウデイ、マヤノ! とうとう明日が締めきりネ~! 推理は順調デスか!?」
「マヤノちゃん~何だか良く分からないけど、大変なことになってるみたいだねー。大丈夫?」
「ちょ、ウララちゃんに説明したの!?」
驚く私に、さっとフクキタルが寄ってきて耳打ちしてくる。
「上手いこと大事なとこはぼやかしましたから平気です。いつまでも隠せるものじゃないと判断しまして……。ライスシャワーさんも、あれから練習に全然参加しませんし」
「そ、そうだね……早く解決しないと」
「マヤノさん? なんだか顔色が悪くありません? 風邪ですか?」
「そんなことないよ~! マヤは今日も元気一杯! フルスロットルだって!」
バタバタ両手を振って元気なところをアピール。逆に不審がられるかとも思ったが、「マヤノさんがそうおっしゃるなら」とフクキタルはすぐに矛先を納めた。……それはそれでなぜかちょっと寂しい。
「マヤノがいない間に、ワタシ達も色々と考えていたんデス! 今からその発表会をやりまセンか?」
楽しそうに言うタイキシャトルが、ごちゃごちゃとグラフや表が書き込まれたホワイトボードを見せてくる。本来は練習メニューを配分する際に使う備品だが、今週は専ら皆の推理に使われていたようだ。
がぜん興味が湧いて近寄って眺めてみると、<ファースト>のメンバーのレース記録やタイムレコードなど、割と重要な情報が揃っていた。正直、チームの皆の調査能力を見くびっていたかもしれない……。この事件、私だけで解決しようと躍起になっていたが、全員で協力していたならもっと早く真相に辿り着けたのだろうか? そうすればあんな場面には遭遇せずに済んだ――。
「マヤノ? やっぱり調子が悪いのデスか? 目元もなんだか赤いような……」
「違う違うって、泣いてないよ。マヤは全然問題無いから! 気にしないで! それよりこんなによく調べたね~。わ、この成績表ってもしかして一年分?」
「は、はい。どうせやるなら徹底的にと、あの日練習に参加していたメンバーの過去のレース記録をほぼ全て書き出しました。あんなことからそんなことまで……これで分からないことはありませんっ!」
「というか、ぶっちゃけ他にやる事が無かったからとも言えマスね~。あと、ウララも手伝ってくれマシタし」
「皆と図書館でね~。いっぱい色んな本を読んだんだよ~」
にこにこ笑い合う皆の声を聞きながら、その努力の成果であるデータ表を目で必死に追う。クレセントエース、クラヴァット、デュオペルテ……この三人の過去の記録は調べておく必要が確かにあった。そのため、今日は徹夜での作業を覚悟していたのだが……。目当てのそれらは、完璧な形でホワイトボードの中に収められていた。
「本当に、皆ありがとう。おかげで最後のピースが揃ったよ。これで真相を――」
事件と向き合う皆の真剣さが不覚にも鼻にツーンと来て、そこから先が言葉にならない。慌てて顔を手で隠そうとしたら、それより先にハルウララが飛び込んできた。
「良かった~! わたし、ずっと心配してたんだ。マヤちゃん、なんだかずうっと怖―い顔してたから。もう全部終わるんだよね?」
柔らかい彼女の身体がぐいぐいと締め付けてきて、その暖かさに張りつめていたものが一気に解けそうになる。……それをどうにか寸前で堪え切って「うん、そうだよ」と私は答えた。
「元々そんなに難しい話じゃなかったんだよ。それなのに、色んな事が絡み合って、真実を分からなくさせてた。そう、あの人のあんな行動さえなければ……」
「では、やはりライス以外に犯人がいるということなのデスか!?」
猛然と私へ迫ってくるタイキシャトル。既にハルウララと揉みくちゃになっているところだったから、三人揃って団子状態のようになる。
「そっ……そうなの。それ以外は考えられない。残念ながら、もうかなり日が経ってて物理的な証拠は何も残って無かったけど……。でも、皆の証言からするに間違いなくあの事件にはもう一人が関わってた」
「さすがですっ! マヤノさん。あなたこそまさに真実の探求者っ! 神々の恩恵にあずからずとも、こうも道を切り開けるとは! あっ皆さんずるいです、私にもあやからせてください~」
と言うが早いが、既に密集状態の私達へとさらに参戦してくるフクキタル。四人が一緒くたになって、いつしか季節を先取りしたおしくらまんじゅうに。
「ま、待って皆。ちょっといったん離れ――」
そう広いとも言えない部室の中で、押し合いへし合いしていたツケは迅速にやってきた。何かの拍子に私はうっかり足をつまずかせ、寄りかかって来ていた皆もそれに合わせて、ドミノ倒しのような形で一気にバランスを崩す。
「にょわっ!」
あまり乙女の出して良い部類ではない悲鳴が部屋中に轟いて、もうもうと立ち込める埃。掃除もろくにしていなかった部室は、ウマ娘四人分の体重によって破壊のるつぼと化した。……具体的には、あちこちの棚やらラックが横倒しになった。
「けほっけほっ! だから言ったじゃないデスか~フクキタル。棚の上にあんなに物を置くのは止めときまショウって」
「あれは霊験あらたかな必勝祈願ダルマですっ! 片付けるなどはもってのほか! そういうタイキシャトルさんだって、やたらめったらぬいぐるみ飾ってたじゃないですか」
「ホワイ!? あのカウボーイとウシくん達のキュートさが分からないと? それにヒツジシリーズは五匹以上揃えないと置く意味が無いのデス!」
「も~皆、ちゃんと整理しないと怒られるよ? わたしもキングちゃんにすっごい叱られたから、ここの部屋は綺麗にしてるんだから」
「ウララちゃんの等身大アイスクリームのクッションが一番大きいの! なんでバニラとチョコとイチゴと抹茶全部ここに積むの」
「え~だって美味しいじゃん」
「食べられないでしょうがっ!」
ぜぇはぁと息を切らしてお互いに突っ込みを入れつつも、悲惨な有様になった部屋の片づけに取り掛かる。あちこちに四散したプリントの束や、明らかに持ち主の分かるぬいぐるみや遮光器土偶を選り分けていたところ――。
「あれ? なんだろこれ」
ハルウララが素っ頓狂な声をあげて、葉書サイズのカードを掲げて見せた。厚めの白い地に、プリンターで何かしらの文字列が刻まれているようだ。誕生日などに渡すお祝いのメッセージカードと形状こそよく似ているが、全くデコレーションのなどの飾り気がないせいで、どこか不気味な雰囲気さえあった。
しかし当のハルウララはそういった不穏さを一つも感じていないらしく、無邪気な顔で書かれた文字を朗読し始める。
「なになに~。『この事件から手を引け。さもなければ何が起こっても知らないぞ』……はへ?」
「Hand it over!」
それを聞き終えるか否や、タイキシャトルが凄まじい速度でハルウララの手からカードを奪い取った。間髪入れず、レースの時に見せるような俊敏さで跳び上がり、部屋の片隅へ移動。皆から可能な限りの距離を取る。身を屈めた低い姿勢を取る彼女の表情は、これまでに見たことの無いような冷酷な色を宿していた。
「I didn’t see it coming, but if they want to, I’ll take it」
「あの……? ちょっと何をおっしゃっているかが……」
フクキタルはまだ状況に思考が追いついていないらしく、オロオロと右往左往するばかり。ハルウララもそれと同じ――どころか、にへっとまだ口元に笑みが残っている辺り、状況が一変したことにさえ気づいていなさそうだ。
「落ち着いて、タイキシャトルさん。それは脅迫状なんかじゃない」
「Are you sure?」
「うん。もし本当に脅したいのなら、棚をひっくり返さないと出てこないような場所に置かないよ。きっと迷った挙句に結局出せなくて、あんなところに隠したんだ」
「……筋は通っていマスね」
タイキシャトルはふっと長く息を吐いた。彼女の瞳から緊張の光が消えたのを見て取って、私も胸を撫で下ろす。
「ごめんなさい、皆に何かあったらと思って、ちょっと過剰に反応しちゃいマシタ」
「あ、あ~そういうことでしたか。いきなり異界の言葉を喋り出すから、てっきり私は呪いのカードによって、タイキシャトルさんに悪霊が取り付いたのかと思いましたよ」
「いやあの……フクキタルさん? さっきの普通の英語だから」
「へ?」
「それはそうとして! マヤノ、ではこのカードはいったいどういうことなのデスカ? たとえ脅迫でなかったとしても、敵意はむき出しで溢れんばかりデス。場合によっては、念のため日本に持ち込んでおいたアレの出番が――」
「ちょちょ、それまさか寮に無いよね!? いくらタイキシャトルさんでもそれは」
「オウ、イッツジョーク、ジョーク……。今はまだ……ネ」
前言撤回、タイキシャトルの目からは、まだ殺気が完全に失われてはいなかった。のっぴきならない状況とはまさにこのことだ。下手を打てば最悪死人が出かねない……。ここは慎重に言葉を選ぶ必要がある。
「タイキシャトルさん……ううん、皆に聞いて欲しいことがあるの」
「な、なんでございましょうか? そのカードのことですよね?」
「その送り主が誰か、私はもう分かってる。……だけど、今この場で明かすことはできない」
「ホワイ? 何か問題があるのデスカ?」
「うん、それもとっても大きな。……安心して、文面は恐ろし気だけど、実害は絶対に無いから」
「ねぇマヤちゃん、それってわたし達にも言えないことなの……?」
「ごめんねウララちゃん。むしろ皆だからこそ……言えないんだ。勝手ばっかり言ってごめん」
皆、あまり納得した表情ではなかったが、私の必死さは伝わったようで、しぶしぶ頷いてくれる。
「デスがマヤノ、今ここで――ということは、いつか喋ってくれる気はあるということデスよね?」
「もちろん。ちょうどいいタイミングだから一緒に言うけど、明日に私は<ファースト>を含めた事件関係者を全員集めて、事件の真相を明らかにしようと思ってる。その場で、送り主についても話すよ」
「なるほど。いよいよ名探偵の面目躍如の時、というわけですか。すると、真犯人こそがカードを書いた人物であると」
私はどう答えたものか迷ったが、少しだけ首を横に振った。その仕草で伝わってくれたようで、フクキタルは「ははあ……」と神妙な顔になった。
「皆ありがと。……それで、私少し会わなきゃいけない人ができたから、ちょっと行ってくるね。ごめん、片付けの続きはまた今度で」
「え? こんな時間からデスか? 晩御飯を食いっぱぐれマスよ?」
「すぐ終わるから! じゃあ、また明日!」
それだけ告げて、私は部室の扉を開け放つと夕闇の校舎へと走り出した。どこにいるかはだいたい見当がついている。明日ではもう遅い――今日のうちに、会っておかなければ……彼女に。
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チーム<ブルームス>所属 ライスシャワーへのインタビュー
「マヤノちゃん……そんなに急いで、どうしたの? ライスに何か用?」
「伝えたいことがあって、来たんだ」
「それって何かな……やっぱりあの日のこと?」
「違うよ。ライスちゃんに確かめなきゃいけないことは、もう無い。……ライスちゃんは十分過ぎるくらい、マヤに教えてくれてた」
「え……? じゃあ、なんで?」
「全部終わりにしよう。明日、これまでの調査で分かったことを、マヤが皆の前でぜーんぶ説明する。……だからライスちゃんも来て。……来るよね?」
……彼女からの返事は無い。それでも私は言葉を続ける。
「ライスちゃんがこんなことを続けてる理由だって、もちろん全て分かってる。それがどれだけ重くて、痛くて、苦しいことかも。……そして、それだけ必要とされていたということも。だけどね」
暗闇の中で一人きり、第三グラウンドのベンチにうずくまっていた彼女。どこまでも不器用だった彼女を、後ろからゆっくり抱きしめる。
「それはやっぱり間違ってる。真実は明らかにしなきゃいけない。たとえどれだけ辛いことであっても、隠したままじゃダメなんだよ。だって、それじゃライスちゃんが傷つくだけ。私はライスちゃんの友達として、この事件を――」
「間違ってるのはマヤノちゃんの方」
振り向きもしないで彼女は言った。
「幸と不幸はその人自身が決める事。それはライスやマヤノちゃんじゃない。……そうであってはならない」
「……ライスちゃん? なに言ってるの?」
その時が生まれて初めてだったかもしれない。人の発言の意図が全く理解できなかったのは。
「正解とか誤りだとか、正義とか悪とか……そんな抽象的な話じゃない。誰が幸せになって、誰が不幸せになるべきか。……そして、それは初めからもう決まってる」
触れている肌が信じられないくらい冷たいことに今更気付いて、思わず飛び退いてしまう。ようやくそこで、ライスシャワーは私に振り返った。
「ライスは本気だよ。これまでずっと。これからもずっと。……マヤノちゃんはどうなの?」
「……おかしいよこんなの。変だよ」
怯えて後ずさる私に、なおも迫りくるライスシャワー。普段の彼女からは想像もできないような、冷徹で酷薄な声が問う。
「本気でライスを止められる?」
出題編終了 ――解答編につづく。
※ 本事件の謎を解く鍵はこれまでの『出題編』本文で全て示された。犯人、凶器、動機、そしてなによりライスシャワーの行動の真意を読者は推理して当てることができる。解答編を読む前に、お暇な方はぜひご一考のほどを。