名探偵マヤノトップガン    作:激辛党

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出題編……2

 最初に異変の発生を知らせてくれたのはマチカネフクキタルさんだった。

 その日、私は学園内のトレーニングルームにて自主練を行っていて、それを終えて寮へと一人で帰る道すがらのことだ。

「マヤノさんっ!! 探しましたよっ! こんなところにいらっしゃられたんですかっ!」

「フクキタルさん? どーしたのそんなに慌てて」

「どーしたもこーしたもありません! チームの危機です!! 我らのチーム<ブルームス>が大ピンチなのですっ!」

「え、えぇ……? 急にピンチとか言われても、マヤさっぱりなんだけど」

 甲高い大声でひたすらまくし立てるフクキタルさん。普段から奇特な言動の目立つ彼女ではあったが、今回の焦りようは比べ物にならない。ただならぬ予感を覚えた私は、詳しい事情を聞きだすのは後回しとして、ともかく彼女の言う危機が発生している場所へと向かうことにした。

「第三グラウンドですっ!! そこでライスシャワーさんが水筒がリトルココンさんがチーム存亡の危機で、グラウンド使用禁止なのですっ!」

「ちょっと主語多くない?」

 寮へと続く道を離れ、問題の第三グラウンドへと走る。道中、文字通り事の要点しか喋らないフクキタルさんの話を、自分なりに噛み砕いてみた。

「えーっと……つまり? ライスシャワーさんが、誤ってリトルココンさんの水筒をひっくり返してしまった。そのせいで、チーム<ファースト>のみんなが怒っちゃって、グラウンドの使用権を賭けた野良レースを仕掛けてきた……と?」

「そうですそれですその通りです! 素晴らしいマヤノさん! もう分かっちゃったのですかっ!?」

「えっへん。それほどでもあるかな~」

 だが、内心は困惑でいっぱいだった。自分では分かったようなことを口にしたが、どうにも納得のいかない点が多すぎる。水筒をひっくり返した程度で、フクキタルさんがこのように慌てるほどの事態に発展するものだろうか? それもグラウンドを使用禁止にしようとするなんて、どう考えてもやり過ぎだ。確かにチーム<ファースト>の面々は、その代表トレーナーに似て、性格のキツイ子が多めの印象だったが……。レースに出るウマ娘にとって、走るトレーニングを禁じられるというのは、まさに生きがいを奪われるに等しい。それは皆分かっているはずなのに。

「あ、あっちです! あっちの方に皆さんが……。あわわわ、まだお揉めになっていらっしゃいますですかっ!? しかもより苛烈にっ!」

「ふ、フクキタルさん落ち着いて~」

 焦りなのか興奮によるものなのか、青ざめたり真っ赤になったりと忙しい表情の彼女をどうどうといなす。これでも一応、何学年も年上の先輩にあたる人なのだが、全くそんな威厳は感じられない。唯一、先達として尊敬に値する点といえば、レースで見せる素晴らしい切れ味の末脚くらいだ。……まぁそこが一番、この学園で重要なステータスなので、問題無いとも言える。

「オーウ! やっと戻ってきマシタカ、フクキタル。こっちは全然デース。みんな、ヒートアップしていくばっかりデシテ。ハルウララも今日に限ってレース出走でいまセンし~。いったいどーしたらいいんデスカ~!?」

 そのフクキタルさんに負けず劣らず、焦燥した様子のタイキシャトルさんが、グラウンドを走ってこちらへやってくる。その後ろの方には、円陣上に固まっているウマ娘達の一団が見えた。チーム<ブルームス>と、<ファースト>、両陣営の子達がそこで集まっているようだ。

 ……彼女らは誰もが緊張感に溢れた眼差しをしていて、まだ少し距離があるにも関わらず、ときおり鋭い声が私の立つところにまで聞こえてくる。ライスシャワーさんが水筒をひっくり返しただけ……との私の見立ては完全に間違いだったようだ。どこからどう見ても、事態は一触即発、爆発寸前の火薬庫だった。

「マヤノ~、あなただけが頼りデース……。皆サン、どんなに説得しても分かってくれなくて……。ビターグラッセさん、なぜか物凄く怒ってるんデース。あんな石頭だったなんて、ベリーショックね……」

タイキシャトルが出してきた名前には聞き覚えがあった(だんだん面倒になってきたので、ここからは地の文では敬称略でいこうと思う。読みやすいしその方が良いよね?)。

 実力派として名高い<ファースト>に所属していながら、その中でもトップクラスの才能を持っているウマ娘だ。しかしその性格は意外にも気安い方で、チーム外の子とも仲良く話している姿を学園内外で良く見かける。かくいう私も、食堂で同席になった事が何度かあった。……実際に話した事があるから分かるが、噂に違わず明るく気立ての良い、普通の女の子だったはず。少なくともタイキシャトルが使った石頭という言葉は、まるで似つかわしくない。

「ささっ。マヤノさん、急ぎましょう! こうしてマゴマゴしているうちにも、ライスシャワーさんが追い詰められているのですっ」

「ライスちゃん……。そんなに犯人呼ばわりされてるの? 水筒零しただけなんでしょ?」

「だから違いますって~。いや確かにそれだけなんですけど、それだけじゃないっていいましょうか……」

「オウ心外デス! フクキタル、あなたまでそんな事を言いだすのデスカ? ライスは絶対にあんなことはしまセン! わざと水筒の中身をぶちまけるなんてこと」

「わざと?」

 タイキシャトルの言葉が気になりはしたが、確かにここで三人で遠巻きにしている場合では無さそうだ。早くライスシャワーのところへ行かねばと、グラウンドを突っ切ってウマ娘の一団へと急ぐ。

 勇み足で近寄ってきた私達に、即座に反応を示したのは当のビターグラッセだった。

「おや? 仲間を置いて逃げ出した連中が、今更雁首揃えて戻ってきたか。で? まだこんな言い合い続ける気なのか?」

「むむむ~。ああ言えばこう言うお方ですね~。だいいち私は逃げ出したわけでは無くて、あれは戦術的撤退、増援を呼ぶという知的な策略だったのですっ」

「それで呼んできたのがこのちびっ子か。拍子抜けもいいとこだよ」

「ちょっと! 今マヤのことちびっ子って言った~?」

 さっそく周りの熱に呑まれて頭に血の昇りかける私だったが、ビターグラッが先ほどまで向かい合っていた人物……地面にうずくまっているライスシャワーを見て、冷や水をぶっかけられる。

 いったいそれは涙なのか鼻水なのか、はたまた汗なのか……顔中をあらぬ液体でぐしょぐしょにしている彼女。引っ切り無しにぐすんぐすんとすすり泣いている様は、もはや哀れだとかいった表現を通り越して不気味ですらある。元は道行く誰もが振り返るような色白の美少女であるだけに、その有様は惨いの一言に尽きた。

「ら、ライスちゃん……どうしたの? 何があったの?」

 何があったかはもうおおよそ聞いていたが、それでも声を掛けずにはいられなかった。

 だが、私の問いかけにも彼女はぐすぐすと呻きを漏らすばかり。その合間に僅か聞き取れる貴重な言葉も「ごめんなさい」という誰に対してかの謝罪だけだった。

「駄目だよその子は。さっきからそればっかりで、話にならないんだ。脚は速いって聞いたからどんな根性の持ち主かと思いきや、とんだ腑抜けウマだった」

「今のは聞き捨てなりまセン。謝ってください、ビターグラッセ。ライスは誰よりも熱いハートを持った子デース!」

「その通りっ! てんでバラバラな私達<ブルームス>がそれなりにまとまったチームの体面を保てているのは、ひとえにライスシャワーさんのおかげなのですっ! これは占いの結果からでも明らかで――」

「ええい、ごちゃごちゃうっさい!」

 突然叫んだのは、皆より一歩後ろの位置でそれまで影を潜めていた金髪の女の子。……リトルココンだった。今までの話から総合すると、この事件の被害者に当たる人物だ。

「こんなとこで言い合ったって、時間の無駄よ。……私達の貴重な時間の、ね。夕食の時刻までもう後、二時間も無い。早くクールダウンしなくちゃ、夜のトレーニングが間に合わなくなる。グラッセ、あんたも分かってるでしょ」

「う……まぁそれもそうか」

 諭されてようやく思い至ったようで、ビターグラッセはグラウンドに設置されている大時計を一瞥すると、「やれやれ」と大きく腕を伸ばした。

「今日はもう時間がないし、お互い喧嘩は一旦止めにしよう。アンタたちもそれでいいよな?」

「いいって……そんなわけないデショウ! 私達のライスを犯人扱いしたんデスよ!?」

「そうですそうです! せめて託宣が下されるまでもう少しお待ちになってもらっても……!? 後少しで、大いなる天よりどちらが正義かの大審判がっ」

「フクキタルさんー? それって何時間後?」

「えーと、事態の重さから鑑みるに一月と二週間ほどですね。今、訴状をしたためているところですので」

「話にならない」

 呆れ口調のビターグラッセは、大きく手を振ってフクキタルを遮ると、「明日にしよう」と言った。

「ぱぱっと明日に五番勝負をやって、そこで一回でも君らのチームが勝ったら、グラウンド使用禁止は無し。で、勝てなかったら私達の言う通りに、ってことで」

「ちょっと待ってよ! 納得いかないよそんなの!」

 あからさまに話を決めにかかろうとするビターグラッセに、私は慌てて食らいついた。

「明日って……短すぎるよ、そんなのじゃ全然足りない」

「準備? これはおかしなことを。私達はいつだって、レースに向けて全能力を整えているはずだろう? それとも<ブルームス>はちょっとした野良レースもできないような、お行儀の良いチームだったか」

「そういうことじゃないっ!」

 なおも挑発を続けるビターグラッセに対し、私は大声で叫んだ。今このグラウンドにいる子達全員にも聞こえるよう、全力で。

「勝つとか負けるとか……そんなことどうでもいいよ! ぜんっぜん大事なことじゃない! ……重要なのは、今ライスちゃんが泣いてるってことと、そうなる理由があったってことの方。それを解決するのが先でしょ?」

「はぁ? 君、この期に及んでまぜっかえす気? もういいでしょ、お互い水掛け論だし。そもそも、被害を受けたのはこっちなんだ。レースで済ますってのはむしろ譲歩してるって言いても良い。場合によっちゃ、トレーニング妨害行為で、理事長代理に突き出してやっても良かったんだぜ?」

「だけどっ……! だからこそ、このままじゃ良くないって! リトルココンちゃんだって、そう思ってるでしょ? このままなし崩しに勝ち負けでお終いにしちゃって良いの? あなたの水筒がひっくり返されたんでしょ? その本当の原因は、分からずじまいのままなんだよ?」

「原因ってアンタ……そこの泣き虫女がわざとやった以外無いでしょ」

「だから違いま――」

言い返そうとしたフクキタルに被せるようにして「わざとやったとしてもだよ!」と私は言った。

「もしわざとだったとしたら、ライスちゃんがリトルココンちゃんに嫌がらせをしたってことになる。それを事実にしちゃっていいの?」

「さっきから何が言いたいのアンタ。こっちは議論に付き合ってる暇無いんだけど」

 まさに取り付く島もないリトルココン。しかし、同じチームで走ってきた者として私は知っている。ライスシャワーは決して人に嫌がらせをするような子ではない。だが、その有り得ざるもしもを想定するとしたならば――。

「リトルココンちゃんのことを……凄く、凄く憎んでやった……ってことになるんだよ? 私は絶対にそんなはずないって信じてるけど、でもあなたの中ではそうなっちゃう。そんなのあんまりだよ………」

「っわっけわかんないなアンタ!」

 言葉とは裏腹に、何か感じるものはあったらしくリトルココンはさっと後ろを振り向きながら「じゃあ一週間」と言った。

「一週間、待つから。そんだけあれば十分でしょ。その間になんて言うの……その、そっちであれこれ調査すればいいじゃん。………これで満足?」

「ココちゃん……!」

「気色悪い呼び方すんなっ! 絶対に、それ以上は待たないからね。……んじゃもう行くから」

 そう言い捨てるが早いが、リトルココンはさっさとグラウンドを走り去っていってしまう。ビターグラッセを始めとした<ファースト>のメンバーもその後を追い、あっという間にグラウンドは私達だけになった。

 傾き始めた陽射しが数本の長い影を象る。その中でライスシャワーの影だけは、しゃがみ込んだ小さい形のままだ。

「マヤノさん……どーされるおつもりで?」

「そうデース。調査とか言ってマシタけど、いったい何を調べれば良いのか見当もつきマセン」

 口々に訊いてくる先輩達二人。私は小さく拳を握り締めると、未だにめそめそと声を漏らしているライスシャワーの顔を覗き込んだ。

「安心して、ライスちゃん。マヤが、何とかしてみせるから。……まだ何がどうなっているのかも良く分からないけど、それだけは約束するから」

 彼女はそれに、「ごめんなさい」とだけ返した。

 

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