紲星あかりと!ゼロから始めるボイロ動画投稿生活 作:さっと帰宅
アルコールと言うものは、適量、又は過剰な摂取により我々人類の判断を鈍らせることが多々ある。
「買っちゃおぉ〜かなぁぁ〜…?買っちゃうの〜かなぁ〜…?」
その日、詰めに詰めたバイトの連勤が終わり、一日千秋の思いでたどり着いた大型連休を堪能するように、深夜から酎ハイの空き缶製造機と化していた。
「なんか…このページ重くない〜?おぉれの読み込みが出来ねぇってのかぁ〜ぁ?」
得意でもない酎ハイがよく進むのは、20才高卒フリーター天涯孤独男、職歴彼女なし、将来に立ち込めているのは暗雲だけ、だからだろうか。
「やっと読み込めた…、何だぁこのサイトぉ?密林じゃぁない?」
バイトの疲れと人生の不安、二つのデバフにより俺はその日に、人生で初めて酒に飲まれ思考が溺れ、端的に言うと泥酔していた。
「…お値段がぁ………数字が読めねぇ……わかんねぇ…ゼロがいっぱいだぁ………」
繰り返しになるが、アルコールは判断力を鈍らせる。それにより、取り返しのつかない失敗をする事が多々ある。神様や大妖怪でも、酒に溺れて大きな過ちを犯すのだから、人間程度では失敗をするのは仕方のないかもしれないが。
「よくわかんないけどぉ〜、購入だぁ………これでぇ………俺も………動画投稿………」
泥酔状態、半分睡眠状態のまま、購入ボタンをクリックし、そのまま力尽きるように机に伏せてしまう。
なにかのサイトの購入ボタンを押した数秒後に、自分の部屋の中心が光り輝きだし、何かの重たい物が落下した音を聞こえたが、明らかな異常事態に見向きもせず、俺は夢の中に落ちていった。
「………ぐぅぉー………」
アルコールは判断を鈍らせるが、謎の行動力により、事態が大きく変わることも、とても良くあることなのだろう。
それが良いことか悪いことかは、さておいて。
◇◇◇◇
「………っ頭いてぇ、てか寒ぃ……」
目覚めは最悪、身体の節々が痛い、それが、連休初日の朝の感想だった。
「バイト……は今日から休みか……頭いてぇし、昨日飲み過ぎたか…。せっかくの休みに何してんだろ、……俺」
机の上に散らかった空き缶を眺めながら、ついため息をついてしまう。
こんな事をする為に休みを取った訳ではないのだが、昨日の自分に恨言でも言いたい気分である。
六日間という長い休みをとってやろうとしていた事は、VOICEROIDの動画作成である。
一時期から、オタク向けコンテンツに頭のてっぺんまで浸かっていた俺は、特にVOICEROIDの動画が好きだった。
公式が、ふんわりとした設定のキャラクターを出すことにより、設定を付け足したり、改造する事で、購入者達の趣味嗜好性癖の入った個性的なキャラクターになる。
動画投稿者によっていろんな性格や、神絵師達により、さまざまな見た目のVOICEROID達が生まれていった。
そんな多種多様なこだわりによって、現在進行形で広がっているVOICEROID界隈にどっぷり浸かる事により、自分もそこに仲間入りしたいと思う事は至極当然の事で、なんなら遅いぐらいだった。
俺は一切、絵心の才能がないので、動画作成をやってみようと色々調べてみると、やはり時間がかかる事がよく分かった。
取り敢えず、動画を作る上で必要な素材やソフトなどを揃え、バイトの店長に無理を言って動画作成に集中する為に休みを取ったのだ。
それで、VOICEROID本体は昨日の夜購入する予定だったのだが…
「…はぁ〜…」
ぼやけた意識が少しずつ覚醒すると共に、昨日の愉快だった記憶が戻ってくる。
ずいぶん昨日の自分は楽しく過ごしていたらしい、普段、ほとんど飲む事のない酎ハイをルンルン気分で買ってひたすら飲んで、ネット通販サイトの密林で買い物を……
ちょっとまて。
「……俺、密林で何を買った?」
何かの購入ボタンをクリックしたのは間違いない。
記憶にある限りは、泥酔しながらVOICEROIDを密林で購入しようとした筈だ、ただ、その辺りの記憶は霞んで思い出せない。
というか、ダウンロード版を買うつもりだったのに、なんで密林で買おうとしてるんだ?泥酔時の自分はやらかしてくれている。
自分の密林の購入履歴を見ると、『VOICEROID紲星あかり』が発送され、今日には届く事が確認できた。
「…ひとまず安心か?…いや…」
何か密林以外のサイトが重過ぎて文句を言っていたような気がする。
しかもそのサイトで何かを購入したという、信じたくない記憶がある。
その後に、何か光ったような…?
素晴らしくする悪い予感に、自分の部屋を見渡すと…
部屋の真ん中に全面真っ黒なルービックキューブ状の何かがそこにはあった。
「…ルービックキューブ?なんでこんなのあるんだ?……」
いや、本当にわからない。
全面黒のルービックキューブとか、どう回しても何にもならないじゃないか。
「うーん…なんか大きくないか?」
大きさは普通のルービックキューブの2倍ぐらいありそうだ、正直、ルービックキューブの記憶も曖昧だから適当ではあるが。
何でこんな物があるのだろうと、椅子から立ち上がり、ルービックキューブに近づこうとしたタイミングで、ルービックキューブから聞き馴染みのある女性の声が聞こえてきた。
『ご購入いただき、誠にありがとうございます。マスター登録、PWDの確認を行いますので、1分程お待ちください。』
「は?…え?」
この謎のルービックキューブ喋るのか、
いやそこじゃない、全く意味が分からんが、俺これを買ったのか?あれか、謎のサイトの購入ボタンをクリックした事で、俺の部屋に直送されたのか?そんな事あるか?
ドッキリ的なあれか?いや違うだろ。誇れる事では無いが、ドッキリを仕掛けてきそうな友達も、知り合いも居ない人間だぞ俺は。
頭の中がハテナで埋まりながら、ルービックキューブ?を眺めていると。
『マスター登録完了。登録名、出雲 空。変更がある場合、PWD確認後、運営にお問い合わせ下さい。』
なんで名前バレた!?いや、購入の時に入れてたか?謎の怪しい物体に名前バレは恐ろしさを感じてしまうが、さっきから語りかけてくるこの音声、よく聞けば、VOICEROID『結月ゆかり』ではなかろうか?それなら、このルービックキューブものVOICEROID関連商品の可能性もあるのか?
『PWDの確認が取れませんでした。エリア範囲外の可能性があります。補償、機能承認、拡張設定のサービスは、PWDの確認が必要となりますので、ご利用頂く場合は、お近くのPWD圏内までお越し下さい。』
言ってる内容がよくわからないが、とりあえず補償とかは受けれないようだ。というか、この結月ゆかりボイスはVOICEROIDだと感じないぐらいに滑らかに話している、製作者すごいなと、場違いな思考をしていると。
『VOICEROID『紲星あかり』起動します。それでは、良きVOICEROIDライフを!!』
その言葉が終わると同時に、謎の喋るルービックキューブの上に光の粒子が集まり始め、室内だというのにそこを中心に吸い込まれる様な風が吹き始める。
「マジでなんだこれ!」
目の前で起こる、非現実的な現象に狼狽え、強くなる竜巻の様な風を踏ん張りながら耐え、光輝くルービックキューブ上方に目が眩み、咄嗟に右腕で目を覆う。
数秒後、風が止まり、光が収まった事を認識して目を覆っていた腕を下ろし、現実を直視すると、『彼女』は嬉しそうに声を上げた。
「はじめまして、マスターさん!VOICEROIDの紲星あかりです!マスターさんの生活をお手伝いしますので、これからよろしくお願いします!」
絹のような柔らかさと繊細さを兼ね備えた、膝下まで伸びる二つ結びの髪を三つ編みでまとめ、まだあどけなさが残る整った目鼻立ちに、宝石のようなコバルトブルーの瞳が爛々と輝いていた。
ゴシック調の膝上までのワンピース、その上からジャケットを羽織り、両手両脚にはオレンジ色のアームカバーとタイツ。
そんな、今までに現実で見た事のないような美少女は、間違いなく、今まで画面の向こう側にいた、紲星あかりだった。
「…は?…っえ?…………えぇ?………」
お互いの沈黙。
「………………?」
情報の脳内処理が間に合わず、ポカンと紲星あかりを眺めるだけの時間が続くと、紲星あかりは喜色満面だった表情を、段々と不安な表情に変化させ。
「…………あれ?思ってた反応と違う?…………私、来るところ間違えました……?」
紲星あかりは半泣きであった。
これが彼女、『VOICEROID継星あかり』との、初邂逅だった。
◇◇◇◇◇
一旦、状況を整理しよう。
まず昨日の泥酔やらかし馬鹿こと、俺は、酔った勢いで『VOICEROID紲星あかり』を密林で購入した、それとは別に、他の重すぎるサイトでも何かの購入ボタンを押していた……はず……。
そして、今日起きたら謎のルービックキューブの様な何かから、紲星あかりの本人登場である。
いや、なんでだよ。
現代科学では、人の家の中にルービックキューブを直送させたり、ルービックキューブから人が現れたり、ましてや画面の向こう側のキャラを現実に連れてくる事なんて出来やしない。
……もう、そこは世の中には不思議な事があるんだなぁ。という思考に落ち着けるしかないか。
人はそれを現実逃避と名付けているかもしれないが。
「でも、マスターさんは、マスターさんですし……」と不安気に呟きながら、半泣きからそろそろ7割泣きに進化しそうな彼女に、意を決して声を掛ける。
「あの、紲星……あかりさんですよね?何がなんだか全くわかっていないので、教えていただいてもよろしいでしょうか……?」
見た目と設定年齢は明らかに年下の女の子に、オドオドしながら、フワッとした質問をする。20才フリーター男子の姿がそこにはあった。
「!!っはい!私の詳しい機能紹介ですね!」
俺が聞きたいのは、なんで朝起きたら我が家に貴方が居るのでしょうか?という事であったが、質問の仕方が下手すぎる事によりディスコミニケーションが起きてしまった。
ただ、不安そうだった表情から、見てる物を幸せに出来そうな輝く笑顔になった事で、質問の訂正をする事は出来なかった。びっくりするぐらいかわいいな。
「私、紲星あかりは、『主軸世界』の最新技術をふんだんに搭載された、『認識世界』の中でも最高峰のアンドロイドであり、アンドロイドの中でも特に声に関する機能を最大限に高めた『VOICEROID』シリーズの1人です!」
よくわからない単語もあるが、アンドロイドと言うと、携帯の端末でなければ、人造人間のことであろう……と思う。
まさかあれか?現代技術では、こんな精巧で人間にしか見えないアンドロイドは作れないことを考えると、未来の猫型を自称するタヌキ型ロボット的な存在か?
VOICEROIDが将来的にアンドロイドとして家庭に1人いると考えると、凄いな未来。
「私の出来る事は、その世界の発展度合いにもよりますが、1t以下の荷物の運搬!疑似サイキック因子の活性により、確認されている超能力の使用!反エネルギー物質による強防御性能により、ブラックホール環境以外での活動が可能です!特に声を使った技術、超能力性能は圧倒的ですよ!」
ピースサインを前に掲げながら、彼女は得意気にスラスラと聞き惚れる様な声で説明する。
「そして、『主軸世界』にアクセスする事により、全認識世界の情報を入手する事ができます!これにより、全認識世界のサブカルチャーを楽しむ事ができるんです!そして、情報を統合し演算する事により、正確性の高い未来予測も可能なんですよ!」
彼女は、むふー、と大きな胸を張ってドヤ顔をしてくる。
相変わらず、よくわからない単語は有るが、言っていることが本当だとしたら、タヌキ型ロボットレベルの超ハイパーオーバースペックである。
というか、出来ることの規模がヤバすぎる。だが…
「超能力使えるの?マジで?!」
ただ、超能力は青少年の夢である。ギリギリ青少年を自称している自分はワクワクを感じてしまった。
「もちろん使えますよ!……ただ…」
「ただ?」
申し訳なさそうに、困った笑顔をしながら彼女は続ける。
「ただ…、えーと、いくつかの機能を解放する為にはチケットを購入いただいて」
あー、成程、金がかかるのか。
貯金自体は遺産の関係や、アルバイトで稼いだことで、同世代の中では相当あると自負している。
値段によるが、多少高くても間違いなく、それ以上の見返りが有るだろう。
「チケット一枚で一回くじが回せますので、その中から当選したものを獲得、機能解放できるのです」
「ガチャじゃねーか!!」
推定未来には、まだそんな悪い文明が残ってるのか!!
「あははー…、ちなみに超能力機能解放は0.003%で当たります……」
「絶対当たらねーじゃねーか!!」
悪い文明が濃縮されて悪化してる、そんな未来否定してぇ…
「お洒落な服や猫耳などの付属アイテムなども当たるので、是非回しましょう!」
しかも悪名高い闇鍋ガチャじゃねぇか…
「でもでも!『機能解放!アクセも当たる激運クジ!』を回さなくても、『主軸世界』へのアクセスや、多少の身体強化は出来ますので……」
ひどい名前のガチャだ…当てられたやつが激運ってことか。
ただガチャを回さなくても、主軸世界?未来か?の情報を見て、将来の事が分かるのであれば、全然それだけでも現代で生きるにはヤバいぐらいのチートだ。
「なので『主軸世界』にアクセスして、機能利用の承認を取りたいのですけど……ここって日本で合っていますよね?認識世界内であれば、関東圏に行けばPWDのエリア内に入れると思うんですけど……」
「…?ここ東京だぞ?」
紛う事なき、我が家は田舎でもあるが、東京都に居を構えている。
「え?」
「…え?」
そんな、予想外みたいな反応されても困るのだが……
その日、アンドロイドも冷や汗を流す事を、初めて知った。
◇◇◇◇◇◇
この世界にはパラレルワールドというものが無限に存在するらしい。
普通その存在を認識する事は出来ないのだが、文明の発達により、パラレルワールドを認識、干渉できるような、超技術を持った世界を『主軸世界』と呼称するらしい。
パラレルワールドへの干渉とかいうヤバい技術で、他のパラレルワールドへの交流や、支配などをしたりしているようだ。
他にも、『主軸世界』から認識され、干渉を受けている『外周世界』。
『主軸世界』に認識はされているが、必要な物資が無いなどの理由で干渉を受けていない、『末端世界』などがある。
これらを纏めて『認識世界』と呼ぶとのこと。
そして、パラレルワールドが無限にある関係上、『主軸世界』の住人でも認識できていない様な遠い遠い世界を『認識外世界』と呼ぶとのこと。
冷や汗をダラダラ流していた彼女に、気になっていた単語などの説明を頼んだところ、以上の事がわかった。
一通り、単語の説明を受けてわかった事は、彼女は、自称猫型ロボット的な存在ではなく、異世界産のアンドロイドだという事。そしてーー
「ここが『主軸世界』から遠すぎる、ど田舎な『認識外世界』なせいで、君の能力は一切使えないって事でオッケー?」
「ごめんなさいぃ〜、まさか『認識外世界』の人に購入されると思ってなくて、限定的な機能解放もPWDを通さないと何も出来ないんです〜」
ワタワタと手を振りながら半泣きで弁明をする紲星あかり。
『認識外世界』の住人が『主軸世界』存在を購入出来たのは、天文学的確率の超レアケースらしい。少なくとも有史始まって以来とのこと、よくわかんないけどすごい。
ちなみに、PWDとはパラレルワールドドメインの略らしく、『認識世界』にある『主軸世界』に繋がるWi-Fiみたいな物らしい。我らが世界は電波すら届かない未開の地あつかいのようだ。
「何も出来ないですけど、捨てないで下さいぃ〜」と泣きついて来る紲星あかり。
正直、音声ソフトを買ったつもりが、人間にしか見えないアンドロイドを買っていました!という現状をいまいち理解出来ていない。
とりあえず、慣れてはいないが慰めてみる。
「大丈夫大丈夫!捨てないから!なにか出来ることあるだろ、多分…」
「本当ですか?捨てないでいてくれますか?クーリングオフもしませんか?」
さっきの説明を聞く限り、こんな田舎世界ならクーリングオフしたくても出来ないんじゃないか?
「クーリングオフもしないから!とりあえず、掃除とか、料理とかやってくれるだけで助かるから」
果たしてそれは、超高性能アンドロイドにしてもらう事なのか分からないが、つい口から出てきてしまった。
「成程!家事ですね!それならお任せください!他のアンドロイドが出来ること全般は、私にだって出来ますからね!」
本人は乗り気らしい、花が咲くような明るい表情になってくれたから正解だったようだ。
「……うん、それじゃ掃除からやってみてくれ……」
凄く自信満々な彼女に、俺は一抹の不安を抱いて掃除用具入れに向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
「これは何ですか?」
「……何って、箒だけど」
「ほうき?何かのオモチャか何かですか?掃除用器具はどこにありますか?」
「ーーーーよし、わかった。掃除はいいから料理をしてくれるか?」
◇◇◇◇◇◇◇
「…………料理のやり方、わかるか?」
「もちろんです!全自動料理機に、食べたい料理の情報をインストールすればいいんですよね!」
「…………oh……no……」
「えぇっ!マスターさん、何で頭を抱えているんですか!」
◇◇◇◇◇◇◇
「……………」
家事全般が全滅だった。まさかここまでだとは…
目の前でテーブルの向かい側に座る彼女は、いじけた様に両手の人差し指をツンツン合わせながら話し始める。
「………本当は…、PWDを通して、その世界の常識とかをインストールするんですけど……それが出来ないと『主軸世界』のやり方しかわからないんですぅ……」
家事ですら、『認識外世界』という枷で足が引っ張られているらしい。
「……それじゃぁ、何が出来るんだ……」
「ええと…、歌ったり、お話ししたり、応援も出来ますよ!!ほらっ!フレー!フレー!マスターさん!」
手を大きく振りながら応援してくれている姿は可愛いが、何を頑張ったらいいのだろうか。
そんな姿を眺めていると、彼女から、ぐぅ〜、とお腹の音が鳴った。
「あっ…!えー……そのぉ、これは……」
頬を恥ずかしさからか真っ赤に染めた彼女に、つい俺は苦笑してしまう。
アンドロイドもお腹が空くのか。
「……それじゃ、もうこんな時間だし昼飯でも食べるか、ちょっと待っててくれ」
朝から怒涛の展開で気づいていなかったが、もう12時を回っていた。朝に何も食べれていないので、俺自身も空腹を感じていた。
「わ、私も何か手伝います!」
「いや、大丈夫、すぐ出来るから座って待っててくれ」
その言葉に、彼女はしょんぼりとしてしまうが、下手に何かされる事の方が恐ろしいので、ゆっくり待って貰おう。
少しばかりの罪悪感を覚えながら、俺は料理を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
保管してあったミートソースに、冷蔵庫にあった玉ねぎなどの具材を炒めて合わせ、いい硬さまで茹でたパスタに乗せる、簡単なミートソースパスタの出来上がりだ。
少しの手間で美味しいものにありつけるので、よく作る料理の一つである。
2人分を作る事はほとんどなかったので、要領が分からず結構多めに、3人分ほど作ってしまったが、残れば夜食べればいいだろう。
紲星あかりは二次創作の中で、食いしん坊という設定がある。
あくまでそれはファン内で作られた物なので、我が家に訪れた紲星あかりはどうかはわからない、しかもアンドロイドだ、人間とは違った食べ物を摂取するのかと疑問に思い、作る前に聞いてみたところ。
「なんでも大丈夫です!特にカレーが大好きです!!」
とのこと。
今日は材料の関係でカレーは作れなかったが、次回はカレーを作るかと考えながら、ふと冷静になる。
「そうか……、一緒に住む事になるのか……」
夢の様な話であろう、一つ屋根の下で、二次元から飛び出して来た女の子と同棲生活。
そんな願って叶う事はない事が現実になってしまっていた。
正直、一人で生きている方が、凄く楽だろう。今までもそうやって生きてきた。
自分の将来の不安を和らげるために、一人で生きていくには問題ない程度の貯蓄もある、それが、二人になるとどうなるか分からない。
紲星あかりも、あの見た目なら俺から離れたとしても生きていけるだろう。
それこそ、俺と一緒に暮らす以上に、いい生活は間違い無く出来るのであろう。
だけどーーーー
「…ほら、出来たぞミートソースパスタ、自分で食べる量を皿に取ってくれ」
キッチンからリビングに戻り、彼女の目の前に大量に作ったパスタを置く。
「わあ!凄く美味しそう!食べていいですか!?食べていいですか!?!」
つい、目を爛々と輝かせる彼女の姿に、待てをしている最中の大型犬を幻視してしまう。
「…いいよ、先に食べててくれ、俺はキッチンの片付けしたら食べるから」
「わかりました!いただきます!!…もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
いい食べっぷりの彼女に、苦笑しながらキッチンに戻る。
ーーーだけど、今は、彼女の見惚れる様な笑顔を、曇らせる様な事はしたくないな。
そんな事を考えながら、片付けを始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ごちそうさまです!!マスターさん!!ホントに、すっっっごく美味しかったです!!!!!!」
俺がキッチンの片付けを終わらせたタイミングと、彼女の完食のタイミングはほぼ同時であった。
満足そうな、幸せが溢れているような表情の彼女。
「…それは、よかった……ははっ」
そう、完食である。
片付けが終わってリビングに戻った所で、2人前には多すぎる程度の量を、彼女は一人で食べきっていた。
いや、食いしん坊は二次創作じゃ無かったんかい。
「マスターさんは食べないんですか?」
…あれを一人前の量だと思われていたらしい。
「あぁ…、作りながら結構つまんでたから、大丈夫だ…」
「…?そうなんですか?」
納得はしていなさそうだが、俺の分は君が食べたよと、いろんな意味で悲しい真実を知るのは一人でいいだろう。
「本当に、凄く美味しかったです!!!マスターさんは、料理がとっても上手なんですね!!!」
「口に合ったようでよかった」
少し、自分の頬が緩んでいる事を自覚しながら応える。
こんな適当な料理で、これほど大袈裟に喜んでくれるのは嬉しいものなんだな。お世辞は入っているだろうが。
ただ、こうなるとこの先の事が大変になってくる。
今の食事量を見るに、彼女は俺の2〜3倍の食費が掛かるようだ。
家賃などが掛からない関係上、バイトでも貯金は出来ていたが、ここまで、エンゲル係数が高くなるとそうも言ってられなくなる。
それだけでなく、消耗品等も無くなるのが早くなったり、彼女が欲しがったりする物があれば、出来れば買ってあげたい。
一番はお金の心配か、と考えた時に、ふと気になった事を聞いてみた。
「そういえば、君の事を俺は『購入』したんだよな?支払いってどうなってるんだ?」
そういえば、全く考えていなかった。
後で支払うのか?クレジット引き落としとかするのか?『主軸世界』の人間はこんな世界の通貨必要なのか?わからない事ばかりだ。
「支払いはもう済んでいるはずですよ?それじゃ無いと、私が届きませんから!」
「それなら安心か」
少なくとも、金額が足りないから内臓を売れ!とかにはならなさそうだ。
「はい!支払いは、購入ボタンを押した時点で、その人の登録している金融機関などから直接済まされるので!」
なにそれ恐ろしい。
「どんな技術なんだよ、値段はどれぐらいになるんだ?」
何故か凄く嫌な予感がする。
「こちらの世界の情報が少ないのでわかりませんが、『主軸世界』基準では第一級恒星より高いって言ってました!」
「…………こう…せい?」
少なくとも、この世界で俺は星を買えるほどの財産は無い。
いやまさか、『主軸世界』では星の一個や二個安い物なんだろう、そうに違いない。
「そんなすごい金額をポンと出せる、マスターさんは凄いですね!」
いや違ぇわ、これ『主軸世界』基準でも結構な買い物だわ。
「はは……、ちょっと確認したい事があるから待っててくれ」
一声掛けた後、自室のパソコンに向かう。
自分の嫌な予感が当たらない事を祈りながら、パソコンを起動し、ネットから銀行の残高のページを読み込む。
…カチッ、カチッとクリック音だけが自室に響く。
読み込みの時間がひたすら長く感じる。
いつもはどれだけ貯金が出来たか楽しみにしている時間だったはずだが、今は地獄への待合時間にしか感じない。
ついに、読み込めた、そのページには。
残高 0円
残酷にも、スッキリとした数字が、残高に刻まれていた。
「………は…は」
ログインしたIDが間違っていたのかと何度もログインし直したり、取り敢えずやっとけ精神でパソコンを再起動してみても、残高に変化は見られず。
残高 0円
俺の、将来の為の貯金は、一晩の酔った勢いで0になり、
「マスターさん!この食器ってどうしたらいいですか?」
代わりに、我が家に紲星あかりがやってきた。
彼女は食べ終わった皿を見せる様に持ち、不思議そうな顔をしていた。
◇ーーープロローグ『ゼロから!!』ーーー◇
これは、職歴、彼女、貯金無し。
無い無いだらけのフリーターが、ゼロから始める動画投稿生活だ。