紲星あかりと!ゼロから始めるボイロ動画投稿生活 作:さっと帰宅
「それでは、会議を始めたいと思う」
「おーー…、なんか、かっこいいですね!」
俺の急な会議宣言に、パチパチと拍手をしながら乗ってくれるのがご存知、食いしん坊キャラが二次創作に収まり切っていなかった紲星あかり。
俺たちは今、テーブルを挟んで向かい合いながら座っている。
「それでは議長!議題はなんでしょうか!」
姿勢良く、右手をピンと挙げ、質問をしてくる。
すげぇノってくれる、本当にいい子だな。
「現状と、これからについて会議だ」
残高の確認後、放心していたところを彼女に心配されたが、なんとか平静を装い、落ち着く為に皿洗いをして、今に至る。
「まず現状、一番の問題が………金が無い……」
言いながら頭を抱えてしまう。
悪質な事に、貯金用、支払い用に分けていた銀行口座、両方とも残高がゼロになっていた。
最悪、支払い用の口座が残ってさえいれば、彼女がいても少しの間困らない程度の金額が入っていたのに、そこの希望も断たれてしまった。
最後の希望は財布に残っていた一万円と小銭が少しだけ。給料日を迎えれば何とか生きて行けるが、それも二週間後。紲星あかりの食費を考えるとひたすら心許ない武器である。
「……マスターさん……私を購入して、お金無くなっちゃったんですか?」
「あぁ……まあ、そう…だな…………うん」
言えねぇ、酔った勢いで変なサイトに入って、値段も見ずに買ったとか、絶対言えねぇ…
誰が悪いかというと、泥酔しながら買い物をした俺が一番悪い。今後一切酒は飲まない。
次点で悪質なのは、酔っ払いでも簡単に買えるようにした上、謎の技術で銀行から貯金を残らず搾り取った『主軸世界』とやらの会社だとは思うが。
「大丈夫ですよ!私、高性能アンドロイドなので!私が働いてお金を稼いできます!」
「ダメ」
「ええっ!なんでですか!?」
「だって身分証ないし」
それもあるが、正直俺のせいで間違ってこの世界に来てしまったようなものなのだ。金が無いのは俺の問題で、彼女に責任はない。それなのに働いてお金を稼いで貰う事に強い抵抗があった。
「まあ、そこは俺が日雇いとか行って稼いでくるから、なんとかはなる」
折角の連休だが、もうなんかいろいろと仕方ない。
「そこで、君には家事をやってもらいたい」
「家事ですか……ごめんなさい……私やり方わからなくって……」
先程の何も出来なかった自分を思い出すのか、落ち込んだ表情になってしまう。
「あぁ…、大丈夫!一からやりかたちゃんと教えるから…」
家事をやって貰う事も正直心苦しいが、それ以上に家の外に出られる方が問題になる。
なにせ彼女は画面からそのまま出てきたと言っても過言ではない程『紲星あかり』だ。
絹の様な白い髪、深い海を思わせる青い眼、現実世界ではあり得ない程整った顔、シミ一つない綺麗すぎる肌、APPだか魅力だかのステータスが人間では届かない領域にいるアンドロイドである。
そんな彼女を外に出したらどうなるか、全く予想が出来ない。
外に出るにしても、我が家の裏手にある全く人の来ない河原ぐらいだろう。
「それなら……出来ると思います!私、高性能なので!!」
みるみる表情が明るくなる彼女、自分の高性能にはやはり自信があるらしい。
今のところ、その高性能を見せつけてくれたのは食欲だけなのだが、やってくれるみたいだ。
「助かる。後でやって貰う事の確認するとして、現状は金が無いから俺が外で働いて、申し訳ないけど、君には家事をお願いすることになる」
「申し訳ないなんて、とんでもない!あかりさんにどどーんとお任せください!すぐに完璧な家事をお見せしますよ!」
言ってる内容は心強いが、今のところ打率ゼロ割の自信に、多少不安は覚える。
本人曰く高性能アンドロイドなのだから、簡単な家事ぐらいならすぐ出来るだろう。
……多分。
「それじゃあ、次は、君のこれからのことだけど…」
ピンポーン、と、これからの話を遮る様にインターホンが鳴る。
「マスターさん!これはなんの音ですか?呼び出しですか?」
「多分荷物が届いたんだと思う、少し待ってくれ」
椅子から立ち上がり、玄関に向かう。
そういえば今日届くって書いてたな、と思い出しながら配達員さんから荷物を受け取る。
不思議なものだ、と思う。購入を考えていたのは本当はこちらの筈だったのだが…
「マスターさん、何が届いたんですか?」
玄関から戻った俺に、彼女はトテトテと近づき、興味深そうに段ボールを覗き込む。
…これ見せていいのだろうか?出会ってはいけない者が出会うことにより対消滅とかしたりしないだろうか?
流石に無いかと考えて、彼女にこの世界の『彼女』を見せてみることにする。
「『主軸世界』にも君が居るように、この世界にも『VOICEROID紲星あかり』は存在するんだ」
「この世界の私ですか?」
キョトンとした顔で首を傾げる主軸世界何某出身の紲星あかり。
「それがこれだ」
そう言いながら、段ボールを開き、彼女にこの世界の『VOICEROID紲星あかり』を見せてみる。
紲星あかり同士の、世界で初めての対面であろう、……多分。
「おぉ!私の絵が書いてあります!この箱の中に、展開用の次元格納装置が入ってるんですか?」
『VOICEROID紲星あかり』を紲星あかりが持ち、振ったり、頭より高く掲げたりしている。初めての玩具の遊び方が分からない子供に見える。
「…はは、そんな次元が違うような物が入ってる訳じゃないな、それに、この世界は君みたいなアンドロイドを作れる技術は無いしな」
「そうなんですか?それなら、この世界の私は何が出来るんですか?」
この世界の箱を、自分を頭の上に乗せながら、目をパチクリさせ聞いてくる。
まあ、彼女が凄く気になっているみたいだから、これからの話を後にして、この『認識外世界』のVOICEROIDの説明をするか。
「直接見た方が早いから、パソコンのある部屋まで行こうか」
彼女が不思議そうに首を傾げると、頭の上乗せていた、この世界の箱の彼女も一緒に首を傾げたように見えた。
◇◇◇
「というわけで、これがこの世界の『VOICEROID紲星あかり』だ」
準備に多少手間取った事もあり、少し待たせてしまったが、その間も「あれはなんですか?」「これは何に使えるんですか?」と何事にも興味津々と言う感じに質問をしてきてくれたおかげで、沈黙が気まずい事などは無かった。
…質問されて困る様な事もあったが。
「ほえ?これがですか?」
VOICEROIDの音声入力画面を見て、俺の後ろからパソコンを覗き込みながら、よく分かっていなさそうな声で聞き返される。
「ここに文章を入力すると、その通りに読み上げるんだ」
こんな風に、と言いながら取り敢えずの文章を打ち込んでみて、再生をクリックする。
『はじめまして!VOICEROIDの紲星あかりです!』
「おぉー!私の声です!凄いです!」
この世界の自分の声に興奮する様に、彼女が画面に顔を近づける。
それにより、必然的に紲星あかりと俺の距離が近くなる。助けてくれ、その距離感は生まれてこの方、彼女どころか女性と交友関係を持った事のない俺にはいろいろ厳しすぎる。
「それでマスターさん!他には私は何が出来るんですか?」
「他には……って言ってもこれだけだな」
「え……これだけなんですか?」
驚いたように聞き返す紲星あかり。
それもそうか、『主軸世界』にアクセスさえすれば、この世界では青狸ロボット並に何でも出来る自称ハイスペックアンドロイドだ(本人談)。技術で圧倒的に劣るこの『認識外世界』でも多少の高スペックな自分を想像していたのだろう。
出来る事はこれだけではあるが、それが全てではないのが、このVOICEROID界隈だ。
「これだけだからこそ、こんなことが出来るんだ」
いつも観ている動画サイトを開き、適当にオススメに出ている『紲星あかり実況』動画を開く。
動画の内容は、一時期流行った壺に入ったおじさんが、ハンマーで登山をする謎のゲームで、思ったように操作が出来ない事で、過剰なストレスがかかる上、一つのミスで何時間もかけて進んだステージを一からやり直す事になる、所謂鬼畜マゾゲーム。
それを、紲星あかりが実況するというものだ。
『おはこんばんにちは!実況の紲星あかりです、今日は久々にこちらの壺オジをやって行こうと思います。』
「マスターさん!画面の中の私が喋ってますよ!」
画面の中の紲星あかりのイラストを、こちらを向きながら彼女が指差してくる。顔が近い近い。
どうやらオススメに出てきただけあって、イラストを口パクさせたり、表情をよく変化させるなど、凝った編集をする実況動画だったようだ。昨日の夜の投稿で、2万回再生されている。
「さっきのVOICEROIDとイラストを使うと、まるで本当にキャラクターが喋っているみたいに動画が作れるんだ」
「へー……、この画面の横から流れる文字は何ですか?」
画面の自分自身をじっと見つめながらも、疑問は尽きない様子だ。
「それはコメント、この再生時間に文章を打ち込むと、他の動画を観ている人にも、この時間に打った文章が流れる機能」
「…このコメントさんは、一つ一つ別の人がしてるんですか?」
「まあ、何個も打ってる人もいるだろうけど、基本違う人が打ってると思う」
「沢山の人達が観てるんですね………」
「スラングばっかりでわかりづらいかも知れないけど、この『うぽつ』がUPお疲れ様、動画投稿お疲れ様の略で」
彼女の分からなさそうな単語を指で示しながら伝えてみる。
「この『草』ってコメントが、面白いとか笑ったとかそんな意味」
「ほへぇー」と返事なのかよくわからない声を漏らしながら、紲星あかりは吸い込まれる様に画面を見続ける。
『半年前に諦めたこの壺オジも、一切練習をせずに熟成された華麗なテクニックで登頂決め込んじゃいますよ!』
『草』
『いや練習してないのかよ』
『もう見た』
『絶対錆び付いてるだろそのテクニック』
『半年ぶりなんて全部忘れてるわw w』
「……たくさんの人が画面の私を観て、コメントをしてますね」
彼女はポツリと、呟く。その視線は動画ではなく、コメントを一つ残さず読みこんでいた。
……画面の中の『VOICEROID紲星あかり』と自分を重ね合わせているのだろうか?
正直、「凄いです!」ぐらいで終わるかと思っていたのだが、予想以上に彼女が、動画とコメントにのめり込んでいる。
自分の好きな事にハマってくれる事は素直に嬉しいので、最後まで動画を一緒に見る事にした。
『前回はこの連続ランタンまで行った後に、スタート地点まで戻されて終わりましたが、今回は過去の自分を超えて、ゴールに辿り着きますよ!』
『ランタンは大分序盤だぞ?』
『下まで落ちた時、マウスの動きだけで心折れたのわかるの草なんだぁ』
『もうやっぱり無理そう』
『また半年後、頑張ろうな…』
『ていうか動画時間長くて草』
「観てる人全員が、動画にコメントしてるんですか?」
動画から目を離す事は無いが、声のトーンだけでも、どこか真剣さを感じる。
「みんながみんなでは無いな、この動画は再生数は二万回だけど、コメントは千ぐらいだから、このコメントをしている人達の二十倍ぐらいの人数がこの動画を観て楽しんでる」
というか、この人の動画見たことあるな、VOICEROID界隈では有名な人で、VOICEROID界隈以外の人ともコラボしたり、幅広い人脈を持つ人だ。
自分もこんな人になりたいと、動画投稿をしようとする上で、目標にしている中の一人だ。壺オジやってたのかこの人。
そんな事を考えていると、前回までクリア出来ていなかったと説明していた、難関エリアをクリアしていた場面になった。
『どうですかみなさん!遂にランタンを超えましたよ!これでゲームクリアです!いやー長かったですね、この一年間の記憶が走馬灯のように駆け巡ります……』
『走馬灯は死ぬ前定期』
『ここまで天国 これから地獄』
『ここクリアでここまで喜んでる人初めて見た』
『これには壺オジも喜びの舞、なお』
『……なんか全然雰囲気の違うところに来たんですけど……』
『草』
『この動きだけで戸惑いがわかる』
『今時、壺オジのステージ全然知らないのも新鮮だなww』
『……ゴ、ゴールは多分もう少しですし、頑張ります……、これをクリアしたら、私は山積みしてる新作ゲームをするんだ……』
隣で紲星あかりが、集中して動画を観ているので、俺も特に声を掛ける事もなく、動画の続きを黙ってみる。
動画では、苦戦している所を要所要所で動画に挟みながら、助長にならない程度に失敗シーンと進んだシーンを写していく。
そして、壺オジのステージクリアまであと一歩まで辿り着く。
『はあ…はあ…、なんですかこのゲームは……人をどれだけ憎めばこんなゲームを作れるんですか……絶ッッ対、爆音コウモリと蛇は許しません……』
『普通に桶ジャンプから蛇に乗って、動画終わったと思ったわ』
『半年に一度の楽しみがなくなるからもう一回落ちて♡』
『編集で分からんけど、マジでずっとやってたんやろなぁ…』
『今回よく諦めなかったなww』
『マウスガックガクで草』
最終局面、塔を登り切ったらほぼゴール確実の場面までたどり着いた。
それを観ている俺も、知らないうちに手に汗を握りながら、動画に集中していた。
『この先何も無いんですけど!どうしたらいいんですか!もうスタートに戻りたく無いんです!お願いです!!』
『上に飛んだら終わりのところで困惑してて草』
『あと一歩、前へ!』
『情報無しならここ怖いわなぁ』
『ここから塔の反対側行ったらマジで草』
『ええい、ままよ!女も漢も平等に度胸!やってやらぁ!……って飛んだぁ!!』
『いやー、本当にクリアすると思わなんだ』
『人が浮くわけ無いだろ………浮いたぁぁ!!』
『後はウイニングランだな』
空飛ぶ石のエリアを困惑しながら超え、そして。
『エンドロールだぁぁぉぁ!!!やっっっっとクリア出来ました!!クリアタイムは休憩時間含めて二日間!!私の貴重な休日を返してくれ!!!………完走した感想ですが、クリアした時は凄くいいゲームに感じましたが、二度とやらんわこんなゲーム!!めっちゃ疲れました………。後日談ですが、とりあえず友達の投稿者全員に善意でこのゲームを贈りました、自分の優しさにナイアガラ級の涙が出そうです』
『乙!今更、壺オジの動画見ると思わんかったわ』
『お疲れ様!……ところでぇ、このゲームは金壺っていう要素がありましてぇ』
『この後、仕事はしんどすぎで草』
『壺オジテロやめーや』
『長時間のご視聴ありがとうございました!私の休日が溶けて消えたので『いいね』くーださいっ!』
『乙』
『いいね偶数回押した』
『面白かった!』
『いつも面白い動画ありがとうございます!』
そして、広告が流れて動画が終わり、部屋の中に静寂が訪れる。
紲星あかりは放心した様子で、動画の終わった画面を見つめている。
確かに面白い動画ではあったが、放心する程であっただろうか?彼女の反応が予想以上で、俺が戸惑ってしまう。
なんとなく話しかけづらく、黙って待っていると、彼女がバッとこちらを向き、肩を掴んできた。いやほんと近い近い。
「マスターさん!!!すっっっっっごいです!こちらの世界の私は、こんなに沢山の人を夢中にさせたり、楽しませる事が出来るんですね!!!!」
どうやら一番の関心は、こちらの世界の『紲星あかり』にあるらしい。
「コメントさん達が、一緒に応援したり、白熱したり!この世界の私は、私よりもずっと沢山の人に必要とされて、ずっと、ずっと!いっぱいの人を楽しませているんですね!」
今までで、一番の熱を持った声で、その瞳を爛々と輝かせ、彼女は俺に向き合い、思いの丈を伝えてくる。
そうか。
「マスターさん!!!私、この世界の私みたいに」
紲星あかりは、出会ったのだろう。
「沢山の人に楽しんで貰えるような、そんな!そんな、凄い動画を作りたいです!!!」
広い視野を持った場合、大きな出来事ではない、それでも人生を進む道を大きく変える、そんな出会い。
人によっては、それは運命と呼ぶものに。
◇ーーー第一話 私と、私の、ミチとの出会いーーー◇
おまけ
パソコンに紲星あかりをインストール中の待ち時間にて
「マスターさん!これは何ですか?」
「……………それは、酎ハイの空き缶だな………」
「……嫌な事でもあったんですか?凄く暗い表情ですけど……」
「………いや、いろいろやらかした自己嫌悪と、罪悪感が蘇っただけだ………大丈夫だ………」
「全然大丈夫じゃ無さそうですよ?!」
この後、インストール中に散らかった自室を片付けた。
その時の後ろ姿は、哀愁が漂っていたらしい。