つわものたちのクリスマス   作:プロッター

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前編

 ハロー、ミシェーラ。元気ですか?

 兄ちゃんは元気です。この街へ来てから大分時間が経ち、異常が日常の毎日にもかなり慣れてきました。何もない1日なんてないけれど、それでもそんな1日を楽しく思うあたり、兄ちゃんもこの街に毒されてきたのかもしれません。

 色々な場所からあれこれ言われ、ドタバタの絶えないこの街ですが、季節ごとのイベントは毎年開催されています。ハロウィーンやクリスマス、年末年始なんかもそれなりに盛り上がります。盛り上がりといっても、ミシェーラの想像以上に()()()()()()()()ので、身の回りの注意は欠かせません。

 中でもこの前のクリスマスは、兄ちゃんの人生の中でも結構刺激的なものでした。

 

 

―――――――――

 

 

 かつて紐育(ニューヨーク)と呼ばれていた都市には、現在地球上でもっとも剣呑な特異点が存在している。

 その街の名は『ヘルサレムズ・ロット』。異界と現世が交わるその地は一夜にして出現・構築され、その日から世界中の注目を集める緊張地帯となった。

 霧に包まれたその街に蠢く奇怪生物・魔道犯罪・超常技術・神秘現象。一歩間違えれば、この世は混沌に飲み込まれる。

 こうした不安定な世界の均衡を守るために暗躍するのが、超人秘密結社『ライブラ』。

 これは、その構成員たちの活動と日常の中の、ある日の話だ。

 

 

―――――――――

 

『さて、クリスマスまで10日を切った本日、A&G(アルケミーアンドジェネシス)社製の最新仮想現実体験ゴーグル「D・Dゲイザー」が発売されました。これまでにない迫力と繊細な映像を体験できるこのVRゴーグルは、クリスマスプレゼントには最適との触れ込みで、事前予約の際は本社のサーバーがクラッシュするほどの人気となりました』

 

 テレビの中でキャスターが、人界と異界の技術を併せて開発された商品を喜々として説明している。

 

『しかしながらその人気のせいか、発売初日の今日、販売店付近での強奪行為やネットでの違法な転売が相次いでいます。その被害相談は早くも243件に上り、さらに関連していると思われる殺傷事件も45件報告されています』

 

 やけに血生臭いうえに結構な大事件だが、これがこの街の日常でもある。

 なので、テレビを見ていた糸目の少年レオナルド・ウォッチは『大変なことになってますね』と告げた。

 

「やっぱり惹かれるものなんすかね?新商品って」

「そりゃーなー。あれだけ大々的に宣伝されてりゃ誰だって食いつくだろ」

 

 ソファでふんぞり返っている褐色銀髪のザップ・レンフロは、大した興味もなさそうに鼻をほじっていた。

 そっけない態度だったが、レオナルドの正面に座る半魚人ツェッド・オブライエンは、まだ良心的な反応を示した。

 

「純粋な興味関心もあるでしょうけど、常に新しいものを持つことは、それだけ少しでも他人より先を行くということでもあります。そこに優越感を抱いたり、逆に遅れることを恐れるからこそ、こうした新しいものは大体人気が出やすい。特に、普通の人が手に届くようなものだからなおさらです」

 

 人間離れした奇妙な見た目とは裏腹に、理論的な意見を述べるのはいつも奇妙なギャップを抱かせる。レオナルドも舌を巻いた。

 

「よーし、全員注目ー」

 

 その時、あまり緊張感を感じない呼びかけが部屋の向こうから聞こえてきた。レオナルドたちがそちらを見ると、番頭スティーブン・A・スターフェイズがタブレットを片手に手を挙げている。レオナルドはテレビを消して、そちらへと向かった。

 全員が集合したのを見ると、そこで部屋の明かりを暗くしてスライドを点けた。

 投影されたのは、5つの小さな金属だ。一つ一つはただの電子機器に見えるが。

 

「『五亡の真雷槍(フィフスパーク・ランス)』。計5つのデバイスで構成された魔術兵器で、一度起動するとそのデバイスが発動したポイントの内側にあるものすべてを物理法則無視で地中に落っことす厄介な代物だ」

 

 スティーブンが手元のタブレットを見ながら説明する。彼の言葉を聞くライブラのメンバーには、『また面倒な案件持ってきやがって』と露骨に顔で抗議する者もいるが、スティーブンは意に介さない。彼もまた同じ気持ちなのだろう。

 

「デバイス本体はこの通り小型だが、スマホや無線機、バイクに自動車、なんにでも組み込んでカモフラージュができる。デバイスは近すぎても遠すぎても同期できず距離が決まっている。その距離は、HL(ヘルサレムズ・ロット)の端から端までだな」

 

 つまりこの魔術デバイスが起動すれば、ヘルサレムズ・ロットは崩壊する。スティーブンは暗にそう告げていた。

 

「魔術デバイスの起動実験では、魔術が発動すると各デバイス同士が魔術の光で結ばれて、最終的に五芒星の形になる」

「そりゃまた、色んなトコから文句付けられそうなもので」

「そのデバイスが、4日前に開発施設からの移動中、何者かに強奪された」

 

 口を挟むザップの言葉を聞き流しつつ、スティーブンは別のメンバーに視線を送る。視線を受け、黒いスーツの女性チェイン・(スメラギ)は、手元にある資料に目を落とした。

 

「碧落奪回連盟。HLから異界生物・異界技術…とにかく異界由来のものを排除して、元のNYを取り戻そうとしてる武装集団。今までは特に目立ったことはしてなかったから要監視対象だったけど、今回の件で排除対象にランクアップよ」

 

 彼女は『ライブラ』のメンバーであり、人狼特殊諜報部と呼ばれる別の組織のメンバーでもある。『不可視の人狼』と呼ばれる特殊体質の彼女にとっては、違法組織の内部情報を手に入れることなど容易いし、その情報があってこそライブラも作戦を立てることができる。

 チェインの説明を聞き終えてから、スティーブンは再び全員に目を向ける。

 

「このデバイスの行方は不明。各所に聞き込みは既に行ったが、未だに情報が掴めない」

「なんか意外ですね。チェインさんたちでもそこまで分からないって」

 

 不満でも皮肉でもなく、レオナルドが本当に不思議そうに告げる。

 そんな彼に対し、チェインは特に何を言うでもなく、腕を組んで視線を逸らす。スティーブンが説明しようとしたが、先にツェッドが口を開いた。

 

「碧落奪回連盟は普段、姿を頻繁に変えて一般人に紛れて活動しているんです。なので一度姿を見ても、すぐに外見が変わるので見失いがちなんです」

 

 ヘルサレムズ・ロットに遍く存在する犯罪者集団、危険思想の教団などは、いずれも大柄な体つきだったり、見た目が派手だったり、禍々しい恰好をしていたりと、言うなれば『わかりやすい』。だが、碧落奪回連盟はライブラのように普段は一般人に紛れて生活をしているうえに、ツェッドの言う通り姿を何度も自在に変えている。明確な拠点もないので、チェインたちが情報を掴めないのはそのせいだ。

 

「そういった事情から、この組織は存在だけ把握できているのですが、構成員は一人として判明していません。デバイスの行方が分からなくないのもそのせいです」

「天下の『不可視の人狼』が聞いてあきれるぜ」

「普段からダメ男の手本みたいに自堕落に生きてる猿がどの口で」

 

 ツェッドの説明の上でザップが腕を組んで文句を垂れる。すぐさまチェインが嚙みつきかけるが、今は作戦会議中なのもあって掴みかかったりはしなかった。

 スティーブンが『話を戻そう』と言う。

 

「で、だ。数日前に碧落奪回連盟から警察署(H.L.P.D)に犯行予告が届いたそうだ。『HLを崩落させる』とね」

「バカなんすか」

「バカじゃなかったらこんなことしないでしょ」

 

 コンマ一秒でザップが反論、チェインも同調するが、スティーブンは肩を竦める。都市を一つ滅ぼす前に宣言などすれば、事前に阻止・介入されるリスクが高まる。それでもそんなことをしたのは、自分たちが見つからないという自信からか、それともHLの住人に対する彼らなりの情けか。

 

「彼らが示した犯行日付は12月24日、クリスマス・イヴだ」

 

 そう言った直後、『うげ』という声が一部で上がるが、今は置いておく。

 

「警察は表向きは単なるイタズラとして処理したが、HLにはイタズラ気分で世界転覆を狙う連中がわんさかいる。そこで、我々に声がかかったわけだ」

「でも、デバイスを起動させる場所も持ち主も分からないんなら、どう阻止するんですか?」

 

 レオナルドが質問をするが、スティーブンはタブレットを操作して別のスライドを投影させる。

 

「プランはこうだ。HLを5つのエリアに分け、当日は最低でも2人一組に分かれてエリアを監視。魔術デバイスの起動を確認したらその地点へ急行し、介入して術の発動を阻止し、デバイスを奪い取る」

「質問。デバイスが起動した後では急行しても間に合わないのでは?」

 

 ツェッドが律義に手を挙げて質問するが、スティーブンは首を横に振る。

 

「このデバイスは、起動してから同期が完了して魔術が発動するまでに10分のラグがある。その10分以内に阻止すればいい」

「逆に言や、それまでに阻止できなけりゃ全員まとめて永遠の虚に真っ逆さまってことっすか」

「そういうことだ」

 

 ザップの言う通りで、今回の作戦がうまくいかなければ、自分たちを含め何百万の命が犠牲になる。碧落奪回連盟はそれほどの犠牲を払ってでもHLを抹消したいのだろう。だが、それで異界と現世の境が塞がる可能性などほぼ0だ。むしろ、HLに空いた大穴から異界の魑魅魍魎、有象の方が高い。それだけは何としても阻止しなければならない。

 

「ここまでで何か、質問は?」

 

 スティーブンが再度全員に視線を巡らせる。

 

「…K・K、何か言いたいことが?」

 

 その中でスティーブンが目を向けるのは、ライブラのメンバーの中でも長身の女性、K・Kだ。レオナルドたちが彼女の方を見ると、その顔は苦痛に塗れている。何か言いたいのは明らかだ。

 

「…いえ、何でもないわよ」

「そういう答えをする奴は大体何か言いたいことがあるんだ。言ってみろ。作戦に不安要素でもあるなら、それは今すぐ消すべきだ」

 

 K・Kは渋るが、スティーブンは笑みを浮かべて意見を促す。意見あるいは不安なことがあるのに、それをそのままに作戦を進めては、何が起こるかわからない。スティーブンの言う通りで、不安要素は失くすべきだ。

 やがてK・Kはため息をついて口を開いた。

 

「…言うだけ無駄なんでしょうけど、その日は家族とクリスマスパーティが…」

 

 K・Kとスティーブン以外の全員の表情が『え』と驚愕、というより安堵に染まる。

 ライブラのメンバーでK・Kが既婚かつ二児の母であることは誰もが知っているが、世界転覆の日に家族とのクリスマスパーティを理由に断るとは思ってもいなかったのだろう。

 しかし彼女、秘密結社に所属し、かつ家族(具体的には子供)にその正体を明かせないため、家族とのイベントをほっぽり出すことが多い。そこに悩んでいるというのも、メンバーの一部では知られている。そんな彼女にとって、クリスマスはまさにそんな家族との時間を作ることができるチャンスタイムだ。

 その言葉を聞いて、スティーブンは溜息をつき、困ったように笑みを浮かべた。

 

「そういう理由があるのなら休んでも構わないさ。デバイスが起動して、HL中の子供たちが家族もろとも永遠の虚の底まで落ちて、もう二度とクリスマスどころか誕生日すらも祝えないなんて悲しく惨いことになってもいいって言うんなら休んでも僕らは―――」

「そういうこと言うと思ったから言いたくなかったのよ!やるわよやりますよやればいいんでしょこの冷血腹黒優男!!」

 

 半分涙目でヤケクソ気味に承諾するK・K。レオナルドやザップ、ツェッドが『うわぁ…』ともの言いたげな顔でスティーブンを見るが、彼にとっては痛くも痒くもないらしい。

 

「すまない、K・K」

 

 しかし、そんな彼女の型に優しく手をのせる男がいた。

 犬歯と赤髪、大柄な身体が特徴的な、クラウス・V・ラインヘルツ。異常能力者の集団であるライブラをまとめるリーダーだ。

 

「家族と特別な日を過ごすことができない君がどれだけ苦しいのかは、痛いほど分かる。だから当日は、この任務を終えた後で、君が家族と過ごせるように予定を調整すると約束しよう」

 

 涙目で『クラっち…』と感動するK・Kに、クラウスは頷く。そんな彼はきっと今、K・Kに無理をさせることに対して胃が痛くて仕方ないんだろうなぁ、とスティーブンは心の中で苦笑いを浮かべた。

 

「さて、諸君」

 

 クラウスはK・Kの肩から手を離すと、改めてライブラの面々に視線を配る。

 

「今回もまた、我々の双肩に世界の命運が委ねられた。それも今回は、かなり規模の大きな作戦であり、失敗した際のリスクも大きい」

 

 『ライブラ』のリーダーとして、クラウスはメンバー1人1人を大切に思っている。そして、スティーブンを含めたメンバーもまた、そんなクラウスのことを信頼している。その互いに存在する強い信頼関係が、これまで何度も世界転覆の危機を退けている要素の一つでもある。

 

「しかしながら、これまでも我々は幾度となく危機を乗り越え、均衡を守り抜いてきた。それは確固たる事実であり、平和を保つ力を持っていることの証明でもある」

 

 クラウスの言葉には、重みがある。最初はその巨躯から威圧感をぶつけられるものの、やはり相応の実力と精神力、強靭さを持つ彼の言葉は、心に強く響く。己の中の一抹の不安さえも消し去ってくれる。ライブラのメンバーとして、クラウスの戦いを見てきた者たちにとっては猶更。

 

「我々は、疑う余地もなく強い。それを胸に、やり遂げよう」

 

 拳を握り、宣言するクラウス。

 誰もが頷き、不敵な笑みを浮かべる。

 その場には緊張も恐れもなかった。

 

 

◆ ◇ ◇ ◇

 

 

 作戦当日の7日前。

 

「パトリックさんたちも今度の作戦、参加するんですね」

「ああ、今回ばかりはちょっとばかし勝手が違うからなぁ」

 

 レオナルドがいるのは、ライブラの武器庫(アーセナル)ことパトリック・スミスが普段作業を行っている作業場だ。壁には警棒や通常のハンドガンなどの護身用装備から、異界の技術を織り込んだ最新鋭銃器まで所狭しと掛けられ、棚にも特殊な弾丸やらナイフやらがずらりと並んでいる。パトリック本人も、銃身が女性の腕と同じぐらい太い新型銃器の調整を行っている最中だ。

 

「お前も前線出るんだろ?護身用に何か武器でも持っとけって」

「いや、僕は―――」

「こいつなんかどうだ?直線上にいる奴を一瞬でサイコロステーキみてぇに焼き切れるぞ」

 

 ことあるごとにレオナルドに武器を持たせようとするパトリック。彼なりにレオナルドの身を案じているのは分かっているのだが、レオナルド当人としてはあまりそう言った物騒な武器を持ちたくはない。

 すると、机の上に置かれていた時計のベルが鳴った。

 

「あ、もう5時だね」

 

 パトリックが時計を止めると、部屋の奥からポニーテールの女性が姿を見せる。同じくここで武器の管理・調整を担っているニーカ・コヴァレンコだ。彼女はせっせと帰り支度を始める。

 

「先に上がるよ」

「おう、お疲れ。友達とディナーだっけか?」

「うん、クリスマスは無理だから埋め合わせにね」

 

 9時17時勤務を守る彼女は、一般人との交友関係もそれなりに広い。どちらかと言えば、感性はレオナルドのように一般人に近い。どうやらクリスマスも、元々その友達と過ごすつもりだったらしく、そんな日に世界の命運を懸けた作戦があるとは何とも都合が悪い。

 

「それじゃ、お疲れ」

「お疲れ様です~」

 

 手を振って部屋を出るニーカに、レオナルドも声をかける。背丈はあまり変わらないが、あれでもニーカはレオナルドより年上なので、それぐらいの礼儀は弁えていた。

 残ったのはパトリックとレオナルドのみだ。

 

「作戦当日って二人はどうするんです?」

「まぁ丸腰で行くわけにもいかねえしな。改造ジープで行くつもりだ」

 

 レオナルドがよくつるむザップやツェッドたちと違い、パトリックもニーカも特別な異能の持ち主ではない。戦う時は己の身体と武器を使う。無論、その武器も人界で流通している程度のものでなく、自分たちで改造・調整したものだ。

 

「レオは誰と組むんだったか?」

「ギルベルトさんです」

「へぇ、ザップじゃないのか」

「ええ、まあ。今回はちょっと事情が特殊ですし」

 

 レオナルドの答えにパトリックが『がはは』と笑う。ライブラの任務でレオナルドは、大体ザップと組んでいる。その度にザップは難色を示しレオナルドをどついてくるが、スティーブン曰くザップに実力があるからこそレオナルドを任せられるらしい。

 だから、今回はそのザップと組むのでないのが、パトリックには新鮮に見えたようだ。

 

「後はいつも通りのメンツか」

「そうっすね。スティーブンさんとチェインさん、ツェッドさんとK・Kさん、そしてクラウスさんとハマーさんたちです」

「ブローディ&ハマーも出てくるのか。よっぽどだな」

「HL全土を巻き込む形ですしね」

 

 レオナルドは軽い調子で言うが、今回の事の重大さは勿論理解している。

 だからこそ、重大犯罪者約2名が限定的に釈放されるのがどれだけのことかも分かった。

 

 

◇ ◆ ◇ ◇

 

 

 作戦当日の2日前。

 

「どこもすっかりクリスマスムードだねぇ」

 

 道路を行く一台の車の中で、男が呑気そうに呟く。端正なその顔立ちをもってすれば、両手に填められた頑丈な手錠さえアクセサリーに見えてしまうのが不思議だ。

 

『全くだな。どうせならムショの飯もクリスマス仕様にして欲しいもんだぜ。ただでさえ不味い上に外の様子なんざこれっぽちも分からねぇんだから』

 

 その穏やかな声に同調するのは、対照的に刺々しい雰囲気のする声。それは、端正な顔立ちの男の手首の縫い目から伸びる、奇妙な赤い線状の『何か』だ。

 この赤い『何か』こそ、パンドラム超異常犯罪者保護拘束施設(アサイラム)に収容されている凶悪犯デルドロ・ブローディ。端正な男の方は、その宿主であるドグ・ハマー。訳あって、ドグが肉体、デルドロが血液として一つの身体を共有している。

 そんな2人のやり取りを聞いて、防弾ガラス越しに助手席に座る女性がふんと鼻息を吐く。

 

「三食あるだけありがたく思え。そんなに食事が不満なら、お前たちだけ食事なしにしてやってもいいぞ?」

『飯も出さないムショなんざ人権ガン無視じゃねぇか。どこぞの団体が訴えてくるぞ』

「貴様を含め収容されている犯罪者がどれだけの極悪人かを知れば、それもどうだろうな?」

 

 デルドロに対し、パンドラムの獄長アリス・ネバーヘイワーズは強気な姿勢で反論する。彼女としては、懲役1000年越えのド級の犯罪者を、たとえ1時間でも外に出すなど猛反対だ。しかし、デルドロの宿主であるドグが人畜無害な優男なのと、ライブラが持ち出した話がヘルサレムズ・ロットを転覆させる厄介な事件なものだから、自分の責務を二の次にせねばならなくなった。

 

『っつーかアリス』

「呼び捨てにするな。で、何だ?」

『お前今回の話、やけにあっさり吞んだじゃねぇか。なんだ、激務のあまり頭のネジが2~3本緩んだか?』

「馬鹿を言え」

 

 デルドロの冗談をぴしゃりと説き伏せつつ、アリスは助手席から流れる景色を眺める。

 これまでも、有事の際にはライブラからこの2人の一時的な釈放を要求されたことは何度もあった。その度に、アリスは胃が捻じれるほどに葛藤し、時に議論を重ね時に自ら拳を交え、結果的にそれを許可した。

 しかし今回は、デルドロの言う通り、今までほどの葛藤や時間を要さずに2人の一時的な釈放を認めている。アリス自身それは自覚しているし、それは決して気の迷いなどではない。

 

「私はパンドラムの獄長として、貴様ら犯罪者に罪を清算させる義務がある。それを、わけもわからない異常犯罪者集団に崩されるのが気に喰わんのだ」

 

 パンドラムに収監されている犯罪者たちは、いずれも数十年以上の懲役を科されている罪人だ。当然それだけの罪を重ねてきているし、その罪を償うことを被害者やその家族は望んでいる。アリスもそれは同意見だ。

 だからこそ、パンドラムがヘルサレムズ・ロットと運命を共にし、最後まで罪を償うことなく犯罪者たちが奈落へと落ちるのは承服できない。それは被害者たちの願いを無下にするようなものだ。

 

『…ケッ』

 

 アリスの言葉を、デルドロは大したことじゃないとばかりに吐き捨てる。元々この男は反省とは無縁な輩なので、その反応はアリスも想定していた。

 

「よく分からないけど、皆死んじゃうのは良くないよね」

『…なんだろうな、論点がズレてるようなそうでもねぇような気がするんだが』

 

 ドグの言葉に、デルドロは呆れたように呟く。アリスもまた溜息を吐き、シートに身体を預けてフロントガラスの向こうの景色を流し見る。

 どこもかしこもクリスマスムードに浮かれていた。これから、この街全てが奈落に落ちるかもしれないと言うのに。

 

 

◇ ◇ ◆ ◇

 

 

 作戦当日の12月24日(クリスマス・イヴ)。PM9:00。

 

「高度は問題ございませんか?レオナルドさん」

「大丈夫です。これだけあれば」

 

 レオナルドと、クラウスの執事に当たるギルベルト・F・アルトシュタインは、ヘルサレムズ・ロットの上空およそ200メートル地点にいた。

 今回の作戦で、レオナルドは重要な役割を負っている。ギルベルトの操縦するドローンに乗り、レオナルドは神々の義眼の能力で魔術デバイスの起動を確認する。それを各エリアに散らばったライブラの面々に伝えるのだ。こうすることで、各エリアのメンバーはいち早くデバイスの起動地点へと向かうことができる。

 

「よし…」

 

 レオナルドは、首に提げていたゴーグルを装着し、目をゆっくりと開く。

 目蓋の裏に隠されていたのは、普通の人間のそれとはまるで違う、爽やかな水色の眼球だ。本来瞳のある部分には物差しの目盛りのような模様があり、ゆっくりと円を描くように動いている。

 これこそが、異界存在からレオナルドに与えられた神々の義眼だ。

 

「…まだ見えませんね」

 

 空から街全体を見回すが、魔術デバイスのオーラは見られない。

 スティーブンの話では、魔術デバイスは普通のスマートフォンと同様、電波のように人の目には見えないエネルギーを放出し、それを別の地点にあるほかのデバイスへ発信、あるいは受信する。そして、その発信・受信地点にはエネルギーが集中し、ひと際眩い光を放つ。それが見分けるポイントだ。

 これも、神々の義眼がなければできない所業だ。この目は普通の眼球には見えない電波やオーラ、壁の向こう側にある人や物、さらには他人の視覚情報の引き出し、他人の視覚の乗っ取り、視野の転送など、とにかく『眼球』に関係することであればほぼ何でもできると言っていい。神が作るにふさわしい代物だ。

 

(…ミシェーラ)

 

 ただし、この超常的な能力を持つこの眼も、無償で手に入れたわけではない。

 今もヘルサレムズ・ロットの外に住む妹のミシェーラの視力と引き換えに、レオナルドはこの眼の所有者となった。それがレオナルドの本意ではないにしろ、それはレオナルド自身の心に大きな後悔と挫折として残っている。

 だからこそ、この眼は私利私欲のためには使わず、こうした有事の時にだけ使うと、心に決めていた。

 そしてこの眼の力を使うたびに、その時の記憶が脳裏に蘇ってくる。

 

「?」

 

 だが、感傷に浸りかけたところで、レオナルドの耳にいくつもの爆発音が入り込んでくる。

 すぐさま視線を街の方へ向けると、あちこちで爆発が起こっているのが見えた。

 

「まさか…!」

 

 レオナルドが身を乗り出し、爆発が起こった場所を注視する。意図を察したか、ギルベルトもレオナルドが視る方向へとドローンを移動させた。

 

「あれは…!」

 

 

 

 

「まさか、こんな時にこんなのが出てくるとはな」

 

 ヘルサレムズ・ロットの北東のブロックで待機していたスティーブンは、目の前に聳え立つ物体を見て溜息をつく。

 表通りから横道に入ったそこにいたのは、機械仕掛けの巨大な像だ。全身が鋼鉄の鎧で覆われ、その高さはアパート6~7階ほど。見た目に違わず重量もそれなりにあるようで、一歩踏み出すたびにアスファルトが砕け、道路が凹み、地響きでゴミ箱が倒れる。

 

「警部、街のあちこちで謎の兵装機械生物が暴れていると連絡が…」

「持ち場を離れねえように伝えとけ!逃げ出したりなんかしたら停職だぞ!」

 

 スティーブンの近くで、ダニエル・ロウ警部とその部下と思しきポリスーツの警官が話をしている。このタイミングで同時多発テロとは非常に間が悪い。特に、これほどの大きな厄ネタにヘルサレムズ・ロットの警察だけで対処できることはあまりないため、ライブラの手を借りてることが多い。ただでさえ、世界転覆の瀬戸際にあると言うのに、余計な仕事を増やされるとは困ったものだ。

 その時、ポケットの中のスマートフォンが震える。

 

「ウィ、スティーブン」

『レオナルドです。スティーブンさんの近くで、なんかでかいロボットなんかいたりしません?』

「今目の前にいるよ」

 

 今まさに、レオナルドの言う通りのロボットが、暴れまくっている。

 そこでスティーブンは、レオナルドが電話をしてきた理由と、ロボットが何なのかを察した。

 

『それ、魔術デバイスです!ほかの場所でも4つ、同じ色のオーラが見えてます!もう起動してます!』

「なるほど」

 

 レオナルドの電話を切り、スティーブンは改めて目の前の機械の象を見た。

 事前に調べた情報で、魔術デバイスはどんな機械にでも組み込むことができる。だとすれば、あのような巨大なロボットに組み込まれていても不思議ではない。だが、このように大々的に暴れるのは、碧落奪回連盟の活動傾向からして、当日も目立つようなことはしないと思っていたから、100%の予想はできなかったのだ。

 

「警部、民間人の保護を優先した方がいい。あれは僕が相手しよう」

「お前に指図されんでも今やってるわ!」

 

 親切心でアドバイスをしておくが、逆にロウの癇に障ったらしい。気難しいな、とだけスティーブンは思った。

 さて、問題の象のロボットは、その特徴的な長い鼻まで装甲で覆われており、しかもその鼻の先からは炎が噴出している。中で人が操縦しているのか、それとも自立行動をしているのかは分からないが、放っておくと無視できない被害が周りに出る。どころか、最終的にはヘルサレムズ・ロットが奈落の底に真っ逆さまだ。

 

―――エスメラルダ式血凍道

 

 スティーブンは、象のロボットへと歩を進める。後ろからポリスーツが銃でロボット象に発砲しているが、まるで歯が立たない。というより、その程度で壊せるようなヤワなものがこの街で開発されるはずもない。

 スティーブンは、不敵に笑いながら左足を思い切り蹴り上げる。

 

―――絶対零度の剣(エスパーダ デルセロ アブソルート)

 

 靴底から、巨大な氷の剣が2つ放たれる。スティーブンの靴は特別製で、靴底に仕込んだ細工で足を出血させ、その血を凍らせ形状を変化させ、高速の蹴りで対象に攻撃する。

 出現した氷の剣は鋼鉄の象に向かい、1つは振るわれた鼻に軌道を逸らされ、地面に刺さる。だが、もう1つは鼻の付け根付近に命中した。切断や貫通こそできなかったものの、刺さった部分を中心に機体が凍り付き、動きが明らかに遅くなる。鼻からの炎も出なくなった。

 だが、象のロボットはノイズにも近い咆哮を上げると、身体の側部と背中からドラム缶のような金属の筒が突き出る。それは数十連装のミサイルランチャーだ。

 それがどれほど危険かを認識した直後、一斉にミサイルが発射された。

 

「うわっ!」

 

 ポリスーツの警官が叫ぶ。

 ミサイルは周囲のアパートや車などに容赦なく叩き込まれ、そこかしこで爆発が起きる。表通りの連中も流石に気づいたようで、人々は蜂の子を散らすように逃げ出し、悲鳴を上げ、行き交う車はこの爆発に気を取られたのか玉突き事故を起こした。

 警察が既にこの道の封鎖しているものの、それだけで被害を食い止めることはできないし、それほど時間の猶予もない。

 そこで突然、象のロボットがこちらへ突進をしてきた。通りにいる一般人たちを狙ったのかもしれない。

 

―――エスメラルダ式血凍道

―――絶対零度の地平(アヴィオン デルセロ アブソルート)

 

 スティーブンはそれを見て、左足で強く地面を踏み込む。次の瞬間、周囲一帯のアスファルトが氷で覆われた。近くにいたロウも足を滑らせ、『気をつけろバカ!』と抗議してくるが、スティーブンは無視した。

 肝心の象のロボットは、流石にアイスバーン対策までしていなかったらしく、氷を踏むとバランスを崩して横転する。しかし、その間にもミサイルランチャーは発砲され続けており、空を向いた右側面のものは天空へ撃ち続け、背中側のものはアパートの壁に連射している。ヘルサレムズ・ロットの建物は基本頑丈なので、あの程度では倒壊はないだろうし、スティーブンも一般人に被害がないよう計算したうえで転ばせている。

 すると象の身体が僅かに傾げ、体勢が元通りになろうとしていた。地面に接している左側部から突起のようなユニットを展開させている。

 しかし、スティーブンはそんなことを許すはずもなく、左足で地面を擦る。

 その直後、鋭く尖った巨大な氷が地面から出現し、象のロボットを刺し貫いた。

 数秒の間を置いて、象のロボットから爆炎が巻き起こる。

 

「まずは1機片付けた」

 

 スティーブンが、スマートフォンでクラウスに連絡を入れる。

 これを皮切りに、聖夜の戦いが始まった。

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