刑事課課長の話が終わった後、私を含めた集まった署員たちは各課に別れてそれぞれの課長により指示が伝えられた。
私は勤務する交番の付近を日名巡査長と組んで住居などを直接訪問し安否確認するよう命じられる。
「行きましょう」
「はい」
日名に促され行動を開始しようとした時、課長に報告しておくべきことがある事に気づいた。
「あっ、少し待ってもらえますか? 課長に報告しておきたい事があるので」
「分かった。先に用意を済ませておくから、なるべく急いで」
日名の了承を得て、課長の元へと向かう。
課長は丁度最後の班に指示を出していた所だった。なので脇に控え、それが終わると同時に声をかけた。
「課長、今よろしいでしょうか?」
「かまわん。なんだ?」
課長は私が控えて居る事が解っていたのだろうすぐに私の方を向き要件を問うた。
「報告があります。実は私も件のナーヴギアを所持しているのですが」
私がここまで言うと、どうしたらいいでしょうか?と聞き終わる前に課長は言いたいことを分かってくれたようで「本庁の対策本部には私から一人見つかったと報告をあげておく。ナーヴギアについて恐らく後日証拠品として提出してもらう事になるだろうからちゃんと保管しておくようにな」と言ってくれた。
なので私は「了解です。ありがとうございました」と礼をいい日名のもとに向かうため踵返す、すると課長から「よかったな」と一言があった。
単に無事でよかったと言う社交辞令なのだろうが私には『運が良かったな』と言われている様に感じられてしまった。
それはきっと私自身、少なからずそう思っているからだろう。
VR空間に精神を閉じ込める、今までには在りえなかった犯罪、誰も予測などしていなかった。被害者たちと私、運命を分けたのはまさしく運だけなのだ。
そのことに気づくと背筋に悪寒が走った。
私はその感覚を振り払う様にもう一度課長の方に向き直り一礼してからその場を辞した。
日名と合流すると彼女はすでに私の分も準備を終えてくれていたのですぐに署を出る事になった。
担当の区域は少し離れているので普段交番乗っていくミニパトで行けることに成った。
日名が運転すると言うので私はおとなしく助手席に乗り込む。
彼女が車を発進させると私は到着までの時間で何処から回るか思案するために持ってきた地図を開く。
我々の担当地域は住宅地で戸建住宅が多いところと学生向けなどの単身者用アパートが多いところに別れていた。
戸建住宅はともかく単身者用アパートは住人の安否確認は難航しそうだと私は思った。
アパートでは表札など出ていない所もあるし、生活感などは外から少し見ただけでは分からないこともある。そう言った場合は大家や管理会社に問い合わせをする、もしくは近隣住民に聞き込みして回るなどの事をしなければ住人が居るのか如何かさえ分からないだろう。
だがそうやって住人が居る事を確認しても単身者が被害にあっていた場合、玄関先から呼びかけても本人は返事が出来る状態ではないのだ。どうしても内部の確認が必要になって来ると予想される。しかしそれは困難だ。
命の危険が明確に迫っているならともかく、可能性があるぐらいでは緊急性が高いとは言えず、強制的に屋内に踏み込むなど出来ない。
どちらの地域から先に行くべきか判断に迷った私は、日名に何方から行くべきだと思うか尋ねてみた。すると彼女は迷うことなく戸建住宅の多い地域から行くと答えた。
理由を問うと彼女の答えは明確であった。
「危険度の問題よ。茅場晶彦は電源を切る、もしくは無理やりナーヴギアを外そうとしてもプレイヤーを殺すと言っているわ。ならそうした可能性が高い方。同居人がいる可能性が高い戸建住宅の方を先に回った方がいいでしょう。」
「茅場の言っていることが正しければそうですけど、信じるんですか?」
「それも同じ問題よ。本当だった場合と嘘だった場合、どっちが危険か考えて私は前者だと思うって事。最高の結果を目指すために最悪を想定しておくのよ。」
「了解です。」
彼女の言は筋が通っている。私はそう思い素直に従う事にした。
担当場所に到着した日名と私はミニパトを交番の駐車スペースにとめて徒歩で家々を回り始めた。
最初は中々上手くいかなかったが20軒もこなすうちに大分要領も掴め手早く安否確認を終えられるようになってきた。
そんなさなか1軒、今までと様子の違う家があった。
その家は呼びかけても返事が無かった。それ自体は今までの家でもあったが、その時はきちんと家は施錠され、明かりも人の気配もなく留守だとすぐにわかった。
だがその家は玄関の鍵が開いており、何より中から声がした。
聞こえてきた声は尋常ならざる様子で私や日名の不安を掻き立てた。
「日名巡査長、入りますか?」
普段なら絶対に在り得ない。
しかし今は茅場が前代未聞テロを起こしている最中だ。もしかしたらの出来事が起こっているかもしれない。
入っていかず手遅れに成れば責められるだろうし、何もないのに入っても責められる。
ならば結局はリスクを負って入って行って確認すると言う選択肢しか選べない。しかし責任は負いたくはない。
ならばどうすればいいか、階級が上の日名に命令されて入ったと言う体裁があればいい。
正直そんな狡っ辛い言い訳がどこまで通用するかはなぞだが無策よりはましだ。
だから私は日名の名をあえて階級付きで呼び、入るよう促しつつ判断をゆだねた。
「警察です。大丈夫ですか」
日名は声を張り上げて呼びかけるがやはり反応が無い。
「警察です。入らせてもらいます。」
「行くんですか?」
少々白々しいが最後の確認をする。
「行くわよ。」
そう言って家の中に入っていった日名に続き、屋内に入り捜索を開始した。
2階建ての一軒屋だったがそれほど広くは無くすぐに日名が住人を見つけた。
「居たわ!!」と言う日名の肉声が響いた後、無線から日名の声で応援要請がなされるのが聞こえた。
日名の声が聞こえた方に行くと日名と3人の住人らしき人がいた。中学生位の少年と40代ぐらいの女性、60代後半の老人だ。年齢層から見て、それぞれこの家の子供、母親、祖父と言ったところだろう。
日名と3人は2階の少年の部屋らしき場所に全員いた。
老人は床に力なく座り込みうなだれ、女性はそんな老人を涙ながらになじりながら叩いたり、袖を引きちぎらんばかりに引張り、ゆすったりしている。そして少年はベッドの上に静かに横たわりその傍らにはナーヴギアが転がっていた。
何があったかは一目瞭然だった。
「日名さん、これって」
私は老人の方を見ながらそう日名に話しかけたが彼女は部屋を一度見回した後、歯を強く食いしばる様に表情をゆがめて、私には何も応えず少年の方に行き、彼をベッドから床に移して心肺蘇生法を手順道理に試み始めた。
「日名さん」
「北巡査はご家族を部屋からだして落ち着かせて、それが終わったら外に出て救急車の誘導をしなさい」
日名は私がもう死んでいるじゃないですかと言おうとしているのを察したのか、私が二の句を紡ぐ前にかぶせる様に命令を下した。
そんな命令でも言っていることは真っ当だ。速やかに実行しなければならない。
女性と老人のもとに行き、まず老人と女性の間に割って入り殴るのを止めさせた。そしてその後力なく座り込む老人を左横から右手で脇を抱える様にして立ち上がらせ、左手で女性の手を引き宥めながら2人を部屋から出した。
2人はそれぞれ「なんで」と「こんなことになるなんて」をまるで壊れたレコードの様に何度も繰り返していた。
2人を1階の居間らしきところに移動させると少しずつではあるが落ち着きを取り戻した。時間がたったからというより愛する者の変わり果てた姿が直接目に入ってこなくなったからだろう。
それならばもっと早くあの場を離れればよいのにとも思うが、きっと自分たちの意思では無理だったのだろう。なまじ目に見える外的損傷が無いから、もしかしたらすべて夢の中の出来事で、ひょっこり起きてくるんじゃないかと、現実が受け入れられなかったのだろう。
落ち着いた2人から話を聞く限り推測は間違っておらず、老人と女性はやはりあのベッドの少年の祖父と母であった。
そして事の経緯もやはり祖父が孫を助けようと誤ってナーヴギアを外そうとしてしまったと言う事で間違いが無かった。
話が一区切りついたあたりで外から救急車のサイレンが聞こえてきた。
私は救急隊を誘導するために外に出る。
程なく救急車が到着し、隊員を少年と日名の元へと案内した。
少年の部屋では日名がいまだに汗をにじませながらも健気に心肺蘇生を続けていた。
救急隊員の一人が「変わります」と日名から心臓マッサージを引き継ぎ、他の隊員も手際よく行動を開始する。
案内が終わってしまうと私には他に手伝えそうなことも無かったので1階に戻った。
それからしばらくして日名が、続けて救急隊員とストレッチャーに乗せられた被害者の少年が1階に降りてきた。
「ご家族の方、一緒についてきてもらってもいいですか?」
救急隊の隊員の一人が如何問うた。それは少年の家族への問いかけでもあったが、同時に私たちへの問いでもあった。彼らも茅場のテロの事は当然知っているのだ。
問題はないと思う。可能性と言う観点から見れば考えられることは無数にある。
茅場のテロに見せかけた第三者、母親か祖父、もしくは他の人物による体表所見に何も現れない毒物を用いた殺人。あるいは、保険金や賠償金などの詐取を目的として病死した少年をテロの被害者に見せかけている。など際限無く考えつく。だがそれらの殆どは可能性があるだけで、蓋然性は限りなく低い。
やはり起こった事実としては、祖父の証言通り、ナーヴギアを外してしまった。と言う事に間違いはないだろう。
そうすると重要なのはナーヴギアの危険性をどこまで知っていたかと言う事と、どのような意思でナーブギアを外したのかだろう。
今、少年は救急搬送されるので法的に死亡扱いではないが、病院で医師が死亡と診断されれば、助けようとしていたのだとしてもナーヴギアの危険性をどれだけ認知していたかで過失致死、あるいは重過失致死の罪にと言われる可能性が極めて少なくはあるが存在する。
ナーヴギアの危険性を承知しつつ、死んでもかまわない、もしくは積極的に殺意を持って外したのならば殺人だ。
正直、家族による殺人の方が私としては彼らに同情しなくてよいので楽だ。誤って家族を死なせてしまったなんて、きっと死ぬまで後悔し続ける。私の様に転生することもあるかもしれないとしたら、死後まで苦しみが続く。それはまさしく無間地獄だ。
だが今一番に考えるべきことは、少年の家族の事はなく、被害者の少年の為に真実を解き明かす事だろうと私は思っている。きっと後からやって来る本部の捜査員もそうだろう。
だから彼らは家族から事情聴取をしたがるだろう。
ならばせめて自分がナーヴギアを外したと言っている祖父はこの場に残ってもらうべきかもしれない。そう思い日名に確認を取った。
「お爺さんの方は残ってもらった方がいいですよね。」
「いいえ、お二人とも付き添って行って貰いましょう。」
しかし日名の考えは違うようで2人とも救急車に同乗させて送り出してしまった。
「よかったんですか?」
救急車を見送りながら日名に真意を問う。
「ええ、むしろ行ってもらわないと困るわ」
「なぜです?」
「君はあの子の部屋にあった勉強机の上、見た?」
「いいえ」
訳が分からない。日名が何を言いたいのか全く分からなかったので、私は素直に答える事にした。すると彼女は少し悲しそうな顔をして、その真意を明かした。
「現場に入った時、何があったのかはすぐに察することができた。ひどいと思ったわ。それと同時に何かご家族にしてあげられることはないか考えた。そんな時、勉強机の上にあったペン立ての中に臓器提供カードを見つけて、自分に出来る事をしようと思ったの。せめて彼の一部でも生きてこの世にあればご家族にとって救いに成るかも知れないでしょう。」
「それでなぜ心肺蘇生?」
「茅場は電磁パルスで脳を焼くと言っていたでしょう。それって脳死状態と変わらないんじゃないかと思ってね。血液を循環させて酸素を供給すれば臓器自体は無事なんじゃないかと思ったの」
そう言ったあと彼女は、まぁ意味があるのかどうか分からないけどね、と自嘲的な笑みを浮かべる。
彼女が2人とも救急車に乗せた訳は分かった。15歳以下の臓器提供では本人の意思だけでなく家族全員の承諾が必要だったからだ。
だがそれは無駄な事ではなかろうか。だって彼の遺体は移植には使われることはない。
「君の考えてることは分かるよ。彼は解剖されるかもしれない。そう考えてるんでしょう」
私はよほど難しい顔をしていたのだろうか。正直、日名に考えを読まれるとは思わなかった。
しかしその通りではある。警察は事件性が認められ、なおかつ死因が不明の遺体がでれば基本的には監察医に解剖を依頼する。
今回の場合事件性も死因も明らかだと一見思えるが、死因は外傷がなかった事から茅場の声明を鵜呑みにしているに過ぎないのだ。
「そうです。臓器移植と司法解剖なら、優先されるのは後者でしょう。」
「分かっているわ。けれど解剖が必要かどうか決めるたり、要請したりするのは私たちじゃない。少しでも可能性があるなら選択肢は残しておきたかったのよ。」
どうも日名を見誤っていた様だ。私は彼女の事を助けたいと言う思いが暴走し、それに振り回されているのだけの人間だと思っていた。しかし彼女はしっかりと現実を分かったうえで己の考えを持ち、それに基づいて行動していた。彼女は一本芯の通った立派な警察官だった。
「すいませんでした」
私の口から謝罪の言葉がすっと出た。
彼女は何のことか分からない様子で少しきょとんとした顔をする。
「もしかしてお爺さんを残そうとした事を言っているのだとしたら謝る必要なんてないよ。むしろ被害者の少年の為に真実の追求を第一に考えるならそちらの方がきっと正しいよ」
彼女はそう言うと救急車のサイレンで集まって来た野次馬の整理に向かって行った。
だがその途中一度だけ振り返り「君はきっと交番のおまわりさんより刑事の方が向いてるんだと思うよ」と一言残していった。
読んで下さりありがとうございました。
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