「だ…誰?」
パワプロくんと猪狩くんを少しちらっと見る。
2人とも、特に驚いた様子はなかった。
「ああ、橘さんと六道さんには自己紹介をしてませんでしたね。僕は東條小次郎です。同じ1年生ですよ」
「へぇー…私たちの名前、ちゃんと知ってるんだ。いつからいたの?」
「何を言ってるんですか、前からいましたよ。それに、部活に入っているならメンバーの名前は全員覚えておくのが普通でしょう」
「前から…?」
「……顔を見ても、分かりませんか? あなた方は僕を見たことがあるはずですが」
別に、田中山くんほど印象に残らない見た目はしてないし。
部活にいるなら、会ってるはずだけど……イマイチ記憶にない。
「見たことがある、か。まさか?」
その時、聖が何かを思い出したように呟いた。
「聖。この人のことが分かったの?」
「みずき。彼は、いつも一人で素振りをしていたあの男じゃないか?」
「普段は眼鏡をかけていないから、私も気づかなかったが」
彼の顔を、もう一度じっくりとよく見てみる。
「あっ! もしかして。練習が終わったらいつのまにかいなくなってた、あいつ?」
「ああ、恐らくそうだ。いや、間違いない」
「良かった。しっかり覚えてくれていたみたいですね」
東條くんはにっこりと微笑んだ。
「なんだ…気づいてたなら、最初から話しかけてくれれば良かったのに」
「ああ。すみません、何も聞かれなかったもので」
いや、何も聞かれなかったってねぇ……
なんかちょっと冷たい人だなぁ。
「……しかし、ずいぶん印象が変わったな。別人に見えるぞ」
聖が東條くんを見つめて言う。
「そうね。正直私も、聖に言われなきゃ全然分からなかったかも」
私たちが見た時の彼は、クールで人を寄せ付けない感じがあって。
今の優しそうな雰囲気は少しもなかった。
確かに、よく見たら同じ顔と髪型だけど……
目の前にいる人がそうだとは全然気づきにくい。
「僕の話はもういいです。それよりパワプロさん、何を話していたのですか?」
「ああ…写真のこと、もう話題になってるだろ? オレと橘が2人で写ってて」
それを聞くと、東條くんは苦笑いをする。
「何かと思えば…そんな話ですか。そろそろ大会が近いはずでしょう? 練習はしなくても良いんですか?」
「あ。そうなんだけどな…だけど」
「猪狩さんも、そんな話をしているヒマはないと思うのですが」
「…そうだね。少し怠け過ぎていたかもしれない、すぐに練習に戻るよ」
「パワプロさん。失礼ですが、あなたはキャプテンですよね?」
「なら、まずは大会に向けて頑張るべきです。盗撮の件は先生に任せればいいでしょう」
「…確かに、東條の言う通りだよな。ちゃんと練習しないと」
パワプロくんが東條くんに説教を受ける。
……ずっと笑顔で口調も優しいんだけど、それが逆に怖い。
「それと…橘さん、あなたもです」
「えっ、私も?」
突然話を振られて、少し驚く。
「はい。盗撮の件とは別に、その態度について少し」
「みずき、私は先に行っているぞ」
「あ。うん」
聖はその様子を見て痺れを切らしたのか、
そう言い残して部室を出ていく。猪狩くんもそれに続いた。
「……お2人とも、もっと今後の事を考えた方が良いですよ。それでは」
長々とした説教が終わると、東條くんも部室を出て行った。
後には、シーンとした空気だけが部室の中を包む。
部屋に残ってるのは、パワプロくんと私だけ。
さっきまで怒られていたこともあり……なんとなく気まずい。
「…じゃ。じゃあ、私たちも行きましょうか」
「あ、あぁ……あんまり悩んでたって、仕方ないしな。」
「それじゃあ、早く」
パワプロくんは、何故かそこを動こうとしない。
「どうしたの? あんなこと言われたんだし、早く練習しないと…」
私がその様子を不思議に思っていると.
彼は緊張したような顔で言った。
「ところで。今日はさ」
「……よ。良かったら、オレと一緒に練習しないか?」
「え? まあ、いいけど…な、なんで?」
驚いて質問をしてみたけど、パワプロくんは何も答えない。
……なんだか怪しい雰囲気を感じる。
もしかして…私に何かしようとしてるんじゃ?
「な。何か企んでるんなら、やめてよ。ああ言ってたからって、私になんでもしていいわけじゃないんだから」
「……何の話をしてるんだよ? いや、オレも一応キャプテンだしさ」
「もう一度、橘の能力を確かめておきたかったんだ。ダメだったかな」
「あ、なんだ。そういうことなら、別に」
「良かった。でも、そういうことって……なんだと思ったんだよ?」
「えー…言わなきゃいけない、それ?」
「うん、言って欲しいよ。もしオレのせいで嫌な気分になったんなら、原因を知りたいし」
「まあ…どうしても嫌なら、無理して言わなくてもいいけど」
パワプロくんが申し訳なさそうな顔で言う。
もう…ずるいよ。そんな言い方されたら、断りにくいじゃん。
「嫌っていうか…そこまでってわけじゃないんだけど」
「うん」
「だから。練習って言いつつ変なことをしようとしてるのかなって」
「…変なことって、どういうことだよ?」
パワプロくんがじっと私を見つめてくる。
……私の顔が少しずつ熱くなってきた。
「な…なんでもないっ! ほら、時間がないからさっさと行くわよ!」
我慢ができず、私は強引にグラウンドに飛び出した。
「あ、待ってくれよっ!」
……しばらく、追いかけっこが続いた後。
ようやくまともな練習を始めてから、数時間が経った。
「橘、これを最後の1球にしよう。焦らずに投げて来い!」
「分かった。えいっ!」
球をど真ん中に向かって投げようとする。
しかし…その球は大きく下に外れ、地面にバウンドした。
「改めて思うけど、橘を部活に入れたのは間違いじゃなかったな」
「女の子なのに球が早くて、全然上手く捉えきれないし」
「何より、そのスクリュー。普通の曲がり方じゃないよ。一体どうやってるんだ?」
目をキラキラさせて、パワプロくんが言う。
「ふふん。凄いでしょ? 私が考えた変化球で、クレッセントムーンって名前なんだ」
「パワプロくんは見てなかったけど。…実は前に猪狩くんを倒した時も、この変化球を使ったのよ」
「えっ? オレは前に猪狩から、卑怯な手を使われて負けたって聞いたんだけど……」
「さすがに、ちょっと小細工しただけじゃかなわないわ。」
「そうだったのか。猪狩を打ち取った変化球か……凄いな!」
「……まあ、まだ未完成なんだけどね」
それでも凄いよ、と褒めてくれる。
でも……1つ気になることがあるんだよな。
そう言って、パワプロくんは話し始めた。
「…なんか、球があの時より荒れてる気がするんだよ。やっぱり、あの写真が気になってるのか?」
「あ。まあ……正直、ちょっと気にしてるかも」
「……今もまたどこかで撮られてるかもって思うと、気が気じゃないっていうか。なんか、怖いし」
前に車で連れ去られた事があったから、特にそう思う。
もちろん、あの時は悪い人じゃなかったけど。
「まあ、だよな…オレもあんまり良い気分はしないよ」
パワプロくんは少し考え込むと、写真を差し出してきた。
「え。ちょっと、急に見せられると恥ずかしいんだけど」
「い。いや、そっちじゃないよ。このテーブルを見て欲しいんだ」
よく見ると、何かアクセサリーのような物が小さく写っていた。
「あっ、ホントだ…よく気づいたね」
「ちょっと写真がブレてるし、間違って写ったのかな」
「みずきちゃん。これが何か、分かったりするか?」
どこかで見たことがあるような…妙な既視感がある。
そうだ。あれは確か…
「ラーメン屋のなんか…とかじゃなかったっけ?」
「……ふざけてる場合じゃないんだけどな。もう少し、真面目に」
「違うわよ、本当だってばっ」
「へぇ。じゃあ、場所はどこなの?」
「えっと」
あれ、全然出てこない。どこだったっけ。
「…忘れちゃった。行った事はあると思うんだけど」
「まあ、あんまり興味ない店ならそんなもんか。」
「でも、ラーメン店か…どこか分からないんじゃ、探しようがないよな」
「そうねー。その、ラーメン屋に詳しい人ってのが知り合いにいればいいんだけどなぁ」
「ああ。例えば、普段から何度もラーメンを食べに行ってる人とか」
そう言った瞬間、パワプロくんがハッとした顔をする。
「……あ。よく考えたら、いるじゃないか!」
「えっ、誰? そんな人いたっけ?」
「あおいちゃんだよ。練習が終わった後、よくラーメンを食べに行ってた事がある」
「そうなの? じゃあ、もしかしたら知ってるかも?」
早速、私たちはあおいさんの所へと向かう。
あおいさんは、矢部くんとキャッチボールをしていた。
パシッ! 乾いた音が聞こえる。
「あおいちゃん。この写真に写ってる物を覚えてないかな?」
パワプロくんが問いかける。
「ん。どうしたの、2人とも? 写真…?」
「私、これをラーメン屋で見た気がして。あおいさんなら何か知ってるのかなって」
「そういう事なんだ。早川さん、思い出せないかな?」
「そんないっぺんに話をされても困るよ……ちょっと、待って欲しいな」
あおいさんは困り顔をしながら、写真をじっと見つめる。
すると、見たことがあると一言呟いた。
「たぶん…あそこじゃないかな?」
詳しい店の名前を私たちに教えてくれる。
「そこって…私の家の近くにある所じゃない。もしかして?」
少しずつ思い出してきた気がする。
あそこは昔、お姉ちゃんたちと一緒に行った店だ。
「橘、思い出してきたのか?」
「うん。たぶんあそこは、小学生の頃に行った店で」
……いや、違う。それだけじゃない。
私はその後にも、あの店に行ったことがある気がする。
あれは確か。中学の頃……
「あーっ。分かった!」
どうして今まで忘れてたんだろう?
あの時のことは、絶対に忘れられない思い出だったのに。
「うわっ。どうしたんだよ、急に大声上げて!」
「あ…ごめん。全部思い出したから、つい」
「なんだよ……ん? っていうことは、みずきちゃん?」
「うん。あの写真を撮った人が、分かったってこと」
それにしても……よくも私たちをこんな目に合わせてくれたわね。
「もう。今度という今度は絶対許さないんだから、あいつ!」
「あいつって誰だよ?」