「あいつって…誰だよ?」
少し困った顔をして、パワプロくんが私にそう問いかけてくる。
「すぐに分かることだし、気にしなくていいよ。…それに、犯人はまだ近くにいるはずだしね。」
パワプロくんは目を丸くした。
「…えっ?近くって。この学校にいるってことか?」
「うん。…さぁ、そんなことより。さっさと犯人の所に向かうわよ!」
「って。お、おい!どこ行くんだよ、橘!」
…私たちは、犯人の所へとやってきた。
「やっぱり。あんたが犯人だったのね。」
パワプロくんが驚いた顔をする。
「え。この子って…」
「……何のことでございましょうか?」
「しらばっくれた顔しても、もう遅いよ。…麗奈」
「マネージャーの…この子が犯人だったのか?」
「写真に写ってたのよ。あの時の対決で、あんたがもらったアクセサリーがね」
「これは。くっ……うかつでしたわね。慌てていたから気づきませんでしたわ。」
「対決…ってなんだよ、橘?」
「ラーメン早食い対決のこと。……あの時のことを思い出すと、今でも悔しくなるわ。」
私が唇を噛むと、麗奈は不敵に笑った。
「そう……橘みずき。あなたが、私に負けた唯一の出来事。」
「……早食い対決?」
「まさかあの時、辛口のラーメンで勝負されるとはね。さすがの私も油断してた」
「ククク、甘党のあなたには不利な戦いでしたわね。」
中学の頃の私たちは、ある日のこと。
先に食べるのがどちらが早いかで争っていた。
それで、家の近くのラーメン屋で勝負することになったのだった。
当時の私は、麗奈に負けることなんてあり得ない。
そう自信満々だったから、意地でもメニューを変えることはしなかった。
……そして、食べようと麺を口に入れた瞬間。
あまりの辛さに咳き込み、大きくタイムロスしてしまったのだった。
麗奈は、普段から辛い物を食べて耐性を付けていたようで。
なんなく食べ進めていき、決着はあっさりとついた。
「……おかげで、あの日以来。辛い物は食べられなくなったわ。」
「へぇ。そんなことがあったんだな。……正直、どうでもいい気がするけど。」
「どうでもよくないわよっ。」
「まあいいや……で、あんた。なんで私たちのことを盗撮なんかしたの?」
麗奈は少し沈黙すると、ぽつりと言葉をこぼした。
「…その前に。聞きたいことがあるのは私の方ですわ、橘みずき。」
麗奈が私に?……聞きたいことって?
「橘みずき。なぜあなたは、一度やめた野球をまたやり始めるようになったのですか?」
「……ああ。中学の頃に、私が部活に行かなくなった時のことを言ってるのね。」
「ええ。あの時のあなたは……天才とまで囁かれていましたのに。」
「え。急に、何の話だよ?」
ちょっと待ってくれよ。パワプロくんが驚いた顔で
そう言って、私たちの話を止める。
「橘…ホントか?過去にそんなことが?」
「……うん。ホントのことだよ。」
「中1の頃の彼女は、よく部活で活躍していましたの。……私が嫉妬するほど。」
「けれど、2年目の夏を過ぎた頃。彼女は突然、部活をサボり始め...ついには来なくなったのですわ。」
「どうしてそんなことに?」
「……なんかね。色々、めんどくさくなっちゃったんだ。」
中学の時の私は、滅多にいない女の子という事もあって
周りからは天才とチヤホヤされていた。
そう言われる事自体は、別に悪い気はしていなかった。
だけど……それが自分の中では、少しプレッシャーになっていたのかもしれない。
「みんなの期待に答えなきゃ。もっと頑張らなきゃ。」
「そう思ってるうちに、気がついたら野球を楽しめなくなってて。」
「だったら……やる意味ないじゃんって思っちゃってさ。」
「……けど。やっぱり、後悔するもんなんだよね。」
「結局数ヶ月後ぐらいには、また野球をやりたくなってた。」
「まあ、その頃になったら……もう部活に戻ることなんてできなかったわけだけど。」
パワプロくんが重い表情をする。
「もう。そんな暗い顔しないでよ。」
「いや……オレも。そういう気持ちになる時があるからさ。」
「パワプロくんにも……何かあったの?辛いことが……」
彼は一瞬俯いた顔をする。けどすぐにいつもの明るい笑顔で言った。
「……どっちにせよ、過去は振り返らない方がいいぜ。今だけ見てればいいんだよ。嫌なことばっか思い出すのは辛いだろ?」
「うん。……できるだけそうするわ」
私はその言葉を聞きながら、きっと彼にも何か辛い過去があったんだろうなと思った。
けど、ここであまり詳しく聞くのはやめておく事にする。
「……麗奈。もしかして、そのことで私が困ってると思ってこんなことしたの?」
「私が辛い思いをする前に。わざと部活を辞めさせようと……」
「いえ?私は別に…ただ、あなたが辛い目に合うのを見るのが楽しいだけですわ。」
「…ふーん。一応言っとくけど。今の私は別に、野球をやることを嫌だなんて思ってないよ。」
私の言葉を聞いて、パワプロくんが安堵する。
「それは良かったよ。もしかしたら、また辞めようとするのかと……」
麗奈の本音をもう少し聞いておきたいし。
ちょっと仕掛けておこうかな。
「へえ……パワプロくん。そんなに、私に部活をやめて欲しくないんだ?」
「そりゃそうだろ。みずきちゃんがいなくなったら、オレはどうすればいいか……」
思った通り、パワプロくんはまた誤解されるような言い方をした。
それを聞いて麗奈が呆気に取られた顔をする。
「この後に及んで、まだイチャイチャするつもり?」
「えっ、何の話?」
…相変わらずパワプロくんは鈍感だなぁ。
私は麗奈に向き直って、苦笑いしながら言う。
「……麗奈。分かった?これが、私が今の部活を続けてる理由だよ。」
麗奈はしばらく私を見つめると、ふっと小さく息を吐いた。
「…なるほど。私のやった事は、かえって逆効果だったというわけですか。」
「そういうこと。分かったら、もう私の邪魔はしないでおくことね。」
「……分かりましたわ。今回の所は、見逃しておくとしましょう。」
「その代わりですが、橘みずき。1つ約束してもらえますか?」
「何?」
「もう2度と、何も言わずに勝手に部活は辞めないで下さい。」
「またあなたに辞められたら、潰しがいがなくて面白くありませんからね。」
「…分かった。約束する。」
「とりあえず、良かったよ。橘、これでもう練習に変な邪魔は入らないんだよな?」
「うん。パワプロくんのおかげだね。」
「……え?オレは何もしてないぞ」
もう...本当に、鈍感なんだから。
「…最近変な邪魔が入りっぱなしだったからなぁ。確か、オレのサインボールが盗まれた事もあったんだっけ?」
「あぁ…あったあった。まさか、あんなボールを盗む人がいるのは驚いたけど」
パワプロくんがむすっとした顔をする。
「あんなボールって……。アレでもオレにとっては、結構大切な物だったんだけどな」
「ごめんごめん。...でも、なんかちょっといいよね。そういうの」
「ああ...だろ?なんていうか、やっぱり泥だらけの方が頑張ってるって感じがして……」
パワプロくんがまた夢中になってボールの事を語り始めたので、
私は違う違う、と言って話を止める。
「あのボール、誰かは分からないけどサインが残ってるでしょ。」
「それってさ。記憶には残ってないかもしれないけど、活躍した証があるって事じゃん。」
「だから、私もいつか。無名でもいいから、そういうサインを残せるような選手になれたらなって」
「そうだな...なりたいな、オレも。プロに行っていっぱい活躍してさ、凄い選手になって…」
「……そのためには、まず甲子園に行かなきゃだけどね。」
「……そうなんだよなぁ。」
「じゃあ、パワプロくん。また一緒に練習しない?」
「ああ、いいよ。よし、燃えてきたぞー!目指すは甲子園出場だっ!」
……という感じで、この騒ぎはあっさりと幕を閉じたのだった。
私たちはまたいつも通りの日常を過ごし始めた。
地方大会の日が少しずつ近づく中で、練習に明け暮れる。
そんな毎日がしばらく続いた、ある日のこと。
「……A、B、C。この選択肢の中で合っているのはどれだ?」
「うーんと。たぶんBかしら?」
「…正解だ。なかなかやるな、みずき」
私たちは数日後に控えている期末試験に向けて勉強をしていた。
「よしよし、これでテストも満点間違いなしっ。」
「自信を持つのはいいが、油断は禁物だぞ。」
「下手をすると、それで留年……なんて事もあるかもしれないのだからな。」
「あはは、まっさかー。……準備をちゃんとしておけってことでしょ?大丈夫、心配ないって。」
「うむ。しっかり準備を……ちょっといいか?」
聖は何かに気づくと、急に小さい声になる。
その様子が気になってどうしたのと聞いてみると、
「……と、トイレに行きたいのだが。」
恥ずかしげに私にそう呟いた。
「……そろそろ授業始まるわよ。急いで行かないと」
「う、うむ…行ってくる。」
さっき準備をしておけって言ってたのに……なんだかなぁ。私は苦笑いした。
それにしても……トイレか。授業始まっちゃったら、行きにくいし。
行きたいなら今行った方がいいのかな?
ふと考え始めると、少し気になってきた。
「……私も、ちょっと行ってこよっかな」
結局。私も数分後に、聖の後を追ってトイレへと向かった。
この辺りは教室から少し離れている事もあり、静けさを感じる。
……すると。突然、誰かの叫び声が聞こえて来た。トイレのドアからだ。
周りが静かだから、その声ははっきりと私の耳に届く。
「この声は……聖?」
何かあったんだろうか。まさか、幽霊?いや、そんなわけないか。
急いでドアを開け、中へと入っていく。
……するとそこには、清掃員の人の近くでその場に立ちつくしている聖の姿があった。
「あ。みずき……」
聖は私の気配に気づきこっちを振り返る。その顔は少しこわばっているように見えた。
「聖。どうしたの?そんなに大声出しちゃって……」
「…さっき用を足して扉を開けたら、ちょうどこの清掃員がいたのだ。」
聖はとにかく急いでいたから、気配に全く気づかなかったのだと話す。
「ああ。それでビックリしちゃったってこと?」
「……いや。実はそれだけではないのだ。」
ぽつりぽつりと言う。少し歯切れが悪い。
「じゃあ、なんなのよ?」
「その清掃員が……」
近くで掃除をしている清掃員を見る。全く顔を合わせてくれない。
まるでわざと私たちのことを避けてるみたいだった。
「……一瞬、夢じゃないかと思った。本当に驚いたのだ。」
「聖にしてはやけにもったいぶるじゃない。いいから話してよ」
「いいのか?みずき。もしかしたら……」
しきりに私に確認を取ろうとする。……そこまで重要なことなんだろうか。
「…大体、もう授業が始まっちゃうじゃない。その話は後にしなさいよ」
聞いてくれるのか分からないけど、私は聖の代わりに清掃員の人に向かって謝る事にした。
「すみません。なんかよく分からないけど、私の友達が驚いて声を上げちゃったみたいで」
清掃員の人は黙々と掃除を続けている。ほぼ無反応だった。
「あの……聞こえてます?」
トントンと肩を叩いてみる。するとその人は少しの沈黙の後、私に振り向いた。
「……えっ?」
その瞬間、私はすぐに聖の言っている意味が分かった。
そんな反応をするのも無理はなかったんだ。
緑色でおさげの髪型。だけど髪色は少し青みがかっている。
ぱっと見だったら、あおいさんと一瞬間違えてしまいそうなその容姿。
「みずき……」
私にはもうハッキリと分かる。この人は……間違いなく、私のお姉ちゃんだった。
「お姉ちゃん…どうしてこんな所に」
「それを聞きたいのはこっち。……私を追いかけてきたの?」
お姉ちゃんの質問に、私はこくりと頷く。
それを見るなり、お姉ちゃんは小さく苦笑いした。
「……みずきは変わらないね。いつも私の後を追っかけて」
「だって、私の大事な家族だもん。当たり前だよ」
しばらく黙っていた聖が、私に一言発した。
「やっぱり……みずきの姉だったか。」
「うん、間違いないわ。なんで清掃員なのか、知らないけど」
私の記憶では確か教師を目指していたはずだった。
……それなのに、どうして?
「みずき。……悪い事は言わないから、よく聞いて。」
「ここで私と話したことは、全部忘れておくの。」
「忘れる?どうして……?せっかく会えたのに、なんで忘れなきゃいけないの」
「おじいちゃんは……ああ、そうだね。そんな話、多分してないよね。」
そんな話……?お姉ちゃんとおじいちゃんだけが知ってて。
何も言わずに隠していたことがあったの?
私がそう言うと、お姉ちゃんは謝った。
「……ごめんね。今までみずきには、何も話してなかった」
「いいよ。それより、何を隠してたの?」
「みずきは、お父さんとお母さんのこと。よく知らないよね」
「……うん。私が小さい時に、亡くなったんでしょ」
「そう。私たちの家はね、金持ちだったの。その時まではね……」
「…そうだったんだ。金持ちって、どれぐらい?」
全然知らない事だったから、何気なく聞いてみた。
するとお姉ちゃんは、一瞬耳を疑うような発言をし始める。
「……ボディーガードが付けられるぐらい、かな?」
「えっ。お姉ちゃん。冗談言ってる場合じゃ……」
「数十年前まではね、橘財団って言って。かなり権力があってね、凄く有名な所だったんだって」
聖も驚いた顔をして、お姉ちゃんに質問する。
「正直、全く想像がつかないぞ。」
「……それなら例えば、この学校も立てられるほど?」
「それぐらい。……実際、聖タチバナ学園高校って所もあったよ」
「そんなに凄かったんだ……」
私はあまりの話にもはや頭が追いつかず、
そう声を漏らす事しか出来ない。聖も同じ反応だった。
「…あったって事は、今は違うんだ。」
「……うん。別の名前に変わって、残ってるけどね。」
「お姉ちゃん。今その学校、どんな名前になってるの?」
「それが……私の事を忘れなきゃいけない理由。」
「えっ?意味が分かんないんだけど……」
お姉ちゃんはゆっくりと私に話す。
「その学校の今の名前はね……聖パワフル学園高校」
「今ここにみずきがいる学校で……私たちがいちゃいけない所。」