「この学校……元々は、私たちの家族が経営してた所だったの?」
「……そう。今は、パワフル財閥って所に権利が渡されてるけどね。」
「しかも……昔は物凄いお金持ちだったなんて。」
あまりにも現実味のない話だった。
それを言うなら、パワプロくんたちだって同じかもしれないけど。
ちょうどその時、授業が始まるチャイムが鳴った。
そのチャイムの音が、今語られていることが夢ではないことを知らせてくれる。
「……みずきの家族は、どうして金持ちではなくなってしまったのだ?」
「その時は私もまだ小学生だったから、よくは分からないの。」
「ただ、パワバブル崩壊が原因だったって話は聞いてる」
「パワバブル崩壊……確か昔、経済が大変な事になったとかってやつだっけ。」
確かにその時は色々な騒ぎがあったみたいだけど……
いくらなんでも、そんな事で簡単に貧乏になっちゃうもんなの?
「みずき。何か気になることがあるの?」
「お姉ちゃん。なんかそれだけじゃ……ちょっとしっくりこなくて。」
「私もそう思う。それに、会った事を話してはいけない理由もよく分からないぞ」
確かにそうよね。まだ他にハッキリしていない事もたくさんあるし。
私たちがそう言うと、お姉ちゃんはもちろん落ちぶれた理由は他にもあったと話してくれた。
橘財団は、社員に休みを与えなかったり、他の会社に圧力をかけたり。
あまり良いやり方でのしあがった所じゃなかったってこと。
お金の計算も適当で、黒字だと思っていたのが実際には赤字だったり。
とにかく管理も色々とずさんだったということ。
「……逆に、それまで潰れていなかったのが驚きだな。」
お姉ちゃんたちが今まで何も言わなかった理由が分かる気がした。
こんなことを話されたら、きっと私はショックを受けていたと思う。
「…なんでお姉ちゃんは、ここで働いてるの?」
「そんな事を知ってるなら、わざわざこんな所で働く理由なんか……」
「みずき……実はね、財団の経営の全てが失敗だったわけじゃないの。例えばこの学校。」
「ここは設備もしっかりしてるし、教育のレベルも高くて。入りたいって言う人も多かったと聞いてる。」
悪い所だけじゃなくて、良い所もちゃんとあったんだ……
もちろん、それだけで全部が許されるって訳じゃないと思うけど。
私はそれを聞いて少し安心したような気がした。
「……別に昔の栄光を取り戻したいとかじゃないんだけどね。単純に憧れの意味もあって。」
「全部が悪かったわけじゃないって、知ってほしい気持ちがあるんだよ。」
お姉ちゃんは掃除をしながらにこやかに言う。
そう言われるとなおさら、この姿にはすごく違和感を感じた。
「でも。それでやらされてる事がトイレ掃除…?」
「……先生たちは、橘財団の娘には教育をさせたくないんだって。」
「本当はいつ辞めさせられてもおかしくない状況だけど……なんとかここにいられてるって感じかな。」
お姉ちゃんは悲しげに俯いてそう呟く。
私はその姿を見て何とも言えない気分になった。
「でも心配ないわよ、みずき。きっといつか、分かってくれるはずだから。」
お姉ちゃんはそんな私の目に気づくと、すぐに明るい表情に戻る。
けど、私はまだ気持ちが晴れないままだった。
こんなにお姉ちゃんは健気に頑張ってるのに。財閥の娘だからって……ただそれだけ?
たったそれだけで、そんな酷い扱いをされてるの?……おかしいよ、お姉ちゃん。
「……私、先生たちに抗議しに行ってくる。そんなメチャクチャな事、すぐにやめさせなきゃ!」
「落ち着け、みずき!そんな事をしたら、みずきも財閥の娘だったとバレてしまうぞ。」
「……だって。お姉ちゃんは何も悪くないのよ?…なのに、どうして!」
私は悔しい気持ちでいっぱいだった。
お姉ちゃんがこれだけ辛い思いをしてる時に……
何もしてあげることができないなんて。
「……みずき、私のことは気にしないで。」
「お姉ちゃんの事は忘れて、自分のために生きるの。」
私はお姉ちゃんの言葉に答えられず、その場で立ち尽くしていた。
「みずき……これ以上ここにいるのはまずいぞ。」
聖のその一言を聞いて、私たちはとりあえず教室に戻る事にする。
教室に戻って、もちろん先生には叱られたけど……そんなことは頭に入りもしない。
「……みずき。食べないのか?」
「…なんかあんまり、食べる気が起きなくて。」
私はお姉ちゃんの事で頭がいっぱいで。
他に何かを考える気力すらも既に失いかけていた。
「聖。どうする?部活のみんなに相談するって手も、あるかなと思ったんだけど……」
相談して皆がどういう反応をするかは分からないけど……
私のお姉ちゃんが大変な目に遭ってると知ったら、もしかしたら力を貸してくれるかも。
だけどその希望は、聖が次に放った言葉で打ち砕かれた。
「……みずき。このことは、私たちだけの秘密にしておいた方がいい。」
「…どうしてよ?」
「みずきのためだ。もし理由を話して、バレたらどうする?」
「私のため、私のためって……聖はそんなこと言ってばっかりね。」
自然とため息が漏れる。
「どう思われるか分からないのだぞ。下手に話すのは危険だ。」
私は聖の言い分に少しも納得できなかった。
前だったらまだ反対するのも分かる気がしたけど。
……ここまで皆に対して用心するだなんて、明らかにおかしい。
違う考えが裏にあるとしか思えなかった。
「本当にそれだけ……?もしかして、何か他に理由があるんじゃないの?」
私が睨みながらそう追及すると、聖は少し目を伏せて言った。
「……別に何もない。みずきが悪く思われても良いなら、そう話せばいいと言っているだけだ。」
なによ。その投げやりな言い方……それに、この変に思わせぶりな態度。
私のためと言いつつ、やっぱり何か言いたい事があるんじゃない。
少しずつモヤモヤした気分になり始めていく。
その気持ちを何とか振り払うように、私は言った。
「…皆がどう思ったって構わないわよ。私はただ。」
「お姉ちゃんを……助けたいだけなの!」
言った瞬間、つい大きな声を出してしまった事に気づいた。
騒がしかった周囲が急にシーンと静かになりだしていく。
「なんて言ってた、今……?」
「……助けたいとか聞こえたような。何の話だろう?」
ザワザワと周りが、私のことについて話し始めた。
まずい。もしお姉ちゃんの事がバレちゃったら、大変なことに....
「…み、みずき!そんなに私のことを心配しなくていいのだぞ。勉強は出来る方だ。」
聖がとっさにフォローをしてくれる。
「そ……そうなのね。それなら、良いんだけど!」
私もその話に合わせると、何とか場の雰囲気が収まっていく。
それから少しして。聖はぽつりと言った。
「全く……もういい、分かったぞ。そんなに言いたいなら好きにすればいい。」
「もし何かあったとしても、私は精一杯みずきのフォローをすると約束するぞ。」
聖はもう反対することを諦めたようだった。
良かった。私の言い分をちゃんと分かってくれたのね。
「……ホントに?そうこなくっちゃ!」
私たちは相談をしに行くために、廊下の方へと出て行った。
「しかし、部活の誰に話すつもりなのだ?まさか全員ではないだろうな。もしそうなら...」
「さすがに、それはもうやめたわ。私が話すのは...パワプロくんだけでいいかな。」
「彼なら私との仲も良いし、ちゃんと話を聞いてくれるはずよ。それに、一応付き合ってるわけだしね」
「なるほど。会長なら学校を動かす権力もあるだろうし、一番最適か。」
「どう、聖。これなら心配はないでしょ?」
「確かにそうだな。...仮にもし会長が、この事に関わっていなければだが。」
「パワプロくんが...怪しいって言いたいの?」
私がそう問いかけると、聖はコクリと頷いた。
考えてみれば偉い立場の彼が、この事を何も知らないなんて少し不自然かもしれない。
...とはいえ、パワプロくんがそんな悪い人には思えないし。
私は聖の考えをあまり信じたくなかった。
「...まさか、そんなわけないじゃない。彼は何も知らないのよ...たぶんね。」
...もしそうだったら、私がそんな簡単に騙されるなんて。
私のプライドにかけても許されるべきことじゃないわ。
その時には、しっかりとお返しをしてあげなくちゃ...
「...1つ聞きたいことがある。みずきは会長のことをどう思っているのだ?」
「え?」
考え事をしている途中、聖が急に話を振ってくる。
上手くそれに反応できずに、私は少し言葉を返すのが遅れた。
「...まあ、良いんじゃない?色々奢ってくれるし、優しいし。...ちょっと頼りないけど。」
「...そうではなくて、好きかどうかの話だ。」
「ん〜。私が支えてあげなきゃいけないのかな、くらいには思ってるけどね。」
最初の頃は印象も悪かったし、大して好きじゃなかったけど。
正直なところ、最近は少しずつパワプロくんのことが気になり始めていた。
「後は何かしら...顔とかは結構カッコいいわよね。あ、お金持ちな所も好きかも!」
「本当に好きと言えるのか、微妙な所だな...」
そうこう話しているうちに、パワプロくんの教室へとたどり着く。
私たちは1年7組で彼は1組の方にいるから、それなりに長い距離があった。
ガラガラと扉を開けると、周りからザワザワと声が聞こえた。
「あれが。問題のあの子...?」
その声が聞こえるやいなや、聖は少し焦った様子を見せて
早く奥の方へと行くようにと私を促してくる。
「みずき、急いでパワプロ会長の所へ。私はここで待っているぞ。」
「...分かったわ。変な噂も流れてるみたいだしね。」
私が教室の中へ入ると、更にヒソヒソと話し声が聞こえてくる。
内容はよく分からないけど、どうせ私の悪口だろうし。あんまり気にしないように....
「あの子が、あの伝説の...?」
「ああ。指先だけで、百人を一瞬で片付けたらしいな。」
「車を片手で持ち上げたって話も聞いたぜ。」
...え?よくよく話を聞いてみたら。なんなの、その噂?
どうも私の想像とはまた違った、変な噂が流れてるみたいだった。
ま、まあ。そんなのは別にどうでもいいことだし。
とりあえず、パワプロくんを探さなきゃ...
注意深く周りを探すと...あ、いた。1つだけ机に人だかりができている。
誰が噂を流したのか知らないけど。早くパワプロくんに相談を...
「いや、ホント橘は凄くてさ。前もさ、いとも簡単にねじ伏せられちゃったんだよ」
...その人だかりの中で、お調子者が得意げに話をしていた。
ああ、なんだ。別に深く考える必要なんてなかったんだ。
この妙な噂が流れていたのは、全部パワプロくんの仕業だったってことか。
「まあそんな感じで大変なんだけど。なんだかんだ、毎日超ラブラブで。」
「...へえ、毎日超ラブラブなのね。で、パワプロくん。その人とは、どれぐらい仲が良いの?」
「そりゃもう。手を繋ぐのは当たり前だし、抱き合ってキスしたりとか...」
「...って。み、みずきちゃん!?」
「何を驚いてるのよ、全く。さっきからここに来てたでしょ?」
「ご、ごめん。全然気付いてなかったよ...」
...呆れた。しょうもない自慢話ばっかりして。
私がすぐ目の前にいる事にも、全く気づいてなかったわけ?
しかもその話、ほとんどウソだらけだし。
「で、なんなのよ。変な噂ばっかり流してたみたいだけど。...手を繋ぐのは当たり前だっけ?」
「...そういう風に思ってたなんてね。ずいぶん私のことを軽く見てるみたいじゃない」
「いや...みずきちゃん。これにはなんていうか、その。色々事情があると言いますか....」
「...へぇ、事情ねぇ。まあ私は寛大だから、怒らずにちゃんと話を聞いてあげるけど?」
もちろんその言葉とは裏腹に、私は強烈な怒りを感じていた。
手を繋ぐはまあ、まだいいにしても。抱き合っただの、キスしただの。
よくもまあ、恥ずかしげもなくウソをペラペラと...
「...あ、みずきちゃん!窓の外に何か見えるぞ」
「ふん。...そうやってごまかそうったって。そうはいかないんだから!」
「いやいや、ホントだよ。見れば分かるって。」
...まさか、本当に窓の外に何か見えるの?
パワプロくんが窓の方を指差して、そっちの方を見るように促す。
そこまで言われると、ちょっと気になっちゃうな。
「え、ホントに?どこどこ?」
じーっと目を凝らしてみる。なんだ、何も見えないじゃない。
「よし、今だっ。逃げろーっ!!!!!」
あれ?今のパワプロくんの声...まさか?
私がその声に気づいて後ろを振り返った時にはもう遅かった。
パワプロくんが遠くの方にどんどん逃げ去っていくのが見える。
「あーっ、やっぱりやられたか!」
早く追いかけないと...って、あれ?
私は大事なことを忘れているのにふと気がついた。
「...よく考えたら、私の足ならすぐパワプロくんに追いつけるじゃない。」
そこまで焦る必要なんて別になかったか。
にしても、この私をここまで焦らせるなんて。なかなかやるわね...
生徒会長も案外、肩書きだけじゃないってことかしら。
...さて。早くパワプロくんを追いかけなきゃね。
私は少し彼に対抗意識を燃やしつつ、廊下へと足早に出て行った。