「みずき。さっき会長が、向こうの階段に走って行ったが...どうしたのだ?」
「ごめん、聖。その話は後でっ!」
パワプロくんは三階の方に降りて行ったらしい。
私はそれを聞いて大急ぎで階段を降りると、廊下の向こうを見た。
...いない。それにしても、三階かぁ....まさかとは思うけど。
私は少し思い立って会議室のドアを開けた。電気がついてないから、中は薄暗い。
すると、ガタンと物音がした。私はとっさに音がした方向を見ると.....
やっぱり。いた!パワプロ君が奥の方で私を見つめているのが少し見える。
もう逃げる気はないみたいだけど、念のため私はゆっくりとパワプロ君に迫っていった。
「さて。ちゃんと説明してもらおうかしら...?パワプロくん。」
パワプロ君は少し後ずさりをして、言葉をこぼした。
「...み、みずきちゃん。これは、キミを守るためにやった事なんだよ。」
「...私を守るため?これがねぇ?ホントかなぁ。」
イマイチその言葉を信じられないでいると、
パワプロくんはあたふたしながら理由を詳しく説明してきた。
「い、いや...みずきちゃんのイメージってあんまり良くなくてさ。実際オレのクラスでも悪い噂が伝わってたんだよ。」
「それで話を聞かれて、色々と困ってたからさ。無理やりにでも話を盛っておくしかなかったんだ。」
私の印象が悪かったから、何とかしようとしたのね。
だからといってあんなやり方はちょっとない気がするけど。それに....
「...じゃあ、なんで私から逃げたわけ?」
「それは、みずきちゃんが怖い顔で迫ってきてたから...つい。」
「...別に怒らせるつもりはなかったんだけど...やり過ぎたなら謝るよ。ごめん!」
なるほどね。全部悪気があってやったんじゃないなら別にいっか。
まあやり方はちょっと強引だけど、ある程度印象は良くなってる気もするし。
そこまで責める必要があることじゃないのかも...
私はパワプロくんの発言を少し許す気分になっていた。
「ま、まぁ。そういう事なら...仕方ないわね。」
「ホントか!?...ありがとう。みずきちゃん、許してくれて!」
「私を守るためにやったことだもんね。ちょっと嫌だけど。まあ少しぐらいなら...」
「じゃ、じゃあさ!せっかくだから、廊下に出てキスとか....ダメか?」
「...えっ?ダメに決まってるでしょ。...なんでよ。」
「いや、だってさ。オレたち一応、カップルってことになってるわけだろ。キスしないなんて変じゃないか?」
「そりゃまぁ、そうだけど....別にわざわざしなくても、裏でしてるって思われてるんじゃないの」
「いや。こんな中途半端な感じじゃ、すぐに怪しまれると思うんだよ。もっと皆にアピールをしておかないと!」
パワプロくんはそう言うと、カップルのあり方とやらを熱心に説明し始める。
大体それなら、もっと良い場所で...とかじゃなくて。
「...一応言っとくけどさ。私とパワプロくんは本当に付き合ってるんじゃないこと、分かってる?」
「騒ぎを収めるためにとりあえずそうしてるだけ。あんまり誤解されちゃ、困るんだけど」
変な勘違いをされないように釘を刺しておくことにする。
「そ、そんなことは...分かってるよ。みずきちゃんがオレに興味ないってことも」
「...別にそこまでは言ってないけど。ただ、変なことされるのは嫌だっていうか」
「やるにしたって、なんで廊下なのよ。目立つじゃない」
実際の所としては、私は正直どっちでも良い気分だった。
パワプロくんが好きってわけじゃ別にないけど、嫌いなわけでもないし。
キスも仕方ない事だとある程度割り切っていたつもりだった。
けど、実際にしようという流れになったら全く別で。
なんとなく恥ずかしい感覚になってきてしまう。
「それは分かるよ。...でも、逆に目立つからこそ良いと思うんだ。オレたちがラブラブのように周りから見えるわけだし」
まぁ確かに。それを言われたら、筋は通ってるんだけど...
でも...私はその意見にちょっと納得しづらかった。
「...大体パワプロくん、最初はあまり納得できないとか言ってたくせに。結構ノリノリじゃない」
やっぱり彼の気が突然変わったのはどうしても気になるし。
私がそれを問いただすと、彼は頭をかきながら言った。
「いや。...あの後、よく考えてみたんだけどさ。それも結構アリかなって、ちょっと思ってきたんだよな」
「どうせ本気じゃないんだしさ。それならもっと割り切った方が、色々と楽なのかもな....って」
「...そ。そんな事言ったら、橘だって前と全然態度が違うじゃないか。」
「えー。だって....最初は乗り気だったけど、よく考えたらなんか面倒くさくなってきたんだもん。別にアピールなんかいいでしょ」
パワプロ君はしらーっとした顔で私を見つめる。
「た。確かに私も、ちょっと浮かれちゃってたけどさ。......で、でもっ。あの時だってキスして良いなんてことは一言も言ってないんだけど?」
それはちょっと言い出した側としてないんじゃないのか、と彼が抗議をする。
私はハッキリとその言葉を遮るようにして言った。
「...結局、パワプロくんはただ。適当な理由をつけて、私とキスがしたいだけなんでしょ?」
「いや....まぁ。でも、ちゃんとした理由はあるんだけどな....」
また適当なこと言ってごまかしちゃって。
結局パワプロくんも、私には大して興味ないんだな。
ただ自分のために利用しようとしてるだけなんだ。
まぁそもそも、私だって同じような事してるんだし。
人のことなんてあんまり言えないんだけどね...
そう考えると、私は少し寂しい気持ちになった。
「...はぁ。パワプロくんに話さなきゃいけない事があったんだけどな。」
「こんなんじゃ、話してもあんまり意味ないかしら」
「話したいこと?なんだよ、橘?何か悩みがあるなら聞くけど」
あの事を話そうか少し迷っている時、チャイムの音が聞こえる。
次の授業の始まりを知らせる音だった。
「あ...鳴っちゃった。じゃあパワプロくん、授業が終わったら屋上で待ってて。」
「屋上?....そんなに話しにくいことなのか?」
「あ。もしかして、デートの約束とか!?....いや、そんな感じじゃないな。」
真面目なのか、それともただふざけてるだけなのか。
こんな呑気な姿を見ていると彼が生徒会長だという事を段々忘れてきそうになる。
といっても、これが演技の可能性もあるから油断できないけど...
「...ほんとバカね。そんなわけないでしょ?とにかく、後でちゃんと待っときなさいよ」
「冗談だよ、橘。あんまり本気にするなよ」
そんな気の抜けた返事が返ってくる。...話をしたとしても、本当に頼りになるのかな?
私は少し不安を感じつつ、ドアを開けてその場を後にした。
授業が終わった私は、人目を避けてすぐに屋上へと向かう。
もう既にパワプロくんは上の方で待っていた。
「で...話したいことってなんだったんだ?」
「...実はさっき、お姉ちゃんを見つけたの。けど、あんまり良い感じじゃなくてね」
私がそう話した瞬間、パワプロくんは嬉しそうな顔をした。
「やっと見つかったのか。橘、良かったな!」
「...ん?でも、良い感じじゃないってどういうことなんだ?」
私はお姉ちゃんがこの学校の教員として働いていること。
そして、その中であまり良い扱いを受けていないことを話した。
「そんなことが学校で起きてたんだな...全然知らなかったよ。」
私は彼の言葉を聞いてふとある話を思い出した。
...そういえば、ずっと気になっていたことがあったんだった。
「パワプロくんって、学校の権限を握ってるんでしょ?ホントに...何も知らないの?」
軽く緊張しながらそう尋ねた。...もしこれで反応が怪しかったら。
パワプロくんはあえて知らないフリをしてるってことに...
聖のあの考えが頭に浮かび、私は少し身震いする。
だけど次の瞬間に彼が放った言葉は、すごく単純だった。
「オレが興味あるのは、野球のことだけだし。先生の事はよく分からないっていうか...」
なるほど...パワプロ君は、常にユニフォーム着てるくらいの野球バカだしね。
私はその言葉を聞いてなんとなく合点がいく。
表情も真面目で、そこにウソは感じられなかった。
裏がありそうに見えたのはただの思い込みだったかな。
そんな私の疑惑が晴れた所で、パワプロくんが話題を変えた。
「ところでみずきちゃん。...その話が本当なら、ちょっと気になる所があるんだけど」
「なんでそのお姉ちゃんは、雑用をやらされてるんだ?どこも悪い部分はないんだろ?」
その言葉に不意を突かれて、思わずドキッとする。
いずれ聞かれる事は分かってたけど...とうとうその質問が来たか。
...私はあの話を打ち明けるべきか、まだ迷っている最中だった。
ここまで来たら...もうハッキリと言った方が良いのかな。私の家族がどんな人たちだったのか...
「橘?...なんで急に黙ってるんだ?何か言えないことがあったりするのか?」
ここで何も言わなかったら、お姉ちゃんはまた雑用をやらされる。
それじゃ結局、同じことの繰り返し。何も変わらない。
...そんなの、私は嫌だ。お姉ちゃんをこのまま苦しめてるわけにはいかない。
これを言ってどうなるかなんて、今の私には分からないけど...
ここで逃げて良い事なんか一つもないはず。
私は息を吐くと、意を決して彼に言葉を発した。
「...パワプロくん。言う前に、ちょっと約束してもらいたい事があるの。」
「ど、どうしたんだよ?...急に声のトーンを変えたりして」
「もし今から私の話すことが、キミにとって良い話じゃなかったとしても。」
「私のことを...そしてお姉ちゃんのことを。見捨てないでくれる?」
緊張感から、無意識に声が震えてくる。
すると彼はそんな私を落ち着かせるように体を支えて言った。
「....何言ってんだよ、友達だろ?...約束するよ。オレは絶対にキミを見捨てないよ。」
さっきまでとは違った真剣な顔をして少し微笑みながら私を見つめてくる。
その頼もしそうな姿を見て、私は全てを打ち明ける決心をした。
「...ありがと。じゃあ今から話すから、よく聞いてね。」
「実は...私の家族はね。今は全然だけど。昔は橘財閥っていって、凄くお金持ちの家だったらしいの。」
「橘財閥...?どこかで聞いたことがあるな。キミがそこの娘だったのか?」
「...うん。私も、最近までは知らなかった事だけどね。」
「それで...ええっと、つまり。あんまり、私の家族の評判が良くなかったみたいで...」
物心がついた時には既に今の家にいたから。
正直言ってお金持ちだった頃の事はあまりピンとこなくて、説明しづらい。
それでもパワプロくんはなんとか理解してくれたようで。
なるほどなぁ、と相槌を打ちながら話を聞いてくれていた。
一通り私の話を聞いた所で、パワプロくんは少し目を伏せながら口を開いた。
「そうか...なんとなく事情は分かったよ。キミのお姉ちゃんが、そんな扱いを受けてる理由...」
「...立場的にも、難しい事は分かってる。けど...お願い。お姉ちゃんを助けて!」
「お姉ちゃんは大切な家族なの。このまま助けられずに、もし学校をやめちゃったら...私...」
少し沈黙が流れると、パワプロくんはうーんと唸って言った。
「...困ったな、お姉ちゃんか。オレは出来れば助けたいんだけど、親父がどう思うかなんだよな...」
「実はその...橘財閥に、親父は結構な恨みを抱いてるみたいでさ。下手に助けたら、もしバレた時が...」
「...お姉ちゃんのこと、助けてくれないの?じゃあ、さっきの約束はなんだったのよ?」
さっき、絶対に見捨てないって言ってたのに...
パワプロくんがあっさり手のひらを返したことに私はがっかりした。
「...橘ならいいけどさ。キミのお姉ちゃんを助ける理由ってあんまりないしなぁ...会ったこともないし。」
「...はぁ、ガッカリだわ。もうちょっと頼りになるかと思ったけど...全然じゃない。」
まさか彼がこんなにも臆病な感じだったなんて。
生徒会長なんだから、もっと自信があると思ったのに。
「う、うるさいな。みずきちゃんがそんなこと、言える立場かよっ。」
「....オレだって、ホントはなんとかしたいよ。けどさ...親父に捨てられたらと思うと、怖いんだよ。」
その情けない姿を見て、私は思わずため息をつく。
「全くもう...見てらんないわね。男なら、もっと男らしい所を見せなさいよっ。」
「...私だって、この話をするのにも結構勇気が必要だったのよ。」
「パワプロくんみたいな人にわざわざプライドを捨てて頼まなきゃいけないのも、ホントは嫌だったし」
もちろん挑発のつもりで言った言葉だった。
けど今の彼を見ていると、あながち間違いでもないように私は思えてきていた。
パワプロくんがこんなに頼りないなんてね。しかも結構なスケベだし...
なんとなく良い印象を持っていたから、なおさらガッカリだった。
「みたいな人って...おいっ。橘は普段、オレのことをどう思ってるんだよ?」
さすがにその言われ方には納得いかなかったらしく、パワプロくんが少し不満を見せる。
「...さあね。でもここで良い所を見せてくれたら、少しは見直しちゃうかもだけど」
私は目をつぶって、変わらず挑発を続ける。
さすがにここまで言えば、パワプロくんもやる気を出してくれるはず...
そんな思いで、多少無茶な事を言ってでも彼を引き止め続ける。
「さて。このまま逃げて終わるのか...それとも、逃げずに立ち向かうカッコいい姿を見せてくれるのか。どっちなの?...生徒会長さん。」
私は目を開けて微笑みながら、パワプロくんの耳元でそう囁いた。
しばらく沈黙が続くと、彼は大きく息を吸って分かったよと声を上げた。
「よし。そこまでバカにされてちゃ、オレも黙ってられないな。」
「...みずきちゃん。キミはお姉ちゃんのことでそれだけ困ってるんだよな?」
「...もちろん。もう私には、パワプロくんしか他に頼れる人が思いつかないの。」
「ああ、分かったよ。...だったらオレは、全力でそのお姉ちゃんのことを助けてやる!」
パワプロくんがそう言って、覚悟を決めた目で私を見る。
その姿に、私はさっきよりかは頼りになりそうな雰囲気を感じた。
良かった...やっぱりダメそうでも粘ってみるもんね。私は心の中で安堵して、彼に頷いた。
「...信じてたよ、ちゃんと協力してくれるって。それで...どうやって助けるつもり?」
「まずは...今の監督、正直言ってやる気があるようには見えないだろ。練習もろくに見に来ないし」
「うん...そうだね。いる意味があんまりないっていうか...」
「...だから。監督にはやめてもらって、代わりに橘のお姉ちゃんに監督をやってもらうのはどうかな?」
えっと...それ、何の意味があるの?私はただ、お姉ちゃんの事を助けられれば...
私が不思議な目で見ている事に気づいたのか、パワプロくんは続けて言葉を発した。
「....あぁ、つまり。橘はまだバレてないみたいだけどさ。そのお姉ちゃんは、財閥の人だってことがとっくにバレてるじゃないか。」
「オレが少し手助けをした所で、悪評を何とかしなきゃ何も変わらないと思うんだよな」
「あ...確かにそうね。元々の悪い印象があるんだったら、結局同じことの繰り返しか...」
彼は私の言葉を聞いてそうなんだよな、と少し顔を曇らせる。
けど、打つ手がないわけじゃないよと言った。
「そこでだよ。キミのお姉ちゃんに監督をやらせてみて、もしそれで野球部が勝ち続ければ...」
「そっか。先生たちも、お姉ちゃんのことをちゃんと評価してくれる...ってこと?」
「うん。やってみる価値はあるんじゃないかな?...どうだろう、みずきちゃん。」
「別にまぁ、そんな悪い話じゃないだろ?橘の話だと、そのお姉ちゃんはある程度野球のことも分かってるみたいだしな。」
....でも、仮にもし試合で勝てなかったら?と私が聞くと、
彼はそれでも今受けてる扱いよりは良いはずだよと言った。
そもそも部活の顧問は結構忙しいから、皆がやりたい仕事じゃない。
だから交代することに不満を言う人も少ないだろうと。
更にそのことを学校の権力を握っているパワプロくんが言うとなれば...
なおさらそれに従わない人はいないとの事だった。
「...さすが。野球のこと以外は頭にない、パワプロくんだけにしか考えつかない作戦ね。」
そういう所は意外にも頭が回るんだな、と私は改めて感心した。
「...それ、褒めてる?けなしてる?」
「さあね?....でも、結構良い作戦だと思うよ。」
今の監督にはちょっと悪いかもしれないけど。
全然部活に来てない以上、自業自得だしね。
結果的にお姉ちゃんを助けられるなら、私としては文句ないし。
「...色々不安だったけど、話して良かった。なんだかんだパワプロくんも頼りになるね」
「なんだかんだってのは気になるけど...そう言われるのは、オレとしても悪い気分じゃないな。」
「...でも、あんまりオレばっかり頼るのも良くないよ。時には自分で頑張らないと」
確かに...ここ最近、皆にはずっと助けてもらってばっかりで。
私としても、今の所はちょっとカッコつかない気分だった。
...パワプロくんにここまでしてもらったんだし、もっと頑張らなきゃ。
「もちろん分かってるわ。助けてもらった分、試合で何とか活躍しないとね。」
こうして...私は、お姉ちゃんを助けるという目標のために。
パワプロくんと新しく協力を結ぶ事になったのだった。
大会のための練習とか。甲子園出場のためにやるべき事とか。
まだまだ課題は山積みで、大変なことばかりだけど...
私は心の中に、昔とは違った希望や情熱が芽生え始めるのを不思議と感じてきていた。