先生が来るのを会議室で待っている間。
私はちょっとした疑問があったから、それをパワプロくんに聞いてみた。
「....パワプロくん。生徒会長をやっている理由って、何かあったりするの?」
「うーん。親父にやれって言われたのもあるけど...実は、オレにはやりたいことがあるんだよ。」
「だからそのために生徒会長をやっているのもあるって感じだなぁ。」
なるほどね。ただ単に偉い立場だからやった訳じゃないんだ。
「へー。やりたいこと?....結構面白そうじゃない。生徒会長になって何をしたいのよ?」
パワプロくんがしたいこと...一体どんなのなんだろう。
やっぱり野球に関する何かかしら?
私がワクワクしながら質問すると、彼は答えた。
「まず図書室に野球漫画とか、野球に関する本を増やそうかな。皆にもっと野球に興味を持ってもらいたいしさ。」
「ああ。そうね....それは大事かも!そういうのだったら、難しいルールだって分かりやすく解説してるだろうし。」
「だろ!?結構いい考えだと思ったんだよなー!」
彼はニコニコと嬉しそうな顔をして答える。
「うん!パワプロくんって結構頭良いのね。私、見直しちゃったかも!」
とりあえず適当に褒めてみると、彼はさらに上機嫌になる。
「....あと、ヒーロー物の本とか置こうと思ってさ!どうかな橘?」
「ヒーロー物?....どんなやつ?」
「特撮ヒーローとか....ああいうヤツ。レンジャーマスクとか、ポケレンジャーとか好きだからさ。」
「あ、そういうのね!....私も、前は家でよくビデオとかDVDを見てたのよねー。懐かしいなぁ〜!」
「そうなのか!....ただの趣味だけど、そういうのがあると良いかな〜ってさ!」
私は彼の話を聞いていると、少しずつ楽しくなってくる。
そしてパワプロくんの話にどんどん興味津々になっていた。
「うんうん。なるほど、それは良い案ね!....他にはある?」
「....更に。この学校に一番大事な、なくてはならない本があると思うんだ。」
「な....何それ!?そんなに大事な本を置きたいっていうの!?」
「うん!学校にその本を置くこと...それはまさしく、男の夢。いや、希望みたいなものなんだよ。」
「ほうほう....ずいぶんと話が壮大になってきたけど。いいんじゃない?....で、その本はどんなやつなの?」
「....エロ漫画だよ。」
「え?....はぁ?」
「だから。エロ漫画....って、みずきちゃん!?蹴らないでくれよ!」
一気に冷めたし、ガッカリした気分になった。
「はぁ、聞いて損した。そんなしょーもない事ばっか考えてるなんて。....いっそ、私がなった方がマシなんじゃない?」
野球漫画とか、ヒーロー物の本とかはまだ全然いいけどさ。
エロ漫画って。何よそれ....くだらなさすぎるし。
「...うちの男子生徒だって全員、心の中ではこの漫画を置くことを望んでるんだよ。...これは絶対に、オレがやらなきゃいけないことなんだ!」
「そうなんだ。じゃあ勝手に望んでれば?...パワプロくんに頼んだ私がバカだったわ、じゃあね。」
会議室を立ち去ろうとする私の腕を慌てて掴みながら、
パワプロくんが待ってくれよと声をかける。
「....まあ、そういうのも理由の1つだけどさ。基本的には野球のためにやってるよ。部費の件を先生にかけあったりとか。」
「皆も早く甲子園に行きたい気持ちがあると思うしな。オレもできる事なら、少しでも部活に貢献しておきたいんだ」
まぁ....さっきのよりかはちゃんとした理由じゃない。
最初からそれを言ってれば良かったのに。
「...でもそうは言っても、パワプロくんってあんまり頼りないしなぁー。監督のこともどうなんだか...」
「そんなに心配するなよ。今回の件だって、オレがなんとかしてやるからさ。」
パワプロくんは胸を張りながらそう言った。
いつもこれぐらい真面目なら、別に心配しなくていいんだけど。
....それからしばらくして、先生が会議室にやってくる。
パワプロくんが監督の交代について話すと、
「監督を...降りろだって!?そんな、何を言ってるんだ?急に...」
先生は突然の話に一瞬唖然として、少し慌てた様子で言った。
額にはわずかに冷や汗が流れ始めている。
一方パワプロ君は、そんな先生の動揺もまるで気にしない様子で。
さっきまでと打って変わって、真面目な顔をしてハッキリと答えた。
「オレが決めたんです。だって監督、サボってばかりで全然部活に来てないですよね?」
「ハハハ...そりゃ〜、俺にもちゃんとした考えがあってこうしてるんであってだな...」
先生が助けを求めてこっちをチラチラと見てくる。
私はそれに冷たい目を返しながら言った。
「...私も、先生が来てるの見たことないです。もう監督はやめた方がよくないですか?」
彼が愛想笑いをしながら答える。
「先生。本当は監督なんてやりたくないんですよね?...だったら、別にいいじゃないですか。」
すると先生はうなだれながら、意味深なことを語りだした。
「...俺だって、最初は真面目にやってたよ。だけどあいつが全部仕切ってるんじゃ...」
あいつ?...誰の事だろう?少し考えてみたけど、ピンとこない。
最初は猪狩くんかと思ったけど、彼は1年生だから違うだろうし。
「あっ...そうだ!そういえばオレ、良い物を持ってきたんだった!先生、見てください」
それを知ってか知らずか、パワプロくんが急に話題を変える。
そして先生に持っていた野球ボールを渡し始めた。
「これは...なんだ?綺麗なボールだが...」
「オレからのお礼です、受け取って下さい。それをどう使うかは...先生次第ですけど。」
「...ま、まぁ。そういうことなら俺としても悪い話じゃないが...次の監督はどうするつもりなんだ?」
「聖名子さんにお願いするつもりです。」
「え...聖名子先生って、そりゃ......あの話のこと、知らない訳じゃないんだろう?」
「...そんなの承知の上ですよ。オレだって、そんな昔の話で争いたくなんかないですし。」
「...どういう風の吹き回しなのか知らんが......よし、分かった。だったらもう俺が言える事はないな。大会近いけど、頑張れよ」
先生はまだしっくりこない顔をしながらも、
とりあえず話に納得いった様子で会議室を出ていった。
「よし、これでひとまず目的は達成だな。ちょっと心配だったけど、なんとか上手くいって良かったよ。」
「それは良かったけど...ねぇ、パワプロくん。さっき先生が言ってた、あいつが仕切ってるとかなんとかって...結局誰の話?」
私がそう話すと、パワプロくんは急に挙動不審になる。
そしてまた適当な事を言ってごまかし始めた。
「...えっ?そ、そんなこと言ってたっけ?オレ、結構忘れっぽいからなぁ...」
これは明らかに...何か隠してそうな感じがするけど。
あんまり焦った感じじゃないって事は、そんなに重要なことでもないのかな?
「よく分からないけど...そ、それはアレだよ。たぶん先生の勘違いじゃないか?まぁ、そういう感じだと思うよ。」
「......ふーん。まあ、いっか。」
「あっ...そうだ、先生と言えば。パワプロくん、結構見かけによらずワルだね。」
パワプロくんがなんだそれと言って、不思議な顔をする。
「ほら、アレ。先生にボール渡してたじゃん」
「あぁ、アレのことか。...まぁ、オレだってただ会長やってるワケじゃないからな。」
「ちょっとやる気を出せば、これぐらいはお安い御用ってところだよ。」
そう言うとパワプロくんは得意げな顔をしてカッコつける。
そんな子供っぽい所を見て、私は少し苦笑いをした。
「全くもう....ちょっとおだてたら、すぐに調子に乗るんだから。そういう所は単純だなー。」
パワプロくんは少しムッとした顔をする。
なんだかんだ、そんな分かりやすい所も嫌いじゃないけどね。
「なんだよー、せっかく助けてやったのに。単純なヤツで悪かったな」
「ごめんごめん。助けてくれてありがと。......パワプロくん、これからも頼りにしてるからね?」
彼はふてくされそうにしながらも、何とか頑張るよと頷く。
「おっ、頼もしいね〜。その意気よその意気!...ところでさ、あのボールってどれぐらいの値段だったの?教えてよ」
「ボール?あれは...そんなに高い物じゃないけどなぁ。たぶんお金に替えたら...10万くらいしかしないんじゃないかな?」
「さ...今、なんて言ったの?よく聞こえなかったんだけど...」
「え?だから、10万くらいじゃないかって...」
「それ...ちょっと高すぎたんじゃない?」
「...そうかな?普通じゃないかなぁ...」
10万円のものを渡すのが普通のことだなんて...
やっぱり金持ちは違うなぁ、と私は改めて衝撃を受けた。
「...あーあ。私もそれぐらいお金持ちだったら。きっと人生楽なんだろうけどな〜。」
もし財閥がまだなくなってなかったらなぁ...
まぁしょうがない事なんだけど、少し悲しい気分だった。
そんな落ち込んでいる私を見てか、パワプロくんが肩を叩いて励ましてくる。
「...金持ちは金持ちなりに、色々苦労だってあるよ。それよりも本当に大切なのは、その人の心なんじゃないか?」
「...心?急になんの話をしてるの?」
「えっと、要は...貧乏でも金持ちでも、その人の考え方次第で変わるって事だよ。お金だけで全部何とかなるわけじゃないしさ」
「なるほどね。お金じゃ買えないモノもある....か。確かにそうかも。」
「でも私は、金持ちの方が絶対良い生活だと思うけどね。貧乏なんてロクな事なさそうだし。」
「まぁ、その辺は人それぞれだしな。そういう考え方もあるんじゃないかな」
「うーん。もし私がお金持ちだったら...そうね、まずプリン沢山買おっかな。あとは、色んなお菓子とか...」
「...他にお金の使い道はないのかよ?」
しばらくして、パワプロくんが会議室を立ち去っていく。
今日はまだ用事があるらしいので、私は先に部活に向かっている事にした。
着替えてからグラウンドに向かうと、聖が謎のメモを渡してくる。
「ん?電話番号が書いてる。...聖、これ何?」
「私もよく分からないのだが...さっき女の人が、そのメモをみずきに渡しておくようにと」
女の人...それってまさか?思い当たることがあったから、少し聞いてみた。
「その人が言ったことって、それだけ?...他に何か言ってなかった?」
「確か...ファンの1人だとかなんとか。」
...やっぱり、あの変なストーカーの女の人か。
全然目的が分かんないなぁ。何のために私に近づいてるんだろう?
「うーん。本当にただのファンだったなら、別に良いんでしょうけどね」
「ボクもさっき見たよ。その女の人、タチカワさんだとか言ってなかった?」
振り向くと、いったん練習を終えたあおいさんが立っていた。
近くにいた矢部くんも綺麗な人だった、と余計な情報をひと言付け加えてくる。
「早川さん。...確かにそうでした、言われてみればそう言っていた。」
「...みずき、申し訳ない。すぐに立ち去っていったから、すっかり忘れてしまっていて...」
「いいよ、気にしないで。...それにしても、タチカワさんか。聖はそんな名前の人、聞いたことある?」
「タチカワ...すまない、分かりそうもない。」
その質問には、あおいさんが代わりに答えてくれた。
「...聖ジャスミン学園って所に、太刀川って女の子の野球選手がいたはずだけど。その子の親って可能性はあったりしないかな?」
「それはちょっと、あり得そうですけど。...でも、そんな人がなんで私に?」
「女の子の選手を、応援してあげたかったんじゃないかな?ボクと同じ感じで。」
うーん。それだったらあおいさんとか、聖とか。もっと他に応援できる人がいる気がするんだけどなぁ。
私がいくら中学の時は天才って言われてたとはいえ。前の野球部は途中で辞めちゃったし。
わざわざそんな私に会いに来る人がいるなんて、やっぱりちょっと疑問に思う。
......そんなよく分からない事も色々ありつつ、更に月日は流れて。
ついに地方大会の組み合わせが発表される時期になった。
部室ではメンバー全員が集まって、前でパワプロ君と猪狩君が話をしている。
「1回戦で戦うのは、バス停前高校に決まったよ。....みんな、負けないように精一杯頑張ろう!」
「...まぁうちの学校がこんな弱小校に負けるとは思わないが、油断は禁物だからね。しっかり気を引き締めてくれ。」
2人の合図でかけ声を出して、メンバーが解散していく。
「それにしても....新しい監督。本当に、あおいちゃんに顔がそっくりでやんすよね」
「....えっ?それいつも言ってるけど。そんなに似てるかなぁ、矢部くん?」
「そっくりでやんすよ。いやでもまさか、みずきちゃんの....」
「....あ、ちょっと!矢部くん、その話はあんまりしちゃダメだって言ってたでしょ。だよね、パワプロくん?」
「うん。...矢部くん、気をつけてくれよ。」
「そ、そうだったでやんす。つい...」
矢部くんがパワプロくんに説教される。
「...ごめん、橘。矢部くんが変な迷惑かけちゃって」
「ああ。それぐらい別に、大したことないわよ。全然気にしないからって言っといて。」
「でも....まさかお姉ちゃんを助けようとしただけで、こんな大変な話になるなんてね。」
パワプロ君はまず新監督が私のお姉ちゃんだということは、生徒会にしか伝えないようにするつもりだと言った。
もしそれを部活メンバーの全員に知らせたら、どんどん話が広がる可能性がある。
そうなると一番まずいのは、パワプロ君のお父さんにその話が耳に入ること。
お父さんはこの事をまだ何も知らないらしいけど、もし知ったら確実に激怒する。
自分の息子が、嫌っていた橘財閥の娘に肩入れしている状況をすぐに許すわけがない。
となると私もお姉ちゃんも、パワプロくんも無事じゃ済まないかもしれない。
だから出来るだけ隠し通していきたい....というのがパワプロ君の考えたことだった。
「...まぁ、橘が気にする必要はないよ。これはオレが全部考えて決めたことだし、もし何かあったら責任は負うから。」
「う、うん。でも...もしかしたら、そこまで嫌われてるわけじゃないかもしれないしね。」
「どうなんだろう。その辺はよく分からないんだよな......」
「あ....ちょっと聞きたいんだけど。お姉ちゃんが監督になったのをお父さんが知らないらしいってのは、どこで分かった話なの?」
普通に考えれば、先生たちとパワプロ君のお父さんは協力してる可能性が高いわけで。
もしそうだったらお姉ちゃんを監督にする事自体がアウトだったかもしれないはずだった。
「いや。小戸虎校長に聞いてみたら、この件は自分が勝手に独断でやった事だったって白状したんだよ。」
「校長先生が命令を....つまり、パワプロくんのお父さんはお姉ちゃんの話には全然関係なかったってわけね?」
「うん。....それで校長は、もしうちの野球部が甲子園に出場できたら聖名子さんにちゃんとした待遇を与えるって。」
「....まあとりあえず今のところは、試合に勝ち続けるのが最優先としか言えないかな。」
「....分かったわ。じゃあ、勝って勝って勝ちまくって。私たちの野球部の強さを、先生たちにも認めさせてやりましょ!」
地方大会で勝てば、どんどん野球部の評判は上がっていく。
そうすればいつか。お姉ちゃんだってこの学校でちゃんと働ける...
私たちはそう信じて、近い日の試合に向かって意気込んだ。