9月、11月に投稿した2話分を1話にまとめています。
1回表。猪狩守は投球に入る前にゆっくり深呼吸して、調子を整えた。
「ふぅ....」
(投手はメンタルが肝心だからな....地味な所だが、こういう所はしっかりとやっておかなくては)
猪狩はそう心の中で考える。金持ちでありエリートでもある猪狩は、その習慣をいつも大事にしていた。
(....まずはストレートからいってみるか)
猪狩は聖にサインを出すと、投球の準備をする。
そして、右手を振りかぶって渾身のストレートを投げた。
「....ふんっ!」
打者はあっさりと空振りし、手も足も出せない。
しかし猪狩守は特に表情を変えることもなく、至って冷静に球種を変えつつ球を投げ続ける。
(今日も投球の調子は良いな....何も問題ない。万全だ)
冷や汗一つすらかいていない。....何故なら彼はエリートだからである。
財閥の息子であり、幼少期から常に気高さや強さを求められた猪狩守にとってそれは出来て当然のことだった。
はっきり言って彼の野球など金持ちの道楽に過ぎないものである。
聖パワフル学園へ来たのはパワプロから強く入学を求められたからであった。
イマイチなこの野球部を強豪校にするのが彼の使命だったが、やはり彼にはお遊びの範疇でしかない。
(....もっともお遊びとはいえ、練習内容に容赦をするつもりはないけどね)
そんな意味で恋々高校は多少強いチームとはいえ、彼にとっては格下だった。猪狩はむしろ都合の良い練習相手だとさえも思う。
猪狩はそのままあっさりと打者を打ち取る。
1回裏になり、試合を観戦する座席に座った。
(恋恋は強そうだと聞いていたが....今のところは大したこともないチームだね。少し焦って損をしたか)
そう自信に満ちた笑みを浮かべながら猪狩は奥の座席を見る。
そこではパワプロとみずきが仲良さげに談笑していた。猪狩はその2人の様子を観察する。
(よし。....ボクの考えた”計画”は着々と進んでいるようだ。何の問題もなく。)
猪狩はそう思いながら、みずきの能力について考えを巡らせた。
(今はまだ大したことはないが....彼女は磨けばなかなかの才能がありそうだ。)
(変化球...あのクレッセントムーンのキレ。ボクが対戦した時はあまりの凄まじさに驚いたものだった)
....正直あれでボクのプライドは少し打ち砕かれかけたが、その才能は褒めてやる。
猪狩はそう考え、みずきには期待していた。
しかし同時に彼女には弱点もあるから安心はできないとも思う。
(....まず。明確な弱点としては、球種の少なさか。)
みずきの球種はストレート、スクリュー、クレッセントムーンだけである。
彼女に練習を指導する時、猪狩守は始めにそれを聞かされて驚いた。
(まぁ。確かに橘の変化球が凄まじいのは認めてやるが....あれではあっさりと球種が見抜かれてしまう。)
実際みずきはバス停前高校との対戦でもそれをすぐに見抜かれ、1失点を取られていた。
彼女がこの野球部において、まだまだ育成不足であることは間違いない事実であったと猪狩は考える。
(....やはりこの試合、ボクがしっかりと活躍しておかなければ。場合によっては早川に任せてもらう事もあるか)
やれやれとため息をつきながら、猪狩は心の中で気を引き締める。
エリートの辛いところはこういう所にあるな、と猪狩は苦笑するのだった。
しばらくして聖パワフル学園、1回裏の攻撃。
「....ふんっ!」
カキーンッ!サードの東條小次郎がいきなりホームランを打つ。
相手の投手がど真ん中にストレートを投げた瞬間の一撃だった。
そして2回表になる。いきなり1点を先制した事もあり、
猪狩守は少し慢心する様子を見せていた。
(調子が良いな....その後の打線は全く繋がらない凡打ばかりだったが、先制したのは大きい。)
(これで相手の士気も大きく下がった事だろう。....まぁ当然のことだが、この試合も楽勝といった所だろうな)
....しかしこの時の猪狩守は全く気づいていなかった。
この恋々高校の野球部は逆境であればあるほど本気を出すタイプだったこと。
今の攻撃でチームの闘志に火をつけてしまったのだと言うことを。
2回表、1ー0。恋恋高校のチームの座席。
「はは....ありゃ凄い球の速さですね。さすが猪狩コンツェルンの御曹司だ。」
「どうだ?あいつの投球のクセは掴めたか?....期待してるぜ、軽井沢」
恋恋のキャプテンは軽井沢大輝と会話をしていた。
何か策を求めようとキャプテンは軽井沢に視線を向ける。
しかし、彼は目を伏せて自信なさげな表情で言った。
「掴めたかと言われても....アレじゃなぁ。ちょっと厳しいかな」
「....おいおいっ!もっと自信を持てよ!」
「....確かに向こうのチームは凄い。猪狩守、それに早川あおい。とんでもないメンバーが揃ってる」
「さすがの人脈だ....あれだけのメンバーを集めるなんて、一体どんなキャプテンなんだか」
「でもな....オレたちだってきっと負けちゃいない!この弱小野球部を変えてやる!そういう気持ちを持って試合をするんだ!」
恋恋のキャプテンはとても熱い....いや、むしろ熱苦しすぎて
火傷してしまうくらいの志を持っている。軽井沢は改めて彼の目を見て感じた。
そんな彼の強すぎる熱意に対して軽井沢は苦笑いをする。
同時に少し感嘆の気持ちを覚えつつ、ひとまず冷静に言葉を発した。
「....ああ、向こうのキャプテンには会いましたよ。あまり大したヤツには思えませんでした。」
「お、お前....そこまで言うなら、何か秘策があるっていうのか?」
ええ、と軽井沢は頷いて答えた。
「確かに猪狩守は凄そうなヤツだと思ってます。....ただ、彼には致命的な弱点がある気がするんですよ。」
「弱点....?軽井沢、それはなんなんだ?」
◆
(....ふぅ。まあ、この回もなんなく抑えられそうだ)
次に出てきた打者は軽井沢大輝だった。
猪狩守は恋恋高校のチームを調べていたので、彼の存在も把握している。
(確か、野球とサッカー両方をやっている男だったか....)
(....フン。バカバカしい。そんな掛け持ちのヤツに試合をやらせるなんて、ずいぶん舐められたもんだね)
猪狩は呆れた顔をしながら軽井沢を見守る。
....すると、彼は驚くべき行動をした。
(....なんだと?)
なんと野球のバットをサッカーボールのように蹴り上げたのだ。
普段は至って冷静沈着な猪狩守も、これには苛立ちを隠せなかった。
(バットを雑に扱うなんて....!あんなヤツを野球部に入れているのか?)
まあいい。さっさと打ち取ってやればいい。そう猪狩守は思い直す。
...しかし、またもや軽井沢はとんでもない仕草を見せた。
「何!?....予告ホームランだって?」
思わず猪狩守はそう呟いてしまった。
軽井沢はバットを前に向け、ホームランを打つとジェスチャーしたのだ。
(なるほど。おそらく....ボクは金持ちだからプライドが高い)
(だから少し挑発してやれば、簡単に隙を見せる....ヤツはそう思っていると言うのか?)
いいや、と猪狩守は心の中で反論する。
(確かに。確かにだ....ボクは橘の時に不覚を取ってしまった。....だが、それは打者の時のことに過ぎない!)
(ボクは努力を重ねているんだ!それこそあんな素人には出来ない努力を、毎日も毎日も....!)
(フン!だったらそんな思い上がりをさせないよう...渾身の一撃でしとめてやるさ。ボクの魔球....ライジングショットでね!)
ぱっと見は普通のストレートに見えるが、これは少し軌道が違って上にホップする変化球だ。
それに速度もかなり速い。このボクの自慢の変化球ならば、さすがに彼も全く打つことはできないだろうね....
そう思いながら猪狩守は大きく腕を振りかぶって、真っ直ぐにライジングショットを投げ込んだ。
(....これでどうだ!)
....すると軽井沢は、バットを振りかぶるのではなく瞬時にバントの構えをした。
(....なんだと!?しまった!)
いくら速い球でもバントをされてしまえば全く意味がない。
コン、とバットが当たる。ゴロゴロと球がゆっくり地面に転がっていく。
猪狩守は流れについていけず少し判断が遅れるが、素早く球を捕った。
(フッ...驚いたが、この程度のバントじゃ一塁に届くまでもなくアウトさ!)
すぐにそう思い直して、猪狩は一塁の方に球を投げる。
だが。その瞬間....彼は愕然としてしまう。彼の目には衝撃の光景が見えていた。
一塁の方では、もう既に軽井沢がベースを踏む姿が映っていたのである。
(何!?....そんな、バカな。ベースを踏むのが速すぎる....!)
(ありえない。....そんなハズは!あんな見るからに素人の、ろくに野球をやっていなさそうな選手が....何故なんだ!?)
そこで彼はある事をふと思い出す。
(そうか....!ヤツはサッカー選手。だったら、走塁はかなり上手いはずだ!)
更に続いて、現在起こっている物事はそう単純な話ではない。
その事を猪狩守は速い頭の回転ですぐに察する事ができた。
(...あのバント。恐らく誰かがしっかりやり方を教えたんだろう。まだ付け焼き刃ながらも、素人とは思えないレベルにまで達していた....!)
これは恋恋高校に素人の彼を戦力レベルまで仕立て上げた指導者がいる事を意味していた。
少し前までは女子校で、まともな練習をしているとも感じなかった恋恋の野球部。
余裕で勝てそうに思えたチームのはず。しかし、実際は本格的な指導がされている....
猪狩守にはそんな展開になること自体が衝撃的だった。
(この恋恋高校....強い。ボクは彼らを少し舐め過ぎていたようだね....!)
◆
軽井沢は猪狩の明らかに動揺した動きを遠くから見てほくそ笑む。
同時に、彼はキャプテンの助言に心の中で感謝した。
あのバント作戦がなければ、軽井沢はあっさり打ち取られていただろうと。
(さてと....まぁこれじゃ終われませんけどね。サッカーで鍛えた足の速さをもっと見せてやりますよ!)
そうニヤリと笑いながら少しずつ二塁へとにじり寄り、盗塁を狙う軽井沢。
...その瞬間、彼のいた一塁に向かって鋭い球が飛んできた。
(なっ....!?)
咄嗟に軽井沢は一塁へ飛びつく。しかし、無情にもアウトという審判の掛け声が聞こえた。
あっさりアウトになり、軽井沢は冷や汗が隠せない。
(なんなんだあの球の速さ....あれがエリートの実力か!?サッカーをやっている自分さえ、反応できなかった....)
◆
「フン....!」
猪狩守は座席に帰っていく軽井沢に爽やかな笑顔を見せる。
二塁に忍び寄り、盗塁を狙おうとする軽井沢に猪狩は鋭い牽制を仕掛けたのだ。
(....こんな付け焼き刃の作戦なんてボクには通じないよ。本当の試合はこれからさ!)
火がついたのは恋恋だけではない。今ここにいる猪狩守も同じだった。
猪狩、早川に始まる優秀な部員を集めた精鋭揃いのチーム。
しかしその実態としてはまだまだ未熟な部分も多い聖パワフル学園。
その隙を突いて、攻撃を仕掛ける恋恋高校。
勝負を決するのはどちらなのか....両チームの熱い戦いが、今ここで始まろうとしていた。
見直したらストーリーに矛盾があったので多少修正しました。
適当に書いてるからこうなるんですよね....ほんと雑ですみません。