入部のために
「...もう、この学校に入学して2週間も経ったのか。早いなぁー。」
数ヶ月後。勉強のかいもあって、私は苦もなく高校に入学できた。
とはいえ、落ちることなんてまずないって分かりきってはいるんだけどね。なんだか少し嬉しく感じた。
「友達もできたしねっ。」
「...ん?なんだ?」
その友達が私の言葉に反応して語りかけてくる。
名前は
最初はちょっととっつきづらい雰囲気もあったんだけど。
勇気を出して話しかけてみると意気投合して、すぐに仲良くなったのよね。
「いや、大した話じゃないよ。ところでさ、聖。一緒に野球部入らない?」
「野球か...嫌いじゃないが、申し訳な」
「おっ!ぜひ野球やりたい、か。威勢がいいわね!」
「そんなことは一言も言ってないぞ...?」
....?聖はボソボソと何かを喋っている。
ハッキリとは聞こえない。なんだろう...まあいっか。
「じゃあ、早速入部届けを出しにいきましょ!」
「待てみずき。....どこに行くつもりだ?」
「ああ。いきなり部室に行ってもアレだし。....とりあえず職員室に行ってみようかなって」
「それにしても変よね、この学校。仮入部の募集すらしてないなんて」
もう1つ気になる事と言えば。結局、さっきの聖は何を言いかけたのかしら?
....まぁいいか。気にしない気にしないっ。
気を取り直し、私は一目散に職員室の方へと駆け出していった。
◆
そんなみずきの様子を見て、私は少し呆気に取られる。
人の話を聞かないというか、強引というか...
でも結局、なんだかんだいって断ることは出来ないのだが。
悪意がないからか、不思議と嫌には感じられない雰囲気にさせるのだった。
「全く...仕方ないな、行くか」
やや重い足取りで、彼女に続いていく。
◆
「あの、野球部に入りたいんですけどっ!」
「ふーむ、なるほど...俺はOKだ。なんだが...」
顧問の先生はなぜか苦い表情をしていた。なんだろう?疑問に思って私は聞いてみる。
「...何か事情があるんですか?」
すると、隣にいた聖が先生に問いかけた。
「まさか...例の生徒会長の件で?」
思いつく事があったらしい。顧問の人は重い口を開いて言った。
「ああ、その通りだ。この学校は彼が権限を握ってる。先に許可を取ってもらわない事には」
聖はその言葉を聞くと、額に手を当てて何かを考え込む。
「やはりか...困ったな」
顧問の人も同じ様子みたいだった。
私は2人が何を話しているか分からずに、ふと疑問を口にする。
「えっ。聖、なんの話をしてるの?」
「...みずき。何も知らないで入ったのか?」
その瞬間、聖は信じられないといった表情を私に見せた。
もしかして...何かまずいこと言っちゃったかな?
「いや...も、もちろん知ってるに決まってるでしょっ!」
慌てて口を開いてはみたけど、上手く言葉が思いつかない。
「えーっと、その。誰かしらが権限を握ってる......みたいな?」
...なんとかごまかそうとしたけれど、結局しどろもどろになる。
もちろんその適当な言い訳は、聖の様子を見るに大失敗したみたいだった。
はぁ、とため息をつきながら聖は説明を始めた。
「...この学校で生徒会長になる方法は2つしかない」
「1つは、学校を経営しているパワフル財閥の社長に気に入られること。もう1つは、その子孫である事だ」
パワフル財閥...?また変な名前が出てきた。
「なにそれ...?つまりは、出来レースみたいな感じで決まってるってこと?」
「そんな感じだな。息のかかった人が会長ならまだ良いのだが...」
......なんかめんどっちい話になってきたなぁ。
話がどんどん長くなりそうだったから、私は聖の言葉をさえぎった。
「まあ、とにかくさ。その生徒会長に許可を取ればいいのよね?」
「ざっくりと言えばそうなのだが...」
聖はまだ何かを言いたげな様子だった。でも、これ以上そんな長話には付き合ってられないわ。私はさっさと野球をしたいんだから。
...自分でも不思議な事に。中学の頃は正直どうでもいい気分だったのに。
高校に入学した途端、私は野球をもう1度やる気が出てきていた。
「....で。そいつは、どんな見た目をしてるの?」
「常に帽子を被っているから...すぐに分かるとは思う。今日は会議室に来ているはずだが」
「じゃあ、一緒に探しましょ。聖、私の後についてきて」
「待て。まだ重要な話が残って」
私は話を強引に打ち切って、駆け出していく。
◆
「あっ...!全く、足が速いな...」
私は改めて、彼女の凄まじいスピードに驚く。
野球よりサッカーをやった方がいいんじゃないだろうか?
少し疑問に思いながら、顧問に一瞥してみずきを追いかけた。
◆
「....」
勢いよく走り出したはいいものの...大事な友達を置いて話をしにいくのもあれだから。
ひとまず先に三階に上がって、会議室の前で聖を待つことにした。.....けれど。遅い。とにかく遅い。
私が待つのに痺れを切らした頃、ようやく聖がやって来る姿が見えてくる。
「ふぅ、はぁ...!」
「ちょっとー、遅くない?もっと急いでよ」
大した距離じゃないのに、聖はもう息を切らしている。
「先に行ってどうする...はぁ」
「だって、話が長過ぎるんだもん」
「いや、長いとかじゃなくてだなっ....む?」
肩で息をしていた聖は、急に廊下の奥の方を見始めた。
「どうしたの?」
「後ろにいる...例の生徒会長がな」
聖に促されるまま、私は後ろを振り返る。
「...あれが?」
「ごめん。そこの2人、ちょっとどいてくれないか?」
奥から少し子供っぽい雰囲気の男の子がやってきていた。
この人が生徒会長...?確かに特徴的な見た目ね。
髪型が見えないぐらい深く帽子を被ってる。
...それと、なんで学校の中なのにもうユニフォームなんか...?
「...って、そんなこと考えてる場合じゃなかった。ねえっ!」
すぐに用事を思い出し、男の子に問いかける。
「ん?どうしたの?」
「私、橘みずきって言うんだけど」
彼は私の言葉に反応し、返事を返した。
「ああ。オレはパワプロだよ、よろしく」
「パワプロくん。キミ、生徒会長...なんだよね」
「実は私、野球部に入りたくてさ...許可してくれない?」
「うーん...野球部、か」
どうするか迷っている、といった感じの様子だった。
よし、ここはちょっと媚びた感じの雰囲気を出してみるかな。
見た目からしてたぶん押しに弱そうだし、きっと上手くいくよね。
「...ねえ、お願い。いいでしょ?」
私は自分にできる精一杯の甘えた声をして言った。ふふん、たぶんこれでバッチリね。
......しかしそんな私の予想に反して、彼の反応は凄まじく悪かった。
「な、なんだよそのヘンな顔。....なんか気持ち悪いぞ」
き。気持ち悪い...?私の存在を否定するような、
信じられない言葉が聞こえた。空耳...じゃないはずだけど。
「そ...そう?...で、私の入部はどうなの?」
「...うーん。ちょっとすぐには許可できないかな」
「えーっ...ど、どうしてよっ。」
ダメだったみたいだ。ワケがわからない。
「橘...だっけ。キミ、本気で野球部に入りたいの?」
「もちろん、そうだけど...」
「うーん。....なんかさ。あんまり気合が感じられないんだよ」
「....気合?そんなの、あるに決まってるでしょ!」
....少しイライラした気分になってくる。やる気もなしに野球部に入るわけないじゃん。
私は彼に向かってそう言い放つと、パワプロくんは諭すように言った。
「他の部活ならそれぐらいでいいけど。うちの野球部は...特別でさ」
「名誉がかかってるから、中途半端な気持ちの人は入れたくないんだ」
名誉?何の話かさっぱりなんだけど....
「つまりはさ。それこそ、四六時中野球の事を考えてる人じゃないと...」
「四六時、中...」
「そこまでの気持ちはないだろ?」
そう言われて私は少しハッとする。それはほんの少し図星だった。
確かに私は、ここにいる彼ほど野球のために生きたわけじゃないかもしれない。
...重苦しい空気がその場に少しずつ流れてきた。
もちろんここで引き下がってはいられないと、私はすぐに思い直す。
「で、でもさっ。私、野球が好きだし。中学でも...」
女の子だから軽く見られるのはしょうがないとはいえ...
私は私なりに、野球のために頑張ってきたつもりなんだから。
するとパワプロくんはやれやれといった仕草をして、とんでもない事を言い始めた。
「それだけじゃ足りないよ。もっと...そう、常にユニフォームを着てるぐらいじゃないとね」
....?一瞬言葉の意味が分からず、私は呆気に取られた。えっ、何言ってんの?
つまり毎日...学校も、寝る時もユニフォームで生活しろってこと?
いくらなんでも野球のためだからって、そんなふざけたことできるわけないでしょ。
大体どこを見たって、そんな事してるのキミぐらいしか...
「いや。さすがにそれは...」
思わず、少し苦笑いになる。もしかして冗談を言ってるのかな?
しかしパワプロくんは私の言葉を聞くやいなや、心底がっかりといった表情をした。
「じゃあ認められないよ。それじゃ」
彼はそのまま私たちを素通りし、会議室の中へと入っていく。
「あ....」
え...あれ、まさか本気で言ってたの?
はっとして、慌てて会議室のドアを開けようとする。けれど....
「....」
気合いが足りない。常にユニフォームを着ろ。顔が気持ち悪い。
...そんな、あまりにも衝撃的な言葉を次々とぶつけられてしまったせいか。
私はすぐに追いかける気力を失って、すっかり意気消沈していた。そんな私の姿を見かねたのか、聖が声をかける。
「みずき...あまり気を落とすな」
「な...なんなのよー、あいつっ。ムチャクチャな事ばっかり....」
冷静になって言葉を思い返すと、どんどん苛立ってくる。
特に最後の部分は悲しさもあった。いくらなんでも、女の子の私に気持ち悪いなんて....
聖は彼をフォローするように言葉を返した。
「言い忘れてた事だが...この学校を経営しているパワフル財閥は」
「野球用品を製造している大手メーカーでもあるのだ。彼はその御曹司らしい。」
「え...あいつが?」
「うむ。
「この学校の野球部はその恩恵を受けている。だからこそ、中途半端な活躍はできないという事だな。」
「だからって...あんなに言うことなんかないじゃない。」
「それだけ彼にはプレッシャーがあるんだろう。仕方ないことだ」
全く理由になってない。特に私の顔をバカにしていい理由には。
正直、自分の容姿には結構自信を持っていたのに...
....まぁ、ああいう変わり者もいるって事よね。
私は心の中で、なんとかそう自分に言い聞かせる。
「...はぁ。もしかして、とんでもないとこに入学してきちゃったかな?」
あまり大した考えもなしにこの学校に来てしまった事に、
今更ながら少し後悔の感情が芽生えた。
「ところで、さっきから気になっていたのだが...」
聖が軽く疑問を私にぶつけてくる。
「そもそもみずきはなぜこの学校に入ったのだ?野球の強い所ならもっと他にあったはずだが。」
聖の言葉を聞いた途端。思わず私の体の動きが止まる。
「それは...えっと。お姉ちゃん...が....」
「....今なんて言ったのだ、みずき?もう1度ハッキリ言ってくれないか?」
「い....いや、別に。そんなこと、今はどうでもいいでしょっ。」
今はあまりその話をしたいとは思わなかった。
絶対に、というわけじゃないんだけど....とりあえず、本題に話を戻そうとする。
「まず、どうやって入部するのか考えないと...」
「...まだ諦めていなかったのか?」
聖が呆れた顔をしながら口を挟んできた。
「あったりまえでしょ!こんなことで簡単に諦めるわけ」
...ここで諦めたら私じゃない。私はそんな気持ちで、自分を奮い立たせるように聖に啖呵を切る。
すると聖は腕組みをして何かを考え込んだ様子で、ぼそりと言った。
「...そうか。そうなると、次に許可を取ってもらうとするなら」
「ご要望会議というのがあるらしいから、その時だろうな...」
少し気になって私は言葉を返す。
「そんなのやらなくたって、普通に話しかければいいんじゃないの?」
すると聖は何を言っている、と釘を刺してきた。
「忘れたのか?彼がこの学校の権限を握っている事を」
「さっきは何とか許してもらえたが...」
「あまり邪魔をしてると、最悪...退学になるかもしれないぞ?」
...そうだった。その事をすっかり忘れてた。パワプロくんが全くそうは見えない見た目だったせいで。
彼が生徒会長であり、学校の権限を握っている...そんな事実は私の頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。
「ああ、そっか...うーん、結局その会議のタイミングしかないってこと?」
「その時ならなんでも提案できるはずだ」
とりあえずまだ取り返しはつくかな。とはいえ...
あの様子だと、簡単には許可してくれないのは明白だった。
「じゃあ...準備が必要ね。」
私は考えた秘策を話した。これは正直、少し勇気がいるんだけど...
...ま、パワプロくんの性格はさっきの会話で充分に分かったし。
後はそれに合わせていくだけでいいから、簡単なはず。
「む、そんな方法で良いのか?しかし...」
「うん、これで大丈夫。きっと上手くいく」
....さぁ、見てなさいパワプロくん。私は絶対に、野球部に入部してみせるんだから!
心の中で私はそう決意をするのだった。
◆
そして...ついに会議の日がやって来た。私たちは会議室に向かい、
ドアの前に立つ。すると...中から小さく声が聞こえる。
「ふう...要望をいちいち聞くのは疲れてくるな」
パワプロくんが溜息を漏らしてそうこぼしていた。
当たり前だけど、生徒会長って大変そうだなぁ...ならなくて良かった。私は心の中でそう思った。
そうは言ってももちろん、ここで引き返してるわけにはいかないし。
彼には少し悪いけどちゃんと要望を伝えなくっちゃね。
ドンドン、ガチャッ。ノックをしてドアを開ける。
「さて、次は...ん?」
「やっほー、パワプロくん。野球部に入れさせてくれない?」
「え。あぁ...橘だっけ。ちゃんとユニフォームを着てきたんだな。」
「....って。な、なんでボールを肩に付けてるんだ?」
「あれ...変だった?」
「変っていうか...異常だね。完全に」
パワプロくんはかなり引いている様子だった。
「そ...そうかな?あはは...」
...まずいな。これじゃ前と同じじゃない。私は少し冷や汗をかく。
「...だからやめておけと言ったのだが」
聖の冷たい言葉が少し胸に刺さる。やっぱり、ちょっとやり過ぎたかな...?
いくらなんでもこれは大げさだったかもしれない。
「あれ、おかしいな。これでいけるはずだったんだけどなぁ...」
パワプロくんは呆れた顔で言う。
「あのさ。冷やかしなら、帰ってもらえると...」
な...なんとかしなくちゃ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。今からこの...」
ブチッ。肩に付けていたボールを外す。
「...ボールをそっちに投げるから」
....隣は見ていないけど、聖がすごく冷めた顔で
私の方を見ているのはなんとなく分かる。
「き、気が乗らないんだけどなぁ...まあいいか。グローブもここにあるし」
「...なんで用意してあるんだ?」
すると、聖が軽く突っ込んだ。ぱっと見違和感がなかったけど確かに。
まさか会議室でキャッチボールをする訳じゃあるまいし...
やっぱりパワプロくんって、なんか変わってる人ね。
....そんな彼は聖の問いには答えず、私の方を見て言った。
「よし。いつでも来い」
まぁ、いいや。どっちにせよ好都合ってところだし。
私はそう考えつつ....ボールを勢いよく投げる。
「...えいっ!」
ブン、と風を切る音がした。...バシッ!パワプロくんがボールを取る。
彼は取ったボールをまじまじと見ながら、驚いた顔で言う。
「...コントロールは...なかなか良いみたいだね。それにスピードも悪くない」
そりゃまぁ、もっちろん。一度野球をやめたとはいえ、毎日の特訓は欠かしてなかったし。
ようやく私の真の実力をちゃんと分かってくれたみたいね。
「でしょー?だから、私を野球部に...」
...ガチャッ。突然、ドアが開く音がした。
えっ...誰が入ってきたの?そう思ってドアの方を見ると...
「ちょっと、待った」
そこに立っていたのは茶髪の男の子だった。
長く伸びた髪をかき上げ、私を見つめている。...なんかイヤな雰囲気。
「猪狩...どうしたんだ」
パワプロくんが彼のことをそう呼ぶ。
猪狩と呼ばれた人は、私に向かって挨拶してきた。
「自己紹介するよ。ボクの名前は猪狩守さ。」
「...え?あ、うん。私は橘みずきって言って...」
すると、猪狩守は急に私を睨みつけてくる。
「そうか。さて、早速だが...キミを部活に入れるわけにはいかないな。」