(あれが高木幸子ね……あの恋恋高校で最も優れたパワーを持ってるバッター……)
(あいつが、猪狩守からホームランを打ったヤツ……って事よね)
この試合を同点にまで持ち込んだ女性選手。
その恐るべき実力……そして、彼女の殺気立った雰囲気に私は震えた。
(いや……でも、この震えはもう怯えからじゃないわ。)
(それほどの力を持つバッターを打ち取れるチャンスの、嬉しさでの武者震いよ!)
私は1度冷静になって、今までの試合の流れを思い返してみる。
(この恋恋高校のチームのパターンは大体同じ。まず軽井沢ってのがバントをして、自慢の走力で一塁に進む。)
(そうしたら、倉橋って子がまた送りバントか軽井沢に盗塁をさせる。それで軽井沢がニ塁に進むきっかけを作る。)
(後は高木幸子がヒットを打って、軽井沢の走力で帰塁して得点を稼ぐ。……全部そういう流れなのよね)
少し流れは違うけど2回表で猪狩守がやられたのはこの戦法だったわ。
倉橋彩乃がバントで一塁に滑り込んで、高木幸子にホームランを打たれた。
……でもね、これには穴があるのよ。
(軽井沢ってヤツが一塁に進むのを阻止するか。もしくは……)
(私が高木幸子を打ち取れば。……恋恋高校は点を取れない!)
ここで相手の流れを止めれば、勝機は十分にあるわ。
そう思った私は、左手に持ったボールをしっかりと握りしめる。
そして気迫を込めて……思いっきり球を投げ込んだ!
高木幸子は大きく空振りし、私は瞬く間に2ストライクを取る。
(....よしっ!)
思わずガッツポーズを取りたくなってしまいそうになる。
……いやいや、でもまだ油断しちゃいけないわ。
(そして、これが私の……クレッセントムーンよ!)
私は魔球クレッセントムーンを、渾身の力を込めて投げ込んだ。
(さぁ、どうかしら?……打てるもんなら、打ってみなさいよ!)
球は綺麗な放物線を描きながら向かっていった。
高木幸子は、またあっさりとバットを空振りする。
聖のミットはしっかりと私の球をバシッと受け止める。
あっという間に私はアウトを取ることに成功した。
(……やったわ!)
……でも。その相手の動きの妙な不自然さに、私は少し腑に落ちない気分にもなった。
(……あれ、おっかしいなぁ。猪狩守の時は、あれだけ本気でバットを振っていた感じだったのに)
(……ふんっ、まあいいか。どっちにしろ私には好都合よ。あいつさえ抑えりゃ、後は敵なしな感じだしね)
恋恋が強いのは、ほんの一部の選手の力によって。
それ以外の選手は全くもって大したことないわ。
だからこの数人を抑えておけば、充分に勝ち目はある試合のはず。
(後は、パワプロくんたちが何とかしてくれりゃってとこだけど……一体何やってんだか)
予想通りその回は呆気なく私が残りの選手を打ち取って終了。
そして試合は4回裏になる。私は余裕の笑みを見せて座席に座った。
「ふふっ、どうよどうよ!私の活躍、見たでしょ!?」
「ああ。……確かにキミの実力は認めざるを得ないな」
「ふふーん♪もっと素直になったらいいのに」
「……ただ、あれが本当にキミの実力だったかは怪しい所だけどね」
猪狩守は私に対して意味深な言葉を口にした。
(……どういうこと?あれはどう考えても、私の実力に決まってるでしょ?)
◆
「そういえばパワプロくん。どうだった!?私の投球は!」
座席のパワプロ君を見て私は問いかける。
「……あ、おう!意外と頑張ってくれてるよな!助かるぜ!」
パワプロ君は一瞬戸惑った顔をしていたけど、
すぐに笑顔を見せて私を褒めた。
(……意外とって部分が気になるけど。まあいいや)
私は彼の言葉が少し腑に落ちなかったけど、心の内にしまっておく。
「……てゆーかさ。まだうちのチーム2点しか取れてないなんて、全然ダメじゃない?だって相手は弱小でしょ?」
「大体、さっきから残塁が多過ぎよ。せっかく点取れそうなのに、抑えられてばっかりじゃん」
私はパワプロ君につい文句を言ってしまった。
彼は私の言葉を聞いた途端、暗く沈んだ顔をする。
「無茶言うなよ。オレだって頑張ってこれなんだから……」
「……ごめん。パワプロ君が今まで努力をしてきてたのは、私も分かってるわ。」
「その成果で、さっきはキミのヒットが点に繋がってたんだしさ。……でも、だからこそもっと頑張って欲しいのよ。」
「そこまで期待してくれてたのか……ごめんな、橘。……ガッカリしたよな、オレが弱くてさ……」
「……だいじょーぶ。さっきの調子で緊張せずにやれば、次は絶対いけるってば!バッターは私が何とかするから!」
笑顔でパワプロ君を激励する。けどまだ彼の表情は浮かない感じだった。
……私がなんとかしてあげるって言ってるのに。
どうしてパワプロくんはまだそんなに暗い顔をしてるのかしら……?
「違う。そういう問題じゃないさ……オレはもっと、強くならなきゃいけないんだよ。」
パワプロ君はいつもと違う暗い声で、私にそう言ってきた。
「え……?」
私はついその声に驚いてしまう。
「……これじゃまた前と同じなんだ。誰1人守れやしない、弱かったあの頃のオレとな……」
「ははは。……また昔と同じ事を繰り返してる。オレは何にも変わっちゃいないよ……!!」
パワプロ君は急に乾いた声で笑い始めた。その姿は少し不気味で……
私が知らない、彼の裏の一面を見たような気がした。
「……た、確かに強くなるのは大事よ。でも、そんなに思い詰めなくったってさ……」
「思い詰めなくったって?……橘に一体何が分かるって言うんだよ、オレの気持ちが……」
パワプロ君は怒鳴りまではしていなかったけど、
私に向かって不機嫌そうな顔でそう吐き捨てるように言葉を口にした。
その彼の変わりようを目にして、私は何も言えなくなる。
「パワプロ。……今は過去の話をしてる場合じゃないだろう。試合に集中しないか!」
猪狩守がそう言ってパワプロ君を諭す。
少し奥の座席にいた彼は、いつの間にかパワプロ君の近くに立っていた。
「……ごめん、そうだな。橘には関係ない話をしちゃったな。」
「……まぁ、何があったのか私は知らないけど。元気出しなさいよ。」
そう私が軽く肩を叩いて励ますと、パワプロ君はまたごめんと言って小さく頷いた。
彼の過去が凄く気になる。だけど……無理に聞いてもダメか。
どうせ聞いたって、私に何とかできそうな感じでもないし。
そんな事を頭の中で考えて……結局、私は何も聞けないままでいた。
「……恋恋は弱小校なんだけどな。ただ、ピッチャーがかなり厄介な相手なんだ」
少し時間を置いて、彼はぽつりと私にそうこぼした。
「ピッチャーって……ああ。今は恋恋のキャプテンが登板してるんだっけ」
「そう。……あのピッチャー、相当な強さだよ。どうも話じゃ、強豪校に行く道を蹴ってわざわざ恋恋に来たみたいだしな」
「えぇ……!そんなに凄いピッチャーだったの!?」
私はようやく納得した。どうりでさっきから点が入らないわけだわ……
「ん?……でもさ、パワプロ君。今さっき、恋恋キャプテンのことをすごく強い投手だって言ってたわよね?」
「ああ。」
だけど……ちょっと不自然なんじゃと私は思った事があった。
私はそれを彼に問いただしてみることにする。
「……でも。それおかしくない?恋恋って弱小校なんでしょう?目的もないのに、そんな所にいて何の意味があるわけ?」
「……それに関しては、このオイラが説明するでやんす」
私の口にした疑問に対して、あのメガネくんが答えた。
……えっと。名前ってなんだったっけ?
「あっ、矢部くんか!……影薄かったけど、一応いたのね」
「ひ、酷いでやんすね!?オイラも頑張ってるのに……!」
「それは別にどうでもいいけどさ、教えてよ。一体、恋恋のキャプテンにはどんな目的があるわけ?」
「……恋恋のキャプテンは、自分で野球部を立ち上げたらしいでやんす。」
「じ、自分で野球部を立ち上げたぁ....!?」
「底辺から勝ち上がってこそ野球は面白い。それが彼の一番のポリシーなのでやんすよ」
「本来なら彼は、あかつき大付属や帝王実業に入る実力を持っているはずでやんす」
「あかつき大付属……か。さすがに名前ぐらいは聞いたことがあるわ。」
「ああ、知ってる?猪狩がもともと入る予定だった高校もそこなんだよ」
「……えっ、そうだったの?」
じゃあなんで、わざわざ猪狩守はここの高校に来てるのかしら?
……まあいっか。重要な所はそこじゃないし。
とにかく、私が点を取られないように頑張ってやらないと!
お姉ちゃんを助けるのもそうだけど、私のもう1つの目的のためにもね……!
◆
5回表。恋恋高校のチームの座席では、
軽井沢が高木幸子にある疑問をぶつけていた。
「……あの、高木さん。ちょっと聞きたかったことがあるんですが……」
「軽井沢か。……なんだいアンタ。」
「さっきの回の彼女の投球、空振りしてたのって何か理由あります?高木さんならあんな適当に外すワケが……」
「……野球もろくにやってない素人のくせに、ずいぶんと口の聞き方が生意気だねアンタは」
「……わっ!でも、た、高木さんだって前まではソフトボール部だったらしいじゃないですかぁ〜!」
「フン……アタシにはね、ちゃんと橘みずきを倒す作戦があるのよ。」
「作戦ですか……ボクは結局、あんまり上手くいかなかったですけどね。」
「……黙りなさいよ。アンタはとりあえず、打線を繋げばいいんだって」
「は、はあ……」
「それよりも……アタシが気になるのは、早川あおいよ。」
「あっ!……それ、オレも!じゃなくてっ、ボクもものすご〜く気になってましたよ!」
「どうせアンタのは違う意味でしょ!?……それと、ボクなのかオレなのかハッキリしなさいよ!」
高木は軽井沢を突き飛ばして、また試合を観察する。
「……さてと、橘みずき。アンタなんかあっさりと次の回でぶっ潰してあげるわ。」
「フフ。早川あおい……もうベンチでくすぶってる場合じゃないわよ?」
そう呟くと、高木幸子は不気味に微笑んだ。