6回表。私は投球の練習をしながら考える。
(ふふっ。さっきは下位打線だったとはいえ、なかなか私の球は好調ね。誰1人としてヒットすら打たせなかったわ)
(でも、相変わらず打線は不調なのよね。このままじゃよくないんだけどな……)
もう試合は終盤なのに、まだ2ー2で勝負は拮抗している。
押されていないのは良い事かもしれないけど……
点が入らない限り、あんまり状況は良くない気がした。
試合開始になり、1人目の選手をあっさりとアウトにする。
そして……次に出てきたのは軽井沢大輝だった。
(うわぁ……ある意味、厄介なヤツに当たっちゃったなぁ……)
猪狩守に対してバントで上手く対抗して、一塁に滑り込んでいた選手。
……でもそれ以上に、私はこの軽井沢ってヤツに苦手意識があった。
(とにかくチャラいし、バットも雑に扱ってて全然野球愛を感じないし……)
(まったく、なんであんなヤツを試合に出してるのかしら?)
(あーあ、やだなぁ。もう既にマウンドを降りたい気分なんだけど……)
……という考えが、ちょっと頭の中でよぎりながら。
もちろんあんなヤツでも油断しちゃいけない実力はあるわけで。
頑張っていかないとね、と私は気を引き締める。
私は気合いを入れて、渾身のクレッセントムーンを投げ込む。
バシュッ!光の速さで球が放たれて、一瞬でストライクを取る。
ふふっ、これは予想外だったでしょうね。
(まぁ、さすがに……何回もクレッセントムーンを投げ続けるのはこっちもキツいんだけどね、ちょっと。)
前に野球をやってたとはいえ、少し期間が空きすぎて……
体力的にはちょっと厳しいものがあると感じていた。
もっと練習をやってれば……と今更ながらほんの少しだけ後悔がある。
(でも……私は、こんな所で負けるわけにはいかないわ。お姉ちゃんのためにも……!)
お姉ちゃんはいつ学校をクビになってもおかしくない状況。
もし私たちのチームが負けたら……
監督ですら続けられないかもしれない。
そうなったら……考えるだけでも不安だわ。
(それに……皆には言ってないけど、私は他にも試合に勝つ目的があるんだから。)
(帝王実業高校にいる、友沢亮。……あいつを、倒すって目的がね……!)
軽井沢の見た目を見ると、どうしてもあいつを思い出す。
あの中学の時のトラウマを思い出すと、絶対に負けられない気持ちが湧いてきた。
「……はぁっ!!!」
私は掛け声を上げてもう1度クレッセントムーンを投げ込んだ。
聖が止めようとしてるけど、私は絶対気にしないわ。
試合中に、遠慮なんかしてたまるもんか……!
2ストライクを取って、もうあと少しという所まで来た。
(よしっ!なんだかんだ余裕ね……このまま終わらせてあげ……!)
私は勢いよく、またクレッセントムーンを投げ込んだ!
……だけど、球は急に勢いがなくなり始める。
そして大きく外にコースを外れてボールになってしまった。
(えっ!?……まさか……!)
ここに来て。もしかして私……もうスタミナが限界?
……とにかく落ち着いて、もう1度だけ球を投げてみることにする。
だけど……球は思い描いたコースを外れて、結局すぐに3ボールになってしまった。
(ど……どうしてよ!?さっきまで上手く行ってたのに……!)
こんな所で急に、スタミナが削られるなんて……
もう身体はとっくに限界だったってこと……?
3ボール、2ストライク。あと少しなのに打ち取れない。
そんなモヤモヤ感が更に私を焦らせていく。
(くっ……こうなったら!クレッセントムーンとは行かないまでも、シンカーで!)
「……ええいっ!」
カキン!快音が鳴り響き、すぐさま走り抜ける軽井沢。
振り向くと、彼の放った一撃でボールは外野の方まで飛んでいった。
(えっ!?……ま、まさか!?)
レフトに飛んだ球をエミリさんが何とか拾い、ショートの田中山君に返球する。
そして、彼は急いでボールをセカンドまで投げ返した。
……けど、軽井沢大輝には2塁まで進まれてしまった。
(うう……とりあえず1点は入らなくて良かった。けど、まずい事になってきたわ……)
◆
(予想通り……!やはり彼女はクレッセントムーンばかり投げてきたようね。)
高木幸子はベンチを立ちながら、自分の作戦の成功にほくそ笑んでいた。
(あの子はまだまだ素人。この私に勝つなんて、無理があったのさ……!)
◆
次に出てきたバッター、倉橋綾乃。
私は彼女をあっさりゴロで打ち取ることができた。
(そして……また出てきたわね。高木幸子)
さっきの打席と違って、覇気がない……
というよりは、余裕そうな様子を見せている。
「.....はぁっ!!!」
低めのストレートを外側に向かって投げる。
すると、高木幸子は不気味に笑った。
「....ふふっ。そこか!!」
カキン!球が高く上に上がっていく。
私の投げたストレートを、あっさりと捉えてきた。
球は大きく横に逸れていったけど、冷や汗は止まらない。
(かなりギリギリのラインじゃない....!?低めの球をこんなパワーで打ち返されたら、ほとんど返す手がないわ!)
「はぁ....残念、ファールだったわね。」
「....でも、そろそろ万策尽きたってとこかしら?お得意のクレッセントムーンはどうしたの?」
「くっ....!」
「どうも噂じゃ、中学では大活躍だったらしいけど....アタシに言わせりゃ、まだまだガキね。....早川あおいの足元にも及ばないわ」
「さぁ。こんなつまらない球よりも、ご自慢のクレッセントムーンを投げてみれば?」
「....もっとも、アタシに通用するかはまた別だけどね」
これは明らかに挑発なのは分かってる。
でもイライラで頭がどうにかなりそうだった。
(....ダメよ私!ここでクレッセントムーンを投げたら、相手の思うツボだわ!)
(でも。他の球種をなげたらほぼ確実に打たれるのも確かよね....)
(だったらもう、クレッセントムーンを投げるしかないって事なの....!?)
一旦タイムをして、聖と作戦を練ることにする。
「みずき。どうするのだ....!?何か作戦はあるのか!?」
「あったらこんな焦ってないわよ....ああもう!一体どうすればいいの!?」
「う、うむ....と、とと、とにかく。おち、落ち着くのが大事なのだ!」
珍しく慌てた様子で吃り出す聖を見て、
余計に事の重大さを感じて焦ってしまう。
「聖が一番落ち着いてないじゃない!....うう....!」
「こういう時。いつものみずきなら、悪どい手段というか....!敵を利用した考え方を思いつくはずなのだ....!何かないのか!?」
「....敵を....利用する?」
そうだ。....私には、まだやってない事がある....
出来るのにも関わらず一度も実践しなかったこと。
それはかなりの博打だけど。でも....ここまで来たらやってみるしか!
「聖....!思いついたわ!この状況をなんとかする作戦を....!」
私は聖に自分の考えを話した。
「....みずき、大丈夫なのか?」
「大丈夫。....たった一球だけで終わらせるわ」
聖との話し合いを終えると、
高木幸子はあくびをかきながら打席に立った。
「フン。長々と何か話してたようだけど....所詮は一瞬チヤホヤされただけの素人が、ここまでずっと野球をやってきた私にかなうハズがないのよ」
「....それはどうかしら?確かに私はまだ経験は浅いわ。けど、情熱だけは誰にも負けないつもりよ」
「情熱?何に対しての....?少なくとも私はね、野球に対しての情熱は一番あるつもりだわ。」
「....だから。だからこそ私は、あんな半端な実力で知名度を上げて、のし上がった早川あおいの事が許せなかった....!!」
「まだうちのチームにずっといるなら許せたわ。だけど....!あいつは必死で頑張ってきた私たちを捨てて、アンタたちの高校に転校した!」
「....一度ぶちのめしてやらなきゃ収まらないのよ、あいつは!!アタシより野球が上手いくせに....!!!」
「仕方なくソフトボール部をやってたアタシを引っ張り出してきたのもあの女なのに....自分勝手過ぎるのよ!!」
「だからって....!私にはそんなこと関係ないわよ!!」
「....関係あるわ。そんな憎たらしい早川あおいの入ったチームも。」
「そして、そんなチームに入ったアンタたちも....全部全部、気に入らないのよ!!!」
「そう。だったら....これでも食らいなさい!」
私はど真ん中に向かって球を投げた。
高木幸子が勝ち誇ったように叫ぶ。
「フン!また甘い球か....終わりよっ!!!」
カキーン!球が遠くに向かって打ち上がっていく。
「ふふっ、ホームラン....!もうこれでアンタたちは終わりね!!ここで点を取ってしまえば、これ以上逆転する手段なんて....!!」
「....決めるのはまだ早いんじゃないかしら?」
「....何!?」
遠くへ打ち上がった球は力なく落下していって、
そのままセンターフライになった。
「完璧に....捉えたはずなのに....!バカな!!」
「....冷静に考えれば、さっきの球は妙に鋭かった....!どうしてなの!?まるでアンタの球じゃないような....!!」
「そう....私の球じゃないわ。....あのスライダーはね」
「....スライダーだって!!....あの球が!?」
「そう。あれは....友沢亮から習得した、半端なスライダーよ。本当は、あんなの投げたくなかったけどね....」
「....まあ、アンタには勝ちを譲ってやるわ。....アタシの倒したい相手はあの女だからさ」
高木幸子はそう冷たく吐き捨てると、ベンチに戻っていった。
「....なんでそこまで、あおいさんが嫌いなのよ?部活をやめたって言っても、何か事情があったかもしれないじゃない....」
「そうよ。あのスライダーのせいで....部活を辞めた、私みたいにさ」
◆
「友沢ってヤツからもらったスライダーだって....?どうしてそれを今まで封印してたんだ?橘」
6回裏、打席から戻ってきたパワプロ君がそう私に話しかけてきた。
「ごめん。....聖、説明してくれる?....あんまり私から話したいと思わないから」
「....分かった、説明するぞ。その件については....」
◆
「聖。もし、どうしようもない状況になったら....スライダーを使うわ。」
「昔、友沢から習得した変化球....出来れば使いたくなかったんだけど。あれは、身体に負担がかかるから」
「負担がかかる!?....みずき、大丈夫なのか?それに、その教えてもらった人物は....」
「大丈夫。....たった一球だけで終わらせるわ。一球だけなら、安全なはずだし...」
「とにかく。....今は何をしてでも、試合に勝ち続けたいのよ!!」
◆
「....ということらしい。」
「説明ありがと、聖。....危なかったけど、結果的には上手くいったわね」
「負担がかかる、か....その、友沢ってヤツとは一体何があったんだ?聖ちゃんから因縁がある相手だって聞いたけどさ」
「ごめん....今は言えないわ。ちょっと話しづらくて。でも、時が来たら必ず説明するから」
「そうか....ところで、試合の話だけど。今の橘の様子じゃ、これ以上の登板は厳しくないか?」
「うん....ちょっと早すぎて悪いんだけど、これ以上登板することは難しいかも。体力的に厳しくて....ごめん。」
「....いやいや、いいよ。あのピンチな状況で、橘はよく頑張ったさ」
パワプロ君が私の頭を撫でてくる。
「....むー。子供扱いしないでよね」
「別にしてねえって。ただ、橘は色々と心配な所があるからな」
....心配な所があるのはそっちの方じゃないの?
と私が不満を言おうとすると、聖が先に話を始めた。
「ところで、ずっと私は気になっていた事があるのだが。....やはり、パワプロ....さんは、あの男とは違うのだな?」
「....オレの話?まぁ、普通にタメ口でいいよ。で、あの男って....?その、友沢ってヤツのことか?」
「....いや、こっちの話なのだ。ならば、パワプロには全く関係ない。」
「?」
聖はなんとなく納得した様子をしているけど、
何が言いたいのかイマイチよく分からない。
「....なぁ、橘。聖ちゃんは何を考えてんだ?」
パワプロ君がそう質問してくるけど、
私は適当に分かんないと返すしかなかった。
(そういや聖って、前にやたらとパワプロ君の事を嫌ってたのよね....)
(あの時は単にちょっとパワプロ君がチャラいからなのかなって思ってたけど、もしかしたら他に理由が....?)
◆
「猪狩。やっぱり橘の登板は難しいらしい」
「そうか....ボクとしても、大体予想はついた。....しかし、問題は早川あおいだ。....彼女は登板しないと言っている」
猪狩守は深刻な表情をしてそう言った。
「えっ....!?あおいさん、どうしちゃったんですか!?」
「早川さん、さっきから説得はしてるんだけど完全にふさぎ込んじまってさ....全然話を聞いてくれないんだよ。」
「そうなのね....やっぱり、前の高校で何かが?とりあえず、しばらくはそっとしておきましょうか。」
あおいさんがちゃんと登板してくれるのか若干不安が残る中、
試合は6回裏。私たちのチームの攻撃はまだ続いているところだった。
またもや私生活が忙しく、遅い更新になりました。
次の話の投稿日は相変わらず未定ですが、
書き溜めはあるので少しは早いと思います。たぶん。