やっぱり私の予感は当たってたみたいだった。
...いきなり、なに?せっかく上手くいってる所なのに。
「ちょっとー、なによあんた。」
「今パワプロくんと話してるとこなんだから、邪魔しないでよっ。」
すると彼は鼻でフン、と笑って私を見下した顔をする。
「見ろ。この女はお前をくん付けで呼んでるじゃないか。それにこの態度」
「明らかにバカにしているとしか思えない。こんな女を入れても面倒な事になるだけだよ」
「まあ確かに。一理あるかもな...」
....パワプロくんがうんうん、と猪狩守に向かってうなづいている。
ま、待ってよ。せっかく良い流れだったのに。私は慌てて言葉を発した。
「いや...別に。それは仲良くするつもりで、バカにしてるわけじゃ...」
すると、隣から声が聞こえる。
「ああ。たかだか2週間程度でこんな馴れ馴れしい奴もみずきが初めてだと思う」
その声の方を見る。.....聖だった。えっ、急に何を言い始めてるのよ...?
後ろからナイフで刺されたかのような感覚に陥る。
「ちょっと!聖、あんたまで」
「しかしな...同じく、これだけ打ち解けた友達もみずきが初めてだ」
「彼女はただ言葉の伝え方が不器用なだけだ。本当はとても優しいのだと思っている」
「だから...どうか、みずきを野球部に入れさせてくれないか?」
それは私がそう思い込んでいただけだった。
途端に緊張感が解けて、少し穏やかな雰囲気になったのを感じる。
「聖...」
ごめんね、聖。変に疑っちゃって。私は心の中で謝った。
「フ、フン!たった2週間じゃね。ボクらみたいに何年も一緒にいるわけじゃあるまいし」
「む...それは、そうなのだが...」
2人が揉めていると...またもやガチャ、とドアが開く。
次に入ってきたのは、メガネをかけた男の子と。緑髪の女の...えっ?
「猪狩君。あんまりその子たちをいじめちゃダメだよ」
「そうでやんす。ちょっとかわいそうでやんす」
「矢部くん、あおいちゃん。今日は別に、オレ一人でいいって...」
それは私の知っている女の人によく似ていた。というよりも....
まさか、そんな。信じられない。どうして?
どうしてここに....?私は頭がどんどん真っ白になっていく。
「パワプロくん1人に任せちゃ心配だし。ボクも手伝うよ」
「任せるでやんす!....にしても、可愛い女の子たちでやんすねえ。オイラとデートする気はないでやんすか?」
「矢部くん、いつもそれ言ってるよね...」
「...な、なんだか癖のある人達だな。なあ、みずき」
「みずき?どうしたんだ?」
横から声が聞こえる。私は少しぼーっとしていたようだった。
「えっ!あ、いや。大した事ないわ。ちょっと考え事をしてただけ...」
聖が不思議そうな顔で私を見つめている。
「ボクは、女の子がいても別に良いと思うけどなぁ」
「...真面目で実績もあるキミならまだしも、この女がうちの野球部に入ってついていけるようには思えないけどね」
「野球が好きなら、性別なんて関係ないじゃない。大事に扱ってあげるべきだよ」
「....」
「キミたちも、野球が大好きなんでしょ?」
「...元々野球をやっていたので、興味はあります」
聖が淡々とした口調で話す。
「なるほどね。そっちの子は?」
緑髪の女の人は、今度は私に向かって語りかけてきた。
けど...この人の明るい口調とは裏腹に、私の感情は全く違って。
ずっとモヤモヤとした気分に囚われていた。
だってこの人は、私のことを...知らないはずなんてないのに。
「あ....はい....好きですけど。」
「そうなんだ。...どうしたの?緊張してる?」
緊張もあるけれど、それだけじゃない。
「そんなバカな。さっきまで饒舌に喋っていたじゃないか」
「多分、みんなに問い詰められたから怯えちゃってるんだよ。そうでしょ?」
その人は、変わらず私に優しく語りかけてくれている。
けど、...もう気持ちを抑えることなんてできなかった。
私は意を決して、その緑髪の人に質問をする。
「あ...あの...聞きたいんですけど」
「うん。なになに?」
ゴクリ、と唾を飲む。
「もしかして...お姉、ちゃん?」
「えっ?」
「お姉ちゃんなの?だったら、今までどうして...」
「みずき。この人が...姉という事か?」
さっきから私に話しかけてくる緑髪の女の人。
その姿は...どこからどう見ても、私のお姉ちゃんだった。....でも。
「あおいちゃん、妹がいたの?」
「いや、いないけど。さぁ...」
...お姉ちゃんは、私の事をまるで知らないような態度を取り続けていた。
「フン、どうせ下らない芝居だろう?もうその辺でやめにしておいた方がいい。」
みんなが私の事を、怪訝そうに見つめ続ける。なんで...?
「芝居じゃない...芝居なんかじゃないっ!ねえ、お姉ちゃん。どうしてウソなんか...?」
やっぱりお姉ちゃんは私の事が嫌いだったのかな...?
だからこんなに冷たい態度なんて...
本当は、私なんかがここに来ちゃいけないのかもしれなかった。
あのパンフレットさえ見てなければ...こんな思いなんか...
涙がぼろぼろと、勝手にこぼれてくる。....泣きたいわけなんかじゃないのに。
「なんだか...ワケが分からないでやんす。」
「だ...大丈夫か、橘?」
「よく分かんないけど、もしかして...誰かの勘違いじゃないかな?」
えっ。勘違い...?私は涙を拭きながら、顔を上げる。
「ボクの名前は早川あおい」
「悪いけど、妹なんて今までいたことないし。ホントだよ」
信じられない。そんな...ウソをついてるんじゃ?
でも、言われてみれば確かに...
「あ...よく見たら、ちょっと顔が違うかも...」
「そのお姉ちゃんの事はよく知らないけど、勘違いさせちゃってごめんね」
...勘違い。まだ納得できてないけど、少しずつそんな気がしてくる。
よく考えたら、お姉ちゃんがボクなんて変な喋り方するわけないし...
なんだ....そっか。早とちりだったのね...私は一安心した。
分かったところで、その人の顔をまじまじと見てみる。
....それにしても、ずいぶんとそっくりな見た目だった。
あれ。でもじゃあ。本当のお姉ちゃんはここにはいないってこと......?
「なんだよそれ...ただの勘違いかよ。全く人騒がせだな...」
パワプロくんはそれを聞くと、一気に肩の力が抜けたようだった。
「だ、だって。あまりにも似てたから...」
「急に泣くもんだから、何があったかとビックリしたよ...」
冷静になってみると、凄く恥ずかしい。
ただ入部するために来ただけなのに、涙まで流しちゃって...
こんなんで入部なんてできるのかなぁ...
すると彼は、ニコッと私に微笑みながら言った。
「まあでも...ちょっと迷惑だけどさ。」
「今のでなんとなく、橘が悪いヤツじゃないってのは伝わったよ」
えっ?今ので信用されちゃったってこと?....なんか、ラッキー。
すると猪狩守はそれを聞いて、不服そうな顔をし始めた。
「...まさか、認めるって言うのか?入部を」
「ああ。それに熱意もある程度あるし、実力も分かったしね...とりあえず入れても良いかもしれないな」
「うん、そうだね。ボクも、パワプロくんに賛成かな!」
「オイラもでやんす。だって、2人とも可愛いでやんすから!」
彼はやれやれと言って、踵を返す。
「バカバカしい...ボクは認めないよ。全く、付き合ってられないね。」
そして、納得いかない顔をして扉を閉めて出ていった。
パワプロくんはまだ少し迷った顔をしている。....けど、さっきまでとは全然違う流れだし。
もしかしてだけど。これって...チャンス?少し探りを入れるような気分で、聞いてみる。
「.....えっと。それじゃ、入部...認めてくれるの?」
するとパワプロくんはうーんと頭を悩ませながらも、
「まあ...一応はね」
と返事をしてくれた。
「...や、やった!聖、オッケーだって!」
....なんだか、思った通りの展開じゃなかったけど。
やっと野球部に入部する事ができたみたいだった。
「一時はどうなるかと思ったが...良かったな、みずき!」
聖が興奮気味に話しかける。私も喜びが止まらなくて、握った聖の手を振り回す。
....するとパワプロくんは、喜ぶのはまだ早いよと私たちを制してこう話してきた。
「...でも、猪狩は一応キャプテンだからなあ。あいつにも認められないと」
「しばらくは雑用をやらされるかもしれないぞ。」
「え。雑用...?」
思わず目が点になって、私たちは固まる。
「オレはしばらく部活に行けないから。猪狩が代わりにやる事になってるんだ」
な、なにそれ?どういうこと?すると、お姉ちゃん...あぁ、違った。
あおいさん(と呼ぶ事にした)は、こう私に話してきた。
「猪狩くんは、2番目に権限があるんだよね...」
メガネくんも言った。
「つまり、パワプロくんがいない間は実質1番指揮を握ってるのでやんす」
「猪狩くんは1年生なんでやんすけどね。たぶん、そういう学校のルールみたいなもんでやんすよ。」
「...まあ。そうだね。」
じゃあ...しばらくあいつに従わなきゃいけないってこと?
....え?いやいや。っていうか、あの猪狩って1年生?
「ええっ?そんなー...だって、同学年なのに!」
「...監督よりも上の立場だろうな。みずき、そういう場所なのだ。ここは」
聖が私をなぐさめるように言う。...とは言っても。
その言葉は空っぽの私を通り抜けていき、全然なぐさめにはならなかった。
「部活に入れるだけ良いじゃないでやんすか。まあ、しばらくは球磨きでやんすけど」
...むっ。なに、こいつ。
「...あんたは黙ってなさいよっ。このクソメガネ!」
「ぼ、暴言を吐かれたでやんす!やっぱりこの子、退部でやんすよ!」
「まあまあ。そもそも、まだ入ってないし....ね?」
あおいさんがメガネくんをなだめる。
今思い出したけど...名前は確か、矢部くんだっけ。ま、いいや。
「ははは...とりあえず、2人とは仲良くできそうで良かったよ」
「ど、どこがでやんすか!」
....それには、私も同意見だった。
「しばらく部活には来れないけど、猪狩のことは任せたよ」
「無理でやんす。オイラにはお先真っ暗にしか見えないでやんすー!」
「.....で、まぁ、とりあえず仮入部って事になるから。2人ともこの紙に名前を書いてくれ」
パワプロくんが入部届を私たちに渡してきた。
「うん、分かったわ。....あいつに指図されるのはムカつくけどね。しょうがないかぁ....」
「とにかく頑張るしかないぞ、みずき。」
私は不満を言いながらも、サラサラと紙に名前を書いた。
「ありがとう。...今日はもう時間も遅いし。このまま帰っていいよ」
「橘...なんていうか、ごめんな。」
「ん?...何が?」
「キミのこと。色々勘違いしてたっていうか...意外に真面目な子なのかもなって。」
「お姉ちゃんの方は見つからなかったみたいだけど。何かあったら、いつでも相談してくれよ」
パワプロくんはそんな頼もしい事を私に言ってくれた。
なんだ、嫌なイメージだったけど結構良いとこあるじゃん。
「....うん、ありがとっ。パワプロくん、じゃあねー!」
こんな調子で私は会議の結果、なんとか仮入部をすることになった。
そんなこんなでドタバタが終わって、学校の帰り道。聖が語りかけてくる。
「しかし、まあ...今日は大変だったな」
「そうね...結局、まだちゃんと入部できたわけじゃないし。」
「...そういえば。やはりこの学校に入学した理由は...あの事なのか?」
「それって、お姉ちゃんのこと?」
「ああ。...で、どうなのだ。あの話は本当か?それとも...ウソだったのか?」
聖が訝しげに聞いてくる。
「いや、ウソじゃないよ。」
もう...ここまで来たら、隠すこともないかな。
私は洗いざらい聖に打ち明ける事にした。
「私の親は生まれてからすぐ事故で亡くなったらしくてね...おじいちゃんが私たちの面倒を見てくれたの」
「そうだったのか...知らなかった。」
「だから私にとって、お姉ちゃんはもう1人の親みたいな存在だった」
「けど、ある日結婚するって言ってね...突然家を飛び出して行っちゃったんだ」
いつだったかは分からない。お姉ちゃんは、心に決めた人がいる。
その人と結婚式を挙げるんだと、そんな事を私とおじいちゃんに話し始めた。
私も...おじいちゃんも、それがあまりに突然の話だったから。
その話を素直に受け入れられず...反対してしまった。
すると...次の日、お姉ちゃんは家からいなくなっていたのだった。
「で、それからは結局連絡も取れなくなってさ。全然会ってないまま」
「だから、お姉ちゃんと勘違いしたのも本当。ま、その後はちょっとオーバーだったけどね。」
....もちろん泣いたのも演技じゃないんだけど。
恥ずかしいからそういう事にしときたくて、少し強がってみる。
「そうか。しかし、それとどう関係が...」
「学校のパンフレットでね、見つけたのよ。お姉ちゃんが写ってるのを」
「なるほど、それでか...」
聖はようやく合点がいったようだった。
「でも、結局入学したらこんなんだしさ。....もしかしたら、写ってる人もあおいさんの勘違いだったかも。」
「あーあ。何やっても上手くいかないなぁ」
ちょっと冗談めかして笑う。けど、少しは本心だった。
あまり落ち込みたいわけじゃないけど、なんか私ってダメだな。
そんな事を頭の中で考えてしまう。......すると、聖は。
「みずきは...私から見れば、充分頑張ってると思うぞ。それだけ辛い中でな」
「姉もいつかきっと見つかる。だから今は、野球の事だけ考えていろ。そうすれば、いつか...会う日が来るかもしれん」
...真剣に考えて、励ましてくれていた。
本当に良い友達を持ったな。感謝をしてもしきれないぐらいだった。
「...ありがと」
夕日が間もなく、落ちようとしていた。
きっと夜になったら...月明かりが綺麗なんだろうな。
そう思いながら、私は学校を後にするのだった。