飛ばしてもあまり問題ないです
ある日の朝。私の携帯にピリリリッ、と着信音が鳴った。
「ん...なに?電話?」
誰からだろう。まだ眠い目をこすりながら、電話に出る。
「...ふあ〜あ。もしもし」
「みずきか。困った事になっている。」
携帯から聖の声が聞こえてきた。
「急いで部室に来てくれ。幸い今日は晴れだぞ」
「ああ....うん。分かった、すぐ行くね。」
ピッ、と電話を切る。
何の用事だろう...と思いながらふと時計を見た。
「って、5時半?なんでこんな時間に...」
今日は休みなのに、どうしたんだろ?
「とりあえず、行ってみるしかないかな」
急いで支度をして、家を出た。
学校に着く。...グラウンドにはほとんど人がいない。
みんな中にいるのかなと思い、部室のドアを開けてみる。
思ったとおり、部室には皆が集まっていた。
「みずき、来たか。」
向こう側を見ていた聖は、私に気づくと声をかけてくる。
「なんなの、聖?こんな朝早くから呼び出したりして」
よく見ると、皆はある一点の場所を見続けていた。
「やっぱり、ない...」
あれ。もうあおいさんたちまで集まってる。
ないって、何の話だろう?
「あのー。何かあったんですか?」
私はあおいさんに事情を聞いてみた。
「野球ボールが...ない?」
「うん、そうなんだよ。うちの学校には特別なボールがあったよね」
「部室のあそこに飾ってあったはずだが、無くなってる」
猪狩守は、棚の部分を指差して言った。
「...もしかして、あの汚れてたサインボールですか?」
「そうそう。昨日まではあったはずだけど...」
「さっき見たら、もうなかったんだよ。」
「あれは一応サインがあるから、高い物だと思うし...」
あおいさんは首をかしげると...
はっ、と思いついたように言った。
「そうだ!貧乏な人の仕業だよっ!」
せっかく言ってもらったところで悪いけど...
誰でも思いつきそうな考えに見えた。
「それじゃあまずボクは容疑者から外れるね。元々金持ちだから、盗む理由はないだろう」
「そもそも、天才のボクがそんな事をするなんてあり得ないが」
猪狩守は、相変わらず鼻につく言い方をする。
「じゃあ、そうだな。橘みずき...キミがやったんじゃないのかい?」
「...いや、違うから。なんでそんな事する必要があるの」
「さあ、どうだか。特にキミなら、イタズラでやってそうじゃないか」
「...」
「なんだ、反論はないのかい?」
「た、確かにそうかもしれないけど...今回は関係ないし。」
「....やりそうなのは認めるのか?」
聖がそれはありえない、と反論した。
「...あのボールがなくなれば、すぐに分かる。今日盗むことは難しい。となると昨日の可能性が高いわけだが」
「昨日は雨でみんな早く帰っていた。つまり私たちが犯人の可能性は低い。」
「フッ、冗談に決まってるじゃないか。」
...全く面白くない冗談だと思った。
不毛な争いになってきたから、一旦流れを変える事にする。
「...とにかくっ。ここで犯人探ししてもしょうがないし。証拠を集めるのが先じゃない?」
「そうだね。じゃあボク、皆から証言を聞いてくるよ!」
あおいさんはそう言ってグラウンドの方に飛び出していった。
...皆といっても、そんなに数は多くないはずだけど。
「昨日の雨の後に残ってたのはこの2人みたい。そうだ、この子たちがみずきと聖だよ。ほら、自己紹介して。」
「そういや挨拶してなかったね。私はエミリだヨ。よろしくー!」
そう言って外国人の女の子が気さくに話しかけてきた。
エミーと呼んでネ!なんて言って、私の手をガッシリ掴んで握手する。
あおいさんに聞くとアメリカからやってきた留学生らしい。
2年生で私より先輩とのことだけど、年上にはあまり見えない。
「僕は田中山だよ。橘みずきさんと六道聖さんだったなー、よろしく!」
...そして、見知らぬ男の子が私たちの事を知っているかのような口ぶりで話しかけてきた。
「エミリって人は前に見たことある気がするけど...こっちは誰?こんなのいたっけ?」
「さぁ....」
聖も首をかしげている。
「いや。顔ぐらいは、たぶん覚えてるはず...だよな?」
「ほら。猪狩くんと君との対決の時、球審をやってた...」
あー....言われればいたかもしれない。
けど、顔に特徴がなさすぎて思い出すこともできなかった。
「えーっと...いたような、いなかったような」
しばらく、気まずい沈黙が流れる。
「ガ、ガーン...やっぱり僕、この程度の扱いなのかー...」
「どうせ誰にも名前を覚えてもらえやしないんだよなー...分かってたけどさー...」
彼は、まるでこの世が終わるかのような落ち込み方をしていた。
「き、気を取り直してよ。田中川くん。」
あおいさんがすかさず励まそうとする。
「違うって、田中山だよー!」
...しかし、そのフォローは逆効果に終わったみたいだった。
「あれっ!?ゴ、ゴメン!」
「...まぁ、そんな話より。2人ともさ。昨日、最後にボールを見たのはいつなの?」
「僕は、夜の9時ぐらいに見たよー。結構長く残ってたけど、もう帰り際で支度してる時かなー。」
「おかしな事聞くね?エミーは確か...夜の8時頃だったかなぁ。練習が終わって、休憩してたんだヨ。数十分ぐらいはあったけどすぐ消えちゃったかな」
...えっ?
「どういう事なんだ?矛盾してるじゃないか。」
猪狩守が不思議そうに首をかしげる。
「これはどちらかが...ウソをついているという事だろうか?」
同じく聖も、頭を悩ませていた。
けど、私はかえって分かりやすくなった気がした。
「じゃあ...ははーん、なるほどね。この2人のどっちかが犯人ってことになるじゃない。」
「私は違うヨー!たぶんこの田中なんとかってのがウソつきだと思うっ!」
「キミの言ってる事はおかしいよ。僕は無実だ!」
「...埒があかないね。早川、昨日の夜で他に残っていた人はいないか?」
「さ、探してくるっ。」
あおいさんは、ちょうどいた2年生の佐々木さんを連れてきた。
やたらとテンションの高い先輩だ。
「あー!確かに昨日の8時頃、エミリが部室に入ってきたのを見たわ!」
「佐々木...それは本当か?」
佐々木さんは一応2年生のはずだけど、なぜか呼び捨てにされている。
「記憶にハッキリ残ってるぜ!オレもそのとき飯食ってたし、みんなもう帰ってたからな。」
「田中山くんはいたか覚えてる?」
「うーん、田中山か。そんな奴はいたようないなかったような...」
私は情報を整理した。
「じゃあ、佐々木さんはその時もう部室にいたってことね。で、ボールの方は?」
「確かボールはあったな。すげー汚かったからめっちゃ覚えてる」
猪狩守はそれを聞くと、合点のいった顔をした。
「...なるほど。それなら簡単じゃないか。犯人はエミリだよ。」
「え...どうして?」
あおいさんが疑問に思う。
「よく考えてみろ。エミリはなかったと主張してるが、佐々木はあったと言ってる。」
「それで...あの男もあったと。1人だけ違う事を言ってるなら、これはエミリが怪しいに決まってるじゃないか。」
「うーん、そうかなぁ」
「...佐々木の発言を信じるならば、な。」
聖が一言つぶやく。
「なんだ?オレがボールを取ったとでも言いたいのかよ?」
「そもそも、その推理も田中くんの発言を信じた場合だよ。」
「僕は本当の話をしてるけどなー。エミリさんが犯人かは分からないけど...」
「...とにかく、誰かがウソをついてるのは間違いないんだけどねぇ。」
「うーむ。とりあえずエミリがウソを言ってるようには思えないのだが...」
「そうね。それなら、そもそもなんであんなウソをつく必要が...」
「...って、え?」
「キャッ!びっくりするじゃない、聖。」
私は聖がいつの間に後ろに立っている事に気づき、驚いた。
「結構前からここに移動していたぞ。ちゃんと見てなかっただけじゃないのか?」
「まったく、もう。見えるような位置に...」
あれ、聖は今なんて言ったっけ。
私がちゃんと見てなかったから気づけなかった...?
妙にその言葉が頭の中で引っかかる。
そして、考え始めた瞬間に全ての謎が解けた。
「どうした?」
「...なるほど、そういう事ね。犯人が分かったわよ、聖」
「どういうことだ?ちゃんと私にも分かるように教えてほしいぞ。」
「今回の話は...ちょっと複雑だったかもね。重要なのは物の見方。それに気づけば謎は解ける」
「ヒントは...影。さあ、もう分かるわよね?」
聖はまだピンと来ていない様子だった。
「本当に...謎が解けたって言うの?」
あおいさんが心配そうに言う。
後ろでも、3人が口々に騒ぎ立てていた。
けど...たぶんこれで大丈夫。もう真相は見えてるはず。
「まあまあ。みんな、一旦落ち着いて。今回の件でまず重要なのは、物の見え方だったの。」
「...何を言ってるんだ、キミは?」
「エミリさん。部室にはボールがなかったと言ってたよね。それって...これのこと?」
適当な野球ボールを持ってきて、エミリさんに見せる。
「ただのボールを見せて...どういうつもりなのだ?」
エミリさんは首をかしげて言った。
「いや...違うヨ?」
「え...」
「なんだと?」
皆が驚いて私の方を見る。
「な...?説明してくれ、みずき。」
「エミリさんは外国人。だから、ボールを違う意味で捉えてたのよ」
「ねえ。エミリさんは、このボールじゃなくて...ボウルの話をしてるって思ったのよね?」
「そうだよ...?食器は佐々木くんに片付けられたんだし、ストレンジと思ったけど」
....英語が混じってて少し言ってる事が分かりにくい。
とはいえ、とにかく変だと思っていたことはなんとなく伝わる。
「...つまりこうか、みずき。あの発言は野球ボールじゃなく...食器と勘違いしてだったと?」
「そのとおり。」
猪狩守は信じられないといった顔をしている。
「じゃあ、この野球ボールで...汚くて、サインが書いてた物は?」
エミリさんははっと何かを思い出したように言った。
「あぁ...確かにあった!覚えてるヨ!あの場所に置いてあった。」
「えっ、つまり...どういうこと?」
「いいですか、あおいさん。エミリさんがボールを見ていたとなると、佐々木さんの証言も正しい可能性が高いってことなんですよ。」
「なるほど。みずき、それじゃあ一番怪しい人物は...?」
「ぼ...僕じゃないよ。」
「...本当にそうかしらね?佐藤くん」
「田中山!全然違うじゃないか!」
「あれ、違った?」
どうも名前が覚えられない。
彼は無茶苦茶だよ、と呆れたように言った。
「...大体、それだけじゃ犯行時刻が夜8時から9時までの間になっただけさー。他が犯人の可能性もあると思うけど」
「まぁ、普通ならね。」
「...でも、その時間帯に人はいたんですか?あおいさん。」
「顧問の人に聞き込みしたら、みんな8時前にはほとんどが帰ってたみたいだね。」
「8時ごろには、もうほぼ佐々木くんとエミーだけだったナー。私たちもご飯を食べてしばらくしたらすぐにゴー、ホーム!した記憶があるし」
「つまり、そういうこと。あいにく雨もあってね、当日の8時以降にいたのはキミを含めた3人だけだったのよ。」
「それでボールを最後に見たのがキミなら...一番怪しくなってくるわけ」
「...いや。先生たちが犯人の可能性だってあるだろー?」
「あの雨の後....わざわざこの部室に先生が入ってくると思う?」
「....多分僕の予想だと、ここに犯人はいないと思うよー。たぶん学校に侵入してきた泥棒か誰かじゃないかなー」
「ボールは飾ってあったんだから、持ち出したらすぐにバレるよ」
「誰も気づかないなんて、ありえないよー」
「いいや。ところが...意外とそうでもないと思うんだよね。」
「えっ?どうしてそんな事が」
「...ちょっと言いにくい話だけど、いい?」
「えっと...キミってさ、影薄いじゃん。だから、ボールを持ち出しても気づかれなかったんじゃないかな?」
彼はそれを聞くと、はは...と力なく笑った。
少しずつ、さっきまでの余裕がなくなり始めている。
「なんだよそれ...」
「現に、皆に全く名前を覚えてもらってないでしょ?」
「...だからって、そんな訳ないだろ!」
「うん。私もありえないと思う。でもさ、もしそうだったとしたらどう?」
部員の中で、あおいさんにすら名前を覚えられてない。
それぐらい影の薄い人にしか、あのボールは持ち出せないと私は思っていた。
「ば。バカバカしいよ...」
「適当な理由で疑うのはやめてくれ。ちゃんとした証拠を出してからにしろよ!」
普通にやっても、アリバイは崩せそうにないか。
こうなったら...賭けに出るしかないかな。
「...あ。いや。でも違ったかな」
「...はあ?」
「だって、朝の時にはあったみたいだし...」
聖は一瞬驚いた顔をしていたが、
私の目を見てすぐに意図を察したようだった。
「...そうだったな。」
「なんだ、混乱してるのかー?朝にはもうボールはなかったはずだよー」
「ふふん...なるほど、ね。」
「なんで...知ってるの?」
あおいさんが突っ込んだ。
「...え?」
「ボールは確かになかったよ。でも、キミがどうしてそれを知ってるの?」
「ボクは今日の5時からグラウンドに来てた。けど、その時に田中山くんはいなかったよね」
「...あ!いやそれは...先生とかー、みんなからさっき聞いたんだよ」
「そう。じゃあ確認してみる?」
「この時間帯なら聞いた人は限られてくるけどね」
「....」
「いつ確認したのか。その答え、私が言ってあげる。」
「自分が盗んだ時よね。だからないと分かってた。でしょ?」
田中山くんはしばらく何かを言おうとしていたが...
とうとう観念したようだった。
「...はは、やられた。口が滑ったなー。」
「やっぱり。田中山くんが...?」
「で、なんでそんなことをしちゃったの?」
「...目立ちたかったんだよ。僕は影が薄いし...誰にも注目されない。」
「だから、あのサインボールを盗めば有名な人になれるかなって思ったんだよ。ほんの出来心だったんだ」
「な、なにそれ。それだけの理由?」
「そうだよ。キミには理解できないかもしれないけどさー。」
なんとなく予想がついたとはいえ....呆れた。
「...ま、なんとなく気持ちは分からなくもないけど。」
「みずきもやたらと目立ちたがりだからな。」
聖が余計な一言を言ってくる。
「それで...どうなるんだ?僕、やっぱり逮捕されたりするのかなー...?」
「....まぁ、一応悪気があってやった事じゃないんでしょ?」
「なら、ちゃんとボールを返せばいいのよ。それぐらいみんな黙っててくれるはずだし」
「うん。すぐに返すならパワプロくんも許してくれると思うよ」
「...そうだね。これで部員が1人消えても困るし、騒がれても面倒だ。許しておいてやるよ」
「私も同意だな。この程度ならお咎めなしにしておこう。」
「そ...そうか...良かった。ありがとう、みんなー!」
「あと、プリンね」
「え?」
「ここにいる人の分と...そうそう、ついでに私のは2個分用意しといて。」
「みんなはいいとしても....なんで君のだけ2個?」
「いいから、いいから。ほら、早く買ってきてよ」
「....」
「あー、そう。なら、どうしよっかな。この話、他の人に言っちゃおうかなぁ」
「...わ、分かったよー!すぐに買ってくるから!」
「うん。助かるわ、ありがとっ。」
「...私は金つばで頼む。」
「おっ、それならオレは唐揚げとかで頼むわ」
「そ、それも買ってくるよー!」
田中山くんは慌てて外に走って行った。
「...これでグッドってことになるのかなー?」
「うーん、どうなんだろ...でもまぁ、これで済むなら良いんじゃないかな!」
「うんうん。みんな、これで一件落着ってことで」
猪狩守が私を白い目で見てくる。
「さっきは少し感心したが...まさか、このために推理をしたのか?キミは...」
「...さ、さぁ?」
◆
ボクは練習を終え、進の病室に向かっていた。
すると...誰かがこっちに歩いてくる。
ん?あの髪型....
「キミはまさか...橘みずきか?」
「あっ!...」
橘みずきはボクを見ると、逃げ出すように走っていく。
「...なんだ、あいつは。」
どうしてこんな所にいるんだ?
さっき入っていたのは...進の病室か?
病室のドアを開ける。
「進...元気か?」
進はボクに気づくと、笑顔で応えた。
「あ、兄さん。まあ...なんとか。まだ時間かかりそうだけど」
「そうか...良かったな」
最初に対面した時は、ほとんど意識不明の状態だった。
それがここまで回復するとは...全く、奇跡としか言いようがない。
進はそういえば、と思いついたように言った。
「さっき誰かが、ボクにプリンを差し入れしてくれたんです」
....プリン?まさか。
「女の子みたいでしたけど...兄さん、知ってます?」
「...あいつか。知ってるよ」
フン、なるほどね。あの時の話は...
全く....粋な事をしてくれたものじゃないか。
「ひねくれててムカつくけど...」
「なんだかんだ、結構悪くはないヤツさ。」
進はそれを聞いて、ボクに小さく微笑んだ。