私がいつものように自転車を走らせていると...
学校の前に、見覚えのある誰かが立っていた。
「待ちなさい、橘みずき!」
「あーちょっと、どいてどいて。」
「...って危ない、ぶつかる!」
その子がそんなことを言いつつ、しきりに声を上げている。
それにしても...邪魔な所に立ってるなぁ。
私はその子を避けて、自転車を置き場に止めた。
「よいしょっと」
「...橘みずき。私を覚えてらっしゃる?」
「...あっ!」
「...えーと。誰だっけ?」
その子はがくっ、と分かりやすく落胆をする。
「冗談だって。麗奈でしょ?あんた、学校同じだったっけ?」
「入学式の時に隣にいたでしょ!」
「...そうだっけ?全然覚えてないや」
「ま...まあいい。今日は、あなたに戦線布告するために待っていたのですわ!」
「へぇ、そうなんだ。じゃあね。」
面倒な事になりそうだし、さっさと逃げよっと。
「うん、じゃあね...って、コラァ!」
「なんか用事あったらさ、学校終わった後で言って。部活あるから夜まで待つだろうけど」
適当な事を言ってその場を立ち去る。
まだ何か騒いでたみたいだけど....ま、無視でいいや。
「でさー。あそこにできた喫茶店、今度行ってみない?」
「それはいいな。...ちょっといいか、みずき?」
「ん、何?」
「ドアの向こうでみずきを呼ぶ声が聞こえるのだが...アレはなんだ?」
ちらりと教室のドアの方を見ると、あの子がいた。
....まだ私についてきてるのかぁ。
「ああ、アレは...前に言ってたストーカーみたいなもんだよ。ほら、私って人気者だし。顔も美少女だしね」
適当にごまかそうとすると、聖は腑に落ちない顔をした。
「...そうなのか?...私にはあまり人気があるようには見えないが...」
「顔も正直...そうでもないというか...申し訳ない」
あくまで私の目線でだぞ、と聖はある程度フォローをしてくれる。
だけど、その微妙な反応に私は少しショックを受けた。
人気者ってのはさすがにウソとはいえ...そこまで言わなくても。
「....だって、お姉ちゃんも私のこと可愛いって言ってくれたし。」
「それはあんまりあてにならないものだと思うのだが...」
これ以上話してるとなんか辛くなってくる気がする...もうやめよっと。
そう思った私は、適当なタイミングで話を切り上げた。
「...まあ、聖には分からない隠れた魅力があるのよ。私にはね」
「そういうものか。で、あのストーカーはどうするのだ?」
「ほっとけばいいんじゃない?そのうち飽きて帰ると思うし」
「コラァ、みずきー!私と勝負しろー!」
「...勝負とか聞こえたぞ?」
「そーゆー...勝負にこだわる系のストーカーなんだよ。」
「そんなのいるのか...?」
その日の授業が終わった私は、いつも通り部室へと入る。
「...えっ?な、なんであんたがここに?」
「あら。みずきさん。こんばんは」
さっきのあいつが部屋で待ち構えていた。
近くにいた猪狩キャプテンになんで彼女がいるのかと聞くと、
「マネージャーだよ。やりたいと言ってたからな。」
あっさりした口調でそう答えた。
そして、知り合いか?と私に問いかけてくる。
「いや、そんなわけじゃ...」
「ええ。昔からの知り合いですわ」
「そうか。....嫌そうな顔だが、まあ。なんとか仲良くやってくれ。」
こりゃ、面倒な事になったなぁ。
私がため息をついていると、聖がささやいてきた。
「さっき言ってたストーカー...知り合いだったのか。」
「うん。まあ、中学からの同級生で...何かと私をライバル視してくるんだよね」
「なんだか、大変だな...」
聖が私に同情した様子を見せてくる。
その瞬間、矢部くんが急に私たちの話に入りこんできた。
「何か色々ありそうでやんすね...これは、波乱の予感でやんす!」
「...矢部くん、ちょっと黙っててくんない?」
大変な事が起きなきゃいいんだけどなぁ。
私は少しイヤな予感がした。この予感、当たらなきゃいいんだけど....
「はー、今日の練習も疲れた!」
「そう言いつつ、まだ元気がありそうじゃないか。私はもうヘトヘトだぞ...」
練習が終わった後、私たちは部室で話をしていた。
「そうなの?聖、運動不足じゃない?」
「これが普通だ。そもそも、みずきのスタミナがおかしいというか...どこからそんな力が出てくるのだ?」
「そりゃ...うちのおじいちゃんにはさんざん鍛えられたのもあるしね。」
「それだけ厳しい特訓を受けていたのか...体力が有り余ってるわけだな。」
「もう、あんまり褒めないでったらー。」
「...ま、だからさ。私にはもう、できない事なんてないと言っても良いかもね?」
「ほう?」
「天才過ぎてさ。むしろ、敵らしい敵がいなくて退屈しちゃってるぐらい?あははっ」
「...そうか、みずき。今、出来ないことはないと言ったな」
「もちろん。決まってるでしょ?」
「ならば...バッターもできると言うのだな?」
....え。
「ば....バッター?」
「ん?...どうしたみずき。なんでもできるんじゃなかったのか?」
しまった、と思った。
こういう時の聖は、特に意地悪だ。
「そ、そりゃまあ...多少はバッターもできるけどさぁ」
「なるほどな。じゃあ、私と勝負しないか?バッティングセンターで」
「えっ!」
案の定、聖は突拍子もない事を言い出し始めた。
「10球の中で何回打てるか勝負だ。あれだけ出来ると言い張ったのだからな、嫌とは言わせないぞ」
「もしみずきが負けたら、しっかり金つばを奢ってもらう」
聖は、普通に何事もなく話を進めようとする。
いやいや、ちょっと待って。
「....ねぇ、疲れてるって言ってなかった?」
「それぐらいの体力は余っている」
「い、言ったからにはしょうがないけどさ。えーっと...金つばって、なんのやつ?」
「以前から欲しいのがあってな...さて、今から楽しみだ。どちらが勝つのか」
ニコニコと....いや、ニヤニヤと聖は笑っている。
調子に乗るんじゃなかったなー....
「よし、やって来たぞ」
「....さっきのは聞かなかった事にしてくんない?ねぇ、聖ってば」
「もう遅い。大体、みずきは何も考えず行動する事が多すぎる。もっと自分の行動には責任を持て」
急に厳しい話をされる。
「うっ...いや、だってさぁ。そんなのいちいち考えてたらめんどくさいじゃん。」
「それがダメな所なのだ。さぁ、さっさと勝負を始めるぞ。」
「ちぇー...まあいいや。」
こうなったら....聖に勝ってギャフンと言わせてやるんだから!
「...はぁっ!」
カキーンッ、と鋭く音が鳴る。
「よし、10球中6球か。次はみずきの番だぞ」
やっぱりすごい...勝つなんて無理ねこれ。
聖の姿を見て、私はすっかり自信を喪失してしまっていた。
こうなったら....
「...あー、そうだね。ところで聖、その前に何か食べに行かない?奢るから」
「そうだな。じゃあ、特別なきんつばを1つ頼む。」
「あ、いや。それじゃないのでさ...なんか、違うやつとか。疲れてるでしょ?」
「...いいかげん観念しろ、みずき。」
ごまかそうとしたけど、ダメだった。
「う...分かったわよ。やればいいんでしょー。もう...」
「大丈夫だ。みずきは力もあるし、当たればホームランもワケないハズだぞ」
「少しも当たらない...だと?」
聖はあり得ない、という顔をしている。
「だから言ってたのに。私はバッターなんて向いてないって!」
「し、しかし...いくらなんでも下手過ぎじゃないか?カスリもしないとは...フォームも滅茶苦茶だぞ。」
「ちょっと、もうその話をするのはやめてよー!私の負けでいいからっ。」
「いやでも...なんだかもったいないぞ。せっかく走れる力があるのに、試合に全く活かせないなんて」
「...それは自分でも分かってる。けどさ...どうしようもないじゃない!」
「...ならば、特訓をすればいい。明日からしっかりとな」
「えー、特訓...?でも、あんまりキツいのは嫌なんだけど」
「大丈夫だ。ああそれと、忘れかけていたが今からきんつばも奢ってもらう。」
「...そのまま忘れてくれりゃ良かったのに。」
「文句なら過去の自分に言っておけ」
「あーあ、誰かタイムマシンとか作ってくれないかなぁ。ちょっとだけ戻れるやつでいいから」
「...あったとしても、そんな下らない目的では使わせてくれないと思うぞ?」