パワフルC   作:Arica

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ある雨の日

 

 

大粒の雨が降りそそいでいる。

 

 

「なんだよ...はぁ...」

 

 

みんなは練習が出来ないことに不満なようで、口々に騒ぎ出していた。

隣にいた聖も、雨粒がひたすら流れていく窓を見つめながらぽつりと言葉をこぼす。

 

 

「雨が酷いな...」

 

 

その言葉に応えるように、私も言った。

 

 

「まさか急に降ってくるなんて。全く、ついてないなぁ。」

 

 

「しばらくは止みそうにないね...」

 

 

そう言ったのはあおいさんだ。

 

 

「前にも雨が降っていたし、最近は連日雨が続いているな」

 

 

「そうねー。」

 

 

ここのところはずっと天気が悪かった。

 

 

「梅雨でやんすかね?ちょっと早いでやんすけど」

 

 

ふと、部室に飾られたボールを見つめる。泥だらけでやけに薄汚れていた。

何かサインが書いてあるけど、はっきりとは見えない。

 

 

「...このボール、なんか凄い汚れてるんだけど。誰が置いたの、こんなの?」

 

 

「...それはパワプロの置いた物だ。」

 

 

猪狩守が、フンと鼻を鳴らしてそう言ってきた。

...えっ、パワプロくんが?なんのために?

 

私の顔を見てその思いを見透かしたのか、更に言葉を返してきた。

 

 

「さあな。だが、きっと何か意味があるはずだ。」

 

 

「意味って何でやんすか?」

 

 

「わからない。ただ、あいつは無意味なことをする奴じゃない。必ず理由があるはずなんだ。」

 

 

「...まぁ、橘みずき。キミのようなヤツには分からないと思うけどね」

 

 

...相変わらず、こいつの言葉は嫌味ったらしいったらありゃしない。

 

 

「ふ、ふーん。でも、こんな変なボールに意味があるなんて...」

 

 

「人の気持ちを理解することなんて出来ないだろうからな、キミには。」

 

「でなきゃ、あんな事をしたりはしないだろう。」

 

 

...少し言葉が刺さる。確かにそうかもしれないけど、でも。

 

 

「...それはっ」

 

 

関係ないでしょ。そう言おうとしたけど。罪悪感がこみ上げてきて...

結局、言い返すことは出来なかった。

 

 

「まあまあ...あの事はみずきも反省してるし、許してあげてよ。ボールの事はボクだって分からないし」

 

 

「...フン。」

 

 

 

 

「なかなか収まらないでやんすね。」

 

 

しびれを切らしたのか、矢部くんが外へ出ていこうとしていた。

 

 

その時。

 

 

ピカッ!ゴロゴロ...轟音が鳴り響き、閃光が部室にも走る。

 

 

「きゃっ、雷!?」

 

 

それに驚いて、私は反射的に大声をあげてしまった。

 

 

「び、ビックリしたでやんす。急に大声出さないで欲しいでやんすっ!」

 

 

「ちょっと。帰った方が良いかもね...これ。」

 

 

恥ずかしい気持ちをごまかすように、状況を言葉で整理する。

 

 

「...無視でやんすか?」

 

 

「全く...騒がしいぞ。ただでさえ狭いんだから、静かにしてくれないか」

 

 

「まぁまぁ、猪狩君。...確かに雷は怖いよねー。みずきの気持ち、ボクもちょっと分かるかも」

 

 

あおいさんが苦笑いしながら私に語りかけてくれる。

 

 

「ホントですよ。もう、雷なんてなければいいのにっ。」

 

 

そんな私とは対照的に、冷静な聖は窓の奥をずっと見つめ続けていた。

そうしてある程度経った後、聖がふいに言葉を発する。

 

 

「ん?こっちに誰か走ってくるぞ。」

 

 

ガチャッ。その音とともに、誰かが息を切らせながら

勢いよく部室に転がりこんでくる。

 

 

「はぁ!ふぅ...」

 

 

パワプロくんだった。

 

 

「パワプロくん?どうしたんでやんす?」

 

 

「いや、今日やる事がようやく片付いてさ。練習に参加しようと思ったらこのありさまだよ...」

 

 

何かと思ったら...真面目だなぁ。

なにも、こんな日にわざわざ来ることないのに。

 

 

「無茶するでやんすね...この雨の中で走ってくるなんて。風邪を引くでやんすよ?」

 

 

「あ、ああ...」

 

 

「パワプロ。来てもらって悪いが、ボクらはそろそろ帰ろうかと思ってる」

 

 

「はぁ...やっぱりそうか。」

 

 

パワプロくんはがっくりと肩を落とす。

やってることはメチャクチャだけど...ちょっと可哀想に見えた。

 

少し気分転換にでもなればいいかな...

私はそんな思いもありつつ、気になっていた疑問をぶつける。

 

 

「...そういえばパワプロくん、いきなりだけど。あそこに置いてるボールってなんなの?」

 

 

「ん。なんなのって...あれか?あれは...昔、父さんと野球観戦に行った時。貰ってきたボールだよ。」

 

 

「へぇ。書いてあるのは、誰のサイン?」

 

 

パワプロくんは恥ずかしそうに頭をかいて言った。

 

 

「それがさ...分かんないんだよな。あんまり有名な選手じゃなかったみたいでさ。」

 

 

「...分かんないって、どういうこと?」

 

 

「その時は子供だったからさ。父さんもあんまりプロ野球には興味なかったみたいだし」

 

 

「そんなの、よく飾ってるね。」

 

 

「まあ。なんとなく飾ってるだけっていうか...お守りみたいで、良いかなって」

 

 

なんだ。あいつは、何かしら理由があるなんて分かってる風な事を言ってたくせに。

ちらりと言い出しっぺ、猪狩守の方を見ると...彼は大きく狼狽えていた。

 

 

「な、なんだそれは?もっと、ちゃんとした理由があるんじゃなかったのか...」

 

 

やっとそれだけ言う。

 

 

「あれ?思ったより適当だったんだ...」

 

 

あおいさんも、同じ意見だったらしい。

 

 

「うん...そこまで大した物じゃないよ。」

 

 

あっさり自分の考えを覆されてしまい、猪狩守はもはや返す言葉もなくなったようだった。

 

 

「....」

 

 

...まぁ、良い気味だよね。私は心の中で少しそう思う。

大体、あの時のだって。こいつが雑用ばっかりやらせたのが原因だったんだし...

 

私も悪かったけど、この男に何もお咎めがないのには少し腹が立っていた所もあった。

 

 

「でもさ。なんかカッコいいだろ?泥だらけになってるけど、それが逆に」

 

 

パワプロくんが嬉しそうに言う。

 

 

「いや...汚いわよ。洗ったりとかしないの?」

 

 

「だって、サインが消えるかもしれないだろ」

 

 

いや、そんな簡単に消えたりしないでしょ。

泥だらけがカッコいいってのもよく分からないし。

 

 

「パワプロくんは、野球道具が汚くなってもあまり変えないでやんすからねぇ。」

 

 

「真面目ってことなのかなぁ...?」

 

 

「おいおい。2人とも、オレを変人扱いするなよ。」

 

 

「いや...どう考えても変人以外にないっしょ。」

 

 

「そうか...?なあ猪狩、どうなんだ?」

 

 

「...悪いがパワプロ、ボクも同意見だ。キミは普通じゃない。」

 

 

「ええっ?あおいちゃんは?」

 

 

「...ゴメン、パワプロくん。さすがにあのボールはちょっと」

 

 

あおいさんが苦笑いをする。

 

 

「...う、ウソだろ?」

 

 

まあ、そりゃそうよね...ちょっとセンスがズレてるなぁ。

 

でも、どこか抜けたゆるい感じがあって...

正直、パワプロくんのその雰囲気自体はあまり嫌いにはならなかった。

 

 

数十分後...

 

 

「...それにしても寒いな。」

 

 

パワプロくんはさっきより更に体調が悪そうだった。

体をぶるぶる震えさせたその様子は、まるで怯えた子猫のようにも見える。

 

...そんな姿を見ると、少し悪戯心が湧いてきた。

ちょっとからかっちゃおうかな。

 

 

「大丈夫?...なんならさっ。私が抱きついててあげよっかー?」

 

 

「いや、いいよ...なんか、余計体調が悪くなりそうだし。」

 

 

あっさりと流されてしまった。

しかも...結構真面目に受け取られてるし。

 

 

「じょ、冗談だって。パワプロくん、本当に大丈夫?」

 

 

急に恥ずかしくなって、ごまかすために肩を叩こうとする。

 

すると...不意にパワプロくんの体がふらふらっと揺れて。

床にばたっ、と倒れてしまった。

 

 

「わっ...パワプロくん!?」

 

 

「うっ...はぁ....」

 

 

急いでおでこに手を当ててみる。...熱はないみたいだった。

 

 

「だ....大丈夫だよ。さっき転んじゃって、足の痛みがちょっとな....」

 

 

「....転んだの!?なんでそれを早く言わないのよ!」

 

 

まさかパワプロ君が怪我をしていたなんて.....

私は急いであおいさんにその事を話した。

 

 

「これぐらい平気だって。あんまり迷惑かけちゃ悪いからさ....」

 

 

あおいさんは猪狩守と相談している。

 

 

「...仕方ない。万が一だが、こうなったら車で病院に送ってもらうかい?」

 

「できたら、お願いしたいな。」

 

 

彼は少し離れて、電話をかけ始めた。

 

 

「ああもしもし、父さん。...うん、友達が怪我をしたらしくてね。ここまで車を頼むよ。」

 

 

「分かった、ありがとう。」

 

 

「...しばらくすれば迎えが来るはずだ。」

 

 

「わ。悪いな、猪狩...助かるよ。」

 

 

「キミのためじゃないさ。怪我した人間をここに置いておくと困るからね」

 

 

パワプロくんが眠り始めてしばらくたった頃。

窓の方から、高そうな黒い車がやって来るのが見える。

 

...そういえば、あの女の人の車も黒だったっけ。

実は結構お金持ちだったのかもしれないな...と今になって思った。

 

 

「あれがボクの家の車だよ。どうだ、凄いだろう?」

 

 

猪狩守は聞いてもないのに、その車がいかに凄いか自慢し始める。

それを見た聖は、やれやれと肩を竦めた。

 

 

「全く、下らないな。」

 

 

「...ホントねぇ。」

 

 

ところで、と私に話を振る。

 

 

「みずきは祖父に連絡をしないのか?心配しているかもしれないぞ。」

 

 

「ああ。この時間だと、たぶんおじいちゃんはまだ帰ってないよ。仕事が忙しいらしいから」

 

 

「...そうか。じゃあみずき、私の家の車に乗っていくか?」

 

 

「ありがと。....でも、ごめんね聖。私、ちょっと考えてることがあってさ。」

 

 

「...考え?」

 

 

私は猪狩守の所に向かっていく。

 

 

「...なんだい?」

 

 

「乗せてくれない?あんたの車に」

 

 

猪狩守は当然ながら驚いた顔をして、私を睨んできた。

 

 

「どういう風の吹き回しだ?ボクの車にただで乗るつもりなら、ちゃんとした理由がないとね」

 

 

「...なんか、ほっとけなくてさ。パワプロくんの事が」

 

 

「...ほっとけないから、わざわざついていくなんて言うつもりかい?」

 

 

「うん。...ダメ?」

 

 

「まあ、そういう事であれば...別に構わないさ。本当にそうならね。」

 

 

疑いの目を向けてくる。

 

 

「ウソだと思う?そもそも、私は別にあんたの家の車になんか興味ないんだけど。」

 

 

「フン....分かったよ。乗ればいい。」

 

「じゃあ、その前にパワプロを起こさなきゃいけないな。」

 

 

「いや、いい。私が担いでくから」

 

 

「...担ぐだと?」

 

 

あおいさんの近くで寝ているパワプロくんを、

なんとか起こして背中に乗せる。

 

 

「よいしょっと。....これでいいでしょ?」

 

 

「...驚いた。そこまでの力があるなんてね。よし、急ぐとするか」

 

 

皆はまだ何か騒いでたけど、私と猪狩守は気にせず車へ向かった。

さっきより雨は小降りだった。猪狩守が後ろのドアを開けてくれる。

 

 

「ここに乗せてくれ」

 

 

パワプロくんをゆっくりと降ろすと、席に座らせてドアを閉めた。

私も反対側のドアを開けて、その隣に座る。

 

全てのドアが閉まると、車が発進した。

 

 

「...そちらのお嬢さんは誰だね?守」

 

 

運転手のおじさんが言った。

喋り方からして、猪狩守のお父さんだろうか。

 

 

「ボクの知り合いだよ。確か、橘みずきって名前だったかな」

 

 

「よろしく...お願いします」

 

 

「なるほど、キミがね。そうか、橘...か。」

 

 

「どうしてもパワプロのそばにいてやりたいって聞かないんでね。全く、わがままな女だよ。」

 

 

....それはあんたもでしょ。そう言いたい気分だったけど、

途中で降ろされかねないからぐっと堪えた。

 

 

「しかし、まさか担ぐまでするとは思わなかったよ。案外キミもそういう感情を持つ事があるんだね」

 

 

「...なんか、嫌な言い方ね。別に私は、ただちょっと心配になっただけで」

 

 

「とはいえ、無理して来る必要はなかったんじゃないのかい?」

 

「見たところ、パワプロはそんなに危険な状態ってわけじゃない。」

 

 

キミがついて来なくたって変わりはしないのに、なぜそこまで?

猪狩守はそんな疑問を私に持ってるのかもしれない。

 

 

「うーん。まあそれは...なんとなくっていうか...」

 

 

正直、私はその質問に上手く答えられない。

なぜなら....自分でもよく分かっていないからだった。

 

確かにその通り。別に私がいた所で、何も変わらないのに。

なのに...なんでこんなに、パワプロくんのことを心配してるんだろう?

 

 

その時、隣でパワプロくんがうーんと腕を伸ばした。

 

 

「...ん?ここは?」

 

 

「あっ、起きたのね。大丈夫?」

 

 

「うん...しばらく眠ってたら、痛みは少し落ち着いてきたよ。」

 

 

...良かった。とりあえずは一安心。

 

 

「ここはボクの車の中だよ。キミが倒れたからね。今は病院に向かってる途中さ。」

 

 

「....でも。橘はなんでここにいるんだ?」

 

 

「彼女は、キミが心配だと言ってね。わざわざここまで運んでくれたんだよ。」

 

 

「そうだったのか...」

 

 

「パワプロ。ここ最近はずっと忙しかったんだろう?...きっと疲れが溜まってたんだ。」

 

 

「そうかもな...オレ、色々焦りすぎてたのかもしれない。」

 

 

「全くもう...しっかり休みなさいよね。皆に迷惑がかかっちゃうんだから」

 

 

「...ごめん、橘。」

 

 

生徒会長だし、忙しいのは分かるんだけど...

あんまり無理しないでほしいと思った。....そこで、私はある事にふと気がつく。

 

私がパワプロくんを心配する理由は...彼がキャプテンだからだ。

猪狩守がキャプテンのままでは色々と困る。

だから、早く戻って欲しい気持ちがあったんだ。

 

 

「それにしても、橘....そこまでオレの事を気にかけてくれてたなんて、なんか嬉しいよ」

 

 

「....まあ。ちょっと弱っちいからね、キミ。」

 

 

「よ、弱いだって?」

 

 

「うん。今日だって急にばたっと倒れちゃったしさ。私がなんとかしてあげなかったら、今ごろ大変だったかもね」

 

 

「た....橘だって、前に泣いてたじゃないか。人に弱いなんて言えるほどじゃないだろ?」

 

 

「う。そ....それは、お姉ちゃんのことがあったからで!普段は全然泣いたりなんかしないしっ!」

 

 

「....キミたち、車の中で騒がしくしないでくれないか。」

 

 

「....あ、はーい。ごめんなさい。」

 

 

「ご。ごめん猪狩、つい....悪かったよ。」

 

 

「全く....ほら、病院が見えてきたぞ。」

 

 

しばらく車で待っているとすぐにパワプロくんが戻ってくる。

結果的にはすぐ治りそうな軽い怪我だったみたいでホッとした。

 

猪狩守はパワプロくんを家に送り届けた後、どうせだからと言って私の家にも送ってくれた。

 

 

「...ここまで送ってくれてありがとう。意外とあんたにも良いとこあるんだね、猪狩くん。」

 

 

「フン。」

 

 

「...しかし。あれは言い過ぎだな、橘みずき。キミがいなくたって、ボクがちゃんと助けていたさ」

 

 

「あれ。あんたさっき、別にキミのためなんかじゃない...とかなんとか、パワプロくんに言ってなかったっけー?」

 

 

「...それを言うなら、キミだってそうだろう。」

 

 

「...私が?」

 

 

「あははっ。私はあくまで、パワプロくんを自分のために利用してるだけだから。本当はこれっぽっちも興味なんかないよ。」

 

 

「あんたがキャプテンだと安心できないから、早くパワプロくんに戻ってほしかった。ただそれだけの話だって、さっき気づいたの」

 

 

しばらく沈黙が流れる。やっぱり怒っただろうか。

....すると、猪狩守はなぜか微笑んだ。

 

 

「...実はね。キミには少し、嫉妬していたんだよ。」

 

 

「え?急に...何の話?」

 

 

「キミがパワプロと仲良く話をする度に、イライラしたんだ。どうしてキミなんかがねって」

 

 

「そ....そう。そりゃ、悪かったわね」

 

 

「だけどね。今、そんな感情は消えたよ。もしかしたら....」

 

 

「....えっ?」

 

 

「いいや、余計な話をしたね。それじゃ」

 

 

猪狩守は意味深な事を言うと、車に乗って去っていった。

 

 

「もしかしたらって....どういうこと」

 

 

またもやもやとした感情が浮かんできた。

皮肉にもそんな私の感情とは裏腹に、空はすごく晴れ渡っている。

 

 

「....あっ」

 

 

虹が架かっていることにふと気づいた。

 

その虹はどこまでも伸びていて.... しばらく、消える事はなかった。

 

 

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