恋人は森丘の火竜   作:黒ピ

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#1 2年前の話

今から数百年前までは、『ニンゲン』という種族が存在し、

俺達『モンスター』の先祖も『現在』とはかなり違った姿をしていたらしい。

 

霞龍の少女から聞いた話によれば、

『ニンゲン』達は何らかの原因で突如絶滅してしまい、

 

それと同時に俺達の先祖であるモンスター達は、

『ニンゲン』によく似た、二本足で立っている『現在の姿』

――彼女曰く『人型』に変わったとのことだ。

 

それ故に、現在の世界には、そんな『人型』の子孫達が数多く存在し、

限りある命の中で今日も懸命に生きている。

 

そして、今から自分の身の上を語ろうとしている俺もまた、

そんな世界に住んでいる『人型』のひとりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今から2年ほど前、

 

『電竜』という雷を操る種族に属し、

『ゼクス』という、電竜の間ではごくありふれた名を持つ俺は、

元々は『沼地』と呼ばれる薄暗い湿地帯の住民だった。

 

この地の大きな特徴といえば、

霧の立ち込めた灰色の味気の無い天井と、そのせいで昼間でも辺りが薄暗いことと、

あとは、降雨が多いが故に常時ぬかるんでいる土くらいだろうか。

 

そんな地に在る、大小さまざまな蓮の葉達が浮いた広い水辺と

とうの昔に枯れ果て、横たわるように倒れている大木がある場所に存在する、

恐らくはかなり大昔に建てられたものと思われる朽ちかけたテントの中で、

 

「が、は…っ!」

「ほらっ、こんなもんで倒れてちゃ駄目だろ?もっと俺を楽しませろ、よっ!」

 

15歳の頃の、簡素な白い服を着せられていた俺は、背中に生えている黒金色の両翼と

自分の後方に生えている、端が鋏のような形状をした尻尾をぐったりとさせ、

傷と痣と汚れにまみれた身体をじっと横たえながら、

 

もう一人の電竜が振るってくる暴力に必死で耐えていた。

 

「あ、がっ…!があああああっ!!」

「いいね、いいねぇっ!やっぱりお前は最高だよっ!」

 

そんな俺を見て嘲笑しているのは、淡く青白い光を放つ翼を生やし、

黒色のレザージャケットと黒のダメージジーンズを着込んだ、

先端が肥大化し、青白く発光した鋏尾を持つ20代前半ほどの同種。

 

電竜の中でも特に強大な力を持つ者に与えられる

『青電主』という二つ名を持つその男は、

 

俺の腹や四肢を蹴ったり踏んだりしながら、異常なほどに歪に笑い、

俺の苦しむ姿を見るたびに恍惚とした表情を浮かべている。

 

やられている側の俺としては、当然ながら堪ったものではなく、

断続的に攻撃を受け、痛みの止まるときがほとんどないため、

身体の方への影響は言うまでもないが、

精神の方も痛苦のせいでかなりボロボロになっていた。

 

それでも、俺はこの場から逃げることができない。

 

何故なら、俺の両手首は後ろ手に太くて固い縄で雁字搦めに、

両足の方も歩くことができないようにきつく密着させられた状態で縛られ、

首の方には、奴が左手に握っている鎖と繋がった布製の輪が巻かれており、

自分の身体の自由をほとんど奪われてしまっていたから。

 

「ぐっ…!」

 

だから、弱弱しくうねる自分の鋏尾を足でぐりぐりと踏みつけられても、

腰まで届くほどに長い、緑がかった黒色をした長髪を思いきり引っ張り上げられたりしても、

 

髪を乱暴に掴まれ無理矢理立たされた状態で、

この日数十回目の鉄拳を腹にまともに食らい、

空の胃袋から強い酸味のある液を吐き出しそうになったとしても、

 

その後、身体を地面に叩きつけられた上に、脇腹に追撃を受けたりしたとしても、

首輪と繋がった鎖を引っ張られたことで、首が締まってしまったとしても、

 

「ほらほらぁ、ゼクス。

さっさと立って、また俺の攻撃に耐えてみて、よっ!」

「ごふっ、ううっ…!」

 

ひたすらに浴びせられる地獄のような拷問を、俺は甘んじて受け続けているしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…」

 

夜になって『一旦は』俺を暴力から解放した年上の電竜は、

一塊の肉を俺の目の前に投げると、さっさとどこかへ行ってしまった。

 

恐らくは明日の朝飯のための狩りに出ただけなので、

そう時間はかからずに帰ってくるとは思うが。

 

…戻ってきたら、またあの地獄が始まるんだろうか。

そう考えると、自分の身体が情けなく震えだしてしまう。

 

 

半年前、加虐趣味を持つ青電主に運悪く目を付けられ、

突如奇襲を受けた俺は、反撃する間もなく

完膚なきまでに叩きのめされてしまう。

 

その後、奴に歪んだ意味で一目惚れされてしまい、

ボロボロのテントのある場所まで連れてこられた俺は、

以降、縄と首輪で管理され、奴専用の『ストレス解消用の玩具』として

惨めに嬲られる日々を送っている…。

 

当然、俺も最初はどうにかして逃げようと必死に様々な策を考えた。

 

ある時は、縄で縛られた両手首を柱に叩きつけて拘束を解こうとしたり、

またある時は、腹這いになって移動することを試みてみたり、

また別のある時は、偶然通りがかった同種に助けを求めてみたりなど、

とにかく様々な方法を駆使して、あの青電主から逃亡しようとしていた。

 

だが、残忍で鬼畜な性格の持ち主であった青い電竜は、

当然ながら俺のそんな行動を許さず、俺が脱走を図ろうとする度に、

いつもよりも凄まじい暴力を俺に浴びせてくる。

 

同種に助けを乞うた時に至っては、そいつと一緒になって俺の腹を勢いよく蹴ったり、

そいつに俺の両腕を掴ませ、自分はそれを的に思いきり拳を飛ばしたりといった、

苛烈という言葉すら生易しく感じてしまうほどの激しく執拗な攻撃で俺の身体と心を責め苛んでいき、

 

そんな仕打ちを三日三晩受け続けた俺は、逃亡への意欲を完全に失ってしまっていた。

 

おまけに、かなり昔、電竜に自分たちの土地を深刻この上ないくらいに荒らされたことで、

電竜という種族自体をかなり嫌悪していた沼地の住民達の多くは、

同じ種である俺のことも当然の如く見捨て、少しも助けようとしてくれない。

 

誰からも手を差し伸べられず、ただただ暴力を受け続ける、

そんな日々の中で考える気力すらも亡くしつつあった俺は、

 

自分に残されたものは、暴力と嘲笑に汚された地獄だけなのだと、

この時はそう思い込み、恐怖を覚えながらも、もう殆ど諦めかけていた。

 

絶望に染まりかけた心を抱えながら、淡々と食事を終えた俺は、

 

再び始まるであろう奴の『遊び』に備え、

体力を温存しておくためにも、少しだけ仮眠をとろうとする。

 

ぐったりとした鋏尾と、腰まで届くほどに長く伸びた髪と、

鈍い痛みの残る身体を泥だらけの地べたに横たえた後、目を瞑り、

奴の帰りが少しでも遅くなることを祈りながら、夢の世界に身を委ねようとした、そんな時、

 

「…なあ、お前。大丈夫か?」

 

不意に、知らない誰かの声が、俺の耳朶を打ってくる。

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