恋人は森丘の火竜   作:黒ピ

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#5 青き雷の逆襲

 

 

 

電竜に愛情というものは一切存在しない。

 

殆どの電竜の子供がこの世に生を受けてから、最初に身をもって知ることが、そんな残酷な事実だ。

 

生まれてまもなく親に置き去りにされた電竜は幼い時から、

襲い来る敵から自分の力だけで自分の身を守らなければならないし、

食糧だって自らの手で狩れなきゃ、到底生きていけない。

 

そうして孤独なまま成長していった電竜の子は、

非常に残忍で凶暴な性格を形成し、他者のことなどもはや餌同然にしか思わなくなる。

 

少し成長してから『ゼクス』と名乗るようになった俺も、

他の奴のことは一切信用せず、たった独りで生き抜いていくことを何よりも望んでいた、

 

心の底からそう思っていた、はずなのに…

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

アイルー達の巣から無我夢中で逃げてきた俺は、

眼下に広がる丘陵と森を眺めながら、すっかり暗くなった空を悠々と飛行していた。

 

途中まで必死に走っていたせいで両脚に痛みを感じるが、

自分を追いかけてきた火竜やアイルー達はどうにか巻くことが出来たし、

あとは、森丘ではない『何処か』へ向かって飛んでいけばいいだけだ。

 

「…ハッ、ざまあみろってんだ」

あの間の抜けた火竜のことを想像しながら、一人でほくそ笑む蛍光色の電竜。

 

こんな時、本来なら、清々しい気分にどっぷり浸かっているべきなのだろう。

あるいは、新天地への希望に胸をときめかせながら、瞬く星々を見渡しても良かったかもしれない。

 

だけど、曇り切っていた俺の心は、火竜から離れた後もなお、全然晴れてはくれなかった。

 

「……っ、なんで、」

それどころか、奴との距離が遠くなるにしたがって、『ズキン』とした胸の痛みがどんどん強くなってきているような気がする。

 

それは、まるで心臓にぽっかりと穴が開いたみたいな……

 

…ああもうっ!せっかく、あいつから逃げることが出来たって言うのに、

なんで、こんな沈んだ気分にならなきゃいけねえんだよっ!!

 

これから、青電主もあの火竜もいない新天地に行くんだ。こんな所で落ち込んでなんかいられるかってんだ!

 

そう思い、頭をぶんぶんと横に振り、顔を両手でパンっと叩いて気分を切り替えると、

未だ知らない土地に向かうために、自分の両翼を素早く羽ばたかせようとして、

 

 

 

「……見ーつけた♪」

その瞬間に、背筋が凍りつく感覚が俺を襲った。

 

「……っ!」

二度と聞きたくはなかった恐ろしく愉しそうな声音。決して思い出したくはなかった残酷な狂喜の言葉。

 

まさか…、そんな訳……

 

自分のすぐ近くにいるであろう恐ろしいモノを、それでもどうにか否定したくて、

それを発した主に、祈るように恐る恐る両眼を向けてみれば、

 

「……よお、ゼクス。会いたかったぜ」

 

この世で最も会いたくなかった青白い光を纏う電竜が、

怒りに満ちた鋭い黄色の眼光を、真上から俺の方へと集中的に突き付けていた。

 

 

 

 

 

「……っ、ハァ、ハァ…ッ!」

 

なんで…、どうして…っ!

 

後ろから追いかけてきている青電主の放つ雷球をギリギリの所でかわし続けながら、

一気に狼狽しきった思考状態のまま、俺は夜空の中を全速力で逃げ惑っていた。

 

なんで、こんなとこまで…?流石に此処までは来ないだろうと、そう思っていたのに……!

 

だが、その考えが根拠のない希望的観測であったこともそれなりに理解はしていた。

 

散々俺を玩具扱いし、逃亡を阻止し続けたあの男が、

少し見失ったくらいで諦める程生易しい奴ではないことを、俺自身誰よりもよく知っていたはずだ。

 

だというのに俺は、まるで忌まわしい記憶を取り除いたかのように、そのことをすっかり忘れ、そして安心しきっていた。

 

……くそっ!こんなことなら、あいつらの所から飛び出してくるんじゃなかった。

 

今となっては不毛な考えしか浮かばない後悔に歯噛みしている間に、

最悪の未来を示す凶悪な眩い光は、どんどん距離を詰めてきている。

 

とにかく、逃げ延びないと。

 

そんな思いで頭がいっぱいだった俺は、

ともすれば千切れてしまいそうなぐらいに両翼を限界まで激しくバタつかせた。

 

もう二度と暴力に支配されたくない。青電主も火竜もいない新天地で自由に生きていきたい。

 

しかし、そんな切なる願いは、無慈悲にも粉々に砕かれてしまうことになる。

 

「が、あっ……!」

 

頭部に突如襲い掛かった衝撃。それとともにぐらりと揺れる視界。

翼の動きを止めた体躯が急速に落下し始め、真上で歪んだ笑みを浮かべる青電主を両眼に映し出したその瞬間に、

 

俺の自由は終わってしまったのだと、否応なしに思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

 

「…が、ああっ!」

「はぁ…。またお前に会えて嬉しいぜ、ゼクス♪

…で、お前。俺から離れてた間、一体何してたワケ?」

「…、あ、ぐっ…!」

 

地上に墜落し、直後に青電主に捕えられてしまった俺は、

再び全身に刻みつけられることになった暴力に対し、ただただ苦悶の声を発し続けているしかなかった。

 

「なんなんだよ、これ…?俺が汚した髪も身体も服も全部丸ごと綺麗になって、

その上、血色までよくなってやがるじゃねえか……。なぁ、」

「…っ!」

 

いやだ、怖い…!

 

ポニーテールを形作っていた留め具を乱暴に外された後、

沼地にいた頃と同じように長い髪を掴まれ、引っ張られてしまった俺は、

近くの岩壁に身体を押し付けられ、言葉にできないほどの恐怖を覚えながら、

奴の執念と理不尽な怒りのこもった形相を強制的に見せつけられることになる。

 

「なんで玩具であるてめえが、俺より幸せになっちまってんだ、ああ?」

「…しあ……?」

「とぼんけんじゃねえぞ、クソがっ!!」

「ぐ、ううっ…!」

 

……い、たい、痛い…!

 

腹部に強い衝撃を受けて、思わず中身を吐き出しそうになってしまうが、

俺を捕えておくことに必死らしい青電主は、やはりその手を緩めたりはしてくれない。

 

「玩具に!俺の所有物である弱い電竜のてめえに!

幸せに生きていく資格なんてねえって、何度も何度も言って聞かせてきたよなぁっ!?」

 

いた、い…、くる、し、い……

 

「なのに!てめえは俺の知らない所で!反吐が出そうな程に幸せそうな感じ出しやがって!

弱者のくせに!玩具のくせにっ!!生意気なんだよぉっ!!」

「…っ、かは…!」

 

 

…………『幸せ』?俺…、が……?

 

し、らない…、そんなの…、知らな、いっ……!

それは…、あいつが、火竜が…、勝手に、やってきた…、ことで……、

俺は、そん、な…、感情なんて、全然……

 

…………『全然』…?

 

断続的な痛みを加えられ、耳を劈くほどの罵声を聞かされていた

俺の頭の中に、不意に浮かんできたひとつの疑問符。

 

同時に思い出されるのは、俺を恋人にしたいなどと言ってきたあの赤毛の青年のこと。

 

…………なんで俺は、まだあいつのことを……?

あんな火竜なんて、別に好きでも何でも、ない、はずなのに……

なんで…、俺の中に、こんな……?

 

 

「…あ、ぐっ」

「ふざけんな…、ふざけんなっ……!」

 

地面に全身を叩きつけられた衝撃で、一気に現実へと引き戻された意識。

 

理不尽な怒りの矛先を容赦なく向けてくる青白い光の電竜は、

狂ったように喚きながら、俺の身体に重い拳を入れ続けている。

 

再び鮮明な恐怖に塗りたくられた思考には、もはや次々と刻みつけられる痛みの味しか存在せず、

俺が情けなく苦悶の悲鳴を上げている間も、『最悪の絶望』はすぐそこまで押し寄せてきていた。

 

「……こうなりゃ、てめえには相応の罰を受けてもらわねえとな…」

「……?」

 

不意ににたりと笑みを浮かべだした青電主に、痛みに悶えていた俺は更に本能的な危機を感じてしまう。

 

その予感が当たっていることを示すかのように、俺の身体を乱暴にひっくり返し、

背中に生えている両翼に手を掛け始めたそいつは、淡々とした声音でこう言い放ってきた。

 

「今からお前の翼をへし折ってやる。俺から逃げようなんて、二度と思えねえようにするためにな。」

「……っ!!」

 

耳朶を打った残酷な宣告に凍り付いた俺は、どうにかしてこの地獄から逃げるために身体を這わせようとしたが、

それを見越していた青電主が許してくれるはずもなく、奴の片手と両脚にあえなく自由を奪われてしまった。

 

「…ったく、往生際の悪い奴だな」

「やだ…、いやだっ…!!」

「…はぁ。ったく、暴れんじゃねえよ、クソが」

「が、あっ…!」

 

「てめえはなぁ、黙って俺の玩具でいりゃあ良いんだ、よ!」

「い…、ぐ、あぁっ…!!」

 

冷酷な言葉を投げつけられるとともに、俺の右翼に生まれていく激痛。

着々と翼を捻っていく両手は、悲痛な声を聴いても当然のように止まることなどない。

 

い、たい…、いたい、くる、しい……

やめ、てくれ…、やめてくれ…、ゆるし、て、くれ……

やだ…、やだ、いやだ、イや、だ……

痛い、いたい…、イタイいタい、クル、し、いっ……

 

考えることすらも放棄したくなるほどの強烈な痛覚に全身を蝕まれ、

やはり自分にはこの絶望から逃げ出す術はないのだと完全に諦めてしまった俺には、

せめて目の前の凄まじい現実だけは直視しなくていいように、

そうすることでほんの僅かでも理不尽な痛みに耐えることが出来るように、

 

視覚を司る二つの紅を両の瞼でぎゅっと塞ぎ、そのままずっと暗闇だけを見続けるようにすることしかできなかった。

 

微かに聞こえてきた誰かの声にも、殆ど気づけなかった程に…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

……………

 

……………………

 

…………………………

 

………………………………あれ…?

……俺は…、一体どうなっちまったんだ……?

 

次に眼を開いた時、俺の身体は何故か岩壁に対して横向きにもたれかかっていた。

 

まだ多少ぼやけていた両眼で辺りを見回してみると、

眩い光を感じるとともに、此処にも朝が訪れようとしていたことを認識する。

 

視界がはっきりするとともに、この状態に至った理由を全く分かっていなかった俺は、

とにかく現在の状況を確かめるためにすぐさま起き上がろうとするが、

 

「……っ、く」

直後に全身を走った激痛によってあっけなく阻まれ、

ここでようやく自分の身体が傷だらけであることに気づいたことで、

今動くのは危険だと直感で判断した俺は、その場に留まりつつ、

自分の身に起きたことを少しずつ思い出していく。

 

 

……………確か俺は、火竜の元から逃げていて……、

その途中で青電主に見つかって、あっさり捕まってしまって…、

嫌という程に沢山殴られて…、終いには一番大切な翼まで奪われそうになって……、

 

けれど、そこから後の記憶が、ほとんど丸ごとすっぽ抜けていて…………、

 

 

 

………………そっか…。俺、気絶しちまってたんだ……。

 

この場所に連れてこられたのも、恐らくは意識がない間のことだったのだろう。

そう考えるなら、自分の今の状況にもそれなりには納得することが出来る。

 

……けど、だとしたら、俺を此処まで運んだのは……?

そういえば、折られかけていたはずの翼も激痛はするが、動かすこと自体はできるし、これって…………?

 

 

 

 

――――――――ズドォォンッ!!

 

「……!?」

不意に耳朶を打った凄まじい衝撃音によって、俺の意識は一気に現実へと引き戻された。

 

「な、何なんだよ…、一体…?」

 

かなり近くの方から聞こえてきた尋常ではない程に凄まじい轟音。

そいつを発した主の正体が気になり、未だ痛みの残る体躯をほんの少しだけ傾けた俺は、

全く予想だにしていなかった光景をその両眼に映し出すことになる。

 

「…………え…?」

 

視界の中心に入り込んできたのは、俺自身も嫌という程によく知っていたはずの一人の男。

 

「………か、は…」

 

だが、目の前に在った、全身ボロボロの状態で無様に倒れていたその姿は、

自分の記憶に散々刻みつけられたモノとは何もかもが違うように感じられた。

 

自らの象徴でもある、恐れを抱いてしまう程の眩さを持つ青白い光をことごとく失い、

掠れた苦悶の声を上げている、これまでずっと見た事の無かった青電主の弱々しい姿に、

奴にずっと恐怖を抱いていた俺も、驚きのあまり思わず絶句してしまう。

 

…………一体誰が、こんな……?

 

思いがけず訪れた、余りにも奇異な展開に、ややあってようやく抱き始めた疑問。

それに答えるように、すぐに青電主の前に舞い降りてきたのは……、

 

 

「…………か…、りゅう……?」

 

自分よりも5歳も年下な電竜の俺に対して、ひたむきに好意を寄せ続けてきている、

大きくて立派な翼と巨大な棘の生えた太くて長い尻尾を持つ、赤髪蒼眼の火竜だった。

 

俺が未だ見た事の無かった、冷酷な怒りの形相を浮かべていたそいつの身体は、

足元に転がっている青い電竜以上にズタズタに傷つけられていて、

ところどころが焼け焦げている上、部位によっては赤い液体も僅かながら漏れ出ており、

レザージャケットの開いた部分から見える屈強な胸板も荒々しく上下しているが、

 

当人はまるで意に介していないらしく、平然と立ったまま、

すっかり冷え切った二つの蒼に惨めな青電主の姿を映し出している。

 

まさか…、こいつが青電主を……?

 

黒炎王や銀火竜などならともかく、見るからに『通常種』であるはずのあいつが、

強大な力を持つ電竜に打ち勝ってしまうなんて、そんなことがありえるのか……?

 

しかし、俺の頭の中に現れたそんな疑念は、火竜の起こした行動によって、あまりにも容易く払拭されてしまう。

 

「…が、ああっ…!ひっ…!」

 

突然、青電主の胸倉を乱暴に掴み出した赤毛の青年。

 

満身創痍な体躯を無理に矢理引っ張り上げられた年上の電竜は、

痛々しい悲鳴を上げながら、何故か怯えたような表情を浮かべている。

 

膨大な雷を操る程の強い力を持ち、プライドも高いあの男には最も縁のないモノだと思っていた『恐れ』の感情。

 

だが、火竜の冷たい蒼を、奴の電竜としての本来の紅い眼がはっきりと反映させてしまった時、

他の誰よりもずっと強かったはずの青電主は、今にも泣きそうな顔で震える口を開く。

 

「…い…、嫌だ……。殺さないで、くれ…、頼む……」

絞りだすように吐き出される、必死の懇願。

 

そんな哀れな姿に成り下がった電竜に対して、『空の王者』の異名を持つ青年は、

一片すらも顔色を変えないまま、ほんの少しだけ考えた後、淡々と言葉を投げかける。

 

「…………なら、もうゼクスには二度と手を出すな。」

静かな低い声音に含まれていた、明確に絶大な威圧感。

 

「もし、またあいつに近づこうものなら、その時は…、分かっているな?」

「ひっ…!わ、分かった…。分かった、から……」

それに完全に気圧されてしまったらしい青電主は、震えた声でどうにか答えを返すと、

 

自分の服を掴んでいた火竜の手が離れた直後に、驚く程瞬く間にこの場から飛び去って行ってしまった……。

 

 

 

「ゼクスっ!」

奴の姿が完全に見えなくなった後、すぐさま俺の元へと駆けつけてきた火竜。

 

温度のある両腕は、前に悪夢を見てしまった時と同じように、ボロボロな俺の身体を優しく包み込むが、

俺を見下ろしてくるその端正な顔は、何故かものすごく悲しげな色をしていた。

 

「な…、んで……?」

あの青電主に打ち勝つことが出来て、俺のこともちゃんと取り戻せたというのに、

どうしてこの青年はそんな顔を浮かべてしまってるのだろう、と不思議に思ったが……、

 

「ごめん…、ごめんな……!」

「……!」

突如降り注いだ小さな謝罪の声に、俺は余計に訳が分からなくなってしまう。

 

…………なんで…、お前が、そんなこと言うんだよ……?お前は……、お前は、別に…………

 

そんな頭の中に朧げに浮かんできた疑問符と言葉を、勢いのままに火竜に向けて吐き出そうとするが、

ただでさえ疲弊し、とうとう限界を迎えてしまった身体と精神ではそれも叶わず、

 

 

俺の意識は、そのまま深い暗闇の底へと沈んでいってしまった…………。

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