俺の知己である霞龍が言うには、今から数百年前までは俺達『モンスター』は、
現在のものとはかなり異なった姿をしていたとのことらしい。
俺達の先祖の時代は、モンスター達も現在よりとても大きな身体を持っていたようだが、
今現代においては、『ニンゲン』という今は絶滅した生物によく似た二本足の姿となっており、
故に今日では、所謂『人型』と化したが数多く存在している。
ま、かくゆう俺やその恋人だって、そんな世界で生きる『人型』のひとりな訳だが…
「――――……ウス、レーウー…」
……………………ぅ、うぅ……、……ぁあ、そうか…、もうそんな時間か…。
「…………ウス!おい、レーウース!」
…………んん…、だが、俺は未だ眠いんだ…。
頑張って起こしてくれてるところ本当に申し訳ないが、あともう少しだけ、眠らせてくれ――――
「――――起きろっつってんだろ、このネボスケがっ!!」
「へぶっ!?」
無理矢理布団を引っぺがされたその瞬間、眩いほどの閃光を感じた。
視力が高度に発達した俺達火竜にとってそれは弱点と言っても過言ではない。
「うぎゃああああああっ!!目がああああ!目がああああっ!!」
「毎度毎度朝からうっせえなお前は…。起こすこっちの身にもなれっての……」
悲鳴を上げながら地面を転がる俺だったが、
すぐそばにいる俺の恋人はうんざりしたように冷たい視線を向けるだけだった。
ちょっと落ち込んだけど、彼のそういうとこもすごく可愛いと俺は思う。
「……とにかく、さっさと準備しろよ。今日は渓流にデート行くって言ったろ?」
「ああ…、そういえば、そう、だったな…」
幾分か経って、ようやく眼が慣れてきた俺は、本日の予定を思い出すとともに、
頬をぷっくりと膨らませる恋人を横目にそのための準備をゆっくりと始めるのだった……。
…………ああ。本当に、ゼクスは今日も可愛いなぁ…。
何よりも愛しい俺の恋人――ゼクスは、『電竜』だ。
その種は、非常に冷酷で残忍な性格を持つ者が大半を占め、
本来であれば俺達火竜の敵とも呼べる存在であるのだが、
ゼクスの場合は、何故かそういった要素が割かし薄まっているように感じる。
今から2年前に初めて出会い、一目惚れした時から、
他の電竜とはどこか違うような雰囲気を感じ取っていたが、しばらく一緒に過ごしていくうちに、
なかなか非情になることが出来ない個体なんだろうなって思うようになった。
憎むべき敵種族である火竜がすぐそばにいるのに、なかなか襲う素振りを見せなかったのが、何よりの証左だろう。
『冷酷で残忍な種族の一員』だと自覚するゼクス自身は、それを自らの『弱さ』だと言うけれど、
俺は、そんな『誰よりも優しい』ゼクスのことも、すごく愛しく思えた。
……………………もし俺にゼクスに対する強い好意が無かったのなら、
そもそも危険な敵種である電竜の雄などを傍に置いておきたいだなんて、とても思わなかっただろうしな……。
「いらっしゃい、二人とも。よく来たね」
「おう。久しぶりだな、タマ」
「今日は、ジン君との鍛錬…、じゃなくて、レウス君とのデート…、なんだよね♪」
「ん、まぁ、な…」
森丘からしばらく飛んで、渓流に辿り着いた俺達は、
先ずこの地のモンスター達の首領である雷狼竜に会っておこうと、彼の住処を訪れたのだが、
どうやら雷狼竜は留守らしく、代わりにあの男の恋人である泡狐竜――タマモさんが応対してくれることとなった。
女性と見紛う程に美しい風貌を持つ、俺よりも3歳年上の青年。
ゼクスと俺にとっては友人でもあるその人は、とても穏やかな笑みを浮かべながら俺達を歓迎してくれる。
「とりあえず、ジン君にも一応僕から伝えとくね。」
「よろしくお願いします、タマモさん。」
「それじゃあ、デート楽しんできてねぇ♪」
「おう。くれぐれも絶対こっそり覗きに来たりすんじゃねーぞテメー」
「分かってる分かってる♪」
…………それにしても、だ。ゼクスが渓流で俺とデートをしたかったのは、一体何故なのだろうか?
あ、いや、別にここが嫌という訳では断じて無い。
むしろ俺的にはゼクスと一緒ならどこへ行ったって構わないぐらいだしな。
……ただ、彼が何故この場所を選んだのかは、実の所少なからず気になることではあった。
なので俺は、尻尾を忙しなく横に揺らしながら隣を歩く恋人に訊いてみることにした。
「そういえばゼクス」
「ん?」
「今日はどうして、ここでデートしようと思ったんだ?」
「…っ、それは、その……」
「?」
「……それはまだ、内緒…、だから……」
……ははっ、そういうことか。それなら、ゼクスが自分から言うまで待っておくとするかな。
「分かった。楽しみにしてる」
「……おう。」
…………それにしても俺の恋人は、どうしてこんなにも可愛らしいのだろう?
俺の腕を引っ張っていく白い手も、相変わらず無愛想な端正な顔も、それとは裏腹に割と楽しそうに揺れている鋏状の尻尾も、
そんなゼクスの全てを、俺は何にも代えられない程に愛おしく感じてしまう。
幼馴染の海竜には「大袈裟すぎ」だと呆れられることもあるが、俺にとっては紛れもない真実だから、
それを過小な言葉に変えてしまうなんてとてもじゃないが出来やしない訳で。
「…おい、さっきから何ニヤニヤしてんだよ?」
「はは。なんというか、ゼクスは今日も可愛いなって思ってな」
「あぁ?ぶん殴るぞテメー」
そんな俺に向けられた何とも可愛らしい悪態を聴きながら、最愛の彼と一緒に渓流のあらゆる場所をしばらく歩いて回った後、
ようやく俺は『ゼクスが見せたかったもの』を目の当たりにすることになる。
「……え、これって…」
辺り一面に漂う白い水蒸気の煙、全身の肌を覆ってくる熱気、
そして…、
「水が、温かい…。これって、まさか…」
「ああ、"オンセン"ってやつだ」
ゼクスに連れて来られた場所は、渓流からそう遠くない、
ニンゲンとやらの集落の廃墟の中に存在する"オンセン"と呼ばれる地だった。
「すげえだろ、これ。こないだナルやアオと一緒にニンゲンどもの異物を探してたら偶然ドバーッて出てきたんだぜ」
「ほう」
「とにかく、さっさと入ってみようぜ。」
"オンセン"に入ること自体は、実は初めてではない。というのも、渓流には時折遊びに来ることがあり、
その際に集落の廃墟にあるやつに全身を浸からせてもらうことが度々あったからだ。
ニンゲンのことを調べるために世界中を回っている幼馴染の海竜によれば、この温かな水には、身体や心の疲れを除いたり、
身体の痛みを緩和させたりといった効果があるとのことで、実際に俺もその恩恵に何度も預かってたりする。
「ふぅ…、この"オンセン"も結構気持ちいいな…」
「ああ、悪くない」
服を脱ぎ終わった後、早速俺達は良く温まっている水の中に浸かることにした。
どうやらゼクスはラギアから教わった"ハンシンヨク"なる
ニンゲンのルールとやらを律儀に遵守しているらしく、上半身の方を水の外に出していた。
あの海竜曰く俺のように耐熱性のある身体でなければ、その方が良いのだとのことらしい。
……そういえば、ゼクスも元は滅多に太陽の出ない土地に住んでいたんだっけな…
「きつくなってきたら、外の風もちゃんと浴びろよ」
「分かってるって。お前心配性だもんな」
1年程前にゼクスが初めて"オンセン"に入った際にのぼせて倒れてしまった時のことが
軽くトラウマになっている俺は、未だこうして注意を入れなければ気が済まないのだった。
だけど、生意気ながらもそこそこ素直な性格のゼクスは、
そんな俺の言うこともちゃんと聞いてくれていて、そこもまたとても可愛らしいというかなんというか…
「…そういえば、どうして俺をここに連れてきてくれたんだ?」
「こないだ偶然掘り当てた時にさ、タマたちが、まずは一番最初に見つけた俺の好きに使っていいって言うから…、
そんなら最初は…、お前と一緒に入りたいなって、そう、思って…」
「へえ……」
…………にしても、ゼクスって本当に肌白いよな…。
2年前までずっと日の当たらない所に住んでた影響もあるんだろうけど、
それにしたってすごく綺麗だと思うんだよな…、いや、間違いなく。
……っ、ヤバい…。ゼクスのこと見てたらなんだか…、胸の奥が、激しく…っ、
「そ、それにさ…、お前ここ最近ずっと飛び回ってばっかだったじゃん…。だからさ、こうして…、って、うわあっ!?」
――――気がつけば俺は、ゼクスの身体をがしっと力強く掴んでいた…。
――――それからしばらくして。
事を終え、一通りの後処理を済ませた後、俺達は再び肌を包む温かさを満喫していた。
「………………………………………………………………」
「ぜ、ゼクス、こっち向いて?」
「…………………………………………………………やだ」
事後になるとしばらく俺の方に顔向けてくれないのはもはや恒例みたいなもので、
まあ、それはそれでものすごく可愛いんだけど、俺としてはゼクスが隠したがっている表情の方を堪能したい訳で。
「ゼークス♪」
「だあああああっ!いきなり回り込んでくんじゃねえよっ!!
大っ体、てめえはいつも激しすぎなんだよ。腰、めっちゃ痛えし…」
「そう言う割には結構気持ちよさそうにしてたように見えたがな」
「う、うるせえっ!バーカバーカ!!」
……はぁ、ぷくっと膨らんだ頬もこっちに水をバシャバシャ掛けてくるところも、
本当、俺の愛しい恋人は何から何まで全部が可愛すぎるよな・・・。
誰かに大げさに思われたとしても、目の前の彼から思いっきり引かれたとしても、
最早それこそが俺の正直な気持ちなのだからどうにも致し方が無いような気がする。
だって俺は、他の何よりもずっとゼクスのことを愛しているから。
――ぎゅっ
「…なんだよ」
「ん。ゼクスは今日も可愛いなあって」
「はぁ、なんだそりゃ…」
後ろから愛しの身体を抱きしめた俺の両腕に、"オンセン"の熱を受けて温かくなった白い手がそっと触れてくる。
「…………けど今日、一緒に来れて良かった。」
ポツリと呟いた恋人のその声色から感じとれたのは、安堵と、ほんの少しの寂しさの残滓。
「……そうだな。」
実はここしばらくの間、俺はゼクスの傍にいてやることが出来なかった。
というのも、テオ様に各地の調査を命じられ、
森丘に帰ってくることがなかなかままならなかったからだ。
無論、出来るだけゼクスを一人にしないように、姉さんやナズチに来てもらったりしていたのだが、
彼女達曰く、口には出さないながらも少なからず寂しそうに見えたそうだ。
そのことを非常に嬉しく思う反面、
彼には悪いことをしてしまったとも考えてしまう。
けれど、そういうことよりも強く俺の思考を支配しているのは…、
「……お前さぁ、俺が居ない間大丈夫だったわけ?」
「…………」
「…その分だとだいぶ限界近かったみてえだな。お前、俺が傍に居ねえとすぐ元気無くすし」
「……そうだな」
・・・・・・実を言えば、俺の方が寂しさを感じていた。
テオ様の命とはいえ、ゼクスと一緒に居られない時間が続くのは、俺にとってすごく辛いことだった。
だって俺は、"ゼクスといつでも一緒に居られる"と思っていたから。
ゼクスと離れ離れになる時間が出来てしまうなんて、この2年間全くと言っていいほど考えてなかったわけだし…。
「…でもさ、これからはまた、ずっと一緒に居んだろ?」
そんな俺の考えを見透かしていたのか、
ゼクスは若干呆れたような表情を浮かべながら、
それでも真っ直ぐに、その二つの紅に情けない俺の姿を映し出していた。
「これからは、てめえが寂しかった分を越える位、俺が一緒に居てやるし…、だからさ、まぁ、その…、ありがたく思えよ?」
直後に、顔を赤くしながら目を逸らしてしまうゼクスだったが、彼のそんな気持ちが、俺には何よりも嬉しかった。
「……ああ、そうだな。」
ぎゅうっ
「うお!?ちょっ、レウス、苦しいって…」
「わ、悪い。あんまりにも嬉しかったものだから、つい…」
「はぁ、全くてめえは…。けど良かったよ、いつもの調子が戻ってきたみてえで」
……本当に、ゼクスは優しい奴だ。
俺の為に、デートの計画を一生懸命考えてたんだと思うと、
なんだかとても嬉しく思うと同時に、ゼクスのことをより愛しく感じることができてしまう。
彼に出会う前の、『ただひたすら王になることだけを目指していた頃の』俺だったら、
とてもじゃないがそんな感情を抱くことは無かっただろう。
ましてや火竜の敵対種である電竜など迷わず消し炭にしてしまっただろう。
だけど、2年前のあの日、自由を奪われ傷だらけで横たわっていた年下の電竜と出会い、
初めて『恋心』というものを抱いてしまった俺は、彼と接するうちに『愛する』という感情を漸く思い出すことが出来た。
誰かを愛することが、何よりも幸福なことだと、それを教えてくれたのは、他ならぬ目の前の恋人だった。
だからこそ、俺は両腕の中に包んだゼクスにこう伝えた。
「……ありがとう、ゼクス。愛してる。」
「…おう。」
今度は、俺が良いとこに連れてってやらないとな・・・。
「……つーか、いい加減離してくんねえかな…?さっきから熱すぎて頭くらくらしてきてるし……」
「あっ」