【だらしない恋人(ゼクス視点)】
「だーもう!なんでこんなに散らかってんだよ、この巣はよぉっ!!」
恋人と二人で住んでいる巣の中を掃除していた俺は、その惨憺たる散らかり具合に非常にうんざりとしていた。
「ははは…、いつも済まないと思っている」
「だったら、せめて物は元置いてた場所に戻す癖つけとけよっ!」
レウスと一緒に住み始めてから間もなく知ったことだが、どうもこいつは、整理整頓というモノがかなり苦手らしい。
2年前に俺が連れてこられてきた頃はかなり片付いていた記憶があるが、それもその少し前に来ていたレウスの姉ちゃんが掃除をしてくれていたからに過ぎず、その後いかにこの男がルーズだったかを恋仲になって早々に思い知らされることとなった。
つーか、俺がちょっと渓流に泊まりに行ってただけでこれだもんな…。
こいつの姉ちゃんがどれだけ苦労してきたかがすげえ理解できる気ィするわ、マジで。
「…しかし、片付けというモノは本当に疲れるな…。
あ、そうだゼクス。一度俺のほっぺたにキスしてくれないか?
そうしたらやる気出るような気がするから。」
…その済ました顔面、いっぺん思いきりぶん殴ってやろうか?
俺の恋人は、森丘全土を手中に収める程の実力を持つ強大な火竜だ。
当人曰くその力は、自らが最強の王になるために長い年月をかけて鍛えてきた賜物とのことだが、力を付けるため『だけ』にひたすら時間を消費してきた代償はそれなりに大きなものだった。
「…にしても、自分のことに関してはほんっとズボラだよな、お前」
「いやあ、それほどでも」
「ほめてねえよバカ」
ようやく半分程片付いた部屋の真ん中で、思わず溜息が出てしまう。
だけど、そういうところも、俺が『一緒に居る』と選んだ恋人の一部だから。
こいつのムカつくところも含めて愛してやりたいって、そう思うから。
「うわあっ!ゼクスー助けてくれー!」
「げっ、また雪崩起きてんのかよ! ったく、しょーがねーなー…」
幾度目かになる二人の共同作業は、まだまだ終わりそうになかった…。
【火竜の嫉妬(レウス視点)】
「やっほー、ゼクス!遊びに来たよー!」
不意に、巣の外から聞こえてきたのは、晴れた空のように明朗な少女の声だった。
「お、ナルか。レウス、俺ちょっと行ってくるわ」
「ああ、行ってくるといい」
俺はそう言って、にこやかに自分の恋人を見送った。
「よう。で、今日は何を取りに行きたいんだ?」
「えっとねー…」
二人の声が遠くなり、やがて聞こえなくなると、俺もまた巣の外に出て、彼らの後を追い始めた。
『ナル』というのは、渓流の首領的存在であるジンやタマモさんの妹分で、ゼクスと変わらないくらいの歳の迅竜だ。
先ほど聞こえてきた明るい声が示す通り、とても天真爛漫とした性格の持ち主で、
未だ少しだけ笑顔を浮かべるのが苦手なゼクスの事も気にせずぐいぐい引っ張って行ってくれる。
……思えば、ゼクスが2年前よりもよく笑うようになったのは、彼女のおかげというのもあるのかもしれない。
そういう意味では、ナルには感謝してもしきれない…、そうは思っているのだが…、
「へー!これであのお魚が釣れるの?」
「おう。俺もこないだラギアから聞いたんだけどな、実際やってみたら結構いい感じに食いついてきたぜ。」
「ほえー。相変わらず凄いこと考えてたんだねー、ニンゲンさんは」
…ナルがゼクスと一緒に居るところを見たり想像してしまうと、自分の胸の内が燻ぶるような感じを覚えてしまう。
彼女が悪い子じゃないということは、数年程でも接してきた俺ならよく分かってるはずなのに…
「んじゃ、早速あれを捕まえられる場所まで行ってみようぜ。」
「はいはーい!」
……胸の騒めきを抱えたまま、絶対見つからないようにと呼吸と音をなるべく殺しながら、俺は二人の後を追い続ける。
「でねー、アオったらハチミツに足を取られちゃってさー」
「はは・・・、あいつも相変わらずドジだなぁ・・・」
目的地までの道のりの中で会話を弾ませる二人の飛竜の姿。
ゼクスが心の底から笑っていてくれるのは、俺にとっても凄く嬉しいことの筈なのに、
今はなんだかきゅうと心臓を締め付けられるような感覚に襲われてしまう…。
……こんな感情を抱いてしまうのは、きっと俺が心の奥底で
ゼクスのことを自分一人のものだと思ってしまっているからなのだろう。
ゼクスにだって、他の誰かと付き合う権利はあるっていうのに、俺ときたら…
「よっし、着いた着いた。んじゃ、早速捕まえるとするか」
「頼むよー!」
ポチャッ
「まだかな、まだかな?」
「おいおい、まだ始めたばかりだぞ?こういうのは根気よくやった方が良いってラギアも言ってたし、焦らずにいこうぜ」
「そっか、分かった!」
…………俺という奴は、つくづく浅ましい男だと本気で思う。
ゼクスにはいつも幸せでいてほしい、そう願っているはずなのに、俺が実際に今やっていることは、ともすればそれを阻害するようなものじゃないか。
それこそ、あの時ゼクスを捕らえて執拗に虐めていたあの青電主とは微塵も違いがないのかもしれない。
……結局俺は、ゼクスの幸せよりも自分の欲が一番大事なのだろうか…。
「おお、食いついた食いついた!」
「やった!んじゃこのまま一気に引き上げちゃってー!」
「おう、任せろ!んぐぐ…」
「ゼクスー!ファイトー、いっぱーつ!」
「んぐぐぐ…、どりゃあっ!!」
「おおっ!やったあ、捕まえたあっ!!」
……………………帰るか。
お目当ての獲物を前にはしゃぐ二人を背に、俺は一人巣への帰路に着くのだった…。
「おう、帰ったぞー。」
「あ、ああ、おかえり…。で、釣りの方はどうだった?」
「ああ、デカいやつ捕まえてこれたぜ!ナルの奴も『これでタマ兄へのプレゼントができた!』って大喜びだったぜ!」
「そっか、それなら良かった」
そう、ゼクスが笑顔なら、それで良いんだ。彼が幸せであること、それが俺の望みなのだから…。
「……じー。」
そんな事を考えていると、不意に二つの紅が俺の顔を映し出していた。
「ん、どうした…?」
「……お前さあ、もしかしてナルに嫉妬してた?」
「し、嫉妬?ま、まさか。俺は、別にそんなこと…」
見透かしたように尋ねてくるゼクスに、けれどもそんなかっこ悪い部分を知られたくない俺はどうにか取り繕おうとするが……、
「嘘つけバーカ。てめえが俺達のあとをつけてたことぐらい、俺もナルも分かってんだよ」
「な、な……!?」
「つーか、ナルがかくれんぼ、隠れる方も探す方も得意なの忘れたのか?
…まぁそもそも、俺ですら容易く見つけられるぐらいだったし。お前ってマジ隠れんのヘタクソ。」
「うぅ……」
……ま、まさか、ゼクスとナル両方に見つかっていたのか…。我ながら完璧な尾行だと思っていたのに…。二人とも俺の存在を認知していないふりをしていたわけか…。
…………ああああ、俺って色んな意味で情けなさすぎる…。穴があったら入りたいぐらいだ。というか今すぐ埋めて欲しい…。
「……まぁ、でも…、お前が、俺のこと誰にも取られたくねえって思ってんのは…、なんつーか、まぁ、嬉しい、って思ってたり…」
…………………………………………ん?今なんて言った?
「……なぁ、今のもう一回言ってくれないか?」
「い、嫌だし!二度も言いたくねーし!」
「そんなこと言わずに、なぁ頼むよ」
「うっせー!言わねえったら言わねえっ!」
何故か顔を背けながら、子供みたいに喚き出すゼクス。僅かに見える白い頬は、今はかなり赤く染まっているように見える。
…ははあん、さてはまた何か恥ずかしくて言えない言葉があるんだな。まあしょうがないか、ゼクスはシャイなとこあるから。
「…ははっ、分かったよ。お前がそういうならそういう事にしておくよ。」
「…………。」
ぎゅっ
「…………ゼクス?」
不意に、ゼクスが後ろから抱きついてきた。
「……ごめん。けど俺は、お前の事一番大好きだから」
背中越しに伝わってきた小さな声は、けれども俺の心臓を温めるのには充分だった。
「……はは、ありがとう。」
心に感じた確かな温もり。それを彼に返すかのように、俺もまた言葉を紡ぎ出した。
「俺も、お前のことが、一番大好きだよ。」
【姉ちゃんの話(ゼクス視点)】
「今帰ったぞー。」
「おっ。お帰りぃ♪」
森丘で食料を沢山確保して、朗らかな気分で巣に戻ってみると、そこには巣の本来の主であり
俺の恋人でもある男の代わりに、あいつによく似た年上の緑髪の女が立っていた。
「姉ちゃん!?」
「久しぶりだねぇ、ゼクスぅ。元気してた?」
「お、おう、まぁまぁ…。けど、なんで急に姉ちゃんが…?」
「それがねぇ、レウスの奴ったらまたテオ様から急な呼び出し食らっちゃってさあ…」
「…そういうことか」
彼女の名は『レイア』。俺と恋仲である赤髪の男『レウス』の姉である火竜だ。
あいつにとってはたった一人の血の繋がった家族でもあるこの緑の飛竜は、
普段は気温差の激しい砂漠地帯に住んでいるのだが、
弟の事が恋しくなるのか時々森丘まで遊びに来ることがある。
「んなわけで、しばらくはあたしがこっちにいるから、よろしくねぇ♪」
「おう…」
『姉ちゃん』
俺がこの雌火竜のことをそういう風に呼ぶのは、彼女自身がそれを強く望んだからに他ならない。
姉ちゃんは元々あんま細かいことは気にしない性格らしく、2年前に俺と初めて会った時も電竜だからと嫌悪したりはしなかった。
…それどころか、俺のことを『弟』として扱ってきたりする。
「はーい、ゼクスー♪こんがりお肉できたよー♪」
「ありがと、姉ちゃん」
「あ、そうそう。こっち来る前に熱帯イチゴいっぱい詰んできたからさ、遠慮なく食べなよー?」
「いつも思うけどさ、これ多すぎじゃね…?」
「いいのいいの♪あんたにはいっぱい食っていつも元気でいてもらわなきゃ困るしね。あんただって、あたしの大事な弟なんだから」
「……うん…」
……凶暴で残忍な種族の一人である俺には、そんな風に温かく接してくれる奴なんて長い間殆どいなかった。
そんな俺に溢れかえる程の温もりを与えてくれたのが、あの赤い髪を持つ恋人だった訳。
ただ、一人の奴から愛を貰うだけでも電竜の俺にはものすごい贅沢に感じてしまっていたのに、
その姉からも愛してもらうなんて、当時の俺はとても身の丈に合わないって、そう思ってた。
……だけど…、
「……なぁに?もしかしてまた、『自分に愛を向けるのは勿体ない』とか考えてんじゃないだろうねぇ?」
「そ、そんなことねえよ」
「本当~?」
「…本当だって」
「そう、ならいいんだけどさ。…けど、そう思ってくれてんなら、このことだけはちゃんと覚えといて欲しいな」
ニッと白い歯を見せ、俺の頭を優しく撫でながら、姉ちゃんは当然のことのようにこう言った。
「――――姉ちゃんは、あんたのことを愛したくて愛してるんだからね。」