商国領内、ある山中。
人目につかない一帯を切り開いて設けられた練兵場にて、大気を震わせる破壊の波が巻き起こっていた。
「オオオオオオオオオッッツ!!」
広場の中心、そこには二つの影があった。
怒号と咆哮を響かせながら、赤髪の青年と白髪の老人とが、互いに迫撃の間合いで殺戮の舞踏を演じている。
無数に飛び交う拳撃、蹴撃、他にも他にも、ありとあらゆる人体破壊術の粋を雨あられと放ちながら、しかし奇妙なほどに噛みあわない。
事前に打ち合わせでもしたかのように、二人は互いの攻撃を全ていなし、躱し、捌いていた。
となればこれは演武、稽古の類か?いいや否。
その証拠に、彼らの周囲に転がる無数の屍を見るがいい。物言わぬ骸が、男女合わせて都合五十三――例外なくその全てが、手足、頭部、内臓、顔面、これら人体の一部分いずれかまたはすべてが原型もなく爆散し、周囲に醜悪なピンク色のシミと肉片を撒き散らしている。
むせかえるような血の臭いも激烈だ。常人がこの場に足を踏み入れれば、生理的嫌悪と恐怖で正気を失うだろう。
そう、この場は既に陽だまりの日常に非ず。
此処は戦場。暴力と狂気が支配する非日常の修羅の世界。
これは闘争。暴力と狂気に満ち溢れた殺し合い。
「クハッ――」
ならばこそ、そんな場で笑っていられる青年は、紛れもなく狂っているのだろう。
「ハハハ、ハーッハハハハハハハハハッッッ!!」
呵々大笑とともに放たれるは、天地を揺るがし砕く震脚。先ほどまでよりもなおいっそう迅く、鋭く、巧く、敵との間合いを侵略する。
「いいぞ爺!それでこそだ。まだ死ぬんじゃないぞ、まだ耐えろよ。気力を振り絞れ、気概を吠えろ。もっともっと、まだまだずっと、戦い戦い戦い抜こう!!」
咄嗟に防御の姿勢をとったようだが、それがどうした。
「セリャァッッ!!!」
裂帛の気合と共に、叩き込まれる肩の一撃。突進と踏み込みの勢いに勁の炸裂まで加えたそれは、さながら鉄の山が衝突したかのような衝撃となって老人を襲う。
「ぬぅっ――」
それでも、老人の体勢を崩すまでには至らない。一体いかなる技法の妙か、人体を粉砕するほどの衝撃を受けてなお、致命には程遠い。
「この技の冴え、そしてこの威力……やはり貴様は危険だクルト。おまえは必ずや、人の世に仇為す災禍となる。
なぜならば、つい先ほどまで赤髪の青年――クルト・ヴァルダルにそんな実力はなかったのだから。先ほどまでならば小動もせず受け止められたはずの技が、この短時間で劇的に練磨され、進化している。
彼は本来、未だ我々の末席にあるはずの者。才は十分すぎるほど有していたがそれはそれ。経験も技術も、まだまだ不足と、そう思っていたのに。
今彼は、商国でも名の知れた暗殺集団、その頂点に座する星辰奏者四人を含めた精鋭五十四名に真っ向から挑みかかり、全て同時に相手取り、あろうことかそのほぼ全てを打倒している。
それは彼が力を隠していただとか、傭兵たちが名ばかりの木偶だっただとか、そういったことが原因では断じてない。
「覚醒、進化――噂には聞いていたが、これがそうか。なるほど、身震いするほど悍ましくて馬鹿馬鹿しい」
それは余りにも単純で出鱈目な理由。戦いの中でクルトがただ只管に強くなり続けているからという、冗談のような要因がそこにあった。
進化している、成長している、覚醒している――止まらない。
重ねて言おう。敗れ死した三人の星辰奏者も、五十人の一般兵も、雑魚などでは断じてない。兵の練度で言えば商国内でも指折りと称される宵闇の刃の冴えは、
彼らが青年を殺すために繰り出した武技の数々は確かな冴えを有していたし、連携も完璧。実際開戦当初はその猛攻に手も足も出ていなかった。
もとよりそれが道理だろう。青年と彼らでは、経験が違う。潜ってきた死線の数が違う。加え彼らは皆一様に青年の師とも呼べる存在だったのだから、まともに考えて勝負になるはずがないのだが――
「フンッ!!」
「ぐ…。ハハ、そらどうした!
結果は見ての通り。カウンターのように放たれた老人の靠撃を、青年は容易いことのように受け流す。それは紛れもなく、先ほど老人が見せた受けの技法に他ならない。
幾年にも及ぶ修練と経験に裏打ちされた、組織の中でも老人にしかできないそれを、青年はたった一度見ただけで我がものとしてみせたのだ。
「好みじゃないが、まあ悪くない。そら、俺を強くするための踏み台として、もっと根性を見せやがれ!さあさあどうした、更なる技を出せ、俺の知らぬ型を見せろ。まだまだ足りない、そうもっとだ。お前の総てを糧として、俺はさらなる領域に至ってみせる!!」
「ほざくなよ小童。貴様は此処で砕かねばならん。人の世に害しか及ぼさぬその在り方、断じて見逃すわけにはいかん!」
そう咆える老人だったが、事実彼はこれ以上ないほど追い込まれていた。
歓喜を爆発させる青年から感じる
加え、これほどの長時間戦闘を続けながら、一切の負傷や消耗が見られない。
繰り出される技のキレ、体捌きの鋭さ、呼吸を読み切る戦闘眼。そのどれもが一秒ごとに冴え渡り、そしてまだまだ止まらない。
戦うごとに強くなる。闘争の中のあらゆる要素を糧として、急速に進化を続けてゆく。
「修羅……」
まさしく、その通り。彼は修羅――無限永劫の闘争を喜びとする戦鬼の徒。
ならばこと持久力において、彼を上回る者など存在しない。文字通り
よって、もはや詰みだ。泥沼の戦いに引きずり込まれた時点で、勝敗は既に決している。
「おのれ……っ!!」
なんという怪物だろう。こんなものを作り上げた者として、せめて責務を果たさんと気力を振り絞るが、しかし悲しいかな、もはや届かない。
渾身の貫手が初動で潰された。
踏みこもうとした足が逆に踏み砕かれた。
他にも、他にも――六十年を超えて鍛えあげてきた武技の数々が、何一つとして通じない。常軌を逸した青年の観察眼と第六感が、戦いを経てさらに鋭く練磨されてゆく。
「さあ、どうした!こんなものか違うだろう。まだ死ぬな、俺を愉しませろ、いいや出来ないならば死ねェ!!!」
支離滅裂な言葉とともに、放たれるは拳撃三連。頭部、心臓、内臓の全てを同時に破壊するその絶技を前に、老人は思わず忘我した。
「ああ……」
なんという技の冴えだろう。なんという才覚だろう。紛れもなく、今まで出会った者の中でも最高だ。
だからこそ、嘆かわしいのはその内面だ。
もしも、そうもしも――クルト・ヴァルダルに僅かでも人の心があったのならば。少しでも人倫を理解し、それを尊重できたのならば。
あるいは噂に聞いた邪竜のように、商国の英雄となっていたかもしれないのに。
「無念だ」
そう小さく呟いた老人を、我欲の拳が粉砕した。
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よって、ここに暴虐の戦鬼は解き放たれた。人倫、法規、金銭、契約、愛情――この世のありとあらゆるもの総て、彼を縛ること能わず。
求めしものは無限の闘争。ならばこそ、彼は自ずと次の敵手を決定していた。
対話と秩序をこそ尊び、三国の調停を担いし
邪魔だが、しかし同時に素晴らしい敵となるであろう者たち。
彼らとの死合を夢見ながら、
総ては、血湧き肉躍る闘争のために。
さあ、