シルヴァリオ ストライフ   作:アドラー万歳

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2話

 安寧というものが砂上の楼閣であることは、レインにとってもよく知る当たり前の事実である。

 

優しい時間というものはいつも突然に、ひどくあっけなく幕を閉じてしまう。幼いころ、家の粛清に巻き込まれて、自分たちが離れ離れになってしまったように。

 

だからこそ、レインは――ナギサ・奏・アマツは今という平穏をこそ何より嬉しいと思っているし、守らなければならないと分かっている。

 

そう――今の幸せが永遠に続く保証などどこにもないのだ。平穏、泰平、平和――そういったものを否定しようとする意志も、確かにこの世には存在する。

 

それは例えば、このように。

 

「シャアアアアアアアアアアアアッッッ――!!」

 

魔獣の如き咆哮を響かせながら、繰り出される拳の一撃。人間の規格を凌駕した速度と重さ、そして確かな技巧を備えたそれは、まともに受けてしまえば人体を三つは爆散させて余りある威力を備えている。

 

咄嗟に後ろに飛びのき、間合いからギリギリ外れることで躱すことに成功したが、なおも怒涛の如き猛攻は止まらない。守勢を完全に度外視した超攻撃偏重の戦闘技巧、雷鳴の如き轟音を響かせながら繰り出される踏み込みは、レインを以てしても逃げることなどもはや不可能。刹那の呼吸の間隙を縫うように間合いを侵略され、変幻自在の魔拳が襲い来る。

 

「――っ、いい加減に、しろぉっ!!」

 

だから、もう限界だった。素性も目的も一切話さず、ただ戦意とともに暴力を振るう戦鬼を許せない。

 

そうとも、こんな身勝手で一方的な話があるか。何が目的で、何のためにこんなことをしでかしたのか。

 

「全て話してもらうぞ――その内側(ナカ)にあるモノも含めて、お前には色々と聞かなければならないみたいだからなあ――っ!!」

 

瞬間、繰り出される拳打に合わせて発生する蒼黒の星光。万象滅ぼす衰滅の波動が、カウンターのように男へ向かって放たれた。

 

即座に蹴撃へと切り替えて間一髪逃れたようだが、それがどうした。

 

「見えているぞ――お前にもはや逃げ場はない!」

 

その動作を、まるで予期していたかの如く男が身を翻したその先に発生する減衰の猛毒。驚異的な未来予想――いや、地蠍(スコルピオ)の感覚強化による動作感知も併せたそれは、まさしく必中必殺だ。たとえどれだけ規格外の出力を持っていようと、逃げることなど絶対不可能。

 

しかし――

 

「逃げる?話す?ああ、なんだそれは、馬鹿馬鹿しいぞ」

 

瞬間、強化された五感が全力で警鐘を鳴らした。間一髪、その場を逃れたレインの目の前で、減衰の霧を突き破って剛拳の一撃が炸裂した。

 

砕ける大地、吹き荒れる衝撃――余波だけで周囲に展開していた瘴気が消し飛ばされる。

 

いかにレインの操る瘴気が凶悪な性能を有していようと、その大本は粒子という物質である。ならば風圧によって吹き飛ばしてしまうというのは、実際有効な手段ではあるのかもしれないが、しかし実際にそれが出来る者がどれだけいようか。

 

蒼黒の星をまともに食らいながら、しかし一切のダメージを負った様子もなく突貫してくる男の姿にレインは驚嘆する。

 

当たっているはずなのだ。捉えているはずなのだ。逃げ場がない攻撃に対し、ならば逃げずに突撃するという男の選択は愚行以外の何物でもない筈なのに、しかし現実としてその進撃を止められない。

 

「くだらん。どうした、何を余計なことを考えていやがる死想冥月(ペルセフォネ)。全力を出せ。俺に集中しろ。この程度、おまえの本領には程遠いだろう」

 

「ぐぅ――っ」

 

減衰の霧をものともせず繰り出される剛拳乱舞。人間を超えた出力と、人間としての技術を併せた連撃(コンビネーション)。全てが必殺の威力を備えていると理解できるからこそ、欠片も気を抜くことが許されない。強化された五感と闇を総動員して必死に耐える。

 

「そらどうした、こんなものじゃないだろう。まだまだもっと、そうもっとだ。お前の力を見せてみろ!!」

 

そんな防御の姿勢を、しかし予測していたかのように男はさらなる攻勢へと打って出た。震脚と共に繰り出されるは、万象打ち砕く鉄山靠。その一撃で完全に体勢を崩したレインの胴体を、さらに勢いのまま回転して蹴り上げるように放たれる後ろ回し蹴りが捉えていた。

 

ボールのように吹き飛ばされ、建物の壁に激突する。とっさに独眼鍛冶(キュクロプス)を展開して威力を減衰させたが、それでもなお揺さぶられるような衝撃がレインを襲った。

 

崩落する瓦礫の向こうで、哄笑とともに手ごたえを味わっている戦鬼を見据え、再び衰滅の星を行使するが――

 

「何度も言わせるな。俺は、全力を出せ(、、、、、)と言っているんだ」

 

当たらない。当たらない。地蠍の感知すら上回って、不可避の筈の攻撃の間隙を縫うように間合いを詰められる。

 

正確に言えば、予備動作が短すぎて感知できないのだ。

 

停止(ゼロ)から疾走(マックス)へ、疾走(マックス)から停止(ゼロ)へ。刹那の間に繰り返される緩急は、あまりにスムーズかつ鮮烈であり予測不可能。

 

いわゆる無拍子――修練に修練を重ねることで、予備動作なしの動きを可能とする戦闘技法を繰り返し、冥府の領域をも踏み越える。目にもとまらぬ速度と変幻自在の歩法を前に、レインはもはや敵手の姿を目で追うことすらやっとだった。

 

「……っ、このぉっ!!」

 

ならばとレインは、攻撃から迎撃へと行動を切り替えた。暗黒の瘴気を糸のように張り巡らし、即座に起爆。親友の縛鎖(アンドロメダ)を借り受け、大気中の星辰光を起点に構築された迎撃の鎖陣は、戦鬼の移動先も全て潰して展開されている。

 

ゆえに、今度こそ逃げ場なし。いかに優れた精度の見切りを有していようとも無駄なことだ。必殺の一撃が空間全体を揺らして炸裂した。

 

だが、しかし――あるいは、やはり。

 

「オオオオオオオオオオオオオオッッッ――!!」

 

爆発する瘴気を突き破り、無傷の戦鬼が突撃してくる。戦意も速度も、衰えるどころか更に上昇を続けて止まらない。

 

至近距離に踏み込まれ、咄嗟に刃を振るうが――

 

「な……っ!?」

 

刃がすり抜けた(、、、、、、、)。振り下ろされる刃に対し、男は真っ向から突撃を続け――そして、確かに捉えたはずの刃が、確かな手ごたえと共に男の腕を斬り飛ばす。そう、斬り飛ばすはずだが、しかしこれはどういうことだ。文字通り霞を切ったかのごとく、振り下ろされた刃は何の痛痒も与えていない。変わらず腕はそのままで、そしてそのまま完全に迫撃の間合いへと踏み込まれてしまう。

 

「温いぞ――」

 

「しまっ――」

 

判断を誤った、と認識した時にはもう遅い。腹部に叩き込まれる強烈な拳打が、再びレインを弾き飛ばしていた。闇の展開すら間に合わず、まともに一撃を貰ってしまう。独眼鍛冶(キュクロプス)の加護がなければ、内臓が爆散していただろう。

 

瓦礫に叩き付けられながらも、レインはついに戦鬼の星光を看破していた。

 

発動値(ドライブ)移行による絶大な反動、減衰の闇による損傷、そして刀剣による物理的な破壊。

 

それら全てに対応している、その能力とは――

 

「肉体損傷、修復能力……!」

 

即ち、外傷、病毒といった肉体の損傷を瞬時に回復させる星辰光(アステリズム)

 

一見すれば直接戦闘には不向きな支援用の能力だが、ああしかし。

 

「――何だ、それは」

 

その性質をもおおまかに理解したレインは、今度こそ心の底から総毛だった。

 

基準値(Avarage):C

発動値(Drive)AAA

集束性:AAA

操縦性:E

維持性:AAA

干渉性:E

付属性:E

拡散性:E

 

まず理解したのは、回復の星は徹頭徹尾使用者にしか向けられていないこと。六つの性質のうち集束性と維持性のみが突き抜けており、加えて出力も人間の規格に非ず。修復の速度は常軌を逸しており、先ほどのように刃を立てても無駄だろう。

 

なぜならば、斬られたそばから即座に修復が始まっている(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)のだから。先ほど男の身体を刃がすり抜けたように見えたのは、単純にしてあまりにも常識はずれな理屈だった。

 

そして、この星光はあくまでも回復であって攻撃の無効化などでは決してない。回復するのは損傷だけで、痛みや苦痛は全てそのまま受ける筈だ。付属性も低く、回復自体が負担となって激烈な苦痛を生んでいるのは間違いない。

 

基準値と発動値の差が大きすぎるのも最悪だ。かつての英雄や人狼のそれすらも凌駕する出力差は、人間と言う器が耐えられるものではない。男のように回復の手段がなければ、即座に肉体が爆散してもおかしくない。

 

だからこそ、レインはその事実が悍ましくて仕方がなかった。即ちこの男は、常時自爆と再生を繰り返しながら戦っているのだから。見かけの上では無事なだけで、内側では無限の損傷と修復が繰り返されている。

 

当然、それに伴う苦痛も甚大なはずだが――

 

「さあ、どうした。この程度ではない筈だろう」

 

しかしどうだ、野獣の如き闘気をなお一層強めながら、男は笑みを絶やさない。

 

「半端なんだよ。何を周りに気を使っている?余所見をするな、闘争に集中しろ。ここには俺とおまえがいるのだ、それだけで十分だろうが」

 

「何を、言っているんだおまえは……!」

 

叩き付けられるのはただひたすらに闘争の波動のみ。戦おう闘おうと、唯一一色のみの波動を前に、レインは思わず声を荒げていた。

 

「いったい、何が目的だ!プラーガ(ここ)でこんなことをして、どうなるか本当に分かっているのか!?」

 

旧チェコ領内・古都プラーガとは東部戦線における最重要拠点と言われる街だ。旧西暦の遺産を抱えたこの街はいわば火薬庫に等しく、加えてレインは今や三国いずれにも重要視される海洋王(ネプトゥヌス)の護衛官だ。この地で、彼女に対し、これほど大規模な破壊と戦闘を仕掛けてしまえば――

 

「戦争が起きるぞ。ようやっと平穏を取り戻してきたこの街に、そしてこの地方に。そんなことをすれば誰も得をしないはずだ、見たところ商国の人間みたいだが、お前のところも――」

 

「なんだ、よく分かっている(、、、、、、、、)じゃないか。それが理由だよ」

 

平和が崩れ去り、戦争が勃発する。誰もが忌避すべき未来をこそ求めているのだと、戦鬼はさも当然のように言い放った。

 

「は……?」

 

「そうとも。結局のところ邪魔なのは海洋王(ネプトゥヌス)だが、同時に一番手っ取り早いのも奴だ。奴を殺せばそれだけで戦争が起きる。そうすればまだまだもっと、俺は闘争を愉しむことが出来るし……それに」

 

まるで子供に世の真理を説くように、悍ましいほど厚顔無恥に、ただただどこまでも身勝手な理屈が言い放たれる。

 

「奴は強い。当然、俺と戦う気概もあるはずだ。ならば、俺がここに来るのも当然だろう。ああ、一つ補足しておこうか。俺は、奴と戦うために来たんだよ。奴と、そしておまえと、太陽と、他にも他にも、超人大戦(ギガントマキア)を経験した数多の者たち。それら総て、この手で倒す」

 

「……」

 

余りの内容に、言葉が紡げない。

 

そう――クルト・ヴァルダルに崇高な理想や野望など存在しない。彼にあるのはただ一つ、飽くなき闘争への渇望のみ。

 

呆れるほどに身勝手で、しかし同時にこと思念の純粋さが度を越して強烈すぎる。

 

「だから、なあ。いい加減に全力を出せよ死想冥月。俺はまだ満足していないぞ。誰が死ぬことを許した。誰が斃れることを許した。立ち上がれよ、余計なお喋りはもう止めにしろ。奮い立って、俺を満足させてそれから死ね!」

 

放たれる言葉は支離滅裂で眩暈を覚えるほどだ。同じ人間の言葉を話しているはずなのに、異なる常識を基準としているせいで気味が悪くて仕方がない。

 

この男と比べれば、邪竜や審判者ですらまだまとも(、、、)だ。いかに狂っていようと、彼らの思想(イノリ)には光への憧憬と他者の存在があった。たとえそれを否定していようとも、人の持つ規範や道理を解していた。

 

だが、こいつは違う。なぜならこいつの思考には、徹頭徹尾己の渇望しか存在しない。

 

他者を己の欲望を満たすための道具としてしか認識しておらず、他者に憧れることなど有りえない。

 

徹底して自己のみに完結するその在り方は、もはや人のものではない。

 

「だから、そうだ。こういう時は周りの奴を殺すといいな。よくわからんが、そうすればおまえはきっと強くなると直感した。それがいいしそうしよう。ああちょうど、そこに一つ邪魔なのが転がっているな」

 

よって、どこまでも身勝手に。ただ己の欲望の赴くままに。

 

その暴力が、気を失って倒れ伏す少女へと向けられていた。

 

「な……っ!待て!」

 

咄嗟に空間転移(アポーツ)で少女を腕の中に呼び寄せ抱きしめる。間一髪、先ほどまで少女が倒れていた広場の一角をクルトの拳が粉砕し、そしてまだまだ止まらない。

 

「何をしている死想冥月、そんな邪魔者は殺してしまえよ。戦うのに荷物を抱えていては邪魔だろう」

 

「ふざけるなァッ――!」

 

何の躊躇も逡巡もなく、非戦闘員の子供にも当たり前に牙を剥く。放たれた矢のごとく一直線に突貫し、勢いのまま上段から拳を二人に向けて叩きつけた。雪の結晶の模様がごとく大地が砕け、壊れてゆく。反射的に飛びのいていなければ、レインも少女も肉塊と化していただろう。

 

衰滅の星はもはや牽制程度にしか効果を発揮していない。少女を抱えた両腕はふさがっており、武器を振るうことは当然不可能。しかし少女を放してしまえば、まず間違いなくこの男は自分ではなく少女を狙う。

 

かといって自分がこの場を離れてしまえば、今度は戦鬼が野放しになる。そうなれば間違いなく、民間人にも被害が及ぶだろう。

 

ならばどうする?自分だけではどうやっても手が足りない。そんな時に、すべきことは――

 

「お願い――」

 

再び迫る暴威を前に、レインは小さな、しかし確かな声で呟いていた。

 

諦めたわけでは決してない。迫る戦鬼を確かに見据えながら、腕の中の少女を優しく抱きしめる。

 

そうとも、自分は決して一人じゃない。だから、私の選択は決まっていた。

 

「――助けて、みんなッ!!」

 

そして、まさしくそれに応えるように。

 

「風伯、雷公、並びに熱核――どうかお力をお貸しください。我らの敵を討つためにっ!」

 

刹那、空間一帯に張り巡らされる鋼の糸。それら全てを砲台と化しながら、雷速の爆熱光球(プラズマ)が炸裂していた。

 

そして、のみならず。

 

「力を貸してもらうわよ、伯父さん」

 

掲げた槍の穂先から放たれるは、万象一切塵に帰す赤黒の瘴気。それらを五月雨のように降らせて、噴煙立ち込めるその奥に立つ者を容赦なく苛んでゆく。

 

アヤ・キリガクレ、ならびにミステル・バレンタイン。

 

誇るべき大切な友人が、割り込むようにして参戦する。

 

さらに当然、彼女たちだけではない。辛いとき、ピンチの時に助けを求めれば、英雄(ヒーロー)は必ずやってくる。

 

「待たせたな、ナギサ。無事でよかった」

 

その声が聞こえただけで、レインは花のような笑顔を浮かべた。自分と少女をかばうように現れた大好きな彼、その名前を思わず声に出す。

 

「アッシュ!!」

 

アシュレイ・ホライゾン、ここに推参。

 

調停を担いし海洋王(ネプトゥヌス)が、戦争劇(ストライフ)に幕を引くべく登場していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




滅尽滅相、殲くし(Atrocious)滅ぼせ破壊の戦神(Areus)
基準値(Avarage):C
発動値(Drive)AAA
集束性:AAA
操縦性:E
維持性:AAA
干渉性:E
付属性:E
拡散性:E

アトロシアスアーレウス。
無限の闘争を望む戦鬼、クルト・ヴァルダルの星辰光(アステリズム)
発現した星は肉体損傷修復能力。読んで字のごとく、外傷、病毒、疲労と言ったあらゆる肉体の損傷を文字通り瞬時に回復させる能力。
極限まで集束性と維持性に特化しており、能力の揺らぎやほころびなどは一切ない。
驚異的な維持性と、あらゆる外傷や疲労も負った傍から回復を続ける能力が両立した結果、こと継戦能力では他の追随を許さない。
基準値と発動値の出力差が激しすぎるために、常時甚大な損傷を負っては回復を繰り返している。常人ならば発狂を繰り返す地獄に他ならないが、それがどうした。
無限の闘争をこそ望むがゆえに、戦鬼は決して斃れない。



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