癖馬息子畜生ダービー =遥かなるうまぴょいを目指して=   作:ウマヌマ

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吾輩は馬である。

 

 目が覚める。

 

 吾輩は馬である。

 蛙の子はおたまじゃくしであるが、私の親は馬で生まれた時より子馬、純正の馬息子である。

 そう、ウマ息子畜生ダービーである。

 

 名前はまだない。と言うかヒト畜生の言葉など毛ほどにも理解できん。

 

 だが、この美しく、艶やかな、豊かで秋を思わせる茶色の毛並み。

 足元と額に白のワンポイント。

 自分で言うのもなんだが間違いなく名馬である。

 間違いない。

 

 それは。

 もう。

 すごく。

 ものすごく。

 

 名馬である。

 

 

 そこらの馬とはオーラが違いますよ。私は。

 あまりのオーラに他馬なんて近寄っても来ず、目すら合わせようとしないレベルだ。

 

 流石、私であると言っても過言ではない。

 

 などとクッチャクッチャと飼葉を噛みながら思案していれば、最近、身の回りの世話をしていたヒト畜生が近寄ってきた。

 

『大人しくしてろよー』

 

 声をかけられてはいるが何を言いたいのかサッパリだ。

 所詮はヒト畜生である。

 わかるように話せと言うのも無理な話だろう。

 

 やれやれと思っていると、何かジェスチャーをした後、また謎の拘束具をつけようとしてくる。

 なんと無礼なやつだ。

 この間、落としてやっただけでは学ばなかったらしい。

 

『ほら、好物のリンゴだ……普段、若いのには食べさせないんだが、特別だ』

 

 丸く赤いリンゴは神である。

 神いずリンゴである。

 リンゴを食う間は何ものにも変えがたい至福である、それ故、大人しくしておいてやる。

 食っている間だけだぞ、と思っていたら食い終わったのを見て拘束具を顔にまで付けてきた。

 

 なんたる所業。

 さらに背中に乗ってきおったわ。

 ウマハハハ!

 

 ちょっとこのヒト畜生、私を世話する下僕の存在で大人しくしていれば調子に乗りおって。

 

『珍しく素直だな。やっぱ食い意地ははってるからか』

 

 だが、撫でたので振り落とすのは勘弁してやる。

 

 何度か乗り降りして遊んでいたようだが、どうやら、乗って走って欲しいようだ。

 

 ヒト畜生の遊びに付き合ってやるのも一興だと軽く足を動かす。

 

 しばしの間、遊んでやると満足したのか、我が家に送られる。

 くるしゅうない。

 

『ほんと、真面目に走らないなー、この馬……まだ、本格的な調教前とはいえ、これからどうなることやら』

 

 

 夜である。

 草木も寝静まりかえった夜。

 

 ふと、我が家の柵をゴリゴリと噛んでいると思う事がある。

 私はかつてヒト畜生であったのかもしれない。

 

━━━ うまぁぴょい!

 

 生まれた時より脳裏をよぎる意味の分からないこの言葉。

 だが、そうだ。

 私はきっと、うまぁぴょい! するために生まれてきたのだ。

 

 うまぁぴょい! が何をする事かはサッパリだが、尊い事である事はわかる。

 

 そう、全てはうまぁぴょい! のため……。

 

 

 

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「アイツ人間の事を舐めてると言うか、遊んでやってる下僕くらいにしか思ってないんじゃないです?」

 

「それはあるけど、馬に気を遣えってのも土台無理な話だろ。俺らにできるのは馬に信頼されるようにするだけだよ」

 

「……そりゃそうなんですけど。まあ、足は悪くなさそうでしたね」

 

「真面目にやってないから、まだわからんけど。……しっかりしてる感じはしたな」

 

「その分、調教は大変そうですけどね」

 

「それを言うなよ。ま、重賞は無理でも、そこそこの順位に行ってくれりゃ苦労のしがいもあるんだがな」

 

「可愛がってた例の馬の方は、また、ビリっけつでしたもんね」

 

「……元々、あの馬は大人しくて臆病なとこが強すぎた。性根がレースに向いてなかったんだよ。勝つやつがいれば負けるやつがいる。それが競馬だしな……そう言うもんだ」

 

「ま、あの馬に関しては地方に帰れる馬主の牧場があるんでいいんじゃないですか」

 

「地方ではそれなりに活躍できるかもしれんし、あの馬にとっては中央で無理くり走らされるより幸せなのかもな」

 

 

 

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 この門を潜る者、一切の望みを捨てよ。

 そう、地獄の門が聳え立つ。

 

 それは言うなれば死の体現。

 奈落の支配者。

 未知と言う名の恐怖が本能に戻れと訴えかける。

 

 刺すような怖気が! 私の全身を支配する!

 絶え間ない絶望感が足を震わせ、心臓を早鐘のように打ちつける!

 

 ヒト畜生どもめ、なんと恐ろしいモノを作るのだ!

 

 これは馬を殺す機械だ!

 断頭台であり!

 拷問器具である!

 

『……ゲートに入るのを嫌がるのはいるけど、ここまでビビるやつは初めてだわ』

 

 あ! 引っ張るな!

 コラ! やめ! ヤメロー! シニタクナーイ!

 

 初めて感じる敗北感。

 足から力が抜け、もはや立つ事もままならない。

 私はここで死ぬのかもしれない。

 

『お、おい……大丈夫か!? ……これ、マジか、腰抜かしたのか、お前……』

 

「ヒーーーーン!」

 

 助けてーーー! おかーちゃーーん!

 

『よーしよし、怖くないー怖くないぞー』

 

「ヒィーーーーン……!」

 

 

 そんな屈辱と絶望の日から数日がたった。

 

 

 気づいてしまえば大した事はない。

 ゲートなんてのはただの鉄の塊で別に恐ろしいモノではない。

 

 襲っても来ないし、死にはしない。

 

 怖くない。

 怖いわけがない。

 

 そう。

 今、すでに。

 入っているのだから。

 ゲートの中に。

 

 怖くない。怖くない。怖くない。怖くない!

 

『足、めっちゃ震えてますねー。ガクガクですよ。目なんて半分白目向いてますし』

 

 私は強い! 私は凄い! 私は偉い!

 

『これでも初日に比べりゃ、凄え成長だよ』

 

『慣れますかね、コレ』

 

『……どうかな』

 

 ヒト畜生どもめ! 早く開けろ! 外に出たいのだ!

 あー、つっかえ! ほんと早くしろ!

 

『まあ、落ち着きはないけど、入ってる間は大人しいし、開いたら飛び出すからいい気もしてきません?』

 

『さすがにそれはな……』

 

 いいから早く開けろー!

 間に合わなくなっても知らんぞー!

 

『あ、漏らした。チビりましたね』

 

 畜生メー!

 

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「あの馬の騎乗練習ですか、どうです?」

 

「あー。あいつは…………ヤバいかもしれん」

 

「ヤバいっていい意味で?」

 

「文字通りヤバい意味でだよ。鞭を打ったら興奮しやがった……」

 

「そりゃ、まあ、最初はそう言う馬もいますよ」

 

「いや違う、馬っけを出しやがったんだよ! 鞭で叩かれて! 近くに牝馬もいないのに鼻息荒くして!」

 

「馬にも特殊性癖ってあるんですかね」

 

「…………まあ、動物だしな」

 

「去勢します?」

 

「……足は悪くなかったし、最低限はできたから、そういうのはまだ早いだろ……」

 

 

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 それから数ヶ月後。

 

 謎の箱に揺られ、イライラしていたら。

 気づけば知らない場所に立っていた。

 

 私はヒト畜生に引かれ歩き回される。

 

『イライラしてますね。新馬戦だけど大丈夫ですか、こいつ』

 

『怪我なく帰ってきてくれればいいと馬主さんも言ってたし、なんだかんだ、併せ馬では負けた事がないし……モノは持ってそうだけどな』

 

 似たようにヒト畜生に引かれた馬が何頭もいる。

 それを見にきたのか何人ものヒト畜生が遠巻きに座っていた。

 

 なるほど、レースか。

 同輩たちと誰が一番速いか決めようと言うのだろう。

 面白い。

 

 うまぁぴょい!

 

 何故か例の言葉が唐突に頭をよぎる。

 もしかしたら、うまぁぴょい! はこの先にあるのかもしれない。

 

 だが、ゲート。

 それはダメだ。

 普通に怖い。

 

 入りたくないが、入らねばならぬらしい。

 

『……結局、ゲートを怖がるのは治りませんでしたね』

 

『普段はふてぶてしさの塊みたいなヤツなのに、これだけは本当に怖がるんだよな』

 

 ふと、隣の馬と目が合う。

 

「フン」

 

 見下したような視線。

 まるで、興味のないと言う佇まい。

 鼻で笑ったその仕草。

 

 おい、貴様。

 今、私のこと馬鹿にしたか?

 

「ヒヒーン!」

 

 ぶち殺す。

 

『あ! おい、暴れるな!』

 

『どうどう!』

 

 数分程、ひとしきり暴れて少し冷静になった。

 あの馬には負けない。

 叩き潰す!

 

『よしよーし……やっと落ち着いたか。……走れる体力残ってるのかねコレ』

 

 でもゲートに入ると怖い。

 それはそれとしてアイツは、許さない。

 

『各馬、ようやくゲートインしました』

 

 謎の声が響く。

 やたらデカイ声を出すヒト畜生がいるらしい。

 きっとこんな声を出すヒト畜生はすごいでかいに違いない。

 

 そんな事を考えて恐怖から目を逸らしているとゲートが開いた。

 こんな場所にいられるかと駆け出すと、周りにも馬が沢山いた。

 こんなにも多くの馬を閉じ込めておくゲートの恐ろしさを実感するも、先頭は譲らない。

 前へと進む。

 他の馬など置き去りにしてやる。

 

『あ、コラ! 前に行こうとするな! こんな大逃げして体力持つかよ!』

 

 上に載っているヒト畜生が邪魔してくるが、そう言う競技なのだろう。

 ハンデ戦と言う奴だ。

 だが。

 前にいれば負けないのだ。

 

 余裕である。

 とろくさい他の馬共に負ける気などしない。

 私が一番速いのだ。

 

 ウマハハハハハハ!

 

 走る。

 走る。

 走る。

 

 今、私は風になっている。

 とてもはやい。

 

 気分がいいのでクソも漏らしといてやる。

 光栄に思うがいい。

 

 走る。

 走る。

 走る。

 

 ちょっと、疲れてきた。

 

 む、後ろからあのクソ馬が来る気配がする。

 まさか、この私に追いついて来ようとするとは、無礼な。

 さらに加速する。

 どうだ、追いつけまい!

 

 ゼーゼー! ウマハハハハハ!

 

 マジでしんどくなったきた。

 もうむりかもしんない。

 

『もう少しだ! がんばれ!』

 

 あ、後ろから迫ってくる気配。めっちゃ近い。

 並んでくる。

 ふざけるな。

 あの馬に負けるくらいなら死んだ方がマシだ。

 

 足を前へ、前へ、前へ!

 行け! 行け! 行けぇ!

 

『……マジか……ゴールしやがった! 勝ったぞ!』

 

 負けてたまるか!

 全身に血液を充満させ、筋肉を躍動させる!

 

『……ゴールしたんだが!?』

 

 絶対に!

 負けない!

 

『終わり! 終わったぞ!』

 

 邪魔をするな!

 

 男には命を震わしてでも譲れないものがあるのだ!

 今がその時だ!

 

『止まれー……』

 

 これが━━!

 私の━━!

 

 

 

 

 ━━全 力 全 開 !

 

 

 

 

『……どうどう』

 

 

 鞭で叩かれた!

 アヒーン!

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「……勝っちゃいましたね」

 

「そうだな……」

 

「ゲート入るの渋って、ロデオして、鞍上無視して、暴走して、クソしながら、レース勝って、終わった後に本気で走る。そんな馬がいるらしいですよ……」

 

「……なにそれ、調教師の人ちゃんと仕事してんのってレベルだな」

 

「そうですね。でもそれが、うちの馬なんですよねー……」

 

「俺さー。この仕事……人間関係以外で辞めたくなったの初めてだわ」

 

 

 

 




競馬はウマ娘から入ったニワカ!

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