癖馬息子畜生ダービー =遥かなるうまぴょいを目指して= 作:ウマヌマ
「ナリタブライアン、休養で済む怪我だったのは不幸中の幸いでしたね。中山で見た時はダメかと思いましたよ」
「立てなかったのはレースの疲労が大きかったのかもな。とは言え半年は痛いよな」
「宝塚も間に合わないとなると、再始動は天皇賞の秋とかからですかね」
「そうだな。……それで、うちの方の調子はどうだ?」
「有馬でも、あれだけ走って怪我なんかはなかったですけど」
「……メンタルだよな」
「最悪の一歩手前くらいで落ち着いてます。嫌々でもやってた練習も碌に走らなくなりましたし、たまにやっても上の空」
「重症。わかりやすく腑抜けたか。……変な所で賢い奴だからな」
「今年のローテーション見直しますか?」
「……いや、多少、荒療治だがやはりロータスには敵が必要なんだろう。アイツが勝ちたいと思える敵が。その意味では今のままの方が都合がいい」
「日本では日経賞、天皇賞春まで走って、欧州に出てキングジョージ、凱旋門を目指すんですよね」
「ああ」
「大丈夫ですかね?」
「わからん。わからんからこそ行くんだ。このままだと、レースでまともに走らなくなる」
「……まあ、でも杞憂と言う事もありますよ。ロータスの事ですし、レースに出ればケロッとしてる可能性もありますって」
「そうだといいんだがな……」
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シリアスとか糞だなと思う今日この頃である。
馬生とは楽しく豊かでなくてはいけない。
その為には、まず、嫌な事はしない。
NOと言える勇気、そんな心を持つ馬であるべきなのだ。
ヒト畜生の言うことをホイホイ聞いてたら命がいくつあっても足りないのである。
だから、そう、これからは程々にやろうと思う。
ヒト畜生の遊びに命をかける義理などないし、怪我してまで勝ちたいとは思わない事にした。
程々に勝ち。
程々に負けても、それを許容する精神。
それが大事。
そう言う大らかな気持ちで物事を捉えると、これまで見えなかったものも見える気がするのだ。
これが大人になると言う事だろう。
いや、悟りの境地と言っても過言ではない。
争いとは競争より生まれ、そこから解脱しなければ悟りを開く事はできないのである。
これからは馬生イージーモードで生きていこう。
な、舎弟。
「ヒーン」
なんか睨まれた。
最近、近づくとピリピリしだすのだ。冬のレースで私に負けた事を根に持っているのかもしれない。
これまで並んで練習する事はあったが、実戦でやった事はなかったからな。
思ってた以上に差があって悔しいのか。
やれやれ。
程々にやればいいと言うのに、真面目すぎるのも考えものである。
そもそも、私と舎弟では生まれ持ったものが違いすぎる。
それはどうしようもない事なのだ。
だから、な?
舎弟の瞳孔が大きく見開かれる。
「ヒィィン!」
明らかに敵意と威嚇のこもった嘶き。
蹄を地面に叩きつけ、その目には怒りにも似た感情が篭っている。
慌てた様子でヒト畜生が宥めているが、息を荒げ舎弟は落ち着く様子を見せない。
『どうした!? ライスシャワー!? 落ち着け、落ち着いてくれ!』
なんだよ。
めちゃくちゃキレるやん。
勝手に格付けされたのが気に入らないのか。
けれど、事実は事実である。
私と焦げ茶の馬との勝負に割って入れもしなかった。
恐らく、全盛期の状態でもそれは変わらなかっただろう。
それが日に日に力が落ちてる今の舎弟に勝てるわけがないのである。
そもそも、舎弟が勝てる相手ってそんな強い奴なんて、いなさ━━
「ヒィン!」
アイターーー!
どついた! 舎弟がどついてきたー!
おかーちゃんにもぶたれた事ないのに!
ヤロウ! ブッコロしてやる!
『一旦、離しましょう! 人、近くの人呼んできて!』
上下関係はっきりさせてやるよ! と意気込んだ所で、無理矢理、数人のヒト畜生に引っ張られて引き離された。
離せー!
離せヒト畜生ー! 離せばわかるから!
『落ち着きなさい!』
意外! それは鞭!
あひぃん!
レフェリーー! 私は悪くないのに鞭で尻を叩くのは反則! 反則では!?
首を横に振るヒト畜生。
私は思い出した。
所詮、ルールとはヒト畜生の生み出した業にすぎないのだ。
チクショーメー!
舎弟も覚えてろよ!
泣いて謝ったって許してやんねーんだからなー!
そんな私の遠吠えはそれなりに響いた。
結局、その日から、黒い舎弟と顔を合わせる事はなくなった。
別に構わない。
元より私は一頭で完結している。
私と走れる奴なんて最初からいなかったのだ。
そう、だから。
孤独が私を強くする。
別に寂しくなんかない。
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─『それぞれゲートへ入っていきます』─
「一番人気のダークホースだそうです。ロータス」
「本命なのに穴馬なのか。……わからんでもないのが悲しい」
─『ブラックロータス入るのを嫌がっております』─
「ゲートというかレースを嫌がってる? ……走りますかね?」
「少なくとも以前のようには走らないだろうな。今朝も集中力や気迫が欠片も感じられなかった……」
─『泣きの三度目なんとかゲートイン。第43回日経賞。さぁ、各馬一斉にスタート』─
「……あ」
「あー、出遅れましたね」
─『ブラックロータス僅かに出遅れたが、大丈夫か?』─
「……集中してないからな」
「それでもすぐに追いつけてるんで問題はなさそうですけど」
「…………」
「…………」
─『大外からブラックロータスあがってくる。こんなに早く仕掛けて、それで勝てるのがこの馬の強みではあります』─
「……おいおい、そこまで外に回さなくてもいいだろうに」
「悪い所が出てきてますね。なんとか岡辺さんの方が合わせてますけど……半分、暴走してますよ」
─『ブラックロータス、ライスシャワー並ぶ』─
「え、そこから内にいってライスシャワーと競り合うのか……?」
「いえ、抜かしました」
─『最終カーブ、ブラックロータスが抜けていく。やはり、強い! 出遅れや位置取りなど関係ない!』─
「あ……あー……」
「いけるのか……! いや、いったな」
─『脚が違う! 一馬身、二馬身とリードをあけていく!』─
「いきましたね」
「……流石にこれは勝ったか」
「…………ぇ?」
─『おおっと、先頭ブラックロータス減速した! 後方との距離は二馬身もないぞ。抜けたインターライナーとライスシャワー突っ込んでくる、間に合うか!?』─
「うぁ!? 故障!?」
「いえ、脚に異常はなさそうです! あー……もう、むちゃくちゃですよ」
─『懸命に追いかける、けれど半馬身! 半馬身届かせないままゴールイン! ブラックロータス前に出るのを許さなかった! 本気を出すまでもないと言う事か!』─
「…………はぁーーー……勝った」
「なんとか……勝てましたね」
─『確定しました。一着、ブラックロータス。二着、半馬身差インターライナー。三着、僅かに遅れてライスシャワー』─
「……勝てたけどな」
「なんだったんですかね、あの減速」
「流したつもりか、やる気がなくて走りきらなかったか。……まさか、ライスシャワーに譲ろうとした? いや、なんにせよ、変に疲れた」
「ほんと、無駄にカロリー使いましたよ。絶対に騎手の言う事きいて普通に走った方が楽に勝てたでしょうに……」
「まぁ、アイツの考えてる事なんて頭かち割ってもわからんだろうさ」
「それより、疲れました。帰ったら肉食べましょう肉。すき焼きとかどうです?」
「……話の流れ的になんかサイコパスっぽいな。まぁ、いいけど。…………ん?」
「どうしました?」
「ああ、いや、ライスシャワーの目がな…………。案外、天皇賞はまともに走れないとあっさり負けるかもな」
「空馬とかでですか?」
「その話はやめろ……」