癖馬息子畜生ダービー =遥かなるうまぴょいを目指して=   作:ウマヌマ

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お前は

 

「むーん」

 

「……な、なんでしょうか?」

 

 黒鹿毛の彼女に由来するであろう先の方がカールした黒い髪と黒いドレス衣装。

 その中に場違いな腰の短刀。

 

「なるほど……」

 

 どうやら認めざるをえないのかもしれない。

 

 ライスシャワー。

 

 今まで気づかなかったが、かなりの勝負師だ。

 天皇賞、春。そのターフにまで短刀を持ってきて、やる事など一つしかない。

 

「私が先にやるよ」

 

 ライスシャワーの腰にある短刀を引き抜いてクルクルと回して逆手に構える。

 

「あ!? 危ない! 返してください!?」

 

 危険は百も承知だ。

 だが、そのスリルを楽しむためにやるのだろう。

 片膝をつき、短刀を持たない左手を地面に置いて息を整える。

 

「フーー…………ヌッ!」

 

 ザザザザと指の隙間にナイフを突き刺していく。

 親指と人差し指の間から、薬指と小指の間まで一往復させる。

 遠目に観戦していたヒト畜生共から歓声が上がる。それは側で見ているライスシャワーも同じだった。

 

「す、すごい……」

 

 ざっと一秒と言ったところか、悪くはないタイムだ。

 映画で見たアメリカ人よりは速い。

 短刀をライスシャワーの足元に刺して返す。

 

「次はそっちの番……」

 

「え? ふぇ? えぇーーーーー!?」

 

 ライスシャワーは目をグルグルさせて驚いていた。

 何をアワアワしているのか。

 

 さぁ、勝負師の魂を見せてもらおう!

 

『ブラックロータスさんライスシャワーさん。芝を切らないでくださーい』

 

 なんか放送席から名指しで怒られた。

 短刀をいそいそとしまいながら、なんで私までと言う顔をしているライスシャワー。

 おかしい、何か間違えたのか。

 

 しかし、レースに武器の持ち込みが許可されているとは知らなかった。

 

 せっかくなので次は私もロケットランチャーとか持ってきたい。

 パイセンの家なら一つ二つありそうだし借りてこよう。

 

 

 

 ちなみにレースは普通に勝った。

 走ってる最中なんとなく懐かしい感じがしたが、ライスシャワーは何故かレースの前に集中が途切れていたらしい。謎だ。

 

 

 

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 馬が進化してもペガサスにはなれぬと言う事は自明の理であるが。

 

 馬は空を飛べない。

 ヒト畜生もまた空を飛べない。

 

 空を飛ぶ事を許されたのは鳥と虫と雲だけである。

 

 何が言いたいかと言うとだ。

 航空力学的にこの鉄の塊は空を飛べないのである。

 空を飛ぶつもりなのだとしたら、いったい馬が何頭分の力が必要になるか。

 もし、飛べたら逆立ちして鼻からりんご食べてやろう。

 

 ウマハハハ!

 

 なんか揺れ出した。ガタガタしてる。

 いや、すごい揺れるんだけど。

 

 フワーッ!

 なんか、浮遊感あたえられちゃったかな。

 今、私。タマヒュンしている。

 

 もしかして、飛んでる? 飛んでいるのか?

 アイ、キャン、フラーイ?

 

「ヒィーーーン!?」

 

 お、おかーちゃーん!?

 

 

 

 そんな訳でなんか知らんところに連れて来られた。

 

『思ったより大人しかったみたいですね』

 

 空の旅行。

 別に外を見れる訳でなし、慣れたら暇なだけだったわ。

 それなりのスペースがあったので、ずっと寝ていた。

 無限睡眠編だった。

 

 外に出ると空が明るく眩しい。お天道様は今日も輝いている。

 やっぱり馬は日差しに当たらないといかんね。

 軽くノビをすると欠伸が出た。

 眠い。

 クソほど寝たのに眠いとはこれいかに。

 

『ずっと寝てたみたいだな。相変わらずこう言うとこは図太いなぁ』

 

 そう言いながら体のあちこちを触ってくる下僕。

 顔をじっと見られたので歯を剥き出しにして笑ってやる。

 

『……疲れなんかもあんまり無さそうですね。飛行機より車での移動の方が自分は疲れたんですが』

 

『ずっと座ってりゃ肩も凝るさ。ま……ざっと見た感じ問題は無さそうだな。検疫厩舎の方に行くか』

 

 ハミを引かれる。

 私の笑顔をスルーするとはいい根性だ。

 ここから動くと思うなよ。

 

『ほれ、りんごやるから。行くぞー』

 

 そう言って赤くて丸い神を目の前に出してくる。

 おい、それを寄越せヒト畜生。

 半分をさら半分に割られて口元に寄せられたそれをシャクシャクしながら歩いていく。

 

 しかし、ここはだだっ広い。

 あまり起伏が激しくないのか、草原が永遠と続いているようだ。

 同胞もそれなりの数が放牧されている。

 

 目の前を見慣れない毛色の小さなヒト畜生がバケツいっぱいの飼葉を抱えて歩いて行った。

 

 通りすぎる直前に軽くつまんで食べてみる。

 私でなきゃ見逃す早技だ。

 気づきはすまい。

 

『凄いですね。あんな子供でも英語を喋ってますよ』

 

『そりゃな……。あ、こら、何を摘み食いしてるんだお前……どこで……? さっきのか……』

 

 差し出されたりんごについた飼葉でバレたのか。

 知らんぷりをする。

 見られていないので現行犯ではないのである。

 

『……俺はさっきの子を追いかけて事情説明するから、後を頼む』

 

『了解しました』

 

 残った下僕をキョトンとした純粋な瞳で見てみる。

 現場を見られていない以上、ヒト畜生はこれで騙されるはず。

 

『誤魔化そうとしてるつもりなんでしょうが、口の周りについてるんですよね……』

 

 顔についた粉を手で払われた。

 成程、迂闊であったわ。全身を震わせ証拠隠滅して罪を清算する。

 これでヨシ!

 

『よくないので体を洗いますよ』

 

 そんなこんなで軽く水を浴びて、いつもの家みたいな所に連れて行かれた。

 

 なんか、知らん馬の匂いがして嫌だな。

 私の匂いをつけておくかと体を壁に軽く擦り付け、顔の位置にある棒も一通り噛んでおく。

 こんなものでいいか。

 

 ここをキャンプ地とする!

 

 

 

━━━━━━━━━━━

 

 

 

「フランスキター!」

 

「な、なんでライスはこんな所にいるんだろ? 場違いじゃない?」

 

「せっかく来たんですから、宝塚記念前の旅行くらいに考えればいいのではないでしょうか」

 

 私、ライスシャワー、そしてパイセンで飛行機から降りて、いざフランスの空港を歩く。

 パイセンは私が一人で海外なんて行ったら何するかわからないからお目付け役としてついてきたらしい。

 せっかくなのでライスシャワーも引っ張って連れてきた。

 とはいえ、二人ともレースがある時期に合わせて日本に戻る予定だとか。

 

 ウマ娘はこの三人だが、パイセンの後ろにはサングラスをしたメジロのSPが並んでいる。

 メジロはやはり黒の組織。

 

 

「車を手配してありますのでそちらに行きましょう」

 

 手慣れた感じで用意されていた黒塗りのリムジンに乗り込む。

 中は三人が横に転がってもまだ余裕のある広いリムジンだ。

 

 寝転がっているのも暇だったので適当に窓の外を眺める。

 空港から少し離れると日本に比べると自然が多い。

 

 ふと、小高い緑の森の先にはポツンと城があった。日本ではあまり見ない感じの西洋の丸い砦だ。

 

「ね。ね。パイセンパイセン、アレアレ。野生の城」

 

「あら、本当ですわね。ヨーロッパには個人所有の城が多くあるので、その一つかもしれませんね」

 

 今でも実際に人が住んでいる城も多いが。

 たいてい地元の観光地として使われてるとかなんとか。

 

「ライスシャワーさんは、どこか観光したい所とかありますか?」

 

「ライス、海外に来るの初めてだから色んなところ見て回りたい。……エッフェル塔とか、モン・サン・ミシェルとか」

 

「いいですわね、どちらも素敵な所ですよ。ただ、モン・サン・ミシェルは少し遠いので後日になってしまいますが、エッフェル塔は是非、夜にでも行きましょう。…………一応、貴方にも聞いておきますがロータス。どこかで行きたいところありまして?」

 

「ロータスも海外に来るの初めてだからー。パンジャンドラムとか、マクドナルドとか見に行きたい」

 

「…………そう、特に行きたい所はないんですね」

 

 ライスシャワーの真似をして可愛い感じに言ってみたが、なんかパイセンにはダメだったみたいだ。

 

 

 街に入ると無駄に豪華なつくりで、そこらかしこに装飾の施された家が並んでいた。

 

 その先に東京ドームが入りそうな広い敷地の中に城のような屋敷があった。

 その目の前で車が止まる。

 目的地に着いたらしい。

 

 

「何ここ、パイセンの別荘?」

 

「違います。シャンティイ、フランスのトレセン学園です。先にここで登録をすましてしまうと説明したでしょうに……」

 

「聞いてないに決まってるじゃん」

 

「ですよね。知っていました」

 

 おでこに手を当ててため息をつくパイセンと苦笑いをしているライスシャワー。

 案内のヒト畜生に連れられ校舎の裏の方に回るとトレセン学園でお馴染みであるパドックの景色があった。

 

 何人かのウマ娘が今も走っている。

 こうして誰かが頑張る姿を遠巻きに見ながらサボるのは、とても気分がいい。

 

 そんな事を考えていると、隣に来ていたライスシャワーとパイセンが何かを頷きあっている。

 

「すごい……」

 

「……流石、欧州のウマ娘はレベルが高いですわね」

 

 案内のヒト畜生が言うには今、練習してるのはこのトレセンでも有数のトップチームらしい。

 ザッと見渡した感じ強そうなのが数人いるが他はそんなでもなさそう。

 

「まー、私のが強いかな」

 

「貴方のそう言う所、嫌いではありませんよ」

 

 ただ一人。

 なんかこっちを見てたウマ娘。

 

 目が合ったそいつだけは少し嫌な感じがした。

 

 

 

━━━━━━━━━━━

 

 

 

 欧州の牧場にきてから数ヶ月。

 ここしばらくロータスの調教を行なっていたが。

 

「参ったな……」

 

 ここまで仕上がりが悪いとは。

 肋骨が浮き出るくらい軽くガレている。

 病気や体調不良と言う訳じゃない、単純に飼葉を口にする頻度が減っているのだ。

 

「飼葉も日本にいた時のものに近くしてるので、好き嫌いって訳じゃないみたいです」

 

 慣れない環境のせいか、それよりももっと精神的なものか。

 

 年末から日に日にロータスの覇気が失われているのは理解していた。

 

 やはり、ナリタブライアンと言う存在は大きかった。

 それだけにあの姿を正面から見てしまったのだろう。

 賢くはないが、頭はいい馬だ。

 怪我のリスクを理解してしまったのかもしれない。

 

 また、ライスシャワーからの敗北も痛かった。

 仲が良かった事が仇になったのか。

 負けて数日は見るからに落ち込んでいた。

 

 今はそういう落ち込んでいる姿を見せないが、併せの時、明らかに走り方のフォームが崩れている。

 まるで、初めて人を乗せて走った馬のような走り方だ。

 

 あの有馬で見た洗練された印象がまるで面影もない。

 

「キングジョージ、回避しますか?」

 

 前走は軽度の発熱もあり、大事を取って回避した。

 本来ならできるだけ万全の状態で馬を送り出してやるのが俺たちの仕事だ。

 だが、馬が生き物である以上、常に完璧ではいられない。

 

 特に心の問題はとても厄介だ。

 心が弱っていると前の馬から土をかけられたり、追い抜けないとわかると、走るのを簡単に諦めてしまうようになる。

 

 レースを諦める馬は勝てない。

 元々、ウチは強い馬なんてあまり来ない厩舎だ。

 そう言う諦めた馬を何頭も見送ってきた。

 最近のロータスはそう言う馬の目をする事がある。

 

「放っておいて解決する問題なら、それでもいいんだがな」

 

「相手は強いですよ?」

 

 今年のキングジョージはかなりの役者揃いだ。

 重賞含め四連勝中の勢いのある馬。

 ペンタイア。

 

 実力と実績を兼ね備えた去年の凱旋門賞馬。

 カーネギー。

 

 アイルランドダービー馬。

 ウイングドラヴ。

 

 そして、僅か二戦でイギリスのダービーを制した未知の馬。

 ラムタラ。

 

 どれも競馬の本場である欧州の一流馬達。

 日本馬であるロータスがどこまで通用するかなんてわからない。

 

「ロータスなら勝てる……とは言えないな」

 

「まあ、案外、今の状態でも、いいとこ行くかもしれませんよ。こういう時、いい意味で期待を裏切ってくれる事もありますし」

 

 軽くロータスの首に触ろうとすると欠伸をしていた。

 こっちの気も知らずに呑気なものだ。

 

「そうだよな、お前は俺たちの想像なんかより、もっと凄い馬なのかもしれないんだからな」

 

 ロータスは栗毛を震わせ、一つ頷きながら嘶いた。

 

 そういえば、出会った時もこんな感じだった。

 呑気に欠伸をして、大人しい馬なのかと触ろうとすれば、急に噛みついてきた。

 

 はっきり言ってその時、最初に見た時には走る馬だとは思わなかった。

 

 実際、調教でも碌に走らなかった。

 ゲートも怖がるし、噛み癖も治らない、それこそ真っ直ぐ走らせるだけでも苦労した。

 手を焼いた回数は他の馬の比ではない。

 

 果ては騎手を置いて走っていくのだから、とんでもない馬だ。

 

 けれど、レースに出る度に想像より何倍も凄い馬なんじゃないか、そう何度も思わされた。

 思っただけじゃない。

 あのナリタブライアンとも互角以上に渡り合って、それを証明してくれた。

 

 だから。

 こんな所まで連れてきてしまった。

 失敗だったかもしれない。

 エゴだったかもしれない。

 

 それでも、あの走り続ける姿が見たかった。だから、ここまで来た。

 

 

「負けてもいい。けど、もう少しだけ俺たちに夢を見させてくれ」

 

 

 

 勝ち負けすら塗りつぶす鮮烈な戦いの数々。

 雨が降れば簡単に沈む、湖に漂うような気まぐれな性格。

 

 靡く栗毛を花に例えには荒々しく。

 黒を名乗るには眩しく鮮明だった。

 

 どうしようもない癖馬で、誰よりも負けず嫌いな。

 

 

 お前は。

 

 

 

「ブラックロータス」

 

 

 

 俺たちの自慢の黒い蓮の花なのだから。

 

 

 




ちょっと次話のつもりだったけど
時間がずれ過ぎるのでこっちにウマ娘編追加加筆

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