癖馬息子畜生ダービー =遥かなるうまぴょいを目指して=   作:ウマヌマ

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キングジョージ 最速はただ一頭

 

 

 

「なんだあの馬は?」

 

「昨年、日本のG1菊花賞を取った日本馬ですね。重賞も幾つか勝利しています」

 

「……言ってはなんだが貧相な馬だな。ゲートに入るのも嫌がっているではないか……まともに調教できているのか?」

 

「JRAに抗議文を送りますか?」

 

「いや、そこまでの必要はあるまい。……とは言え、あの馬がキングジョージに出るレベルだとは到底思えないがな」

 

「今年に入って少し調子を落としいてるそうですが、連対率はかなり高いようです。ただ……欧州での出走は初めてですね」

 

「ふむ……日本では慣らしにレースを使うと言うが、それか? 勝てないレースに出てどうするつもりなのか……」

 

「必要とあれば次走など調べますか?」

 

「いや、いい。相手にならんさ。このレース私の馬が勝つ。神に選ばれた私のラムタラが!」

 

「勿論です。あ……あの日本馬が出遅れましたね」

 

「……やれやれ、もはや見てられんな」

 

 

 

━━━━━━━━━━━

 

 

 

 はいはい、出遅れたわ。チッ、反省してまーす。と心にもない事を考えるが、なんか最近、もうこれでいいかなと思う今日この頃。

 

 レース自体が久々だ。

 舎弟に負けて以来か。

 いつもより前から土の塊が飛んできて汚い。

 

 やはり、レースは好きになれない。

 しかも、今回、走る馬が全体的にひと回りくらい厄介そうなのが多い。

 

 特に一頭。

 中段にいる明るい色をした栗毛のこいつ。

 

 嫌な感じがする。

 見ていると何か嫌な思い出が蘇ってくる。

 それだけでなく、走る姿を見て確信した。才能で言えばナントカブランアンに匹敵するか、それ以上だ。

 

 他の奴も並の馬じゃない、それが随分とハイペースにど付き合っている。

 

 

 私はといえば、後ろから徐々に速度を上げるつもりで脚を動かしている。

 いるのだが、なぜか速度が乗りにくい。

 

 ワンテンポ遅れる感じがする。

 

 それでも、追い越せはしないが離されもしない。

 何度目かのコーナーで一斉にスパートに入る。

 

『頼む! ……ロータス』

 

 上のヒト畜生からも走ってくださいお願いしますと腹の辺りが強く当たる。

 やれやれと脚を伸ばす。

 

 だが。

 走りが崩れていく。

 

 前の馬から離されていく。

 

 あぁ、またか。

 本気で足を出そうとしたらこれだ。

 

 足枷がかかったように重くなり、身体が冷たくなる。

 熱を持っていたはずの体内にあるギアが一斉に止まり、それを何処か悟ったような心持ちで他馬事のように眺めていた。

 

『……ロータス』

 

 諦めを諭すような声。

 その中に失望が混じっていようと、それが心に響く事はない。

 

 冷たく、重く、遅く。

 ただ一頭、空っぽの私は最後方をずるずると落ちていく。

 体全てが鉛のようだ。

 

 

 けれど。

 

 けれど、ほんの少しだけ体の中が熱を持っていた。

 舎弟にどつかれた箇所。

 脈打つようにそこだけやたらと熱い。

 

 その熱さにあてられたのか、横を何かが駆けていった。

 ナントカブランアン。

 黒い舎弟。

 

 それはいるはずの無い馬の幻影。

 これは幻想だ。

 

 ナントカブランアン。

 焦げ茶のお前は才能がありすぎた。誰よりも速くて、私はその覚悟に追いつけなかった。

 

 黒い舎弟。

 恵まれない体躯でありながら、誰よりも心が強かった。だから、自分の体の限界を超えて走り抜けてしまった。

 

 瞼に焼きついたその姿が、今の空っぽの私を走らせる。

 

 だが、何でそうまでして走れるんだ?

 私はずっと、うまぁぴょい! のために走ってきた。

 けれど、今、私の脳裏には何も響かない。

 

 二頭は前へ前へと消えていく。

 

 その先。

 コーナーの前方を走る栗毛の馬と目があった。

 それは一瞬だった。

 その横顔。

 

 今。

 私を。

 嘲笑ったのか?

 

 取るに足らない相手だと。

 

 この私を笑ったのか?

 

 ブチリと私の中の何かが千切れ飛んだ。

 一つ、二つではない。

 連続して千切れていく。

 

 それは理性だの、知性だのと言われているものだったかもしれない。

 

 思い出した。

 あの栗毛、ずっと気に入らないと思っていたのだ。

 

 なにせ、アイツは似ているのだ、あのクソ馬に!

 初めて走ったレースにいた、あの蔑んだ目のクソ馬!

 目の前でイチャついていた、あの二人の世界を作っていたクソ馬!

 

 

 自らを抑え付けていた鎖が砕け、全身が解放されていく感覚。

 最初の怒り。

 根源的な欲求。

 

 

 ただ、脳裏には何も響かない。

 だがそれでいい。これは私の意思で走るのだ。

 

 あのクソ馬にも! ナントカブランアンにも! 舎弟にも! 目の前を走る栗毛の馬にも! その取り巻きどもにも!

 

 私は強い!

 先頭で嘲笑うべきは私であり、嘲笑われるのはお前たちであるべきだ!

 ヒト畜生の遊びだろうがなんだろうが関係ない!

 

 全員、誰であろうと私の前を走る奴は気に入らない!

 

 私は勝者であり続ける!

 

 ただ、それが私の走る理由!

 

 

 剥き出しの本能が精神を研ぎ澄まし、全ての器官が走るためだけに躍動する。

 足に力を入れると感覚以上に土が抉れる。

 

 黒く塞がっていた視界が広がる。

 何処までも怒髪天をつきながら、脳が冷静に自分の状況を分析していた。

 

 今、想定以上の走りをしたのに、想定以下の速度しかでていない。

 

 その理由は足元だ、力が空回りしている。

 成程、なにか違うと思っていたが芝だ。

 芝がいつもと違うのだ。

 

 深い。芝の根が地中深くまではっている。

 

 そのせいでタイミングがズレてバランスを崩していた。

 とは言え、無理に矯正してもそこまで速くならない確信があった。そもそも、この芝に私の走りはあっていないのだ。

 

 ならば、走り方を変えるか。

 さいわいにして前を走る馬、腹が立つがどれも優秀だ。この芝のための走りをしている。

 だからこそ走り方の参考として申し分ない。

 

 一番前の馬。

 脚を地面から離し、幅を飛ばすように変える。

 三歩走る。

 これはダメだ、筋肉のつき方的に私には合わない。

 

 二番目の馬。

 歩幅を変える。地面につくタイミングが速い。

 成程、あえて上下に移動し強く踏み込む事で加速しているのか。

 悪くない、保留。

 

 三番目の馬、見にくい四番目の馬。

 逆に揺れない、軽い走りだ。

 本気を出していない。

 いや、出せていない。

 

 だが、これも悪くない。

 何より、元の私の走りに近い。

 

『なんだ……? 走り方を変えている?』

 

 全ての馬の走り方を記憶する。

 この地面の走り方はだいたいわかった。

 重いのだ。だから、いつもより力の入れる蹴るべき場所が違う。

 

 それだけだ。

 それだけ理解していれば宇宙の真理よりも簡単な事だ。

 

 自分の走り方へ作り替えていく。

 より最適な形へ、適切に。

 

 それは最速に至るためだけの走り。

 これまでバラバラだった歯車が噛み合うように、一歩事に速度が乗っていく。

 

『ハハ……やっぱりお前は天才だよ! ロータス!』

 

 前には最後の直線を横一列に並ぶ馬。

 先頭を取ろうと、また譲るまいと必死に並んで走っている。けれど拮抗は長く続かずバラバラと崩れていく。

 最後に残った三頭。

 

 そのさらに後ろから走る。

 三頭の外を駆け抜ける。

 

 大外からいっき、どんどんと前へ。三頭には並ばない。

 

 最高速度は私の方が速い。

 三頭まとめて抜いて、勝つ。

 勝ち切れる。

 

 隣の黒い馬を抜ききった。

 

 

 その瞬間。

 

 ただ一頭、少しだけ前に出ていた真ん中の栗毛の馬と目があった。

 

 一歩。

 相手の一歩先に行く走り方。

 走り方まで腹が立つ。

 

 それでも最後の最後、コイツは他の奴と違い余力を残していた。

 

 本気を出さなくても勝てると思っていたのか。

 ふざけるな、クソが。

 

 最速はただ一頭。

 距離も時間も残されていない。

 そして、栗毛の方が一歩、前に出ている。

 

 互いにその一瞬、最高速を塗り替える。

 他の馬を置き去りにして拮抗する。

 

 時が止まったような感覚。

 勝敗を分けるのはタイミングだ。

 

 奴は歩幅をあえて短くして、次のステップで確実に走り切ろうとしている。

 私はあえて深く腰を落とし、限界まで首を伸ばしてゴールへと突っ込む。

 

 だが、何処かで目測を見誤ったのか、それとも身体の何処かが間に合わなかったのか。

 

 私は。

 

 

 どうにも奴より遅かったらしい事だけは、上のヒト畜生から伝わってきた。

 

 

 

 

 




(投稿日から一日後くらいに前話、ウマ娘編加筆してます)

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