癖馬息子畜生ダービー =遥かなるうまぴょいを目指して=   作:ウマヌマ

2 / 16
恋の季節

 

 

 秋。

 それは出会いの季節。

 それは恋の季節。

 

 ラブ。

 

 出会いはレース場、彼女は栗色の毛並みでただ一頭、輝いて見えた。

 一目見て心の騒めきを抑えられなかった。

 

 これが、ラブ?

 

『なんだ今日はやけに大人しいな。病気か?』

 

『アレですよ。恋ですねこれは』

 

『恋? 普段、他馬に近づきもしないコイツが? ……本当だ……ガン見してるな』

 

 手で、視線を遮ろうとしてくるヒト畜生。

 手下の癖に私の邪魔をするな!

 噛んでやろろうかと頭を動かすが、すんでの所で避けられる。

 やるじゃない。

 

『……はー、これは……なるほどなー。でも、確か、あの馬って…………まぁいいか』

 

 ああ、なんと美しいのだろう。

 千の言葉ですら彼女の美しさを余す所なく表現する事はできまい。

 

 だが、あえて表現するのなら。

 顔と尻がいい!

 

『大人しいうちにゲートに入れときましょう』

 

 あ、待て、もっと彼女を目に焼き付けたいのだ!

 蹴り飛ばすぞコラ!

 

『はーい、怖くなーい、怖くないぞー』

 

 別にゲートが怖いとかそんなんじゃない!

 彼女にそんな怖がってるとか思われたら恥ずかしいだろうが!

 

 やれやれとゲートに入る。

 

 ヒト畜生の生み出した最も忌むべき決戦兵器、ゲート。

 確かに恐ろしい。

 だが、賢い私はきちんと対策について考えていた。

 

『あ、こいつ、目を瞑ってやがる』

 

 そう、私が認識しなければそこにゲートが本当にあるのかどうかはわからない。

 いや、半分の確率ではゲートは存在しないと言っても過言ではない。

 

 シュレディンガーのゲートである。

 

 完璧な作戦すぎて、私は自分の知能が恐ろしい。

 

 目を閉じても精神統一から明鏡止水の極意にまで至る。

 宇宙の法則は理解した。

 これでゲートは克服したも同然、恐るるに足らず!

 

 勝利の方程式は確定した!

 

 もう、なにも怖くない!

 

 

『出遅れたぞ!』

 

 鞍上が騒がしいと思って目を開けたら、ゲートも開いてた。

 

 他馬の尻を追って、慌てて走り出す。

 

 まさか、まさかよ。

 

 宇宙の理解は完璧ではあったが、そのさらに先を行くとは。

 この私の目を持ってしても読めなかった!

 

 だが、すぐに追いついてみせる。

 

 せいぜいが六馬身程度。

 私が少し本気で走ればものの数ではない。

 

 すぐに後ろを走ってるやつには追いついた。

 

 けれど、目の前に馬の尻。尻。尻。

 おいおいおいおい。

 

 これでどうやって前へ行けと言うのだ。

 先頭の方などまるで見えはしない。

 

 

 前の馬が蹴った土が顔にかかるし、クソとかされると嫌だし、諦めて走るのをやめようかと考えていると、手綱が外へと向けられる。

 

 成る程、そっちの方には尻が少ないのか。

 外に出ると内側を取ろうとする馬共のなんと浅ましい姿か。

 

 

 再び勝利の方程式は結びなおされた!

 

 大外を一気に駆け上がる。

 

 ウマハハハハハハ!

 

 やーい! おっせーでやんの!

 

 抜いて行った馬に横を向いて唇を震わせて唾を飛ばしてやる。

 ペッ! ペッ!

 

 さすがに届きはしないが。

 向こうの馬に乗っていたヒト畜生は呆然と此方を見ていた。

 いい気味である。

 

『前を、向いて、走れ!』

 

 手綱を引かれ無理矢理に前を向かされる。

 ふざけるなコイツここで叩き落としてやろうかと思ったが、前を見ると先頭の方に彼女がいた。

 思わず二度見した。

 

 そうだ、このレースには彼女がいたのだ。

 

 いい尻である。

 思わず三度見した。

 

 引き寄せられるように。

 吸い込まれるように。

 

 一歩、また一歩と彼女の方へと近づいていく。

 彼女の尻がいいとは言え、そこに顔をつけるほど私は無作法ではない。

 

 横並びに走る。

 彼女の隣は私のものだ。

 ピタリと張り付き、流し目でウインクをする。

 あ! 確かに、今、彼女と目が合った!

 

 はぁ! はぁ!

 

 あー!

 

 うまだっち!!

 

『……お前、ほんとさぁ……』

 

 鞍の上のヒト畜生が冷めた目で見ている気がするが、そんなの関係ない。

 

 今、自分の中に宿る野性との対話中なのである。

 

 彼女と共に走るこの瞬間。

 至福の時間だ。

 りんごを食べている時が最も幸福だと信じていた、昨日の私に教えてやりたい。

 

 今こそが真の幸福であると。

 

 だが、そんな時間も唐突に終わりを告げる。

 彼女に鞭がうたれたのだ。

 ヒト畜生!

 なんて事を!

 

 そう思ってるうちに彼女が速度を上げていく。

 もちろん隣についていくが、前の馬がゆっくりと私と彼女の間に割り込んでくる。

 

 ちんたら走ってんじゃない!

 

 慌てて彼女を追うように、その馬の反対側に避けて前へ前へと進んでいく。

 その馬を抜かしきり、再び抜かしきれていない彼女の隣へと向かおうとして止められる。

 

『……クソ、やると思った』

 

 手綱を引かれ、鞍の上のヒト畜生とせめぎ合う。

 

 互いに互いの尊厳をかけた戦い。

 

 一進一退の攻防、彼女に近づきたい私と真っ直ぐ走らせたい鞍の上のヒト畜生。

 奴の力によって無様にゆらゆらと走ってしまう。

 

 

 成る程、鞍の上のヒト畜生! 確かに貴様は強敵であった!

 

 だが、その程度で私の愛が止まると思ったのか!?

 

 愛を知った私は無敵だ!

 

 何者にも負けない!

 

 どれだけ速度が乗ろうとも!

 

 決して!

 

 私たちを引き裂く事はできないのだ!

 

「ヒヒーン!!!」

 

 

 

 と思ったら急に彼女がゆっくり走り始めた。

 

 

『勝つには勝ったけど……これは……』

 

 

 

━━━━━━━━━━━━

 

 

「何と戦ってるんですかね、アイツは……一着でゴールしましたけど、審議ランプついてますよ」

 

「どう……思う?」

 

「屋根には申し訳ないですが、斜行ですね。下手したら走行妨害で失格とかですか。態度最悪でしたし」

 

「…………だよなぁ」

 

「アイツ、やっぱ去勢した方がいいんじゃないですか?」

 

「あれだけ出遅れても、レース自体は強いからな……真面目に才能だけはG1クラスあると思うんだよ」

 

「その才能に頭が足りてない事を除けば、ですが……」

 

「前のレースから色々とやってたんだがな……つか、なんで横向いてあの速度で走れんの?」

 

「知りませんけど、アイツ、その場のノリで生きてるとこありますからね。レース中にクソしなくなった分、一歩だけ成長してます。これからそう言う所を一つずつ矯正していくしかないですよ」

 

「……そうだな。そうだよな!」

 

「まずはゲートからですかね。調教に関しては再審査にはなるかもしんないですしね」

 

「ソウダナ、マタ、ソコカラカ……本当に進歩してる?」

 

「……たぶん」

 

 

 

━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 春。

 桜が散るように涙が散る季節。

 それは別れの季節。

 それは絶望の季節。

 

 

 

『まあ、なんだ……元気だせよ』

 

 

 その光景を見て、目を丸くし口を大きく開け、固まってしまった。

 

 彼女の隣を歩く知らない馬が!

 誰よその馬ぁ!

 

 いや、あの馬を私は知っている、初めてのレースの時に鼻で笑った奴だ!

 

 こちらに目もくれず、擦り寄る二頭!

 二頭だけの空間!

 えもしれぬ疎外感!

 

 その姿はまるで渋谷でイチャつくヒト畜生のカップルのようであった!

 

『噂には聞いていましたが、あの二頭は厩舎の部屋が隣でいつもべったりらしいですね』

 

『間に挟まる余地はなかったってこったな』

 

 そんな。

 馬鹿な。

 唐突なNTRに脳が破壊される。

 溶けはじめる脳内物質にシナプスがショートし、目の前が真っ暗になる。

 

 どうして自分は生まれてきたのだろう?

 愛とは?

 馬とは? ヒトとは?

 そもそも、私は馬なのか?

 馬とは私なのか?

 

 馬?

 うま?

 うまうま?

 うまぴょい?

 うまぴょいってなんだ?

 うまぁぴょいってなんだ?

 うまーーぴーーょーい?

 

 うばーーーょーー?

 

 ゔーーぇーーーぁーー

 

「ビェァーー……」

 

『うわ……なんか舌出して変顔しながら、すごい声だしましたね』

 

『脳が溶けてる顔してるな』

 

 世界は終わった。

 もはや全てがどうでもいい。

 

 ゲートに詰められてレースが始まる。

 

 ただ何も考える気が起きなくて、鞍の上のヒト畜生の言う事を聞いて走った。

 

 生きる傀儡である。

 

 今まで私がやってきた鞍の上のヒト畜生との高度な駆け引きもない。

 

 ただ、走る。

 走って。

 走って。

 走って。

 走って。

 

 

 

「ヒィーーーン……」

 

 

 そして、泣いた。

 

 

 

 

 

 

『よしよし、お前はよくやったよ。ま……レースには勝利したけどな。その涙が嬉し泣きとかなら俺も泣けたのに……』

 

 気づいたらレースには勝ち、手下の腕の中で涙を流していた。

 だが、レースに勝ったからなんだと言うのだろう。

 

 この心にぽっかりと空いた穴を塞ぐ事は誰にもできないのだ。

 

『俺は初めてこいつがまともに言う事を聞いてゴールまで走ってくれた事に泣きそうです』

 

 その日、出されたりんごは酷くしょっぱくて、甘酸っぱい味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それはそれとして、こいつが言うこと聞く傷心の内にもう一戦くらいでときません?』

 

『鬼かよお前……』

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。