癖馬息子畜生ダービー =遥かなるうまぴょいを目指して= 作:ウマヌマ
「……負けたのか」
「負けました。写真判定も出ました、ハナ差です」
「…………そう……そうか」
「アイツ、見るからに落ち込んでますよ。元々、G1で走れるだけですごい事なのに……」
「ああ……いや、そうだな。けど舐めてた訳じゃないが、俺もアイツが本気で走りさえすれば勝てるやつなんてそういない…………そう思ってたんだがな」
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春。
暖かさが増してきた今日この頃。
桜の花が散っていく。
恋の傷はまだ私に刻み込まれているが、一度、馬里を離れ、旅に出た私は少し成長した。
愛など幻想である。
病気である。
愛に現を抜かすなど阿呆のやる事である。
私はうまぁぴょい! せねばならぬのだ。
そう、私には明確な馬生設計がある。
生まれる→今ココ→うまぁぴょい!→大往生
細かいところは臨機応変に対応していくが、だいたい、こんな感じである。
完璧な設計である。
穴などない。
今、馬共が歩いているレールの上のようである。
『いや、お前も歩くんだよ』
そんな風に手下が手綱を引くが。
嫌だよ。
そんなレールの敷かれた馬生みたいなの。私はもっとロックにスターに生きるんだ。
手綱を引っ張られ、馬共がカッポカッポ歩いているのを見ていると。
一頭。
目の前から歩いてくる馬にガンつけられる。
なんや、こいつ。
深い焦げ茶色の馬体。
一目見てわかる明らかに他と違う出来。
走るためだけに鍛えられ最適化された天賦の肉体。
顔に変な白いものつけてるが、他に無駄なものは何もない。
目前まで来て、足を止めてこちらを睨んでいる姿は、今にも襲いかかってきそうな猛獣のように鋭い。
来るなら来いよ。
もちろん私は抵抗するで━━━━
拳で。
互いに互いから目を離せない。
先に動いた方が負ける。
これはそういう戦いだ。
『……いくよ』
いざ、かかってくるのかと思いきや。
相手の鞍の上にいたヒト畜生に手綱を引かれ去っていく。
勝ったな。
所詮、ヒト畜生に飼われた馬ごときが、私には敵うはずもない。
ウマハハハハハ!
そして、真の宿敵であるゲートの前にやってくる。
二、三回、入るのをゴネてみたが無理矢理に詰められた。
いつもの事である。
いい加減に愚かなヒト畜生はゲートと言う兵器の危険性を考え条約で禁止すべきであろう。
抗議のために尻尾で両壁をペシペシと叩いてみる。
リズムを取って叩いてみる。
はやく! あけろ! はやく! あけろ!
『尻尾やめなさい』
ヒト畜生が何か言うが気にせず叩いていたら掴まれた。
叩き落としてやろうかと、蹄を握りしめる。
と。あ、出遅れた。
もー、鞍の上のヒト畜生のせいだからな。私は悪くない。
とはいえ、まあ、ほんの少しだ。前よりもぜんぜん余裕で追いつける。
最近、後ろから追い抜いて他の馬やヒト畜生を観察するのが前にやってからマイブームなのである。
外からゆっくり一頭、一頭、ニヤニヤと舐め回すように見て追い越していく。
ウマハハハハ!
必死に走っておるわ!
やがて、先頭集団に追いつきカーブが終わった頃には一番前へ━━━━行くはずだった。
何かと並んだ。
いや、何かが抜かしていった。この私を。
ヤツだ。
ガン飛ばしてきやがった焦げ茶の馬。
それが、さらに前へと抜け出していこうとしている。
成る程、確かに速い。
この速度では追いつく事すらできない。
だが、それだけだ。
加速する。
久方ぶりに出す全力、足は軽い。
認めてやる……確かに他とはまるで違う。
やはり、上等だ。
これ以上なく。
だが、舐めるなよ、畜生が。
私より速い?
サバンナでも同じ事が言えるのかよ!
そんな事があるはずがないのだ!
私は名馬だ!
誰よりも! 何よりも速い!
直線上。
少しずつではあるが距離が縮まり、やがて、追い抜いて勝つだろう。そう確信できる距離まで迫る。
いつも通りである。既定路線。
他の後続は遥か後ろ。
優劣は決まっている。
確かにコイツは上等だが、何も変わらない。
結果は決まっている。
強いのは私だ。
勝つのは私だ。
ざまあないな、そう微笑んだ瞬間。
ヤツはそこからさらに一歩、加速した。
それは殺人的な加速。
私の領域が侵される。
確定した勝利が覆される。
冗談ではない。
コイツ! この瞬間!
私の全力とほとんど変わらない速度で走ってやがる!
そして━━
そして! 一歩! 一歩だが、確実に私の前にいた!
数センチ。
本気で走る、全身から汗が吹き出し、息が切れる。
足が悲鳴を上げ、血が全身を滾る。
近づくが、離される。それが何度も繰り替えされる。
それは、初めての経験。
ほんの数センチ。
いつもなら瞬く間にで詰めれる距離。
けれど、たった、その数センチが。
永遠に縮まらない━━━━
━━━━クソがァァ!!!
思わず吠える。
そんな叫びすらもヒト畜生の怒号のような歓声にかき消される。
その歓声を向けられたのは私ではない。
それが、許せなくて。
それが、認められなくて。
でも、どうしようもなくて。
その日、私は初めて本当の意味で敗北と言うものを知ったのだ。
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「クソがー!」
そう、世界はクソだと思うのだ。
私が撃った弾は当たらないのに、相手の弾は当たる。
こんな理不尽はない。
『雑魚乙www』
画面の向こうのヒト畜生のニートにチャットで煽られる。
ファッキュー! ぶち殺すぞゴミめら!
無人島に集められた架空のウマ娘同士が戦うサバイバルFPSゲーム。
それがこの、フォートウマペックス行動である。
「クソ! マジクソ! まぐれで勝ったくらいで調子こいてんじゃねー!」
発売されて2年、このゲームジャンルのパイオニアとしての地位を確立してきたが、今は他の新しいゲームに押され下火になってきている。
そのせいか、煮詰まりすぎてプレイヤーのレベルはクソほど高い。
しかし、しかしだ。
私のニンジャに匹敵する動体視力を持ってすれば、ヒト畜生に遅れを取る事などあるはずがないのは確定的に明らかであった。
こんな世界は間違っている。
チートや! チーターや!
これが終わったら通報ボタン連打してやる!
でも、その前に。
「もう一回! もう一回だ!」
「何がもう一回なんだ……?」
「決まってるだろ! もう一回やって勝つ!」
再戦ボタンを押すと、急に部屋に明かりがつく。
何をする。
私のプライベートスペースは暗いのがデフォなのだ。
一体、誰が?
と思い後ろを向く。
「お前は……今日が何の日か覚えているか?」
なんか私、怒ってます。みたいな顔をしたウマ娘が立っていた。
ご丁寧に田舎のヤンキーみたいなレース服で。
なるほどな。
完璧に理解した。
「わかった。お前の誕生日」
「今日は何の日だ?」
どうやら間違ったらしい。
余計に圧が強くなった。
だが、なるほど。
今度こそ完璧に理解した。
「わかった、お前の姉貴の……」
「皐月賞だ!」
「何言ってんだよお前、皐月は明後日でしょ。時間感覚バグってんの?」
そう軽く返すとアイアンクローが飛んでくる。
イタイイタイ! 何するだー!
蹴り飛ばすぞ!
「今日! これからだ!」
「アダァ…………ィダイ……そうなん?」
解放されて時計を見る。
どうやら、世界の速度は私が思っているより早かったらしい。
「いいからこい!」
そう言って襟首を掴まれ部屋から引きずり出された。
相変わらずの馬鹿力である。
寝巻のままレース場まで連れていかれるのかと思ったが、無理矢理トレーナーが待つ車まで連行されただけだった。
時間がないせいか、隣に不機嫌そうにどかっと座っている。
我が物顔である。
私はと言うと。
寝巻で戦うのは流石にどうかと思うので後ろに積んであった勝負服をイソイソと取り出して着替えていく。
こう言う時のため、いつもここにあるのだ。
前で運転してるトレーナーは男だがヒト畜生に見られたところで別に私は何も思わないし、そこら辺は疎い隣のヤツもただ眉を顰めるだけだった。
やはり、できるウマ娘は違うのですよ。
ウマハハハハ!
「ふぁーぁー……ねむ……でも、いいの? 私を放っておけばお前が勝てたのに」
勝負服のズボンはきながら、隣に声をかける。
こいつもどちらかと言うと面倒を見られる側、末っ子気質だ。
わざわざ、迎えに来るとは思わなかった。
「楽に勝てたかもしれないが、それじゃ、つまらないだろう」
「はーん……まー、いいけどね。私が出れば私が勝つよ」
「フ……黙れ。その軽口ごと私が吹き飛ばす」
「その恥ずかしい顔のやつ外してからいいなよ。ナリタブライアン」
「……」
目の前のウマ娘、ナリタブライアンが急に面食らったような顔をする。
「どうした?」
「いや、お前に名前を呼ばれるのは久しぶりな気がしてな」
「はぁ? 普段、戦った相手の名前なんて覚えてないけど、私はお前の名前だけは忘れた事はないよ」
そう、あの時から。
ずっと。
私は名バで。
ウマ娘で。
うまぴょいで。
最強なのである。
「フン……そうか、奇遇だな。私もお前の名前は忘れた事はない」
それはそうだろう。
「勿論、なにせ私は──」
勝ち負けすら塗りつぶす茶色い黒。
雨が降れば沈む、湖に漂う気まぐれな水蓮。
靡く髪は花と言うには荒々しく。
黒と言うには明るく鮮烈だった。
生贄に捧げれば好きな色を3つ出せそうな。
黒い蓮の花。
それが私。
「ブラックロータスだからね」