癖馬息子畜生ダービー =遥かなるうまぴょいを目指して=   作:ウマヌマ

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畜生ダービー

 

 

 

 日差しが強くなり始めた頃。

 恒例の車で運ばれるイライラタイムを乗り越えて大地に立つ。

 

 どれくらいか待って連れて行かれたのは、まぁ、レース場だ。

 

 数えきれぬヒト畜生が遠巻きに見ている。

 騒がしい。

 ビビるぞ。

 

 てくてくと歩いてると。

 何頭か見た事のない馬が混ざっているが、やはり私の敵になるのは目の前に立つ馬だ。

 

 白い変なのをつけた焦げ茶の馬。

 そんな装備で大丈夫か?

 大丈夫だ問題ないようだ。

 

 なるほど、以前より風格が増している。

 見事である。

 申し分ない。

 

 確かにこの前は一杯食わされたが、今日の私は一味違う。

 なにせダイエットしてきたからな!

 

 見よ。この弛みのない腹を。

 昨今、でかくなる為に食いだめした脂肪を燃焼させ全て筋肉に変えたのだ。

 

 今日は完璧だ。

 今期、最強! 最高! の私である。

 

 自分で言うのも何だが、以前とは面構えが違う。

 何より、今回は油断しない。最初から全力でいく。

 

 これは間違いない。

 

 勝ったな! ウマハハ!

 勝ち申したわ! ウマハハハ!

 

 

 それはそれとしてゲートである。

 もはや何も言うまい。

 勝利には必要な覚悟である。

 

 今回はいつもとは違う、頭を下げて厳かにゲートに入る。

 恐怖はない。

 ただ、宇宙の理を受け入れるのみ。

 

 横がなんかうるさい。

 隣の馬が暴れている。

 そうかお前もゲートが憎いのか。

 

 だが、今日の私は紳士である。大人しく。

 

 大人しく。

 

 

 大人しくなんてできるわけがない!

 ゲートからの叫び、許せない! 私も答えなければならない!

 隣の馬が一際、大きく暴れる。

 

 派手にやるじゃねぇか! これから毎日、ゲートを燃やそうぜ!

 てな感じに、負けじと立ち上がる。

 

 オラ、はやく開けるんだよ! オラァ!

 

 開いたわ。

 立った瞬間に開けられたわ。

 

 仕方ないので、立った体勢を維持しつつ、後ろ足で飛び跳ねるようにスタートダッシュを決める。

 

『……! なっ!』

 

 我ながら並の馬には真似できない美しい走りだしである。

 加速も桁違いだ。

 

 いつも以上に体が軽い。

 これがダイエットの効果か。半端ない。

 翼が生えたかのように軽やかだ。ちょっと前に走った時もここまでではなかった。

 

 他の馬などまるでいないかのように、初めからぶち抜いて駆け上がり、さらに加速する。

 

 坂を登り、下り、そしてまた登り。

 そのまま走り抜けた。

 

 独走である。

 私を遮るものも、捉えるものも、何もいない。

 世界の頂点に己しかいない孤高。

 誰も私に届かない、誰も私に触れられない、孤独が私を強くする。

 

 そのままの速度でヒト畜生の決めたゴールすら駆け抜けた。

 

 ウマハハハハハ!

 圧倒的である!

 

 圧倒的、余裕の勝利である!

 

 後ろにいるのはあの焦げ茶の馬。そこまでにすら、ゆうに6馬身はつけている。

 格付けは済んだ。

 私は最強である。

 

 ニヤニヤしながら走り終えて歩いていく焦げ茶の馬の周りを回る。

 

 焦げ茶の馬が責めるように嘶いていた。

 

 なんだ。

 私の勝ちだ。

 敗者の嘶きに何の価値もないのである。あるのはシンプルな答えただ一つである。

 

 

 ふと、いつもならここらでヒト畜生が邪魔してくるのだが、それがない。

 そう言えばいつまでたっても手綱は緩んだままである。

 

 背中の方を見る。

 

 誰もいない。

 

 んー。

 なるほど。

 

 瞬きをして、もう一度、確認する。

 

 んー。

 なるほど。

 鞍の上にヒト畜生がいないのか。

 

 どこかで落としてきたようだ。どこに落としたかは謎である。

 

 冷めた目でコチラを見る焦げ茶の馬。

 その上のヒト畜生すら苦笑いしている。

 何だ、そんな目で私を見るな。

 

「……」

 

 ま、まぁ、勝ちは勝ちだし!

 ヒト畜生を上に乗せたままじゃないとダメなんてルールないし!

 

「……」

 

 だが、今回は引き分け!

 そう、特別に引き分けと言う事にしておいてやろう!

 

「……」

 

 ちょっと落とし物を探してくる!

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「やりやがったよ! ……アイツ!」

 

「出遅れこそありましたが、理想的とも言える強い大逃げのレースでしたね。……上に騎手がいない以外は」

 

「見ろよ。あの満足そうな顔……! 自分が勝ったと思ってるんだろうな」

 

「アイツらしいと言えばらしいですけど、ダービー……欲しかったですね」

 

「欲しがっだ……」

 

「泣かないでくださいよ、みっともない。騎手も馬も無事だった事を喜びましょうよ」

 

「……ぞうだな」

 

「馬ですけどね」

 

「うるざい……」

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 日本ダービー。

 最も運のあるウマ娘が勝つ。

 成る程、今日の私は運が良かったらしい。

 帰る時にでも宝くじを買おう。

 

「私の勝ち」

 

 息を切らしながらも先にゴールしたのは私だった。

 やはり、あの時、まともにやっていても私は勝っていたのだ。

 

 ヒト畜生の縛りなど関係ない。

 最速はただ一人。

 

「ダービーウマ娘は、この私……ブラックロータスだ」

 

 そう宣言する。

 

「……ァ! あぁ! クソ……わかっている……」

 

 叫び声をあげるのを抑え、親の仇のように睨んでくるナリタブライアン。

 互いに満身創痍だ。

 コイツと走り切った後はいつもそうだった。

 

 

 今回も先行していたはずなのに、かなり詰め寄られた。

 それは予想以上のものだった。

 

 皐月の最後。油断した所を貫くような、そんな加速で負けた。

 だが知っていれば対応はできる。できてしまうのだ。

 

 記憶の差、経験の差、場数。

 

 何より、私はすでに完成されている。

 本来、未完成では勝てない。

 

「もう、諦めたら? やっぱ練習もろくにしてない私に勝てないようじゃ。先なんてないよ」

 

「うるさい……!」

 

「それとも、私がやめてあげようか?」

 

「私はお前のそういう所は嫌いだ! 腹が立つ! 次は有無を言わせず問答無用で勝つ!」

 

 苦笑いしか浮かばない。

 ただただ、一途な走り。

 それを止めれるものなんて誰もいないのを知っているから。

 

「後、三回……だよ」

 

「何がだ?」

 

「私だったヤツがナリタブライアン……みたいな焦げ茶のヤツと本気で戦えた回数」

 

「……夢の話だろ」

 

 そうかもしれない。

 けれど、むしろ、私は今が夢だとすら思うのだ。

 お前が、ナリタブライアンが、本気で私に立ち向かってくる。この瞬間が。

 

「このまま走れば怪我をして、今みたいに走れなくなるよ」

 

「それで、お前に勝てるなら。私は構わない」

 

 間髪入れない、その覚悟が嫌いだ。

 今が眩い程に、未来は陰りを見せる。

 

 この世界は焼き回しだ。

 傷を抉るように掻き回す。

 

 馬のようなヒト。

 ヒトのようなウマ。

 

 未だに私には、うまぴょいがわからない。

 

 

「ところで、その服の裾、破けてるよ。ピン留めいる?」

 

「そう言うデザインだ。放っとけ」

 

 

 

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「……ダービーウマ娘か」

 

 呟くように声が漏れる。

 観覧席から眺めるように皇帝の眼差しは一人の少女に向けられていた。

 

「いいの? あの娘に声をかけてあげなくて」

 

 隣から響く声。

 

「私には……その資格がない」

 

 ブラックロータスとその母親は異端者だ。

 一族のはみ出しものとして扱われ出て行った。己はただそれを止める事もできず、見ている事しかできなかった。

 

「ふーん、そう。ダービーで勝ったから声をかけたって思われるのが嫌なの?」

 

「見栄か、それもある……けれど、私とあの娘は考え方が違いすぎる。話してもきっと喧嘩にすらならず、互いに不快になるだけだ。もし……レースに勝って少しでも嬉しいと思っているのなら、それでいいと思う」

 

「私は似たもの同士だと思うけど。貴方は取り繕うのが上手なだけよ」

 

「手厳しいな……マルゼン」

 

 確かに我が儘で根が傲慢な部分は、まるで己の幼い頃を見ているようにも感じる。

 だが、いや、流石にあそこまでではなかったのではと思いなおす。

 

「いずれ否応にも話さなければいけない時がくるわよ。あの娘にはそれだけの実力があるんだから」

 

「それはわかってはいるんだが……情けない話、なんと声をかければいいか、それすら分からないんだ」

 

「おめでとうって、それだけでもいいんじゃない?」

 

「……それが一番、難しいから困っているんだ」

 

 望まれない祝福は、時に呪いになる。

 あの娘はレースが嫌いだ。そも、走る事が好きではないのかもしれない。

 

 なのに才能はあり、すでに身体は完成していた。

 蓄積された努力の跡がその走りからは見て取れる。

 

 ブラックロータスに努力を促せるウマ娘など彼女の母しかいない。

 余程、徹底して鍛えられたのだろう。

 トレセン学園で初めて目にした時から、彼女は完成していた。

 

 過去の努力が今に繋がる。

 ブラックロータスはそれを消費して勝った。

 だが、今、努力しない彼女は遠からずナリタブライアンに追い越される。

 

 敗北を拒絶するだけの、報われない勝利。

 それ故に本人すら勝利に価値を見出せていない。

 

 そんな彼女に己が送る祝福は、きっと呪いにしかならない。

 

 のろい。

 のろい。

 

「呪いを受けて鈍くなる。……これは……! どう思う?」

 

「……? ……いいんじゃない?」

 

 

 




スコーピオ杯、育成さぼりがちだったせいで決勝までいけなくて、
残り2回を残して慌てて中距離用の育成してる人がいます。
そうです私です。

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