癖馬息子畜生ダービー =遥かなるうまぴょいを目指して=   作:ウマヌマ

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放牧なう

「見てくださいよこれ」

 

「あん?」

 

 そこにはスポーツ新聞が広げられていた。

 見出し部分が目に入り思わず口にしてしまう。

 

「五馬身差で勝利した一着のナリタブライアンに六馬身差をつけてゴールを越えた馬、ブラックロータス……」

 

「この一行で矛盾していく見出し、割と好きなんですけど」

 

 笑劇の六馬身。

 一部ではそう言われているが、笑えるのは外から見てる時だけだろう。

 ロータスは押しも押されぬ2番人気。

 賭けた者は阿鼻叫喚し、関係者ですら総立ちしていた。

 

「ダービーで空馬なんざ前代未聞だってのに……」

 

 思い出しただけで目頭が熱くなる。

 

 あの日。そう、あの日の朝に見た夢はダービーを一番に走り抜けるロータスの姿だった。

 

 馬に関わっていると、時折ある。

 今日は勝てると。

 調子の良し悪しは関係ない、馬を見ていると謎の予感がわく。そして、そう言う予感は当たってきた。

 オカルトじみても、実際に勝てると思った日は外した事がなく。

 それが密かな自慢であり自信の源でもあった。

 

 そして、あの日もそうだった。

 

 後光が差して見えた。

 これまでにない、予感が確信に変わった瞬間。

 朝一番に見たロータスの姿、それを見た時に確信したのだ。

 

 ああ、今年のダービー馬はお前だと。

 

「俺はもう何も信じられねぇよ……」

 

 結果は空馬で失格。

 確かにブラックロータスは一番速くゴールした。

 夢の通りで、夢のように儚いタービーだった。

 

「元々、外す事の方が多いでしょうに」

 

「それはそうなんだが……」

 

 身内で極秘にやってる勝てる馬の見極め雑談でも成績は中の下だ。

 賭け自体はしていないが、良い馬を見極めるのも仕事の一環である。

 

 それも、今回の事で自信をかなりなくした。

 自分は馬を見る目がないのかもしれない。

 

「まぁ、ナリタブライアンのライバル的な立ち位置は変わってないみたいですよ」

 

 新聞を指さす場所を読んでみる。

 

「…………愛すべき馬鹿ではある。しかし、その能力は疑いなく、シャドーロールの怪物の三冠を阻むのはこの馬か?」

 

「体の良い、まさに当て馬って感ありますけどね」

 

「この前、上の方の偉い人に呼び出されて、この二頭の争いで売っていきたいから、しっかりしろって釘を刺されたわ」

 

 胃が痛くなる時間だった。

 食事会で出されたキロ幾らの国産牛の味が塩にしか感じなかったくらいだ。

 

「そこまで口出ししてくるのは珍しいですね。言いたくなるのはわかるんですけど」

 

「テイオーとマックイーンしかり、BNWしかりで、ナリタブライアンの横綱相撲より売れると踏んだらしい……」

 

「と言うことは次は菊です?」

 

「ああ、G1を狙う路線は変わらない。菊のトライアルを挟むローテ」

 

 順当と言えば順当なローテーション。

 問題があるとすれば。

 

「ナリタブライアンと被りますね」

 

 クラシックは食い合いだ。

 来年からは神戸新聞杯とセントライト記念が菊花賞のトライアルになる予定がされているが、今年のトライアルは京都新聞杯しかない。

 

 賞金的には出なくても菊花賞に出走自体はできると思うが、それも確定ではない。

 

 何よりブラックロータスには腹を括り戦うだけの力がある。

 避ける必要はない。

 

「同世代なんだし仕方ない。実力と話題性なら負けてないしな」

 

「ロータスはバッシングもすごいですけど、コアなファンは増えましたよね。この前、大学生のファンが作ったパソコンのサイトとか言うの見せて貰いましたけど、なかなか面白かったですよ」

 

「ほー、そんなんがあるのか。走ってる動画とかも見れるのか?」

 

「動画ですか? 一応、見れない事もないらしいですけど、画像だけでも開くのにすごい時間がかかるんですよ」

 

「なんだ。じゃあ、テレビでいいだろ。ビデオを回せば見れるんだから」

 

「そりゃそうなんですけど、こう言う新しい技術って、気づけば伸びてるもんなんですよ。今から触っておきたいじゃないですか」

 

 色々と器用なやつである。

 高校時代は甲子園まで後一歩のところまでいき、プロを諦めて騎手を目指してこの業界に。

 騎手になったはいいが、なんやかんやあってウチに来た。

 人生の大半を馬に捧げる合間に投資やらやっており、最終的には自分の馬を持つのが夢だとか。

 

「そういや、今年の年賀状用にワープロ買おうと思うんだが、おすすめはあるか?」

 

 

 

 

「それなら、……」

 

 

 

「……」

 

 

 

「そう言えば話は変わりますけど、ロータスの今の騎手なんですが」

 

「……う」

 

 頭の痛い問題が出た。

 

「降りたいって言ってましたよ。遠からず、そっちに行くかもしれません」

 

「マジか……」

 

 以前から、それとはなしに話しが来ていた。

 それでもロータスは間違いなく強い馬だ。

 ナリタブライアンがいる以上、中距離以上で勝てる可能性のある馬はこいつくらいだろう。

 

 騎手も勝てる馬には乗りたい。

 だが、同時に負けた時の理由にされやすい。

 進路妨害や落馬など、馬を御せていない、下手と言うイメージがつけば騎手生命にも関わる。

 

 今のロータスの主戦騎手は若手ながら騎乗の上手い騎手だった。

 いずれ経験を積めば世話になる事もあるだろう、そう思える騎手。

 それだけに惜しい。

 

 それに、ようやく、ロータスと息が合うようになってきた騎手だ。

 

「菊まで……いや、来年まではなんとか頼めないか?」

 

「それ、自分がやるんです?」

 

「お前のが仲良いだろ」

 

「まぁ、それなりに付き合いがありますけど……」

 

「しかし、騎手も頭の痛い問題だよ……その内、誰も乗ってくれなくなるかもな」

 

 ロータスは騎手を選り好みする。

 これまでにも騎手の話がある度に何人か試しに乗って貰った事があるが、大半が苦笑いして帰っていった。

 

「博徒ですよ騎手は、勝てる札があるなら乗りますよ」

 

「……そういや、お前、騎手の免許、持ってたよな」

 

「その頃の伝手を辿ってここで働いてますからね」

 

「乗るか?」

 

「死にたくないんで嫌です」

 

「……」

 

「……」

 

「……博徒じゃないのかよ」

 

「そこで踏み込めないから辞めたんです。冗談は置いといて、誰か代わりの騎手は探してるんですか?」

 

「一応な……岡辺さんから個人的に乗ってみたいって話も来てはいるんだよ」

 

 かなりの大御所だ、日本のG1レースでは見ない方が少ない名ジョッキー。

 上から片手で数えれるレベルの人だ。

 

「次からでも乗ってもらいましょうよ。似た部分もあるかもしれませんし、案外、ロータスとも気が合うかもしれませんよ」

 

 正直、今の騎手に乗って貰いたい気持ちもあるが。

 ロータスを上手く御せるなら、岡辺さんに乗って貰いたいと言うのも本音である。

 

「……放牧中にでも一度、会ってもらって相性がよければて感じだな」

 

 

 

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 夏である。

 放牧なう。

 空が青い、雲は白く、草は緑だ。

 

 都会の喧騒が嘘のように穏やかな風が立髪を揺らす。

 

 私は優雅に惰眠を貪る。

 昼間から食っちゃ寝する。

 それは選ばれたモノのみに許された特権。

 

 あくせくと働くヒト畜生を見ながら食う芝生もいいが、やはり、優雅に寝転ぶ姿の方が様になるので、日夜、馬糞製造機として活動中である。

 

『……また、一人でスライムみたいに溶けてる、お前は馬の癖によく寝ますね。少しは走らないと太りますよ』

 

 なんだ、ヒト畜生。

 私の世話がしたいのか。

 まぁ、手下だしな。

 苦しゅうない世話されてやるから、腹をかくがいい。

 

『はいはい……こうしてる内はかわいいもんなんですが』

 

 だらだらとしながら遠くに目をやる。

 走り回っていた馬達が目に映る。

 集まって何をするでもなく、道草を食べたり歩いたりしている。

 暇なのかな。

 

『お前はあっちに行かなくてもいいんですか?』

 

 群れとは、社会とは、必要があるから形成されるものだ。

 私はそれを必要としていない。

 本質的に私は強者であり、個として完成されているためだ。

 むしろ、群れると個としての強度が下がる。

 

 だから別に寂しくない。

 孤独は私を強くする。

 

 ぼっちではない。

 孤高なのだ。

 

 群れに答えなどないのである。

 

 そんな感じにだらだらしていたら、知らないヒト畜生が近くに寄ってきた。

 

『お疲れ様です……この子が?』

 

『あ、どうもお久しぶりです。はい、ブラックロータスです』

 

『思ったより、でかいね』

 

『成長期が来たのもあるんですが、最近は食っちゃ寝しかしてなくて太ったんだと思います』

 

 お腹の柔らかい部分をタポタポされる。

 あ、やめなされ、やめなされ。

 ぶっ殺すぞ。

 

 蹄で攻撃するも初動を抑えられて力を受け流される。

 くっ……お前もやるようなったな、へへ。

 

『何か気に食わない事があって攻撃してくる時は、こう首のあたり血管がピクピクするので避けてください。一回やるとだいたい満足するので』

 

『……仲が良いんですね』

 

『ハハハ……一応、舎弟くらいには気に入られてるのかもしれませんね』

 

 意味のわからない長話に付き合う気はない。

 私はクールに去るぜ。

 

『少し、乗ってみますか』

 

『ええ、お願いします』

 

 なぜ、手綱を引っ張る。

 なぜ、そっちに連れて行こうとする。

 

 私は今から牧場にあるタンポポを数える仕事があるのだ。

 ヒト畜生どもの遊びに付き合っている暇などないと言うのに。

 

 仕方ない。

 これもまた、高貴なるモノの義務。

 と言うことでダラダラと走らされた。

 

『本気で走ってないとは言え、襲歩なのに道産子みたいに揺れない馬だね』

 

『脱力した柔らかい走りがうまいんですよ。軸がブレないと言うか、衝撃を全身で受け流すような走り方をするんで、落馬はあまりしない……て思ってたんですけど』

 

『ハハ……いや、ダービーのアレはいきなりやられたら私も対応できないよ』

 

『そうですか。できれば、乗っていた騎手に言って貰えれば……』

 

『……言ったよ。本人がどう思ったかはわからないけれど』

 

 なんかしんみりした雰囲気をしている。

 私の上でそんな雰囲気だすのやめてくんない?

 

『悪い悪い。今日は上がるか』

 

 空気を読んだ鞍の上にいるヒト畜生が軽く叩く。

 

『いえ、最近、サボり気味なのでもう一周お願いします』

 

『そうかい? ならそうしようか』

 

 まだやろうと言うのか。ええい、仕方ない。

 アレをやるか。

 

「ヒィーン!」

 

 悲鳴をあげて暴れるように膝をつく。

 そして、そのまま、蹲るように倒れこむ。

 気を遣って倒れたためにヒト畜生も降りれている。

 完璧な演技である。

 

『あ、おい! 大丈夫か!?』

 

『……』

 

 慌てて揺するヒト畜生とは裏腹に冷めた目で見下ろす手下。

 なんだよ! もう少し心配しろよ!

 

『何してるんだ! 早く医者を!』

 

『大丈夫ですよ。そいつ、チラチラと岡辺さんの表情を見てましたから』

 

『は?』

 

 く、バレたなら仕方ない。立ち上がり営業スマイルを浮かべる。

 引っ掛かりおったわ、バカめ!

 流石に手下には見破られたようだが、慌てる姿は所詮、ヒト畜生よな。

 

『仮病です。心配すると練習をサボれるのを学んだのか、たまにこうして悪戯してくるんです』

 

『えぇ……心臓に悪いなぁ。体は本当に大丈夫なの?』

 

 手下が私の体に手慣れた様子で軽く触れていく。

 何も問題なかろうに。

 ウマハハ! 心配性な奴め。

 

『ざっと触診しても問題ありそうな箇所もありません。医者に連れてかれるのは嫌なのか、ケロッとしてますし。さっきのも目を見ればわかります、こちらの表情を伺う様子があれば黒です』

 

『あはは……いや、そこは本当にまずい時に困るから、きちんと叱らないとダメなのでは?』

 

『そうなんですよね、でも叱ってはいます。ただ、叱っても言うこと聞かないので、色々、試してみましたけれどダメなんですよ。……一度、ゲートに入れて一日放置した事もあったんですけど泡吹いて倒れるふりしてたんで、自分を省みると言う考えが無いんだと思います』

 

『その……なんだ……君も大変だな』

 

『アハハ……確かに大変ですね。けど、こいつの上に乗ってレースに出る程ではないですよ』

 

『……普通は謙遜とか入るものなんだけど、私は君の目が笑ってなくて怖いよ』

 

『割と本気で言ってますから』

 

 仲いいね君達。

 

 

 

 


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