癖馬息子畜生ダービー =遥かなるうまぴょいを目指して=   作:ウマヌマ

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京都新聞杯、玉ねぎの皮のように

 

 

「……なんというか、こう、改めてみると丸いな」

 

「前走から体重プラス32キロ、元が小柄だったのが夏にでかくなったのはいいんですが、絞り切れませんでしたね」

 

「ま、まぁ……本番は菊だ。今回はロータスのレース勘を取り戻してくれれば、それでいい……」

 

「結局、鞍上も変わりましたし、流石にヤバいと思われたのか3番人気ですよ。オッズが2桁は新馬戦以来ですね」

 

「それに比べてナリタブライアンは単勝1.2倍か……」

 

「実力に数字ほどの差は無いと思いますけど、積み上げてきた信頼が違いますからね」

 

「……ロータスはダメな方の実績を積んできたからな。俺だって客なら絶対に買わない」

 

「博打の中で博打するようなもんですからね」

 

「とは言え、ナリタブライアンも本調子には見えない……。こう言うレースは案外と荒れる事があるんだよな」

 

「互いに本調子とは言えなくても実力のある馬ですから、すんなりロータスが勝つかもしれませんよ?」

 

「勿論、そうなってくれると嬉しいんだけどな」

 

 

 

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 夏が終わり、突き刺すような日差しも、セミの喧騒も鳴りを潜めた。

 やっと、ゆっくりできると思ったら。

 久方ぶりに行われるヒト畜生の余興である。

 

 相変わらず喧しい叫び声の中。

 続々とヒト畜生に引かれて馬が現れる。

 その中の一頭。

 

 焦げ茶の奴。

 互いに互いを認識した瞬間、睨み合う。

 

 しかし、なんというか、圧が弱い。

 しばらく見なかったけれど、お前こんなものだっけ? と言う感じだ。

 

 いや、これは馬格が上がってしまったか。私の。

 多少、見上げる必要があった顔が私の方が高い位置にある

 

 この夏、私は馬として一皮剥けた。それはもう、玉ねぎの皮のようにツルリと剥けた。

 

 何があったかは深くは語るまいが、うまぁぴょい! に一つ近づいたのだ。

 これでは焦げ茶の奴も、もはや、敵ではないかもしれない。

 

 そんな私に焦げ茶のやつが鼻先で腹を突いて笑いやがった。

 弛んでるぞと。

 そんな風に。

 

 以前の私なら、そう、ここで思わず蹄を上げていただろう。

 だが、今日の私は紳士的だ。

 懐の贅肉は余裕の証である、貴種たるもの優雅でなくてはいけない。

 

 多少の無礼も笑って許そう。

 私は丸くなったのだ。

 

『よしよし、手を出さなかったのはえらいぞ。来月までには、もう少し絞ろうな』

 

 鞍の上のヒト畜生が撫でてきた。

 前のレースに乗っていたヤツとは別口のヒト畜生だ。最近、よく乗ってくる。

 

 

 ゲートへと向かう。

 こいつもかつて、私の宿敵であった。

 

 だが、今は、もう、違う。

 夏に行われた一週間近い謎のゲート暮らし、それによって、私はゲートと言うものを理解した。

 

 ゲートは私で、私はゲートだったのだ。

 それが開くとき、また、私も開く。

 

 宇宙の心はゲートであり、ゲートとは即ち駿馬である。

 

『開くよ』

 

 それはそれとして、軽く出遅れた。

 少しだ。文句言われるほどではない。

 いっせのーせで走るのはなかなか難しいねんな。

 

 私には私のペースがあるし、みんなにもみんなのペースがある。

 みんな違ってそれでいい。

 

 多様性を許容できる社会こそ馬が目指すべき道である。

 

 ということで、後ろの方からまったりと追いかける。

 

 テポテポとお散歩感覚だ。

 前を走る馬郡には焦げ茶のヤツもいる。

 

『いこう』

 

 前に出てください、お願いしますと言う合図。

 テポテポ。

 テポテポ。

 

『……いこう』

 

 もう一度、前に出てください、お願いしますと言う合図。

 テポテポ。

 テポテポ。

 

『…………ダメか?』

 

 なんか体が重い。

 お腹がダボついている感じだ、夏にちょっと食べすぎたかもしれない。

 

 でも、ま、行くか。少し無理に行けば、行けない感じはしない。

 徐々に脚の速度を上げていく。

 

 あー、なんか、こんな感じだった、走るのってこんな感じだった。

 悠々と前へ進んでいく。

 なんだ割といけるんじゃないか。

 

 体内エンジンがゆっくりと回りだす、感覚が馬糞製造機から四足歩行自動車にシフトする。

 

 大外からぐるりと馬群を観察しながら抜いていく。

 

 勿論、通り過ぎる馬への目配せも怠らない。

 サービス精神である。

 

『……行くのか。本当に掴めないな』

 

 一歩、一歩が重い。なのに思ってる以上にスピードが出る。

 最後のカーブ。

 馬群が固まり、外に出てきた焦げ茶の馬と並ぶ。

 

 互いに一瞬、目で相手を意識した。

 

 足に力を込め、地面を蹴り飛ばす。

 それまでとは抉れ方が違う。

 本気の一歩。

 

 

 競り合いになる。

 一歩でも下がれば、そのまま負ける。

 ゴールまで一歩も引けない、そんな競り合いに──。

 

 なる筈だった。

 

 

 

 気づけば、ただ一頭、先頭を走っていた。

 

 

 

 焦げ茶の馬は追ってこなかった。

 なんだ、さらに後から追ってくるのか。だが、間に合わないだろ。

 もはや、私の勝ちだ。

 

『…………これ程か……!』

 

 ゴールを通過した時、先頭に立っていたのは私だった。

 やはり、私は格が違ったか。

 

 少し、強くなりすぎてしまったかもしれない。

 ウマハハハ!

 

 まぁ、若干、不完全燃焼感が否めない。

 何と言うか勝ったのに余力が残っている違和感。

 とはいえ、勝ちは勝ちである。

 

 勝った私はニヤニヤした足取りで焦げ茶の馬を煽りにいく。

 敗者はただ煽られるのみである。

 

 

 焦げ茶の奴は何も言わなかった。

 ただ、俯いて。

 

 睨みつけてくる焦げ茶の悔しそうな瞳が頭に残っていた。

 

 

 

 

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 最強のウマ娘であるはずの私が手を大地につき、首を垂れていた。

 

 

「あっ……るぇー……?」

 

 おかしい、馬鹿な、こんな筈はない。

 この私が負けるなんて。あり得ない事が起こっていたのだ。

 

 敗北。

 

 それも3着と言う過去最低の成績。

 馬鹿な。

 

 ハァ……ハァ……敗北者?

 

「なん……で?」

 

「本当にわからないのか……?」

 

 乗るな! ロータス! と頭の中で何かが囁くが、1着を取り腕を組んで見下ろしてくるナリタブライアン。

 その訳知り顔に答えを求めていた。

 

「な……何が言いたい?」

 

「太り過ぎだ……!」

 

 ガーーーーーーン!

 脳裏にアルミ製の鐘が響く。

 確かに言われてみればちょっと走りにくかったかもしれない。

 

 体操着をまくり確認してみる。

 ふむ。

 こう、なんというか、丸い。

 

「なんだ、そのだらしない腹は!」

 

 指で腹を厳しくツンツンとされる。

 やめなされ。

 やめなされ。

 

 だが、体重がレースにそこまで影響していたとは、これまでの経験にない衝撃であった。

 

 確かに肉を筋肉にする過程を行った事はあるが、基本、四足歩行の私はでかくなればなるほど強かったはずだ。

 二足歩行になった事でそのバランスが狂ったのかもしれない。

 

「くっ……先日、マックパイセンと駅前のパフェ食べ放題に行ったのがマズかったのか!」

 

 パイセンの方が二つも多く食べたのに!

 

 不覚! こんな事なら、もう一つくらい食べておくんだった!

 しかし、それだけで太り気味になったとは思えない! それならマックパイセンのが太ってる!

 

 他に、他にも何かあったはずだ!

 

「タマちゃんとやったタコパの影響……! それとも、オグリキャップとの大食い対決がダメだったのか……!」

 

「思い当たる所が多すぎる……! 特に最後のはダメだろうが! スリーアウトどころの話じゃない!」

 

「くっ……! 殺せ!」

 

「いや殺しはしないが練習はしろ! ……と言うか、お前、なんか交友関係、広くないか?」

 

 パイセンとは推し球団が同じ、オグリキャップとはたまに晩ご飯を一緒に食べる程度の関係で、タマちゃんはタマちゃんでマルちゃんは今の私だ。

 

「え、普通だろ?」

 

「…………普通なのか?」

 

「……たぶん」

 

「…………そうか」

 

 なんか居た堪れない空気になってしまった。

 しかし、この日からしばらく私はダイエットがてら練習に出る事にした。

 

 目指せ菊花賞までにマイナス3キロ。

 

 


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