一誠の竜騎士物語   作:ダーク・シリウス

19 / 37
Episode19

大型航空艦ベオウルフ―――艦内の格納庫では、ホフマン博士の指揮の元もと、

着々と作戦が進んでいた。魔導装置(ユグドラシル)のカプセル内には、

糸纏わぬエーコがぷかぷかと浮かんでいる。装置の周辺では、技術者たちが操作に専念していた。

目の前の光景は、ギルフォードとランサーの理解を完全に超えていた。邪魔にならないよう、

壁際に佇んで、黙って事態を見守っていた。

冷徹な声が、金属製の壁に良反響する。

 

「カートリッジ装填。発射準備完了」

 

「カウントダウン開始。十、九、八・・・・・・三、二、一―――――」

 

「圧縮魔力弾、発射!」

 

赤い閃光が迸り、砲声染みた轟音が炸裂する。艦隊が僅かに振動したのを、二人は感じ取った。

 

「・・・・・っ!」

 

その直後、エーコの唇からゴボッと気泡が溢れた。溶液に浸かっていなければ、

絶叫が響いたことだろう。

既に十発以上の圧縮魔力弾が、エーコの身体に撃ちこまれている。実験の開始直後、

ようやく目を覚ましたエーコは、最初こそ水中で暴れたが、魔導装置(ユグドラシル)のカプセルは

びくともしなかった。そして、一発、また一発と圧縮魔力弾が浴びる度、

エーコは威勢を失っていった。今ではもう、ぐったりとして、目は虚ろで、

とても見てはいられない。拷問にも等しい所業だった。にも拘らず、ホフマン博士をはじめ、

実験に従事している者達は表情一つ変えることなく、淡々と操作をこなしている。

 

「αに目立った変化なし。

脈拍及び呼吸にも異常ありません。αに固有の魔力波動も認められません」

 

博士たちは、エーコにαという呼称を与えていた。人間としてのエーコ、

幼竜としてのエーコ―――彼らはその全てを、容赦なく剥奪した。

今はただ、被検体がα存在するのみ。

 

「変化なしですか・・・・・仕方ありませんね。すべての千年綺華晶(ミレニアム)を起動してください」

 

それはすなわち、魔導装置(ユグドラシル)を最高出力で稼働することを意味した。

 

―――○♢○―――

 

圧縮魔力弾を打ち込まれ続けるエーコを静かに見守っているランサーとギルフォード。

カプセルのガラス越しにごぼごぼと気泡が湧きあがる光景は何度も覗ける。

エーコを誘拐してすぐ大型航空艦ベオウルフに侵入してホフマン博士に受け渡し、

ミルガウスの協力者だと偽ってこの場にいる。

ホフマン博士が魔導装置(ユグドラシル)を最大出力で稼働し始めれば、

バチバチと激しく音を鳴らす放電が発生し、「いよいよだな」とランサーは心待ちしていた。

ランサーは傍観者である。これから起きることをイベントと呼称し

、間近でそれを観戦してテレビや本では感じられないリアルを楽しむ。

それがランサーの行動理由である。

アーニャがに向ける感情はアイドルに向ける好意みたいなもので、アーニャが好きなランサーに

とって、今この場にアーニャの代わりに立っていることに歓喜で心が喜んでいた。

 

「イレギュラーです!魔力検知計が異常な数値を示しています!」

 

「道の魔力反応を確認!増幅していきます!」

 

魔導装置(ユグドラシル)制御不能!緊急停止信号も受け付けません!」

 

それらの言葉を引き金に、ホフマン博士の顔が青ざめた。まるで火事場のように、

バタバタと慌ただしい気配が感染していく。誰もが焦燥をあらわにして、

手元の操作盤を弄っている。

 

「くくくっ。さて、俺たちも避難しましょうか。特等席で事態を見守ろうぜ」

 

「ああ」

 

踵返す二人の背後から爆音が聞こえた。

ランサーとギルフォードは忽然と大型航空艦ベオウルフの格納庫から姿を消したのであった―――。

 

―――○♢○―――

 

「っ!?」

 

一誠が目を見張って窓際に近づき、暗闇に支配されているフォンティーン市を眺め出した。

 

「イッセー、どうしたのだ?」

 

「イッセー?」

 

シルヴィアとラーズの疑問の声を無視してとある一点を凝視する。

 

「・・・・・」

 

真剣な眼差しで何かを見つけようと目を凝らしているようにも見えた。

そんな一誠にちょっと格好良いと内心思ってしまったシルヴィアである。

 

「うぐっ・・・・・!」

 

刹那、アッシュが左腕を右手で掴んで跪いた。

 

「どうした、アッシュ!?」

 

シルヴィアは問うも、アッシュは苦痛のあまり、答えられない。

 

「アッシュ・ブレイクの星刻から力を感じる・・・・・」

 

一誠が呟いたその直後、左腕が鮮烈な光輝に包まれて、

シャツの袖口を焼いた。左腕に巻いていた包帯も焼け焦げて、バラバラと。剥がれ落ちた

 

「なっ・・・・・!」

 

左腕をびっしりと埋め尽くす星刻が、明滅を繰り返している。

 

「―――なに、あれ」

 

ラーズがフォンティーン市の上空で、地上を照らす何かが燦然と輝いているのを見て漏らした。

謎の発行体は、まるで夜空の中心を胃泥ル科のように、ぼんやりと浮かんでいる。

煌々と輝いていた満月でさえ、今ではかすんで見えるほどだった。それは優美な流線型を描く、

一個の卵だった。真珠のような卵殻には、由緒正しき王侯貴族の家紋を思わせる、

壮大な紋章が刻まれている。よく見ると、

それはアッシュの左腕に刻まれた星刻にそっくりな紋様だった。

 

―――どくん、どくん、どくん・・・・・。

 

やがて、不気味な脈動が卵から伝わった。問題なのは、卵の脈動と星刻の明滅が、

明らかに同調しているということだ。アッシュは瞬時で悟った。

 

「間違いない・・・・・あの卵の中にエーコがいるんだ!」

 

「なんだと?」

 

「お願いだ、イッセー。俺をあそこまで連れて行ってくれ!」

 

一誠を見上げて懇願する。上空に浮かぶ卵とアッシュを交互に見て頷いた。

分身体を一人用意すると、背中に真紅の翼を生やしてアッシュに背を向けた。

 

「掴まれ」

 

「ああ、ありがとう」

 

両腕を一誠の首に回してしな垂れかかるようにしがみつく。

アッシュがしがみ付いてきた瞬間に翼を羽ばたかせ、舞踏会場から飛翔した。

 

「あの規模の卵だと・・・・・もしかしたら竜化になっている可能性があるな」

 

「な、なんだって!?」

 

さらにアッシュは重大な事実に気付いた。

 

聖竜(マエストロ)が・・・・・どんどん集まってる!」

 

東西南北、あらゆる方角から、次々と集まってくる聖竜(マエストロ)たち。

その全身を包みこむ魔力が発光して、夜空には雄大な光景が広がりつつあった。息つく暇もなく、

新たな聖竜(マエストロ)が次々と現れては、夜空の一角で合流を果たす。

ただでさえ希少な聖竜(マエストロ)が、こんな形で一堂に会する機会など、

前代未聞の椿事といえた―――。

 

「一体、なにが始まろうとしている・・・・・?」

 

ばさり・・・・・という羽ばたきを、一誠は確かに聞いた。卵から生えたのは、一対の翼だった。

白銀に輝く羽毛が散って、雪のようにきらきらと夜空を彩る。そして―――卵殻の表面に、

亀裂が生じる。有翼の卵が、真っ二つに割れ砕け―――。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!!!!!」

 

世界の終末を告げる角笛のように、その雄叫びは夜空に響き渡った。

眩しさのあまり、とっさに腕で目を覆い隠した一誠が、再び夜空に目を向けた時、

既に有翼の卵は姿を消し、そこには想像をはるかに絶する異形が浮かんでいた。

その存在を一言で表現するならば神か、悪魔か。

 

「おいおい、あれが竜化したエーコか?―――全然、可愛くねぇ!」

 

「えっ、そっち?」

 

少しずれた感想だな、とアッシュは思わず突っ込んでしまった。

やがて、エーコは幾百の聖竜(マエストロ)が見守る中、ゆっくりと降下を始めた。

ピンク色のたてがみと真紅の双眸が、かろうじてエーコの面影を感じさせるが、

その角は鋭くとがり、猛々しく、あの真ん丸な突起物とは似ても似つかない。

しかも、二本の角の中央には、三本目が生えていた。まるで一角獣(ユニコーン)の角さながら、

真っ直ぐ屹立している。ばさりと広げた翼は、

一般に知らされる竜族の翼とは異なり、天使の翼を思わせた。

 

「・・・・・あの翼を見ていると、俺とメリアの特権を奪われた感じで物凄くムカつく」

 

「いや・・・・・どうしようもないんだと思うんだけど・・・・・」

 

傲然たる地響きと共に、エーコはゆっくりと降り立った。

 

「あっ・・・・・!あのバカ・・・・・・!」

 

その巨大な後足に頭上を覆われた直後、帝国が誇る大型航空艦ベオウルフは、

呆気なく踏み潰された。完全に押しつぶされた艦橋を境に、Vの字にのけ反ったと思うと、

爆発する。

 

「このバカ竜ぅうううううううううううううううううううううっ!」

 

「―――――っ!?」

 

突然一誠が空気を振動させるほどエーコを罵倒した。

エーコもギョッと赤い双眸を丸くして大声を発した一誠に顔を向けた。

 

「お前、なに他国の船を壊しているんだ!この国と他国との関係を悪化してどーすんだ!

降りるならもっと違う場所で降りろ!

それぐらいできないぐらい頭が力でいっぱいな脳筋なのか!ああん!?」

 

仕舞いにはエーコの頭を思いっきり殴ってタンコブを作った。

巨大なドラゴンに叱るというシュールな光景に、間近で見守るアッシュは、呟いた。

 

「やっぱ、イッセーは色んな意味で凄くて怖い」

 

―――○♢○―――

 

―――首都上空に謎の飛行物体が現れ、国中の聖竜(マエストロ)が飼い主の意に反し、一ヵ所に集結し

つつある。そんな緊急報告を受けたヴェロニカは、親衛隊長のグレンのみを従え、

最上階のダンスホールを目指していた。

なんといっても、会場には各国の来賓が集まっているのだ。騎士国の威信にかけても、

守らなければならなかった。ついでに、父のオズワルドも回収せねばならない。

大方、入念に仮装して正体を隠し、飲んだくれているのだろう。長い廊下を駆けながら、

ヴェロニカはグレンに問う。

 

「貴様のパルとも連絡がつかんのか?」

 

「全くの召喚に応じませんし、聖騎甲(アーク)の献呈も受けられません。

あらゆる聖竜(マエストロ)が、首都上空に集結している模様です。

謎の飛行物体と、無関係ではないでしょう」

 

「これでは、栄えあるロートレアモン聖竜騎士団も形無しだな。

今、帝国に攻め込まれてみろ。竜族の加護がなければ、この国など一夜で滅ぶぞ?」

 

「・・・・・面目次第もありません」

 

 

グレンは粛然として、俯いた。

 

 

 

ヴェロニカとグレンがダンスホールに辿り着いた時には典雅な宮廷音楽も、

貴族たちの浮ついた談笑も消え失せていた。客の多くはガラス張りの壁に駆け寄って、

眼下を食い入るように見つめている。

そこからは、ちょうど航空艦専用の停泊所を一望する事ができた。

 

「あれは・・・・・!」

 

ヴェロニカもまた、ガラス越しに停泊所を見下ろした。

 

「窓際は危険です、姫様!」

 

グレンが注意したが、ヴェロニカは黙殺した。停泊所の様相は、

今では一変している。白銀に輝く生き物が、突如として着陸したのだ。

 

―――――うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお・・・・・!

 

そして、耳をふさぎたくなるような方向が、闇夜に傲然と響き渡る。報告では

「謎の飛行物体は巨大な卵のように見える」と聞いていたが、どうやらヴェロニカの知らぬ間に、

卵は孵ったらしい。あろうことか、その巨大な生き物は、

帝国の大型航空艦ベオウルフをあっさりと踏みつぶして、真っ二つにした―――その時だった。

 

「このバカ竜ぅうううううううううううううううううううううううううううううっ!!!!!

お前、なに他国の船を壊しているんだ!この国と他国との関係を悪化してどーすんだ!

降りるならもっと違う場所で降りろ!それぐらいできないぐらい頭が力でいっぱいな脳筋なのか!

ああん!?」

 

と、巨大な生き物に説教する声が闇夜に傲然と響き渡った。

一拍して、殴るにしては轟音が聞こえてきた。

 

「イッセー・・・・・なのか?」

 

聞き覚えのある声だった。このダンスホールにいると分かっている

一誠を探して辺りに顔を向けると、

人混みの中で綺麗な真紅の髪が見え隠れしていたのを視界に入った。

その時、群衆の中から一人の男が抜け出ると、妙に芝居が掛かった口調で叫んだ。

 

「おぉ、なんということだ!騎士国が保有するドラゴンが・・・・・我が国が誇る最新鋭の

大型航空艦を破壊するとは!これは由々しき時代ではないだろうか?」

 

たちまち、今度は別の意味で、会場が騒然となった。今さらながら、人々はあれがドラゴンだと、

ようやく認識したのである。ドラゴンといえば、ロートレアモン騎士国の象徴に他ならない。

 

「あの人を食ったような態度・・・・・クラウス・ヴィターハウゼンか!余計なことを!」

 

ヴェロニカは忌々しげに舌打ちをすると、帝国貴族の青年を睨みつけた。

そんなクラウスに、愚かにも食って掛かった男がいた。

 

「違う!あのような化け物など、我が国は知らん!」

 

獅子を模した仮面を装着している男性だった。

 

「・・・・・父上・・・・・なのか・・・・・?」

 

ヴェロニカが知る初老の男がオズワルドなのだが、

目の前にいるのは見覚えのない二十代の男性だ。だが、

声からすると、騎士王(パラディン)オズワルドと酷似していた。

信じられないものを見る目でその男性の様子を窺う。

 

「クラウス殿!本当だ、本当に我々は知らんのだ!信じてくれ!」

 

「ふっ・・・・・反論など無意味ですよ。これだけの目撃者がいるのだから」

 

なんにせよ、クラウスの言葉は事実だった。衆目の前で、どこからともなく現れたドラゴンが、

帝国から派遣されて航空艦を全壊させたのだ。最悪だった。明日の大陸会議(エリュシオン)では、

長らく犬猿の仲だったシェブロン王国とゼファロス帝国の和平について、

前向きな話し合いが行われるはずだったのだ。シェブロン王国とは同盟関係にある

ロートレアモン騎士国にとっても、歴史的な会議となるはずだった。

 

「いや・・・・・そもそも皇帝おろか、皇族すら顔を出そうとはしなかったのだ。笑止千万とは、

まさにこのこと。最初から、帝国は和平など望んではいなかった―――」

 

ヴェロニカが呟いた直後、巨大な生物が浮き始めた。

見れば、巨大な生物の足元に巨大な魔方陣が巨大な生物を浮かせているのが見えた。

すると、魔方陣は巨大な生物を乗せたままどこかへ移動していく。幾百の聖竜(マエストロ)たちもだ。

 

「なんだ、一体どこへ・・・・・・」

 

「広い場所へだ、ヴェロニカ」

 

疑問を漏らしたヴェロニカに説明した者がいた。

その者に目を向けると、視界に一誠が映り込んだ。

 

「イッセー!」

 

「の、分身体だ。オリジナルはエーコを広い場所に連れて行った」

 

その瞬間、ヴェロニカは頭を横殴りされたような、激しい衝撃を受けた。

 

「ちょっと待て!今、エーコだと言ったか?

あの巨きな竜が・・・・・あの化け物がエーコだと?」

 

信じがたいと怪訝な面持になる。ふと、気付いたことがあった。

 

「シルヴィアとラーズはどうした??」

 

「・・・・・」

 

その問いにあからさまに溜息を吐いた。

 

「ランスロットとアグラヴェインを召喚して追って行った」

 

―――○♢○―――

 

ダンスホールから停泊所からいなくなるエーコを見て忌々しげにミルガウスは漏らした。

 

「おのれ・・・・・イッセー・D・スカーレット・・・・・我の邪魔をさせんぞ・・・・・・」

 

ミルガウスの全身から漆黒の闇が溢れだし、ダンスホールを埋め尽くした。

闇は遠ざかるエーコへと向かって行った―――。

 

―――○♢○―――

 

エーコを広大なフォンティニヤ平原に移動させようとしている一誠である。

あのままエーコをいさせるわけにはいかないと判断した一誠は、

飛翔しながら二つの予想外に溜息を吐いた。

 

「まったく、どーしてシルヴィアとラーズまで来るんだよ?」

 

巨大な魔方陣の上で大人しく座る巨竜のさらに上空には、

ランスロットとアグラヴェインの姿が見えた。

 

「おーい、アッシュ・ブレイク。エーコを元の姿に戻せそうか?」

 

一つ目の予想外はシルヴィアとラーズの存在、二つ目の予想外はエーコが人化に、

元の人間の姿に戻ることができないことである。

アッシュはエーコの頭部に乗っていて苦悩していた。

 

「駄目だ!エーコもどうすればいいのか分からないようだ!」

 

「こいつ、そこんところのコントロールをしないとダメか・・・・・」

 

課題が増えて溜息を吐く。それから周囲についてくるように夜空を飛ぶ聖竜(マエストロ)たちを見た。

 

「しっかし・・・・・聖竜(マエストロ)がこんなにもいたんだな。

だが、だとすればレベッカたちのパルもいるはずなんだが・・・・・第七竜舎と現実世界の次元を

隔離しているから気付かないだけなのか?」

 

―――そのとき、禍々しい力が近づいてくるのを察知した。

 

「まさか・・・・・モルドレッドか!?」

 

何かに気付いたその直後。

 

「ぐおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお・・・・・・!」

 

エーコが苦しげな雄叫びをあげ、身悶えしたかと思うと、白銀の輝きに包まれていた毛並みに

異変が起きた。まるで白地に黒インクを垂らしたように、少しずつ、黒が白を侵していく。

 

「・・・・・エーコ!?どうしたっていうんだ?」

 

頭部にいたアッシュが見守る中、エーコの変貌は留まることを知らない。毛並みの変色は、

始まりに過ぎなかった。天使の翼が、大鴉のそれに変貌する。

三本の角のうち、中央の一本が消失したかと思うと、外側の二本が渦巻き型に変形し、

螺旋を描く。さらには四肢が急速に伸びて、もはや獣というよりは、

巨人さながらの体躯に変貌を遂げていった。

その巨躯は、まさしく悪魔的な禍々しさを感じさせた。

挙句の果てに、その顔には九つの目が出現し、爛々と赤く輝き始めたのだった。

 

「・・・・・マジで?」

 

刹那、黒い塊が一誠を襲った。

 

「イッセー!?」

 

ガシッ!

 

「へ?」

 

「俺がやられるかよ」

 

変貌したエーコの頭部からアッシュを引き離したのはなんと一誠だった。

 

「お、お前!」

 

「言いたいことは分かるけど、エーコは闇に憑かれてしまったようだな」

 

「憑かれた・・・・・?」

 

「ああ、だからどんなドラゴンでも乗りこなせるお前でも、今のエーコを乗りこなせないだろう。

ハッキリ言って力の差が違い過ぎる」

 

フォンティニヤ平原まですぐ目の前だった。幸い、民家はなく平原が広がった場所にいた。

アッシュをぶら下げながらシルヴィアのもとへ飛翔した。

自分に近づいてくる一誠にシルヴィアは説明を求めた。

 

「イッセー!あのドラゴンは一体どうしたんだ!?」

 

「闇に憑かれたようだ」

 

「闇だと?闇とは一体何だ?」

 

「具体的なことはまた後で言う。アッシュを乗せてくれ」

 

シルヴィアの背後にアッシュを下ろしたところで、

アグラヴェインに騎乗しているラーズが降りてきた。

 

「イッセー、どうするつもり?」

 

「決まっている。あいつを倒すだけだ」

 

そう言って一誠は赤い光を残して変貌したエーコに攻撃を仕掛けた。

 

―――○♢○―――

 

「あら。あなたをここに呼んだ覚えはないわよ・・・・・冥王竜モルドレッド」

 

遣竜工房にて、ナヴィーはモルドレッドの幽体と対峙したところだった。

椅子に腰かけたまま、悠然と足を組みかえる。

 

「くくっ。そうして余裕ぶっていられるのも、今のうちだ」

 

モルドレッドの幽体は、九つの目でナヴィーを見据えている。

禍々しい九つの目を向けられていても、ナヴィーの態度は変わらない。

 

「エーコの体の六割は、我が掌握した。完全に支配するのも、時間の問題だ。

もはやアヴァロンに勝機はない」

 

「・・・・・」

 

「あとはナヴィー、汝と融合すれば、我は冥王竜として完全に復活する。

さあ、我とともに来るのだ。汝は『ナヴィー』などと名乗っているが、

単なる『ナヴィゲーター』ではないことは分かっている。

いわば、汝は竜種の記憶(ドラグワース)そのものなのだろう?」

 

「あら、さすがは冥王竜といったところかしら。よく調べたものね?」

 

「今すぐ我と融合し、大いなる叡智を与えよ。アヴァロンもネハレン二アも、

元を辿れば同じ家系・・・・・汝と融合する資格なら、我にだってあるはずだ」

 

「否定はしないわ」

 

ナヴィーの言葉に、モルドレッドは目で笑みを浮かべた。

 

「分かってくれるか?」

 

「嫌よ。だって、ネハレン二アなんて好みじゃないもの」

 

「・・・・・なんだと?」

 

「私はアヴァロンの皇女と騎士を、全面的に支持するわ。特に・・・・・」

 

言葉を切るナヴィーの脳裏には一誠の顔が浮かんだ。

 

「何だかんだアヴァロンの皇女と騎士を気に掛けている異世界のドラゴン、

イッセー・D・スカーレットは、あなたなんかよりずっとイイ男なんだから」

 

「・・・・・」

 

自分を求め、異世界に連れたがっている一誠の姿を浮かび始めるモルドレッド。

あんな訳の分からない奴に勝つにはやはりナヴィーと融合するほかはない―――。

 

「ふん、雌狐め。ならば力ずくで奪うのみ―――」

 

刹那、モルドレッドから無数の触手が生えてきて、獲物を見つけた大蛇の如く、

ナヴィーに襲いかかった。

 

「―――ふふっ」

 

ナヴィーが微笑みだした。

 

「あなたって本当に不思議なヒトね」

 

一閃!

 

「ねぇ、イッセー?」

 

襲いかかってきた無数の触手は第三者の手によって切り捨てられた。

 

「なに・・・・・!?」

 

「よお、モルドレッド。それがいまのお前の姿か?」

 

宇宙にいると思わせる程の常闇に星の輝きをする宝玉が柄から剣先まで埋め込まれてあり、

刃の部分は白銀を輝かせ至る所に不思議な文様が浮かんでいる金色の大剣。

その剣を片手に持つ一誠がどこからともなく現れた。

 

「貴様・・・・・ッ!どうやってここに・・・・・!」

 

「だって、お前の身体というよりエーコの身体か?

完全に拘束しているから精神だけ飛ばしてここに来ただけだが?」

 

「なに・・・・・?」

 

現世では一誠の異世界のドラゴン、ネメシスが召喚されていて、

変貌したエーコの体躯を厳重に縛っていた。

 

「さーて、お前を捕まえて異世界に連れていけば俺の旅はここで終了となるな」

 

「我を捕まえて我の力を振るうつもりか?」

 

「別に?俺はお前を異世界に連れて帰ることだけが目的だ。

お前より強いドラゴンなんて他にもいるしな」

 

ナヴィーを庇うように佇み、モルドレッドを見下ろす一誠は、口の端を吊り上げた。

 

「お前がこいつに憑いてくれてラッキーだったな。ミルガウスよりやりやすいぞ」

 

「まさか・・・・・我がアヴァロンの皇女に憑くと知っていた上で・・・・・!」

 

「いや?それは予想外だった。だけど、嬉しい誤算であることは確かだ」

 

全身から魔力を迸らせる。その色は―――どこまでも深い常闇のような黒さだった。

 

「その闇は・・・・・!?」

 

「お前の闇より俺の闇の方が強いって証だ。数匹の邪龍をこの身に宿せば、

影響がないわけじゃないさ。いや、元々俺が抱えている闇はかなり凄かったらしいけどな」

 

マキャベリやヴィットーリア、レベッカたちには見せたことのない、凶悪な笑み。

モルドレッドの目から伝わる畏怖の念。

 

「ナヴィー、エーコのところに行ってちょっと説得してくれるか?」

 

「説得?」

 

何で説得をしなければならないの?と小首を傾げるナヴィーに一誠は苦笑を浮かべる。

 

「アヴァロンの皇女を救うのはやっぱり騎士じゃないとダメだろ?

オリジナルの聖騎甲(アーク)を献呈させる説得だ。俺がこいつを抑えている間に頼んだ」

 

理由を聞かされ、ナヴィーはキョトンとした。でも、すぐに小さく笑った。

 

「ふふっ。あなた、やっぱり不思議なヒト、ドラゴンね。

あなたなら、モルドレッドを一蹴できそうなのに」

 

「主役は俺じゃない。それだけだ」

 

そう言った一誠の言葉を耳にしながらナヴィーは遣竜工房から姿を暗ました。

 

―――○♢○―――

 

「よし、うまくいったみたいだな」

 

オリジナルの一誠は、ネメシスの能力によって縛られたモルドレッドに意識を飛ばしている

分身体の一誠を感じ取って満足気に頷いていた。

 

『薄気味の悪いドラゴンだな。こんな奴がモルドレッドとはな?』

 

「まだ八岐大蛇や九頭龍みたいな奴なら可愛げがあったがな。原始龍も見たら驚くぞ」

 

特に九つの目が、と一誠は苦笑を浮かべる。

その時、フォンティニヤ平原の彼方から聖竜(マエストロ)の群体が現れた。

 

「あの方角は・・・・・アンサリヴァン市のほうだ。まさか、第七竜舎の聖竜(マエストロ)?」

 

まさか、レベッカたちも来たのか?と思った一誠の考えは少し違っていた。

 

「「イッセー!」」

 

聖竜(マエストロ)の群体のうち、二体のドラゴンに騎乗している少女が一誠の名前を呼んだ。

その可憐な声と活気のある声に聞き覚えがあった。

 

「ルッカとキーラ!?」

 

そして、二人を背中に乗せているガウェインとガレス。

それからレベッカのクー・フリンの姿も視界に入った。

 

「二人とも、どうしてここに・・・・・?」

 

戸惑う一誠に、ルッカは手短に説明した。

 

「えっと・・・・・第七竜舎の聖竜(マエストロ)たちが、脱走をはじめ他の。

私、必死でこの子の背中にしがみ付いて・・・・・ここまで来た」

 

「あたしも、ルッカと似たような感じだ」

 

「・・・・・クー・フリンにレベッカがいないとなると、

二人だけか異変に気付いたというわけか」

 

一誠の訊ねに二人はコクリと頷いた。それからモルドレッドを見下ろした。

 

「あのドラゴン・・・・・イッセーの?」

 

「残念ながら、あれはエーコだ」

 

「エ、エーコ!?あれが!?」

 

「正確に言えば、エーコに闇が憑いているせいであんな姿になった」

 

アッシュのパルだと知るや否や、ルッカとキーラは目を見張った。

 

「・・・・・エーコを助けないの?」

 

ルッカは縛られているモルドレッドに憑かれたエーコを助けないのかと問いかけた。

一誠はその問いに首を横に振る。

 

「俺はその資格はない」

 

「資格・・・・・?」

 

「俺はエーコの主じゃないってことさ」

 

はっ!とルッカは一誠の意図に気付き、合流を果たしたラーズとシルヴィア、

シルヴィアの背後にいるアッシュに目を向けた。

 

「アッシュ・ブレイク。準備しておけよ」

 

「なんの・・・・・準備だ?」

 

不思議そうにアッシュは一誠に訊ねた。一誠はモルドレッドに指した。

 

「決まっているだろう?アヴァロンの皇女を救うのはアヴァロンの騎士であるお前の仕事だ。

所謂、ピンチなお姫様を救うのは英雄か勇者と決まっている。それがお前ということだよ」

 

―――○♢○―――

 

「ああもう!ここはどこなのよっ!?」

 

エーコが意識を取り戻すと、そこは鳥籠の中だった。自分の身体を見下ろすと、

見るからに悪趣味な、けばけばしいドレスを着せられている。

明らかに、エーコの趣味ではなかった。鉄格子の向こうには、真っ白な空間が広がっている。

壁も、床も、天井も、全てが真っ白で、染み一つ見当たらない。

それ以前に壁や床や天井といった区別すら曖昧で、じっと眺めていたら、

頭がおかしくなりそうだった。

 

「竜族のあたしを鳥籠なんかに閉じ込めて・・・・・どういうつもりっ!?」

 

状況がさっぱり分からない。なんとなく、竜として覚醒したという記憶はあった。

自分がとてつもなく巨大な存在となって―――一誠に思いっきり叱られて殴られた記憶も。

 

「あ、あの余所者のドラゴン・・・・・!あたしを殴って許せないわ!

あとで踏みつぶしてやるんだからぁっ!」

 

それから、どこかに連れて行かれた以降の記憶は途絶えている。

 

「まったく・・・・・こんな状況でも、あなたは元気なのね。安心したわ」

 

突然、聞き覚えのある声がした。

 

「ナヴィー?」

 

鉄格子を挟んで、ナヴィーがひっそりと佇んでいる。気に食わない相手とはいえ、

こんな状況である。エーコはナヴィーに心から感謝した。天使のようだとも思った。

 

「あんた、どうしてここに?」

 

「あら。モルドレッドをあの子に任せてあなたのところに来たのよ?」

 

「あの子?モルドレッド?誰?」

 

「手を貸して」

 

鉄格子の隙間から、エーコは手を出した。ナヴィーがその手を握り返してくる。

たちまち、膨大な情報が頭に流れ込んでくる。ほんの一瞬で、エーコは状況を察した。

今さらながら、自分が幽体であることにも気付いた。

 

「つまり・・・・・モルドレッドとかいう奴が、あたしの身体を奪おうとしてるってわけ?」

 

「そうよ。とりあえず、あの子がモルドレッドを抑えている間は、

あいつも大した悪さもできないだろうけどね。もっとも、現実世界でも

あなたの身体を抑えられているから何一つできやしないでしょうけど」

 

ナヴィーの情報によれば、エーコはアヴァロン聖竜皇家の皇女だという。

 

「ふふん。これで少しは、アッシュやあの余所者のドラゴンもあたしを見直すかしらね?」

 

胸を張るエーコを見て、ナヴィーは呆れたように溜息を吐いた。

 

「生き延びることができたら、ね。さて、あなたにはやってもらいたいことがあるわ」

 

「なによ?」

 

「アヴァロンの皇女として、アッシュ・ブレイクにオリジナルの聖騎甲(アーク)を献呈するのよ」

 

エーコは一瞬、なにを言われたのか理解に苦しんだ。

 

「はあ!?あんた、本気で言ってるの?」

 

ナヴィーは当たり前といわんばかりに、あっさりと首肯した。

 

「今までのように継ぎ接ぎの模造品では・・・・・モルドレッドに太刀打ちできないわ」

 

「ちょっと待ちなさい!あいつがモルドレッドを抑えているなら、

モルドレッドを倒すことだってできるはずでしょ?

どうしてあいつはそんなことをしないのよ!?」

 

その通りだとナヴィーは心の中で肯定した。だが、ナヴィーも理解しているし納得している。

一誠の考えに同意見でもあるのだ。

 

「『俺が助けたらお前は嬉しくないだろう?だったら、

アッシュ・ブレイクにオリジナルの聖騎甲(アーク)を献呈して助けてもらえ』。彼からの伝言よ?」

 

―――嘘だ。ナヴィーは一誠が言っていないことを一誠らしい言い方で嘘を吐いた。

だが、それはエーコに対する説得の言葉であった。

 

「因みに、サポートするだけでモルドレッドを倒さないって彼は言っていたわ。

つまりあなたがアッシュにオリジナルの聖騎甲(アーク)を献呈しない限り一生このままというわけね」

 

「だけど、そんなの無理に決まってるでしょ!」

 

オリジナルの聖騎甲(アーク)など、そうそう簡単に創成れるものではない。

先祖が残した設計図を閲覧してきたエーコだからこそ、よく分かる。聖騎甲(アーク)とは強力な

魔導兵器であると同時に、至高の芸術作品なのだ。ましてや、エーコは一歳にも満たない幼竜だ。

あまりに経験が少なさ過ぎる。ナヴィーの提案は、よちよち歩きの赤ん坊に、宮殿の建設をせよと

命じるに等しかった。

 

「大体、オリジナルのデザインがそう簡単に思い浮かんだら、苦労しないわよ・・・・・」

 

弱音を吐くエーコを前に、しかし、ナヴィーは動じなかった。

 

「大丈夫。自分を信じなさい。あなたはアヴァロンの血を引く娘なのよ」

 

「でも・・・・・鎧だけじゃなくて、固有魔装だって考えなくちゃいけないのに・・・・・」

 

「よく聞いて。形なんて、それほど問題じゃないわ。聖騎甲(アーク)の強さはね、

思いの強さで決まるの。例え形は定まらなくても、あなたが彼を想う気持ちがあれば、

聖騎甲(アーク)は必ず成立するのよ」

 

「本当・・・・・?」

 

「ええ。それに、固有魔装の心配なら要らないわ。

代々、アヴァロン聖竜皇家に伝わる宝剣があるから、それを使えば良いわ」

 

エーコはしばらく黙っていたが、ぼそぼそと呟き始めた。

 

「・・・・・あたし、初めて会った時から、あんたのことが気に食わなかった。

その余裕ぶった態度も、あたしにそっくりな見た目も、

無駄にデカい乳も・・・・・嫌い。大嫌い!だけど・・・・・今のあんたは、

不思議と、信じられる気がする」

 

エーコは顔を上げると、笑った。ナヴィーも微笑みを返してきた。

その瞬間、目の前をふさいでいた闇に、光が射した気がした。うじうじと悩むのは、

もうやめた。挑戦もせずに、最初から無理だと決めつけるのもやめた。

 

「決意ができたみたいね?」

 

「ええ・・・・・」

 

エーコは胸を張る。

 

「見てなさいよ。絶対に、創成ってやるんだから!」

 

―――○♢○―――

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBOostBOostBoostBoostBoost!!!!!』

 

『Transfer!』

 

「力がなければ、力を譲渡すればいいだけの話しか」

 

「こ、これは・・・・・!?」

 

左手に緑の宝玉が収まっている赤い籠手を装着している一誠。赤い籠手から音声が聞こえ、

アッシュの全身が真紅のオーラに包まれた。身体の奥から湧きあがる力。

一誠から譲渡された力に当惑するアッシュだったが、

 

ガシッ。

 

「え?」

 

「逝って来い」

 

「ちょっと待て。今、嫌な言い方を―――!」

 

最後まで言えず、アッシュは一誠にモルドレッドへ放り投げられた。

天地がぐるりとひっくり返っても、アッシュは宙で何とか体勢を立て直して、

夜空の壮大な螺旋を描く、二本の巻き角の狭間に着地する。こうしてまた間近で見ると、

竜の角というよりは、神殿の構造物みたいだった。そこに立った途端、

アッシュは不思議な充実感を得た。竜騎士(ドラグナー)としての本能だろうか。

ここが最適な騎乗位置であることが確信した。

 

「いいか、エーコ!」

 

アッシュは左腕の〈聖刻〉に向けて―――〈星刻〉を通じて繋がっているエーコに向けて、

全身全霊を籠めて叫んだ。

 

「今から、俺がお前を乗りこなす。乗りこなしてみせる!

アヴァロンの皇女だろうがなんだろうが、知ったことか!大体、皇女ってなんだよ?

生意気だし、すぐに暴力は振るうし、寝坊助だし、クレープには目がないし、

霜降り肉には大口開けてかぶりつくし、お前が皇女ってガラか?たとえそれが事実だとしても、

俺は認めない!・・・・・ただひとつ、確かなのは―――俺がお前の騎士で、

お前は俺のパルだってこと。それだけだ!」

 

その刹那。左腕をびっしりと埋め尽くしていた〈星刻〉に、新たな異変が生じた。

夜空を染めるほどの光芒を放ったかと思うと、まるで生き物のように、模様が動いたのである。

いや、厳密には増殖を始めた。

 

「な、なんだ・・・・・?」

 

アッシュが戸惑っている間にも、〈星刻〉は左腕を起点に次々と

広がっていき、アッシュの肌という肌を埋め尽くしていく。エーコの繋がりがより強く、

より深くなっているのだと、アッシュは気付いた。言葉は伝わらなくても、

自分はこうしてエーコと確かに繋がっている・・・・・・!

だが、胸を熱くしたのも、束の間。

 

「アッシュ・ブレイク!」

 

「へ?」

 

一誠に呼ばれた時だった。視界に太陽が迫ってきた。―――違う。これは火炎球であった。

アッシュに迫った火炎球はモルドレッドを縛るネメシスの鎖に直撃した。

 

『誰だ。私の捕縛を解いた奴は』

 

一部の鎖は爆発の拍子に千切れてしまって、拘束の力が緩んだ。

それを機にモルドレッドが全身に力を籠めて二本足で立ち上がったのだ。

 

『もう一度捕縛する』

 

第三者の介入でモルドレッドが動いてしまった。宙に魔方陣を展開したと思えば、

魔方陣から鎖が飛び出して再びモルドレッドを拘束しようとした。

だが、モルドレッドは身動きを封じられる寸前、首を鋭く縦に振った。

 

「うわああああああああああああああああっ!」

 

足場がぐらりと傾いた直後、アッシュの身体は砲弾さながら、大地に向けてふっ飛ばされた。

 

「ちっ!」

 

カバーしようと一誠は動きだした。―――が、上空から巨大な火炎球が一誠を阻んだ。

 

「・・・・・」

 

全身から禍々しいオーラを纏い、巨大な火炎球に向かって手を翳した。

 

「邪魔だ」

 

低い声音で、手の平から黒い柱と思わせる黒いレーザービーム状の魔力を放った。

巨大な火炎球を呆気なく貫いて上空に向かって伸びていく。その間、見る見るうちに、

アッシュは大地と激突寸前だった。

 

―――ここまで・・・・・なのか?俺とエーコは・・・・・ここで終わってしまうのか?

 

その時だった。

 

(アルメーテ)首鎧(ゴルハール)胸当(ペート)・・・・・』

 

全身に刻まれた〈星刻〉を通じて、呪文が聞こえたのだ。

 

背当(エスパルダール)腰当(ブラフオネーラ)尻当(ファルダーヘ)・・・・・』

 

それは間違いなく、エーコの声だった。

 

草摺(エスカルセーラ)冠板(ブフエータ)肩当(オンブレーラ)上膊当(ブラサール)・・・・・』

 

だが、今までの呪文とは違い、その一言一言は、ずしりと重い響きをともなっている。

 

肘当て(コダル)前膊当(アンテブラーゾ)手甲(マノーボラ)・・・・・』

 

どうしてだろう?自然と勇気が漲ってくる。

 

股当(キホーテ)・・・・・膝当(グアルダ)・・・・・脛当(グレーバ)・・・・・鉄靴(エスカルペ)・・・・・・・・・・』

 

やがて、呪文は最後の一言に向けて、一気に収束する!

 

『―――拍車(エスポラーソ)!』

 

大地に激突する寸前、アッシュの身体は聖なる輝きに包まれた。

まるで天使の翼に包みこまれたような安らぎを覚えた。一瞬、天国に辿り着いたような錯覚さえ

覚えたが、そんな安らぎを打ち破るように、脳裏にエーコの声が鋭く響いた。

 

『あたしの気持ち、ちゃんと受け取ってよねっ!』

 

―――○♢○―――

 

「お前ら、本当にいい加減にしろよな?」

 

上空に放った一撃に手応えが無く、無事を確認したアッシュを放っておいて、

一誠は第三者の前に現れた。

 

「悪いな。ああしないと、アッシュの奴は聖騎甲(アーク)を纏えなかったんだ」

 

「またイベントとかいうやつか?」

 

「まあ、そんなところか?」

 

青い巨躯のドラゴンの頭部に騎乗している少年、ランサーが頬をポリポリと掻く。

その隣に金色のドラゴン、アーサーを騎乗しているギルフォードもいた。

 

「お前が敵じゃないってことはあの時から知っているつもりだが、

あんまり俺の邪魔をされてはこっちも手を打たないといけなくなる」

 

「俺たちを倒すとか?」

 

「さあな?」

 

不意に異様な力を感じた。眼下を見下ろせば、アッシュは巨剣を手にしていた。

 

「聖なる力を感じる・・・・・聖剣か」

 

「おっ、よく分かったな?そして、あの巨剣はアヴァロン聖竜皇家が代々伝わる聖剣、

エクスカリバーだ」

 

「エクスカリバー・・・・・!」

 

意外な剣の名前に驚嘆する。

 

「・・・・・お前、本当になにもんなんだよ?エクスカリバーも知っている反応をしてさ」

 

怪訝にランサーが問いかけるも、アッシュを見続けている一誠の耳には聞こえなかった。

アッシュは宙で移動し、真っ直ぐモルドレッドに突き進んでいく。

あの巨躯のドラゴンは、元々エーコの身体。そこにモルドレッドが憑いてしまっているから、

モルドレッドの精神を追いだすにはエーコを殺すことなく、ただ無力化させる。

アッシュはどうやらその方法を知っている様子で、全速力でモルドレッドへ迫った。

エーコを解き放つ鍵となるであろう一点をめがけ、アッシュはエクスカリバーを一閃させた。

 

「自分のパルならなおさらだ!」

 

聞こえた言葉と金属が岩を発つような音と同時に、闇夜が真っ白に染まる。

斬り落とされ、宙を舞ったのは、左の角だった。

 

「くぉおおおおおおおおおおおおおおお・・・・・!」

 

モルドレッドの絶叫が、闇夜にこだました。

 

「・・・・・」

 

その瞬間、一誠の姿がランサーとギルフォードから消失した。

ネメシスも魔方陣を介して消失する。

 

「・・・・・あいつ、まさか!」

 

ランサーは消えた一誠の理由に察知したのか、慌てて青いドラゴンに東の方角へと

向かわせたのであった。

 

―――○♢○―――

 

東の方角には、シェブロン王国の領土が広がっている。そこを向かおうとしている

闇が存在していた。とても弱弱しく、瀕死の獣如く脅威から逃れようと必死に飛んでいた。

 

「俺が見逃すと思うなよ?」

 

っ!?

 

目の前に真紅の髪を伸ばす少年が現れた。すぐ目の前にはシェブロン王国が見えている。

今の闇の脅威となっている存在は、目の前の少年こと一誠だった。

片手に金色の大剣を神々しい輝きを放っている。

 

「俺と共に異世界へ行こう。モルドレッド」

 

またしても勧誘するような口ぶりで自分を求める。

分からない、目の前の少年はどうしてそこまで自分を求めるのか。理解できないでいる。

 

「この世界じゃお前を否定し続けるだろう。ならば、俺の世界で暮らせばいいだけの話だ。

お前の身体も原始龍が用意してくれるだろう。お前にとって悪くない話しだと思うが?」

 

肉体を用意してくれる。自分に相応しい肉体が手に入ると知った闇はユラリと蠢いた。

まるで葛藤しているかのように・・・・・。

 

「お前が否定しても肯定しても、俺はお前を捕まえて異世界に連れて帰る。

さて、否定するか、肯定するか、お前はどっちを選ぶ?」

 

一誠から突き出された二つの選択肢。どちらを選んでも闇を捕まえる気でいる。ならば―――。

闇が選んだ一つの選択は、真っ直ぐ一誠に襲いかかった。

 

「それがお前の答えか―――」

 

次の瞬間、闇は真っ二つになった。片方の闇は、一誠から逃げるようにシェブロン王国へ。

もう一方の片方の闇は、自ら一誠の身体に宿り始めた。

 

「―――くそっ!一足遅かったか!?」

 

そこへランサーが現れた。禍々しい闇に呑みこまれている一誠を見つめ、焦心で一杯だった。

ランサーが知る原作では、モルドレッドの魂はシェブロン王国に留学している

とある王女に取り憑いている。それが・・・・・別の者に憑いたら、

自分が知っていることと異なる。それがどうなってしまうのかランサーは知る由もない。

 

「・・・・・まあ、イレギュラーな展開も醍醐味の一つか。

精々俺はそれを傍観して楽しむとしようかな」

 

そう自分を半ば強引に納得させて、自分のパルに指示を出し、

踵返して来た道に戻っていった。

 

「失敗したな。片方を逃がしちまった。でも、またすぐに会いそうだな・・・・・」

 

モルドレッドの片割れの魂が向かったシェブロン王国へ向けて、一誠は笑みを浮かべていた。

 

―――○♢○―――

 

あれから一夜が明けた。本来ならば、今日は第七回大陸会議(エリュシオン)の当日のはずだったが、

あんな騒ぎがあった以上、会議など続けられるはずもない。主催者である教皇ラクエルⅣ世は、

会議の中止を宣言した。なおかつ、昨夜の事件についての調査を騎士王(パラディン)オズワルドに

命じると、神殿艦エスペラザンに乗り込んだ。まだ九歳でありながら、見事な指揮ぶりだったと、

多くの者が感嘆の声を上げた。騎士国を発ったエスペラザンに続き、

各国の首脳陣も逃げるように帰国したたが、ベオウルフを破壊された

クラウス・ヴィターハウゼンは、

 

「はい、大型航空艦ベオウルフを元通りに直した。これなら、また乗れるだろう?」

 

一誠の異世界の能力で、竜化したエーコに破壊されたはずの大型航空艦ベオウルフが

元に戻っていて、クラウスは修復したベオウルフに歓喜のあまりで一誠に抱きついて

何度も感謝の言葉を送った。仕舞いにはゼファロス帝国に移住しないか?

自分の家に仕えないか?と誘ってきたが、一誠はやんわりと断って

渋々ゼファロス帝国に帰国するクラウスを見送った。それからフォンティーン城に足を運ぶ。

一誠は城のとある一室に足を運んでノックをし、中に入れば。

 

「やあ、イッセーくん」

 

長身痩躯の銀髪に赤いメッシュを入れた男性がいた。

ミルガウス―――いや、モルドレッドに憑かれていたジュリアス王子だ。

 

「具合の方はどうだ?」

 

「ああ、問題ない。だが・・・・・君の方は大丈夫なのかい?」

 

暗に心配する理由はモルドレッドの魂を宿していることだろう。だが、一誠は微笑んだ。

 

「この身に十数匹のドラゴンを宿している。

そのドラゴンたちがモルドレッドを見張っているから今のところ問題ない」

 

「異世界に連れていくと君は言ったが、

モルドレッドは異世界で受肉を果たせばまた暴れ出しかねないと思うのだが」

 

「この世界と俺の世界のレベルが違う。対処方法だってちゃんとある。

魂を封印することだってできる」

 

それよりもだ、と一誠はジュリアスに問うた。

 

「これからどうするつもりなんだ?」

 

「そうだね、旅に出ようと思う。しばらくはこの城にいるつもりだけど」

 

「ふーん・・・・・だったら、提案があるんだけどどうだ?」

 

その提案を告げた一誠にジュリアスは目を丸くした。

でも、面白そうに笑みを浮かべて首肯すれば、一誠は一言、二言ジュリアスに告げて退室した。

 

「むっ、イッセー」

 

「ヴェロニカ」

 

がしゃりと鎧から音を立たせるヴェロニカ。一誠が近づくと、ヴェロニカは口を開いた。

 

「シルヴィアとラーズから聞いた。アッシュ・ブレイクは無事に幼竜エーコを救ったそうだな。

元ジュリアスのパルだった冥王竜モルドレッドから」

 

「姫は騎士に救われるのが王道だ。当然だろう?」

 

「ふっ。そうであるな」

 

小さく笑むヴェロニカはとあることを質問した。

 

「ならばイッセーよ。もしも私が危険な目に遭ったら私を助けてくれるか?グレンより早くだ」

 

「それはお前のパルとしてか?」

 

からかいを含んだ問いにヴェロニカはこう答えた。

 

「違う、一人の騎士()としてだ」

 

「・・・・・」

 

その答えに一誠は真っ直ぐ言い放った。

 

「当然だ。お前が俺の手の届くところで危険な目に遭っていたら、俺はお前を助ける」

 

「・・・・・そうか」

 

真摯な言葉に思わず一誠から顔を逸らした。一誠からしてみれば照れているのか?

と思っているだろう。

 

「約束だぞ?もしも出来なかったら、

お前の意思とは無関係にお前を我がパルとして国民に告げてやる」

 

「・・・・・横暴過ぎる!」

 

ヴェロニカと別れ、自室に戻った。しかし、自室に客がいた。

 

「あっ、イッセー」

 

「・・・・・なにしてんの?」

 

「ん、ボードゲーム」

 

キーラとルッカ、シルヴィアとラーズであった。机を囲んで、

机に置いたボードゲームで遊んでいた。

 

「で、俺に用意された部屋で四人がいるんだ?」

 

「今日、アンサリヴァンに帰るでしょう?だったら、竜化したイッセーの背中に乗せて帰ろうと

思っていたけど、肝心のイッセーがいないから暇つぶしに遊んでいたわけよ」

 

「因みに、今の順位はあたしが一番で、二番がシルヴィア、三番がラーズで、四番がルッカだ」

 

「・・・・・負けない」

 

何気に夢中で遊んでいる様子だった。確かに今日は帰る予定だが、

四人の様子を見る限りまだ帰るのはもう少し先になるかもしれない。

 

「じゃあ、一番になった奴は―――」

 

「「「「?」」」」

 

「俺の翼で作った抱き枕を進呈しよう」

 

金色の翼を展開したかと思えば、翼から光が放って、宙に収束しつつ、

神々しい輝きを放つ長い枕が完成した。その枕を見た四人から―――気迫が物凄く感じた。

 

「(絶対に手に入れるわ・・・・・!)」

 

「(なんだか、負けられなくなったぞ)」

 

「(キーラと協力して・・・・・)」

 

「(ルッカと一緒に抱きしめて寝たい・・・・・!)」

 

刹那、四人が顔を合わせて睨み合った。バチバチと火花が散る幻覚を一誠は確かに見た。

 

「(これで、早く帰れそうだな)」

 

数十分後、金色の抱き枕を手にしたのは―――後に語られるであろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。