夏休み四日目。アッシュ達が異世界に来て二日目である。
その日の早朝。一誠は家の広場でいつものようにランニングをしていると、
赤いジャージ姿のレベッカが姿を現した。軽く挨拶をして一緒にランニング。
「イッセー、今日はどんなところへ連れて行ってくれるんだい?」
「また光陽町だ。それからしばらくしてこの町にある学校に案内しよう。
この世界の学校も夏季休暇の時期で誰もいないけどな」
「もしかしてイッセーが通っていた学校?」
一誠は苦笑を浮かべる。
「一時期な」
「一時期?」
「知っているはずだろ?俺は一度死んだんだ。世界が俺の死を認知しているから
『イッセー・D・スカーレット』と名乗っている。
一度復学を考えたけど、色々と特殊な事情で学校を通っていた」
レベッカは思い出した。
この世界に来た際に一誠の専属メイドであるリーラから告げられた言葉を。
「・・・・・すまない。無神経すぎた」
「もう過ぎたことだ。レベッカが気にするようなことじゃない」
それ以降は無言で走り続ける。今回は外に行かず、敷地内で走り終えて家の中に戻ればバッタリと
出会った。
「むっ、イッセーとレベッカではないか」
「ヴェロニカか。おはよう」
ヴェロニカとだ。青いジャージ姿で片手に何故かクレイモアを手にしている。
「それ、持ってどこに行こうとしているんだ?」
「外だ。たまに素振りをしないと腕が鈍ってしまうからな」
「ああ、そういうことか。だったら、良い場所があるぞ」
手を振ってヴェロニカを招く。
「どこに連れていく気だ?」と怪訝になりながらも一誠についていくと、
気になったようでレベッカも後を追った。一誠が向かったのは二階に上がる階段の裏だった。
裏には機械で作られたカプセルみたいな円錐型の乗り物だった。一誠がその機械の中に入ると、
乗り物は五十人ぐらい入れそうな空間でヴェロニカとレベッカが入ってもまだ余裕があった。
壁にある操作盤に触れて操作をすると、乗り物が
扉を閉めて下へと降下し始める。乗り物は直ぐに停止し、扉を開け放った。
そして三人が扉を潜って進めば―――。
「なんだ、ここは・・・・・」
「ここはトレーニングルームの一つだ」
「ここが・・・・・トレーニングルーム?まるで・・・・・外にいるような感じだぞ」
地面は草原で広がり、滝が存在すれば、森林も生えている。
「素振り程度ならここでもできる。それと―――」
一誠が森林に向かって腕を突き出した。手の平に火の玉が発現したと思えば、
その火の玉を森林に向かって撃ち出した瞬間。
「「っ!?」」
森は巨大な火柱に呑みこまれ、消失した。
あんな小さな火の玉があれほど強大な威力を誇っているなどレベッカとヴェロニカは
思いもしなかった。目を丸くし、呆然と見ていれば消失したはずの森林が光と共に甦って
何事もなかったように存在した。
「あんな感じですぐに再生する。好きなだけ試し切りをしても構わないということだ」
一誠が見せられた光景にレベッカとヴェロニカが異口同音で呟いた。
「「・・・・・イッセーがドラゴンだと改めて思い知らされたな」」
「えっ、そっちに反応するの?」
―――一時間後―――
「お肉、でないの?」
エーコの不満を聞き流しながらの朝食を終えた頃。
アッシュ達を引き連れ、光陽町へ足を運んだ。
「ヴェロニカ、服の着心地はどうだ?」
「悪くないな。動きやすいぞ」
白いTシャツに青いジーンズ姿のヴェロニカ。ヴェロニカのスタイルが浮き彫りとなっており、
擦れ違う人々が思わずヴェロニカの美貌とスタイルに目が追ってしまう。
「それはなにより。ウルスラも服が似合っているぞ」
「ありがとうございます」
白いワンピースに麦わら帽子のウルスラ。夏にはピッタリの服装だった。
その美しさはエクブラッド人のルッカやキーラとは違う妖精が出現したようだと思わせる。
「因みに、イッセーが選んでくれた下着も履いていますよ?」
「ふふっ、私もよ?」
「それは言わんでいい!」
羞恥で思わず顔を赤くする一誠だった。
「ところで、今度はどこを案内してくれるのだ?」
「今日も光陽町だ。まだ案内していないところもある。その後は学校だ」
「学校?この世界の学校か?」
「それ以外何があるというんだ?因みに、俺が通っていた学校だ」
イッセーが通っていた学校。それを聞いてアッシュ達は気にならないはずがなかった。
一体、どんな学校なのだろうか?と光陽町を案内されながら思ったのであった。
太陽の日差しが一誠たちがいる世界に照らす最中、
一誠たちは大きな施設の門の前に立ち止まっていた。
洋風みたいな建物で、敷地はかなり広く。噴水も見えた。
辺りは草木が茂っていて森に囲まれている施設だと感じであった。
「ここが、イッセーの学校?」
「ああ、そうだ。大きさと広さは騎竜学院よりちょっと劣るけど、
騎竜学園には負けないものが多くあるんだ」
「へぇ、例えば?」
「それは中に入って教えるさ」
そう言って、門を潜り学校の中へと侵入する。そこにラーズが問いかけた。
「ねえ、勝手に入ってもいいの?」
「事前に話を付けているから大丈夫だ。学校の物を壊さなければ大丈夫だ」
「学校だという事は校長や理事長がいるということだな?」
「そうだ。シルヴィア達の世界とは大して変わらないものがあっただろう?」
一誠の問いにシルヴィアは頷いた。違う世界でも学生が学ぶための施設があるということを知り、
感嘆する。学校の玄関に入り一誠はアッシュ達にスリッパを履かせる。
パタパタパタ・・・・・。
「なんだ、この変わった履き物は?」
「ちょっと、歩きにくいわね」
「こう言う施設に来訪した客が履く専用の履き物だ。我慢しろ」
「ふむ、変わった習慣だね」
学校の中を探検気分でアッシュ達は一誠に続く。学生が集って授業を学ぶ部屋、
本が大量にある図書室、学生が昼食時に食す専用の空間、校長や理事長の部屋、
学生が運動する建物―――。
「学生が運動って・・・・・驚いたわ」
騎竜学院現学院長のミラベルが驚嘆する。
「でも、貴族らしい授業ではなさそうね?」
「音楽や家庭、裁縫といった一般な授業が主だからな。
まー、確かに貴族しか入れない学校も世界中に存在するけど、殆どこんな学校だ」
「学生が運動して体力を向上させるのかしら?」
「それだけじゃないぞ。この世界にはスポーツという色んな種類の運動があって、
学生だけじゃなく大人も優秀な功績を残せば、
様々なスポーツの大会に参加できて世界中に名を残すことができるんだ。
それには小さい頃から努力をして、
学校の授業の一環である部活に入部して自分を磨かないといけない」
「それってただ走るだけの運動もそうなのかしら?」
一誠は首肯する。
「そうだ。それにただ走るだけじゃないんだぞ?誰よりも早く走れて、誰よりも持久を持ち、
世界で一番自分が最速という証を証明できるんだ。これは精神的にも効果がある」
「・・・・・そこまでスポーツというのは奥深いものなのね。
運動なんて、頭から胸まで筋肉な体力バカのヴェロニカがしているから
単純なものだと思っていたわ」
「ミラベル、いい度胸だな。表に出ろ」
ゴゴゴゴッ!とヴェロニカが怒気を孕んだ。
「はいはい、姉妹喧嘩しない。なんなら、テニス体験してみるか?」
「むっ、できるのか?」
「勿論だ。外に出るぞ」
―――○♢○―――
何度も何度もボールが弾む音が聞こえる場所へ一誠達は訪れた。
この炎天下の中で汗を流して切磋琢磨している女子学生達がいた。
そんな女子学生達を囲むように編み状の囲いがあってその囲いの外側から一誠達は見ていた。
「アレがスポーツの一つ、テニスだ」
「テニス・・・・・ただ球をあの変な物で打ち返しているだけのが?」
「異世界人の皆からすればそんな認識だろうが、世界大会が開催するほどのスポーツだぞ?」
「世界大会!?」
アッシュは驚愕した。アルク=ストラーダ大陸で言えば、
シェブロン王国、ロートレアモン騎士国、ゼファロス帝国、ラブロック商工連合都市、
エスパーダ聖庁が集って運動の大会をするようなものだ。
そんなことをこの世界は催しするのかと信じられなかった。
すると、一誠が編み状の囲いの中に入った。
「え?―――人王様!?」
「嘘っ!?」
「きゃー!人王様よっ!」
一誠が入った瞬間にスポーツをそっちのけで女子達は一誠に群がった。一誠と握手を交わし、
サインを書かせている者も出始める。
「部活中悪いな。邪魔するぞ」
「いえいえ!いつでも来てください!ところで、どういったご用で?」
「部長はどこだ?」
一人の女子に問うた時だった。一誠に物凄い勢いで球が飛来してきた。
その球を容易く受け止める一誠にアッシュ達は目を見張った。
「失礼。手元が滑りましたわ」
太陽の光に反射して煌めく金色の髪に赤いリボンを結んだ蒼い瞳の女子が一誠に向かって
不敵に笑んでいた。
「ははっ、相変わらず威勢の良い。そう言う奴こそが次の世代を担うに相応しい存在だと、
俺は思う」
「お褒めの言葉ありがとうございます。で、部活を中断させる人王様は何をしに来たのです?」
「ああ、それはだな」
刹那。女子学生に囲まれている一誠が消えて、金髪の女子の耳元で声を殺し話しかけていた。
すると、その女子は怪訝にアッシュ達を見据えた。
「笑えない冗談ですわね」
「俺が嘘を言うと思ったか?」
「これでも人を見る目があると自負しておりますが・・・・・流石に」
「信じる信じないのは自由だが、ここに来たのはあいつらにテニスの好さを教えるためだ。
俺と一勝負をしてくれないか?」
その女子の瞳に金色の瞳を向けて一誠は言った。
「あら、私と勝負?大人げない事」
「じゃあ、一度でも俺からポイントを取ったら、人王の権限でお前の願いを一つ叶えよう」
「・・・・・」
女子の蒼い瞳が煌めいた。途端に一誠を獲物として睨むように見上げた。
「その言葉、偽りないですね?」
「人王として嘘は吐かないさ。その代わり俺が勝ったらコートを一つだけ借りさせてもらう」
「構いません。―――誰か、人王様に相応しいラケットを渡しなさい」
「えっ、まさか部長と人王様の試合が見られるの!?」
一誠と金髪の女子こと部長が試合。テニスをしていた女子達が色めき立つ。
一人の女子が一誠に球を打つために使用する道具、
ラケットを手渡す。一誠と部長が中央に張られた編み状を挟んで対峙した。
「ありがとう。さて、やろうか―――お蝶夫人?」
「その呼び名を呼ばないでください!」
最初に打ち出したのは部長。球をラケットの網に当てて一誠に打ち出した。
コートの端のラインぎりぎりに球はバウンドした瞬間に、一誠が球の前に現れて打ち返した。
打ち返された球は真っ直ぐ部長のコートに入り、地面にバウンドした。
ドンッ!
「くっ、相変わらず重い球を・・・・・っ!」
が、その直後に部長がラケットの網に当てた。跳ね返そうとするが打ち返された球のスピードが
重さを増していて、部長の腕に負担を掛ける。
「それで打ち返すんだから凄いの一言だぞ?」
部長が打ち返した球を―――なんと上に打ち返した。
「なんだ、打ちそびれたのか?」
「いえ・・・・・あれは・・・・・」
「まさか、誘っているの?」
ヴェロニカ、ミラベル、ラーズが外野で呟いていた。ラーズの言う通り、
一誠は誘いだしたのだ。空高く上がった球はチャンスでもある。
真上から打てば、人間は一瞬だけスキを作る。
「舐められたものです!」
部長は誘われているのだと気付きながら空高く跳躍した。すると、ラケットに光が帯びた。
「食らいなさい!フェアリー・ダンスッ!」
刹那―――。打ち返された球が複数に出現して一誠のコートに向かった。
意思が持っているかのように独自で複数の玉がそれぞれ端のコートに向かう。
「幻影の類か。実際に球を複数にしたら反則負けだしな。だとすれば―――」
一誠はラケットを腰辺りにまで下げた。複数の球がコートにバウンドした―――。
「その幻影をそのまま返す。―――燕返し」
全ての球が一瞬で部長がいないコートへと向かってバウンドし、編み状の囲いにぶつかった。
「
『きゃあああああああああああああああああああああああああっ!』
一誠が先制点を取ったことで観戦していた女子達が黄色い声を上げた。
一拍してコートに降り立った部長が溜息を吐く。
「やはり、誘いに乗らず真正面から打っていればよかったです」
「良い意味でも悪い意味でも、お前の性格で勝敗が決まるな。
その何事でも受ける真っ直ぐな心は」
「・・・・・褒めているのか貶しているのか、判断しづらいです」
「褒めているつもりだぞ?さて、このまま完勝させてもらおう」
「そうはさせません。今日こそあなたから一ゲームを奪って見せます」
「その意気だ。―――いくぞ?」
それから十数分後。一誠と部長の試合は終わった。
一誠の完勝という形で。コートを一つだけ借りて一誠はアッシュ達にテニスのやり方や
ラケットの振り方を教え、いざ打ち合ってみれば―――。
「飲み込み早っ!」
「この私を誰だと思っている!私は―――」
「平民だからな?」
「うぐっ!」
ヴェロニカが口を噤む。その拍子に打とうとした球を打ちそびれた。
一人一回、一誠と打ち合う決まりでヴェロニカはコートから退場した。続いてコゼット。
「流石だ」
「お褒めの言葉、光栄ですわ。それにこの運動はとても楽しいです」
「だろう?」
ある程度打ち合えば、コゼットは自ら退場した。
「えい!」
「そうそう、その調子だ」
ルッカは小柄であまり力が無いので、強く打てない。
一誠も承知で軽くルッカの前に打ち返した。
「それじゃ、いくよ」
「こい」
ジュリアスと打ち合う。飲み込みが早く、一誠と良い打ち合いを周りに見せびらかした。
「このテニス、学院にでも設けようかしら」
「だったら作ってやるぞ?」
「ええ、お願いするわ。本当、異世界の習慣や文化、こういった私達じゃ考えない事をするのね。
興味が尽きないわ」
ミラベルが楽しげにラケットを振る。その後もアッシュ達と打ち合い、
テニスの良さを知ってもらった。
学校から離れ、エーコの空腹で一休みととあるレストランで休憩。
肉料理が大量に運び出されてエーコはご満悦。
「あつっ!?この皿熱いわよ!?」
「俺の話を聞こうとしないからだ」
高温の熱を触れた手がヒリヒリする。
冷たいコップに両手で触れて痛みを和らげるエーコに溜息を吐く一誠だった。
「皿を熱くして何の意味があるのだ?」
「料理の熱を冷まさないためでもあるし、より美味しく食べてもらうために配慮されているんだ。
そういった料理が他にもあるぞ。なあ、ランサー」
「おう、例えば鉄板で作る料理や底の深いフライパンこと鍋っていう調理道具が
存在する―――って、どうして俺に話を振るんだよ?」
「お前も知っているだろうし、お前からも教えてやれ」
転生者のランサーに促す一誠であった。次々と出される料理にアッシュ達は異世界の料理を
食べると太鼓判を捺す。満腹になったところで一行は外に出た。
「美味しかったわー!異世界の料理は悪くないわね。気に入ったわ」
「上から目線は止めておけ。褒めているだろうが」
「さてイッセー。今度はどこに連れて行ってくれるんだ?」
シルヴィアは一誠に期待する目で問うた。シルヴィアの問いに一誠は脳裏でどこに連れて
行こうかと悩んだその時だった。
「そう言えば、シルヴィアとラーズ、アッシュ・ブレイク」
「「「はい?」」」
ロートレアモン騎士国、アンサリヴァン騎竜学院現学院長、ミラベル・ロートレアモンが
何か思い出したかのように三人を呼んだ。
それから三人にとって頭部を横殴りされた感覚を覚える。
「今日で夏休みが四日目だけれど・・・・・あなた達三人は追試の事、
ちゃんと覚えているわよね?筆記試験は、三日後に行うのだけれど」
「「「・・・・・」」」
その言葉に三人は―――。
「「「ああああああああああああああっ!?」」」
今さらのように思い出したのであった。
急遽、三人は追試に向けて猛勉強をするため、家に戻った。だがここでさらに問題が起きた。
―――教科書を持ってきていなかったのだ。三人揃ってである
「どうしよう!?このままじゃ留年してしまう!」
「ううう・・・・・不覚だ。イッセーの異世界があまりにも衝撃だったり、
楽し過ぎて追試の事を頭から抜けていた・・・・・」
「追試なんてどうでもいいけど、王女が留年なんて後世の先までロートレアモン騎士国の
笑い者にされるわ・・・・・」
三者三様、頭を抱える羽目となった。そんな三人に救世主もとい一誠が現れる。
「教科書ならここにあるぞ」
ドサッと様々な本が置かれた。それはアッシュ達にとって必要な本である。
「それと、時間なら問題ない。そろそろ追試の事について言おうと思っていたからな」
「それじゃ・・・・・今まで言わなかったのは?」
「ああ、残り一日まで楽しんでもらおうと思っていたからな。敢えて言わなかった」
一誠がなんとでもなさそうに言うと、シルヴィアが食って掛かった。
「お前!私達が、ロートレアモン騎士国王女が留年なんて、
他の国や王族と貴族達の笑い者になるだろう!何故もっと早く言わないんだ!?」
「落ち着け」
スパンッ!と折り畳んだ白い髪をシルヴィアの頭に叩いた。
「言っただろ。時間は問題ないって」
「・・・・・それはどういうことなんだ」
叩かれた頭を手で抑えながら涙目のシルヴィアが訊ねる。
「本当に忘れているようだな。
まったく、シルヴィアとラーズはちょっとの間だが体験したはずだぞ」
「体験?・・・・・なんだったかしら?」
「・・・・・まあいい。ついて来い。先生を待たせているしな」
先生?アンジェラ先生の事だろうか?と三人は思いながら一誠についていくと、
「やあ、三人とも」
先生はどうやらレベッカのことらしい。階段の柵に背中を預けて待っていた。
「会長!?」
「上級生だし、お前達より知識がある。
まあ、それでもシルヴィア達は分かっているだろうけどな。それじゃ、こっちだ」
レベッカも合流し、四人は一誠の後を追う。
一誠は一階に降りると階段の裏に存在する廊下に進む。
十字路の廊下に辿りつけば真っ直ぐ奥に進む。その最奥には扉が佇んでいて、
扉のドアノブを捻り回して押し出し開け放った。
部屋の中は中央に水晶のようなものが置かれているだけであった。
水晶を置いている床一面に魔方陣が描かれていて怪しげな雰囲気を漂わせる。
「ここは?」
「特別な部屋の一つだ。さて、入ろうか」
そう言った直後。床の魔方陣が光り輝きだした。
光は一層に強まり、シルヴィア達の視界を奪う。
しばらくして、視界が回復した頃にはシルヴィア達の思考が停止した。
何時の間にか移動したのだろうか。上を見上げれば青い空、下を見れば灰色の足場。
前方に目を向ければ、連れて来られた場所とは違う塔のような建物が立っていた。
「今日からここで勉強するために過ごしてもらう。一週間ぐらいで十分だろう?」
「い、一週間!?」
「いや待て!?ここは一体どこなのだ?私達は宝玉みたいな物が置かれた部屋にいたはずだぞ」
アッシュが驚き、シルヴィアは一誠に問い詰める。
「・・・・・あっ、今思い出したわ。そう、そういうことね?」
ラーズが一誠に確かめるように声を掛けた。シルヴィアはそんなラーズに怪訝な面持で問う。
「ラーズ、なんだというのだ?」
「ほら、お姉様。選抜合宿の時にイッセーが私達に異世界のドラゴン達を別の場所で
紹介してくれたでしょう?その時に外の世界と別の場所の時間の差が違うって
教えられたじゃない」
「・・・・・あっ!」
「よーやく思い出したか」
シルヴィアの反応に一誠は嘆息する。だが、何の事だか分からないアッシュは挙手をした。
「えっと、どういうことなんだ?」
「砕いて言うぞ。この中で一週間も暮らしていれば、
外の世界―――つまりエーコ達がいる場所の時間はたったの三時間という時間が過ぎる。
まあ、そういう設定を施しているからだけどな。
だから、ここでこんな好都合で便利な場所で勉強会をするんだよ」
「ま、マジで!?じゃあ、残り三日の筆記試験なんてここで一週間も勉強会をすれば、
まだ残り三日のままだということか!?」
「そいうことだ。どうだ、凄い場所だろう?」
自慢げにアッシュに言えば。
「あんたは神様だ!」
「いや、人王だからな?」
噛み合わない会話は終了。そこでレベッカが質問を述べてくる。
「ここで一週間も過ごさないとダメなのか?」
「絶対じゃないさ。何時でも外に出れるけど、説明したように、
この中と外との時間の差は大きく違う」
「なるほど・・・・・時間の感覚がずれそうだな」
「そこはどうしようもない。そんじゃ、勉強会をするスペースへ案内しよう」
一誠が先導する。アッシュ達は一誠の先導のもとついていけば、
そこは生活用品が設けられ、大きめのテーブルと数人が座れる椅子が静かに置かれていた。
壁側にはバルコニーがある。そこから眺めれるのは青い空、下を見下ろせば青い海と白い砂浜だ。
「では、始めるか」
レベッカが毅然として、アッシュ達の前に腰かけた。
その隣には一誠。シルヴィア、ラーズ、アッシュという順に座っている三人に
レベッカは教師役を演じるように口を開いた。
「では、まずはマザー・ドラゴンについて、だろうな。
三人の学年の頃は前期試験の最重要項目だから、しっかり覚えなければな。
特にここにいるメンバーは生徒会メンバーなのだから」
「マザー・ドラゴンか。異世界の竜を生みだす竜は実際、どういうドラゴンなんだ?」
「なんせ一般的なドラゴンとは、根本的に違うからな。私も個人的に調べたことがあるのだが、
分からないことが多い。まあ、教科書に書いていない事は試験に出ないから、
まずは教科書を暗記する事だな。では、三人とも五十八ページあたりから、読んでみろ。
王女殿下達も優秀な成績を維持しているとはいえ復唱は大事だぞ」
「「「はい」」」
三人は生態学の教科書に目を通し始めた。―――マザー・ドラゴンが人前に姿を現すのは、
〈オーファンの儀〉に限られる。
ようやくその姿を現し、ドラゴンの
「ところで、イッセー。この世界のドラゴンは牡と牝がいるのだな?」
「そうだけど?」
「ならば、クー・フリンは牡か牝か、どちらだと思う?」
「ん?んー・・・・・って、習ったことじゃないかよ。どちらでもない、両性ではない」
「ええっ?そうなのか?」
二人のやりとりにアッシュが面食らい、アッシュの言動にシルヴィアが呆れ顔になる。
「お前という奴は・・・・・授業で何を聞いていたのだっ!?
古代においては、確かに竜族にも雌雄の区別があり、その・・・・・つまり・・・・・」
「朝から晩まで竜族は盛んに牡の竜族は何匹の牝の竜族と
あーんなことやこーんなことをしていたのよ?勿論、子作り、性交、交尾をね」
言い辛そうにしていたシルヴィアにラーズが代わりに過激にアッシュに教えた。
「ラーズッ!お前はもっと羞恥心をもて!騎士国の王族の一人としてそのような、
ひ、卑猥な発言を控えろ!」
「あらお姉様。このぐらいは王女のとしての嗜みよ?
そうしないと仮にどこぞの殿方と政略結婚したら殿方の心を捕まえることなどできないわよ?」
「け、結婚・・・・・っ!?」
「まあ、私は・・・・・」
一誠にチラリと視線を向け、獲物を狙う猛禽類の目になった。
「イッセーを手籠にする気だけどね」
「まーだ、俺を侍従にしたがっているのか。この王女様は」
「・・・・・ふふっ、どうでしょうね?」
シルヴィアに告げた一人の女として一誠を欲している。
ラーズは心の中にその気持ちを仕舞って、取り敢えず現在進行、
何時もと変わらず一誠を手に入れようとするラーズだった。今が楽しいのだから―――。
「ところがだ。長い長い歴史を経て、絶滅の危機に瀕した竜族は、賢竜魔法アルビオンを開発し、
自らの生態系を根本的に作り替えたのだ。その結果、種の繁殖マザー・ドラゴンに一任され、
生まれてくる各個体の性別は失われた」
「そうだったのか・・・・・でも、エーコはどう見ても女の子だよな?」
アッシュの素朴な疑問に、シルヴィアはハッと息を呑んだ。
ラーズは顎に手をやる。一誠とレベッカは「そういえばそうだな」と感じで互いに顔を向け合う。
「確かに、そうだな。どうして今まで気がつかなかったのか・・・・・そういう意味でも、
エーコは特殊な竜だといえる」
「―――意外と」
「うん?」
周りから視線を一身に浴びながら一誠は言った。
「アッシュ・ブレイクとエーコの間に子供を作らせるためなんじゃないか?
まあ、そうなったら竜と人間のハーフってなるがな」
「こっ、子供!?」
一番驚いたのはアッシュ本人だった。顔を赤くして、狼狽しながらその理由を訊ねた。
「な、なんで俺とエーコがこ、子供を・・・・・!?」
「さーな。それは直接マザー・ドラゴンに聞くしかないだろう。
それ以前に会える可能性は低いけど。見た感じ、エーコは人間と変わらない体の構造だ。
だったら、お前とエーコは何も問題なく―――夜の営みができるんじゃないか?」
「んなぁっ!?」
「勿論、本人の了承なしで襲いかかるなよ?いや、襲いかかる前に撃退されるか」
面白可笑しそうに一誠は口の端を吊り上げた。アッシュはエーコとのその可能性があると知り、
心臓が今でも爆発してしまうんじゃないかってほどに激しく鼓動を打った。
「(俺とエーコが子供を・・・・・)」
「―――――」
「はっ!?」
視線を感じ、思い耽ていた思考から振り払って視線を感じた方へ視線を向ければ、
一誠が見つめていた。
「このエロガキ」
「ち、違う!俺は決してエーコの事を想って―――!」
「誰もエーコなんて言っていないが?」
ニヤリと一誠が意地の悪い笑みを浮かべ出す。
一誠の指摘にアッシュは墓穴を掘った瞬間だった。
―――○♢○―――
「ふう。そろそろ一息入れるか」
「試験範囲を一通りレクチャーしたもんな。茶菓子、用意してくる」
腰を上げる一誠にシルヴィアが問うた。
「この中に保存食があるのか?」
「ここで生活するんだ。調味料や食材だって、
風呂やトイレも生活するために必要な物は全部揃っている」
レベッカ達から離れ、姿を消した一誠。その一誠の背中を見送ったラーズが呟く。
「・・・・・本当、異世界って便利な物が多いわ」
「うむ、そうだな。とても素晴らしい世界だと思うぞ」
「この夏休み、生まれて初めて体験や感動が一杯な思い出になりそうだ」
「そうだなぁ・・・・・ん?」
アッシュは勉強会として使っている部屋の壁際に設置された台の上にある
青くて丸い物を見つけた。一誠には悪いと思いつつ、その丸い物に近づいた。
「なんだ・・・・・これ?」
「アッシュ、どうした?」
「ああ、ちょっと気になってな」
丸い物を支えている部分に触れると、動かすことができて持ち運べる重さだった。
慎重にテーブルを囲むレベッカ達まで持ち運んでテーブルに置いてみせた。
「むっ、これはなんだ?」
「何やら絵が描かれているな。文字も書かれているが如何せん、
異世界の文字見たいだから読めない」
「この絵を見る感じ、アルク=ストラーダ大陸みたいな大陸地図ね」
「えっ?じゃあ・・・・・これに描かれているのって全部大陸だってことなのか・・・・・?」
四人の疑問は第三者の首肯で解消された。
「ああ、そうだぞ」
「イッセー」
両手で茶菓子を持ってきた一誠が現れた。
「それは地球儀といって世界に存在する大陸とその大陸の名が記されている。
その青い部分は全て海だ」
「この青い色が・・・・・全部海だと・・・・・!?」
「殆ど海じゃないの・・・・・」
シルヴィアとラーズが唖然とする最中、レベッカが疑問をぶつけてきた。
「どうしてこんな丸い形で大陸と海の絵が書かれているんだ?」
「その地球儀こそがこの世界の形だからだよ」
「「「「なっ・・・・・」」」」
「この世界をひっくるめて『地球』という名前だ。
俺たちがいるこの世界は何十億人という人間が住んでいる」
一誠から告げられた地球に存在する人類の数に、レベッカさえも度肝を抜かれた。
「ほら、休憩が終わったらまた勉強会をしよう。
一応、時間の流れは違うといえども、時間は有限だからな」
「あーもう!アッシュの奴はどこに行ったのよ!」
アッシュ達が勉強会をしている余所にエーコはアッシュを探していた。
追試に向けてレベッカも含めてアッシュ達は先に帰ったのである。
その際、一誠は分身体を残してアッシュ達と家に帰ったので、
ヴェロニカ達は異世界の観光を満喫したのだが、
エーコはアッシュがいないことに不満と不安で家に帰るや否や、
アッシュを捜し回っていたのだ。
「無駄に大きい家の中を捜し回って疲れるわね!」
ずんずんと大股で一階に降りてリビングキッチンの扉を豪快に開け放った。
それからアッシュがいないか顔を辺りに向けてもアッシュの姿はいなかった。
「どうなされました?」
そこにリーラがエーコと応対をする。エーコは眉根を上げて怒気を含んだ声音で問うた。
「丁度良いわ。ねえあんた、アッシュがどこにいるか知らない?」
「アッシュ様ですか?それなら一誠様と勉強会をしていると思いますが」
「勉強ですって?」
「はい、ですのでアッシュ達を集中させたいから誰にも近づけさせないでほしいと申されました」
リーラの言葉にエーコがビシッ!とリーラに指を突きつける。
「あいつの言うことなんてどうでもいいわ!私はアッシュに用があるのよ!」
「アッシュ様にどんな御用で?」
「そ、それは・・・・・!―――私の肉奴隷だからよ!」
エーコのプライドが邪魔をし、構ってもらいたい、ちょっと寂しいからと言えるわけもなく
言葉を濁すが、自分らしい事をリーラに言うが、首を横に振られた。
「その程度のご用件でしたらお会いさせることはできません」
「なっ!」
「エーコ様がアッシュ様の傍にいても邪魔になりかねないかと。
アッシュ様が勉強の成績が悪く、また一年学校に留学する結果となられたら
さぞかしアッシュ様は落ち込むでしょう。
―――それがエーコ様自身が招いた結果でなったら、アッシュ様はエーコ様をどう思いで
留学するのでしょうか」
「ぐっ・・・・・!」
そう言われ、エーコは言い返す言葉も見つからなかった。アッシュの迷惑にだけはならないと
密かに決めている。自分の行動でアッシュが迷惑だと思うならなおさらだ。
「それを理解した上でアッシュ様の傍にいたいのであれば、ご案内しますが?」
「・・・・・いいわよ」
その返事は拒否が含まれた言葉であった。
リーラは壁に掛けられた時間を一瞥してエーコに告げた。
「あと少しほどすれば、アッシュ様は勉強を終えます。それまで自室でお待ちください。
私からお伝えしますので」
「・・・・・分かったわ」
踵返してエーコはリビングキッチンを後にした。
―――○♢○―――
ガチャとリビングキッチンの扉が開いた。
「やっと終わったなー」
扉の向こうから一誠達が現れた。一週間の勉強会が終わった様子で、
リビングキッチンに入ってくる。
「凄い・・・・・本当に三時間しか経っていないわ」
「のんびりしたい時にはあの特別な部屋で過ごせることか」
「だが、これで追試の勉強ができたぞ」
「よ、良かった・・・・・留年せずに済んだ・・・・・」
各々と口から発するアッシュ達にリーラが近づいてきた。
「お疲れ様です。アッシュ様、エーコ様がお待ちです」
「えっ、エーコが?」
「はい、何やら寂しそうでした。すぐに自室に赴いた方がよいかと」
「分かりました。ありがとうございます」
アッシュは来た道戻って自室へと向かった。残りの一誠達四人は、各々とソファに腰を下ろす。
「お疲れ様です。はかどりましたか?」
「アッシュがあんまり授業を受けていない事だけは分かった気がする。
まあ、残り三日間もこんな感じで何度か勉強会すれば多分問題なく
筆記試験はクリアするだろう」
「ま、またあの空間に・・・・・?」
「嫌か?」
シルヴィアが困惑した様子に一誠は首を傾げる。対してシルヴィアの心情はそうではない。
特殊な空間で一誠と一週間もいたのだ(レベッカとラーズ、アッシュもだが)。
勉強の他に気晴らしと海でリフレッシュもした。食事は一誠の手料理を食べ、
素直に美味だと感じた。常にあの空間では一誠と離れることもなく、勉強会をした。
この異世界に来た時よりもだいぶ長く過ごす感覚がしてしょうがないのだ。
「(会長たちと一緒とはいえ、私は男と一つ屋根の下で生活している・・・・・。
―――な、なんて恥ずかしい事をしているのだ私は!?)」
「・・・・・おーい?」
「イッセー、今のお姉様は理性と欲望が脳裏で戦っているからそっとしておきなさい」
「ん、分かった」
深く考えず一誠はラーズの言う通りにした途端に、キッ!とシルヴィアが一誠を睨んだ。
「イッセー、あの特別な部屋はもう使わないぞ」
「えっ?時間がない時はあれが一番―――」
「い・い・な?」
「・・・・・おう」
いつにも増してシルヴィアから凄まじい気迫を感じ、
思わず頷く一誠にラーズが意味深に笑んだ。
「じゃあ、私とイッセーが使わせてもらうわ。時間の流れがこうも違うなんてとても便利だし、
私達が何日あの中にいても、ここの時間は経ったの数分、数十分、数時間なのだから」
「まて、ラーズ。お前は一体何を考えている?」
「気になるならお姉さまも来てみる?私のやることはただ一つなのだけれどね」
くすり、とラーズは口元を指で触れて妖艶に笑んだ。シルヴィアは立ち上がって叫んだ。
「そんなこと、この私が認めるかぁあああああああっ!」
「・・・・・」
ミラベルは一誠の家の中にある機器を興味深そうに触れたり、操作をしたりして
自分なりの考えを脳裏で浮かべていた。できることならば、
解体して中の構図を見てみたいという願望が高まる一方だった。
「異世界の機械・・・・・私達の大陸アルク=ストラーダ大陸に存在する聖遺物と
同等かそれ以上の技術で作られているのね。
こんな簡単に人の手で作られているなんて・・・・・」
勿論、ミラベル達の世界にも酷似した機械がある。
だが、何種類もあって形や機能、性能が豊かではない。
「・・・・・あの殿方に頼んでみようかしら」
殿方というのは一誠の事。理由はこの世界の機械を見聞したい。そう思いミラベルは一誠を探す。
知っている場所は自分の自室とリビングキッチンのみ。リビングキッチンに足を運んで入ると、
テレビに向かって座っている一誠を直ぐに見つけた。
「ねえ、イッセー・D・スカーレット」
「ん?」
「私、この世界の機械を見聞したいのだけれど、いいかしら?」
一誠に話しかければ、壁に掛けられた時計の時刻を一瞥してミラベルに答えた。
「もうすぐ夕餉の時間だ。その後ならでいいか?」
「ええ、それでも構わないわ」
自分の願いが叶うなら、ちょっとぐらい待っても構わない。
ミラベルはそう思いつつ首を縦に振った。
そして、ミラベルの時間がやってきた。夕食を食べ終えるとミラベルは、
一誠に視線だけ促して侍従であるユニスを引き連れ玄関に赴いた。
少しして、一誠が現れ三人は外に出かけた。
「ミラベルは機械が好きなんだな」
「変、かしら?」
唐突に言われて小首を傾げるミラベル。一誠は足を運びながら答えた。
「珍しいだけだ。女性が機械が好きで興味を持つなんて初めて見る。とても新鮮だからな」
「この世界にも私みたいな人はいないのかしら?」
「うーん、いることはいるな。例えばロボットを作る工学だってあるし」
「ロボット・・・・・?」
訊き慣れない単語をオウム返し。
「人の手で操縦して動かす機械だ。そういった機械は他にも色んな呼称があるけど」
「じゃあ、魔導艦みたいなものがこの世界にも存在するのね?」
期待する目で問いかけられ、一誠は苦笑する。
「流石にあそこまで壮大な艦はないよ。でも、ミラベルが興味を惹かせる機械は多く存在する」
「そう、それは楽しみだわ。早くそんな機械を見てみたい」
それから一誠はミラベルの要望に応えるため、最寄駅に寄った。
「ここは?」
「大勢の人間をこの町とは違う町へ乗せる乗り物がある施設だ。市や首都、有名な場所にだ。
ちょっと時間が掛かるし手間が掛かるけどな」
「その乗り物は一般人でも利用できるの?」
「小さな子供でも利用できる。さ、これに乗って違う場所へ行こうか」
一誠の行動に見守る。この世界の通貨で何かを買ってミラベルとユニスに渡した。
手の平サイズの紙だ。何やら文字や数字が記されているようだが、
生憎、ミラベルはこの世界の文字は解読できない。
「これ、なに?」
「乗車券、またの名を切符という。これから乗るために必要な紙で、
あそこで人が行き来している際に紙を入れる機械に差し込んで乗り物が
あるホームへ移動するんだ」
説明を聞きながら歩くと、一誠は機械と機械に挟まれながら切符を溝がある
部分に切符を差しこんで奥へと進んだ。ミラベルも見様見真似して、
切符を溝に差し込んで前へ移動すれば、差し込んだ切符がミラベルの隣の機械から飛び出て来た。
一誠にそれを取るように促され切符を取った。
続いてユニスも緊張の面持ちでミラベルと同じことをすれば、三人がホームに移動できた。
そして、ミラベルの眼前には横長の大きな機械が鎮座している。
「これが・・・・・乗り物?」
「ああ、名前は電車という。人はこれに乗って違う場所に行くんだ」
「なんだか、馬より速そうね。乗ったことないけれど、ドラゴンよりもかしら?」
「流石にドラゴンより速くスピードは出せない。
その理由はスピードを出し過ぎて事故を起こしてしまうからな」
どうやら電車という乗り物は危険があるらしい。一誠が電車の最前列寄り前に移動すると、
下に指をさした。そこには二本の細長い鉄が目の届くところまで設置されていた。
「これはレールといって、電車を支え一定方向に円滑に走らせるための剛材なんだ」
「このレールという鉄を反って電車が走るというの?
でも、それだけで走るとはとても思えないわ」
「そうだな。電車はこのレールだけじゃなく、電気で走る構造なんだ。
ほら、電車の上に黒いコードがあるだろう?あれは電車を走らせるために電気が流れているんだ。
その詳細はまた今度な」
ミラベルとユニスを引き連れて開いている電車の扉を潜った。
電車の中は少し狭く、人々が立っていたり、座っていたりしていた。
「ああ、電車の中は飲食禁止だからな?」
「・・・・・なんですって」
紅茶を飲むことが好きなミラベルにとって、とてもショックを受けた。
その傍らに紅茶の時間と持っていたカバンから食器を取り出そうとしていた
ユニスの動きが硬直した。
「・・・・・あなたの権限でその決まりを・・・・・」
「横暴な人王だと、ミラベルはそう皆に印象付けさせたいのかなぁ~?」
笑みを浮かべているが眼だけが笑っていない一誠に、ミラベルは肩を落とす。
「どうしても?」
「どうしてもだ」
「・・・・・仕方がないわね。今回だけ我慢しましょう」
折れたミラベル。電車の扉が勝手に閉まりだして、ガゴンと動き出した際、
バランスを崩して一誠にもたれかかる。
「ごめんなさい」
「気にするな。それより、窓の外を見てみろ」
そう促され、ミラベルは電車の窓に顔を向けた。―――外は物凄い速さで景色が次々と変わる。
時刻は夜なので、辺りは暗く景色はあまり見えないが・・・・・暗い夜に照らされる建物の光が
とても幻想的だった。
「・・・・・綺麗。これが電車の乗り物でしか見れない光景なのね・・・・・」
「地上で移動しているからな。空から見ればもっと綺麗だぞ?」
「・・・・・私、この世界に来て正解だったわ」
次の場所までミラベルはジッと電車の外を眺めた。目に焼き付けるほど、
この光景を忘れないが為にと。
紅茶の時間が潰れて残念だったが。
それを解消してしまうほどの光景が見れてミラベルは満足した。
「ユニス、紅茶を―――」
「だから、ダメだってば」